068 ドキドキなりきり大作戦! 後編
「なあ、ナミキ。念の為にこれを持って行け」
「……魔石ですか?」
「そうだ。この魔石には私の重力の魔法を入れてある。今から使い方を説明するから、いざと言う時に使え」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
これは、私が奴隷商人さん達のアジトに潜入する前のモーナちゃんとの会話でした。
魔石には色々な種類があります。
『魔力を溜めておける魔石』『それ自体に何かしらの効果がある魔石』、『魔法を入れて、他者がその魔法を使える様になる魔石』など、その他にも色々あります。
そして、私がこの時に受け取ったのは『魔法を入れて、他者がその魔法を使える様になる魔石』でした。
この時、私はモーナちゃんから魔石を受け取って、愛那ちゃんとラヴィーナちゃんを助ける為に必死に魔石の使い方を教わりました。
◇
大丈夫です。
モーナちゃんから魔石の使い方を教わったんです。
絶対に上手く使える筈です。
右手に魔力を集中して、いつでも【アイギスの盾】を発動出来る様にしながら、左手で取り出した魔石も直ぐに使える様に魔力を集中しました。
「あら? その魔石……少し厄介そうね」
「はい! 凄い魔法が入ってます! この魔石でオメレンカさんを倒して、暫らくの間眠ってもらいます!」
元々の愛那ちゃんとラヴィーナちゃんを助ける作戦は今じゃありません。
そしてそれには、私の力も少ないけど必要なんです。
こんな所で捕まるわけにはいきません。
だから、私はオメレンカさんを気絶させて、ここから脱出しようと考えました。
「あなたが私を眠らせる? あらあら、本当に随分となめられたものね」
オメレンカさんが私を鋭く睨んで殺気を放ちます。
へう。
滅茶苦茶怖いです。
今直ぐ逃げ出したいです。
でも、戦わずして逃げ出すわけにはいきません!
少しでも有利に戦う事が出来る様にと、オメレンカさんに向かって【ステチリング】の青い光を浴びせます。
オメレンカ
職業 : 奴隷商人
身長 : 189
BWH: 103・78・95
装備 : 商人の服
属性 : 火属性『炎魔法』
能力 : 『背景同化』未覚醒
「あら? そんなもの使っても使わなくても、私のスキル【背景同化】で、直ぐに無力化してあげるわ」
オメレンカさんが自分の顔に手のひらを近づけて離します。
そして、私を見ながらニヤリと笑いました。
洞窟の暗さも手伝って、その笑みはとても不気味で、私は肩を震わせました。
「さて、どう料理してあげようかしら? 希望はある? って、聞いても無駄ね。なんたって――」
「お料理は愛那ちゃんの愛妹ご飯を希望します!」
「――っ!?」
どうやら、オメレンカさんは愛那ちゃんのご飯の味を知っている様です。
余程美味しかったんでしょう。
私の言葉を聞いた途端に、目を見開いて驚きました。
「そんな……嘘よ。私のスキル【背景同化】は既に発動しているのよ。あなたは私の事を認識できるの!?」
「どう言う事ですか? 何を言ってるのか分かりません」
首を傾げて質問しました。
そしたら、オメレンカさんがまるで恐怖するかのように私を見ました。
「そんな筈が無いわ。私のスキル【背景同化】は、まるで背景になったかのように存在を消すスキル。あなたにだって、そういう背景の様などうでも良い存在がいるでしょう? 私のスキルはそう言う存在になる事なのよ!」
「そんな悲しい事言わないで下さい!」
「な、何ですって?」
「背景の様にどうでも良い人なんて、この世の中に一人もいません! 自分に自信を持って下さい!」
何だか悲しいです。
オメレンカさんは、きっと背景の様に扱われた事があって辛い経験があるに違いありません。
でも、もう大丈夫です。
私はオメレンカさんをちゃんと見ています。
絶対に背景だなんて言わせません!
「あ、あら? いや、そうではなくて……」
「私、分かってしまいました。きっとこんな所にいるから駄目なんです。オメレンカさん、私とここから一緒に出ましょう。もう誰からも背景だなんて言わせません!」
私はオメレンカさんに手を差し伸べます。
きっとオメレンカさんは背景だなんて言われて、とっても悲しい気持ちでいっぱいなんです。
だから、私はオメレンカさんを助けてあげたいです。
「どうしたどうした? もめ事か? って、ありゃ? リモーコじゃねーか。寝ぼけて騒いでんのか?」
「あれ? もう一人声が聞こえなかったか?」
「そうだったか? 俺は聞いてないな」
「んなもんどうでも良いっての。人が気持ちよく寝てたのに騒ぎやがって。これだから夜行性の獣人は嫌いなんだよ」
最悪です。
せっかくオメレンカさんに手を差し伸べたのに、運悪く奴隷商人たちが集まって来てしまいました。
でも、何故でしょう?
皆さんはまるで私しかここにいないかのようにお話します。
はっ! これはまさか苛め!?
なんて言う事でしょう!
まさか奴隷商人さん達の間でも、苛めをする人達がいるなんて思いませんでした!
酷いです!
やっぱり、私がオメレンカさんを助けてあげなくちゃいけません!
「皆さん酷いです! オメレンカさんを無視しないで下さい!」
「オメレンカ? どこにいんだよ?」
「そこにいます!」
私はオメレンカさんに手差ししました。
本当に酷い人達です。
苛めなんてよくないです!
「いねーじゃねーか」
「いるわよ」
「うおっ! びっくりした! マジでいたのか!?」
「なんでスキルなんて使ってるんだ?」
「やっぱり凄いな。お前のスキル。使われるとマジでわかんねーわ」
「あら、ありがとう。おかげで少し自信を取り戻したわ」
何だかよく分からないけど良い雰囲気です。
このまま苛めが無くなる事を祈るばかりです。
でも、そんな安心ばかりもしていられません。
オメレンカさんと一緒に逃げだそうとも思いましたけど、こんなに人が多かったらそれも出来ないと判断しました。
だから、私は今の内にと一人で逃げる為に羽ばたきました。
道は集まって来た奴隷商人さんたちが塞いでしまっています。
私は魔石を強く握りました。
本当は戦う時の為にとっておきたかったんですが、ここから脱出する為には、最早魔石を使うしかありません。
オメレンカさんごめんなさい!
絶対に愛那ちゃんとラヴィーナちゃんと一緒に助けてあげます!
魔石に魔力を流して、モーナちゃんの魔法を発動させます。
一瞬で何倍もの重力が周囲の通路に充満して、奴隷商人さん達は地面に這いつくばりました。
オメレンカさんだけは筋肉もりもりなだけあって、何とか耐えていましたけど、身動きが取れなくなっていました。
私は今がチャンスと洞窟の中を飛びました。
「あ、待ちなさい!」
オメレンカさんの声が背後から聞こえましたが、私は振り向きませんでした。
きっと一人で逃げた事を怒っているに違いありません。
でも、仕方が無いんです。
絶対に、絶対に助けるので、それまで待っていて下さい!
私は心の中でそう誓って、奴隷商人さん達のアジトから脱出しました。
◇
夜が明けました。
と言っても、まだ朝日が昇りきっているわけではありません。
太陽さんが昇り始めたばかりの早朝に、奴隷商人さん達が捕まえた人達を連れてお出かけしたのです。
私達ものんびりばかりしているわけにはいきません。
今日は愛那ちゃんとラヴィーナちゃん、そして奴隷商人さん達に苛められているオメレンカさんを助ける運命の日です。
ナオさんの右腕はリモーコさんに折られてしまってそのままです。
応急処置をしているので痛みはそんなにないそうですが、やっぱり右腕を自由に動かせないみたいです。
回復魔法を使えるフロアタムの衛生兵の方と、港町で合流できれば良いんですけど……。
そうしてやって来ました【港町トライアングル】です。
空飛ぶ三角海月と呼ばれる【トライアングルジェリーフィッシュ】が、港町の町中をふよふよと漂っていました。
三角の形をした空飛ぶクラゲさんで、色鮮やかに輝いていてとても綺麗です。
その色は赤色だったり青色だったり黄色だったりで色々で、見ているだけでとっても楽しくなります。
きっと、愛那ちゃんとラヴィーナちゃんが一緒にいれば、もっと楽しいに違いありません。
私は空飛ぶ三角海月さんを見ながら、愛那ちゃんとラヴィーナちゃんを助ける為に気合を入れました。
「ここが奴隷市場の館……マナ、絶対に僕が助けだしてみせるぞ」
「はい。一緒に頑張りましょう」
「どうでも良いけど、アチシはここでずらからせてもらうよ」
「逃げるのか? 負け蝙蝠」
「そうよ。アチシはお前達のせいで裏切り者扱い。見つかって始末される前に逃げるのよ」
「にゃあ、ここまでの案内ありがとね」
「ふんっ」
リモーコさんがそっぽを向いて、そのまま何処かへ向かって飛び去って行くので、私はリモーコさんに手を振って見送りました。
リモーコさんがいなくなると、モーナちゃんとナオさんが作戦のお話を始めます。
そして、作戦のお話を終えると、ナオさんは「にゃあ」と可愛らしく声を上げました。
「スミスミの報告とリモーコから聞き出した情報を、ニャーが今からランラン達に報告に行くね。そっちは任せたよ」
「任せろ! ナオが戻って来る前にマナとラヴィーナを助けだすわ!」
「はい! 任せて下さい!」
「ああ、僕達に任せておけ!」
「にゃあ」




