066 下には下がいる
お姉達がわたしとラヴィを助ける為に王都フロアタムを出てから数日後、お姉達はわたし達が捕まっている洞窟まで辿り着いていた。
そして、今は洞窟の近くで馬車を止めて、お姉達は奴隷商人たちの中に忍び込んだ内通者を待っている。
「久しぶりなのよ~」
夜も深まり人が寝静まる時間になると、お姉達の許にスミレさんが手を振りながらやって来た。
そう。
内通者……それはスミレさんの事だ。
先日、奴隷商人に嗅覚を見込まれてスカウトされていたスミレさんは、一足先に奴隷商人のアジトに来てスパイとして潜入していたのだ。
「スミレさん、お久しぶりです。愛那は無事でしたか?」
お姉がスミレさんに駆け寄って尋ねると、スミレさんは微笑んで頷いた。
「元気にしてたなのよ」
「そうですか。良かったです」
「ところで、何でここにワンドくんがいるなの?」
「一緒にマナを助けたいらしい」
「うん。僕にも手伝わせてほしいんだ」
「そうなの……」
スミレさんはワンド王子と目を合わせて呟くと、ワンド王子に微笑んだ。
それからスミレさんは一度お姉とモーナとナオさんの順番に視線を合わせて、小さく息を吐き出してから静かに話し出す。
「奴隷商人たちは明日早朝にここを出て、港町トライアングルにある奴隷市場の館で奴隷の売買をするつもりなの」
「にゃあ。思っていたより早いね。港町トライアングルにはうちの兵達が向かったから、もっと慎重に動くと思っていたんだけど……。もしかして、奴隷商人たちにこちらの情報がまだいってないの?」
「それは私も思ったなの。でも、そうではないなのよ。私の正体がバレていないだけで、スパイがいると言う情報だけは既に手に入れているみたいだったなの。それに奴隷商人の幹部達のミーティングに参加したけど、フロアタムの兵が港町にいる事は知っていたなの。だけど、そっちはあまり気にしていない様だったなの」
「気にしてない? よっぽど自身があるのか……。それとも、単純に何も考えていないのか……にゃあ。どちらにしても、スパイの事を知られている事の方が少し厄介かもしれないね」
ナオさんが眉を顰めて「うーん」と唸る。
「それより問題は奴等のボスなの」
「ボスですか?」
「そうなの。元々私を奴隷商人の仲間に誘ったのはボスだったなの。だからボスの正体を見た事あるから知ってるけど、奴隷商人のミーティングにボスが参加しなかったなのよ。だからこその違和感を感じたなの。ミーティングでボスがいないのに、そこにいる様な……でも、間違いなくいない変な感じだったなの」
「何言ってんだおまえ? 意味が分からんぞ? 馬鹿なのか?」
「モーナスちゃん辛辣なの」
「あの……スミレさん、つまりどう言う事ですか?」
「得体が知れないから、作戦は慎重に事を運んだ方が良いって言いたかったなの」
スミレさんがお姉の質問に緊張した面持ちで答えると、モーナがいつものように空気を読まずにドヤ顔で口を開く。
「よし、今からアジトに殴り込むぞ。その方が手っ取り早いわ」
「え!? 殴り込むんですか!?」
「おい。モーナス、今慎重にって話をスミレがしたのに、何で殴り込むって発想が出たんだ?」
「手っ取り早いからだ」
「にゃあ……。慎重に動くにしろ殴り込むにしろ、とりあえず作戦は考えておこう」
「作戦か。それは大事だな」
モーナが頷くと、お姉とワンド王子とナオさんとスミレさんの全員が安心した様に小さく息を吐き出した。
それから、お姉達は作戦を立て始めた。
時間や場所、それから港町トライアングルで待機中のランさんを含めたフロアタムの兵士達との連携をどうするか。
作戦の話が終わると、スミレさんが「そろそろ戻るなの」と言って、奴隷商人たちのアジトに戻って行った。
スミレさんが見えなくなると、ワンド王子が真剣な面持ちをナオさんに向けた。
「ナオ、どうして作戦を開始するのが明日なんだ? 奴隷商人たちが眠っている今がチャンスじゃないのか?」
「ワンワンの言う事も最もだけど、それは向こうに利があるよ」
「どう言う事だ?」
「マナナとラビちゃんだけを助けるなら問題無いよ。でも、助けるのは捕まった人達全員だから、今のニャー達の戦力だと出来ないの。奴隷商人と戦えるのがニャーとモナっちだけでしょ? せめて兵の何人かがこっちにいれば良かったけど、こんなにも早く奴隷商人たちが行動すると思わなかったし、今から呼びに行くのじゃ遅すぎるからね」
「そうか……」
ナオさんの説明を聞いて、ワンド王子は顔を俯かせた。
実際にナオさんの言う事は最もだった。
スミレさんの情報で、奴隷商人たちの戦力を知ったからこそ分かる事だけど、奴隷商人たちは強者ばかりだった。
「とにかく、今は……」
ナオさんがワンド王子の肩に触れて、何かを言おうとした時だった。
突然背後から「見ーちゃったあ見ーちゃったあ」と聞こえてきた。
その声にお姉達が驚いて振り向くと、そこには黒い羽を持つ二十代後半くらいの女性が立っていた。
女性は手をパチンと叩いてから二度ほど頷いて、納得したといった表情で喋り出す。
「まさかバティンが例の報告にあったスミレって女だったなんてね~。あいつのせいで同じタイミングで奴隷商人になったアチシ等まで疑われてるんだ。戻ったら直ぐ報告しないとだよ」
女性はそう言うと、お姉に視線を向けてニヤリと笑う。
「でもでも、先にシップ先輩が逃したって言う黒い髪のメスを捕まえていけば、一気に昇格出来そうじゃん」
「こいつ、奴隷商人の仲間か!?」
モーナが声を上げて、それと同時に女性に向かって跳躍する。
そして、一気に女性との間合いを詰めて、思いっきり顔を殴った。
だけど……。
「いったーい! とでも、言うと思った? メス猫」
「――っ!?」
モーナに顔を殴られた女性は、まったくダメージを受けていなかった。
それどころか、殴られたと言うのに顔は微動だにせず、ニヤリと余裕の笑みさえ見せた。
そして、モーナがそれに驚いている隙に、まるでド素人の様な弱々しいパンチをモーナのお腹に当てる。
「――なっ!?」
瞬間――モーナはもの凄い速度で吹っ飛び、数十メートル先で転がった。
「モーナちゃん!」
お姉が焦ってモーナの許まで走り、女性がお姉を追いかける。
「ちょっと動かないでよ~。アチシか弱いから足も遅いのよ~」
「だったら好都合! これで眠ってね!」
ナオさんが女性の目の前に一瞬で移動して、爪に炎を纏わせて斬り裂――けない。
ナオさんの爪は女性に当たると折れてしまい、更に女性に手で払われた瞬間に右腕がもの凄い音を立てて折れてしまった。
「――っぐぁ!」
「邪魔よ」
腕が折れて痛みで動きを止めたナオさんの顔を、女性が地面に向かって弱々しいパンチで叩きつける。
ナオさんは地面に顔を半分めり込まされて、そのまま気絶してしまった。
「ナオ!」
ナオさんがやられてしまった姿を見て、ナオさんの名前を叫んだワンド王子に女性が視線を向けてニヤリと笑う。
「忘れてた~。あなたその服装を見る感じ、多分王子でしょ? 黒い髪のメスと一緒に捕まえてあげるから待っててね~」
「させません!」
「ん~?」
お姉が大声を上げて、女性の視線を向けさせて睨む。
そして、お姉は【ステチリング】で女性の情報を確認した。
リモーコ
種族 : 獣人『蝙蝠種』
職業 : 奴隷商人
身長 : 163
BWH: 81・56・86
装備 : 商人の服
属性 : 風属性『風魔法』
能力 : 『強肉弱食の陣』未覚醒
「強肉弱食の陣……? もしかして」
「察した通りよ。アチシのスキルは強肉弱食の陣。このスキルを使えば、強い者ほど弱く、弱い者ほど強くなる。あなた達メスどもはアチシのスキルにかかっているのよ。つまり、もうアチシには絶対勝てない」
「そう言う事だったんですね」
「そうよ。これで分かったでしょお? 黒い髪のメス、アチシの昇格の為に観念しなさい!」
リモーコが羽ばたき飛翔して、一気にお姉との距離を詰めて、お姉を蹴り上げた。
「へにょへにょなら負けません!」
お姉はリモーコの蹴りを受け止めて、大声を上げながらリモーコにとてつもない遅いパンチを放つ。
リモーコは蹴りを受け止められた事実に驚愕して、お姉の残念パンチを避けれない。
瞬間――リモーコが驚異的なスピードで吹っ飛んで、数十メートル先にあった崖の岩に衝突した。
リモーコはその威力に気絶して、そのまま力無く地面に倒れた。
「えっへん。やりました!」
「凄いぞ義姉君!」
ガッツポーズをとるお姉にワンド王子が笑顔で抱き付く。
お姉の完全勝利が決まった瞬間である。
と言うか、流石はお姉、最弱は伊達じゃない。
リモーコも、まさか強者揃いの奴隷商人がいるアジトに来た救出班の中に、ここまで弱い者が混ざっていたなんて思わなかっただろう。
完全にお姉を過大評価して、結果自爆して敗北した感じだ。
何はともあれ、モーナとナオさんが気絶してしまっているので、お姉とワンド王子は二人でリモーコを縄で縛った。
それから二人は気絶しているモーナとナオさんを起こして、ナオさんの怪我の応急処置をしながら、とんでもない作戦を思いついてしまった。
その作戦とは…………。
「やってみるもんだな。そっくりだぞ、ナミキ」
「にゃあ。まさか、ナミナミのスキル【動物変化】が、こんな事も出来るなんて……」
「流石は義姉君だ」
「はい。私も私の才能が怖くなってしまいました。もう、何も怖くない! です」
何だかフラグの様な言葉をドヤ顔で吐き捨てたお姉は、スキルを使って変身していた。
その姿は、コウモリの羽を背中から生やした二十代後半の女性の姿。
「アチシが二人……?」
縄で縛られているリモーコが目を覚まして、お姉の変身した姿を見て目を見開いて驚いた。
そう、お姉が変身した姿は、なんと奴隷商人のリモーコだったのだ。
動物に変身するスキルで、まさか獣人と言えど人に変身してしまえるとはって感じである。
だけど、人も所詮動物だとも言うし、意外と変身できたとしてもおかしくないのかもしれない。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
「それでは行って来ます!」
作戦開始だ。
ドヤ顔のお姉はそう言って、モーナ達に向かって敬礼すると、一人で目的地に向かって歩き出す。
こうして始まったとんでもない作戦。
それは、捕まえたリモーコにお姉がスキルで変身して、その姿で奴隷商人のアジトに乗り込むという作戦だ。
馬鹿なお姉にそんな大役を任せて大丈夫なのかと疑問が拭えない所だけど、始まってしまったからには、もう後戻りなんて決して出来ない。
「愛那、今直ぐお姉ちゃんが助けに行きますよ!」




