063 奴隷市場の館
突然現れたリングイ=トータスと名乗るこの男は、如何にもなあくどい顔の体重が100キロは超えてそうなお腹が出ている少し背の高いおじさんで、体の所々に宝石を身に着けていた。
如何にもなお金持ちの様な見た目で、背後にはボディーガードを立たせている。
唯一リングイさんに似ている物があるとすれば、この偽物の男は、リングイさんが腰に提げていた甲羅と同じ様な見た目の甲羅を背中に背負っている事だ。
ただ、その甲羅は大きさも同じだったせいで、この偽物の男の大きな体には全然合っていなかった。
偽物の男は鼻息を荒げながら、いやらしい目つきで檻に入った人達を一人一人なめる様に見つめていく。
男は何人かの女の子達に指をさして、指をさされた女の子達は奴隷商人たちに檻から出されていった。
そして、ついにわたしが入っているこの檻にも視線を向けた。
「黒い髪の……これは人間か?」
「ああ、悪いな。お客さん、こいつはまだ売り物じゃないんだ」
「何?」
「この黒髪のヒューマンはうちのとっておきでね、今日一番の目玉だ。だからオークションを開こうって事になったのさ」
「ほっほお、オークションか。確かに黒い髪をした人間なんて珍しい。それにその子供は中々の上玉だ。お前等の様な卑しい奴隷商人が普通に売るわけはないな」
「理解が早くて助かるぜ」
どうやら、わたしはオークションにかけられる事になったらしい。
さっきの女の子達に指をさしていた時もそうだけど、人を物みたいに扱って本当に失礼な連中だ。
「しかし、その隣にいる雪女の子供はオークションに出すわけでは無いんだろう?」
「ん? ああ、そうだな。その小娘は普通の売りもんだ」
「なら買ってやる」
「駄目! そんな事させない!」
偽物の言葉に焦って咄嗟に声を出すと、シップがわたしを「ああ゛?」と鋭く睨んだ。
だけど、わたしだって負けない。
ラヴィを売らせたりなんて絶対にさせないと、わたしはシップを睨み返す。
するとその時だ。
シップの背後に誰かが現れて、シップの肩を叩いた。
そして、シップがその誰かに振り向いた瞬間に、シップはその誰かに殴られて宙を舞う。
「ばっきゃっろおおお! ラヴィーナちゃんはマナちゃんとセットだから尊いのが分からないなの!?」
「ふざけんな! てめえ、良い度胸だな新人!」
シップは直ぐに地面に着地して、殴った誰か……奴隷商人の新人自称期待のエースのバティンに殺気を込めて怒鳴った。
すると、バティンが突然の出来事に驚くわたしに視線を向けて、親指を立ててウインクする。
「安心するなの。マナちゃんとラヴィーナちゃんの邪魔は私がさせないなのよ」
「おいバティン。昨晩の騒動で疑いが晴れたからって、随分とデカい態度じゃねえか。てめえには本気で一度教育が必要な様だな」
昨晩の騒動?
わたしを着せ替え人形みたいにして遊んでたあれの事?
それに疑いって何だろう?
そう言えば、シーサとオメレンカが例の件だとか話してたけど、それと関係があるのかな?
「教育? それはこっちのセリフなの。幼女と幼女の百合を引き離そうとする愚か者は死んだ方がマシなのよ!」
「百合だあ? 頭いかれてんのかてめえ!」
「はあ、これだから幼女の百合の尊さを分からない奴は困るなの。デカい口叩いてないで、さっさとかかってこいなのよ」
「いい度胸だな。後悔した時にはてめえの首が飛んでる時だと思え」
シップがバティンに向かって走り出す。
バティンは構えて、その瞬間に、バティンの真っ赤な髪の毛が炎の様にメラメラと逆立って揺らめいた。
瞬間――二人が茶色い草に手足を縛られて拘束される。
「こ、これは!」
「ななな、なんなの!? 魔力が吸われるなの!」
二人の動きはピタッと止まって、二人の間の丁度真ん中に牛の獣人レバーがやって来て、二人を交互に見る。
「お前達いい加減にするモー」
「ちっ。何だレバーかよ。ボスに魔法を使われたかと思ったぜ」
「こんなつまらない事にボスが魔法を使うわげないモー。だがらオデがボスの代わりに、お前達を止めだんだモー」
「そう言えば、お前はボスから土草の種を貰ってたな」
「そう言う事だモー」
「ったく。何で昨晩はそれを使わなかった?」
「まさか裏切り者だとは思っていなかったモー」
「ちっ。まあ、俺も裏切り者はバティンだと思っていたからな。それも無理ねえか」
慌ててもがくバティンと違い、シップは冷静にレバーと会話していた。
その会話の内容は何だか引っ掛かった。
もし、さっき話していた騒動の話の続きなら、わたしが知らないうちに昨日の夜に何かがあった事になる。
まさか、お姉……いや、それはないか。
もしかしたら、モーナあたりが来てたのかもな。
まあ、それも無いだろうけど。
何があったかは分からないけど裏切り者がどうと言っているし、奴隷商人同士で何かもめ事でもあったのだろうと、わたしは結論付けた。
そして、未だにシップとレバーが話し合っているので、何か情報を得ようとその内容に耳を傾ける。
だけどその時、わたしの目の前……と言うか、檻の前にシーサが背を向けて現れて、それは出来ないで終わった。
「はいはーい。注目~」
シーサが片手を上げて声を上げて、その言葉に従って全員がシーサに注目する。
すると、シーサは一度わたしに振り向いてニヤリと笑みを浮かべて、わたしに向かって手差しした。
「ここにいるマナちゃん含めて、この檻に入った子達は全員オークションいきだよ。ボスの決めた事だから異論は認めないからね~。文句あるならボスに命差し出す覚悟で挑んでみてね~」
「はあ゛? 聞いてねえぞ?」
「そりゃあ、あんたがいない時に聞いたからね。あ、そうそう。全員オークションって言っても、全員セットって事になったから」
「そうかよ。ボスの意向なら仕方ねえか。だとよリングイ、悪いがそー言う事だ」
「お楽しみは最後にまとめてと言うのは悪くない趣向だ。構わんよ」
一時的にだけど助かった……?
わたしはいつの間にか張り詰めた様に緊張していたらしく、ラヴィが一先ず連れて行かれない事になって、足の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「愛那」
「ごめん、なんか安心したら力が抜けちゃった」
苦笑しながらラヴィに言うと、ラヴィはわたしを抱きしめてきた。
ラヴィに抱きしめられて少し驚いたけど、ラヴィが体を震わせていたのをこの時に知って、わたしはラヴィを優しく抱きしめ返した。
のだけど、残念ながら外野が煩い。
「見るなのよシーサ! てぇてぇ……てぇてぇなのよ。この尊さが馬鹿シップには分からないなのよ!」
「てえてえ? 何だかよく分からないけど、確かに胸が熱くなるわね。って、バティン、あなた土草に縛られたままなのに元気ね~……って、あれ? 土草は?」
「幼女と幼女の絡みを目の前にして、あんな草に絡まれている程、私は落ちぶれていないなのよ」
「嘘? 凄いわね。あれってアタイ等のボスの魔法で作り出した、一度縛られると同属性の魔法でしか解除できないくらいヤバいマジックアイテムなのよ?」
「シーサ、幼女の前ではそんな物無いに等しいなの。世界は幼女を中心に回っているなのよ」
「そ、そう……」
何なんだこの会話と思わず言いたくなるけど、とりあえず触れないでおこうとわたしは思う。
と言うかだ。
このバティンと言う奴隷商人、最初に出会った時から思っていたけど滅茶苦茶だ。
まあ、そのおかげでシーサが来るまでの時間稼ぎみたいな感じになって、ラヴィが連れ去られなくてすんだようなものだけど……。
ただ、この時わたしは、ふと気になる事が出来た。
それは、奴隷商人たちの【ボス】の存在だ。
奴隷商人たちの口から何度も聞いた【ボス】と言う存在は、わたしは実際に見た事が無い。
アジトで掃除や洗濯や料理をしている時も見なかった。
もしかしたら、ただ気が付いていないだけかもしれないけど、多分それは無いと思う。
何故なら、目ざとく奴隷商人同士の呼び名に聞き耳を立てていたけど、誰かが誰かに向かって【ボス】と言う事が一度も無かったからだ。
未だに見た事の無い【ボス】の存在は、正直言ってとても不気味だった。
まるで一方的にこちらの様子を見られている様な気がして気持ち悪い。
「マナお姉ちゃん……」
不意にチーがわたしの服の裾を掴む。
その手は少し震えていて、視線はわたしではなく、偽物の男に選ばれて連れて行かれる女の子達に向けていた。
女の子達は全員俯いていて、中には泣いてる子だっていた。
そうだ……ラヴィだけじゃない。
皆を助けなきゃいけないんだ。
奴隷だなんて、こんなの絶対に許されない。
わたしは偽物の男の顔を忘れない様にジッと見つめた。
絶対にこの偽物の男から奴隷にされた皆を助けると心に誓う。
「ん~。あなた達、さっさと館の中に運びなさいよ」
強面で筋肉質な女性の奴隷商人の一言で、わたし達を入れた檻をシップが持ち上げる。
そして、とても大きな建物【奴隷市場の館】の中に入って行った。
そう。
ここがわたし達が奴隷として売られる場所。
ここの事は少しだけ昨晩聞いていた。
と言っても、シーサ達が食事をしている時の会話に聞き耳を立てていただけだけど。
それでも多少の情報は入ったのだ。
奴隷市場の館は普段は別の事に使っている大きな館で、それは一つだけでなく様々で、イベントを行う際の場所として提供をしている様だ。
だから、今日はそんな事は無いと思うけど、奴隷には無縁の人も多く利用している。
シーサ達の話では、そう言う所だからこそ世間を騙して利用するには丁度良いらしい。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
館の中に入って、まず最初に飛び込んだのは広いエントランスホールだった。
奴隷を売買するとは思えない程に煌びやかで、高級そうなシャンデリアなんかも天井からぶら下がっていた。
受付カウンターには綺麗な受付嬢のお姉さんが二人いて、檻に入っているわたし達を見ても顔色一つ変える気配はなかった。
シップ達が受付嬢と何かを話して、シップは話しを終えるとわたし達が入った檻を持ち上げて再び運びだした。
そうしてエントランスホールを抜けて広い廊下を歩き出し、わたしは廊下の高級感溢れる内装に言葉を失う。
広い廊下には高そうな絨毯が敷き詰められて、絵画や壺などが飾られていた。
何度かこの館で働いているだろう人とすれ違ったけど、皆が受付嬢と同じで顔色一つ変えない。
ここまでの館の人達の反応を見て、思わずため息を零しそうになる。
分かっていた事だけど、ここでは頻繁に奴隷の売買が行われていて、それが日常なのだと感じて嫌気がした。
しかしそうなると、奴隷商人だけでなく、この館で働く人達も敵となるのだから脱出する時に厄介だ。
未だに脱出する為の良い方法も思いつかないし、どうしたものかと、わたしは頭を悩ませる。
結局何も良い案が思い浮かばずに大きな控室の様な部屋に運び込まれて、わたし達は番号札を付けられた。
ここに運ばれたのは、わたしとラヴィとチーと他に数名の女の子だけ。
他の捕まった人達は別の場所に運ばれてしまったようで、ここに来る事は無かった。
「さてと……小娘ども、俺は忙しいから暫らく席を外すが、決して脱走は許されねえ。逃げようなんて考えねーことだな。と言っても、そんな状態じゃ無理だろうし、直ぐに俺の代わりの見張りが来るがな」
シップは檻に入ったわたしやラヴィ達を拘束している手足についた重りを見て笑いながら話すと、気分良さげに部屋を出て行った。
シップが出て行くと、わたしは早速脱走の方法が無いか周囲を見て、扉の方に視線を向けた。
どう見ても木製の普通の扉。
シップはわたし達を運ぶ檻を抱えた手と逆の手で扉をぐにゃりと曲げて広げて、この大きな檻を部屋の中に入れた。
恐らくアレがシップのスキルで間違いない。
木製の扉は既に元に戻っていて、どう見ても柔らかそうな素材には見えなかった。
まだどんな能力かハッキリとは分からないけれど、オメレンカといい厄介な事は間違いない。
などと考えていたその時、ガチャリと扉が開かれる。
扉を開けて部屋に入って来たバティンで、扉を見ていたわたしはバティンと目がかち合った。
もう見張りが来ちゃったか。
また逃げ出す機会があればいいけど……。
「マナお姉ちゃん……」
不意にチーに話しかけられて視線を向けると、チーは不安そうに眉根を下げてわたしの服の裾を掴んだ。
だけど、チーの視線はわたしではなく、檻の向こうにいるバティンに向けていた。
わたしはその視線を追ってバティンを見る。
バティンはいつの間にか檻の目の前までやって来ていて、わたしと目を合わせてニヤリと笑った。
「少し早くなったけど時間的には丁度良いし、ここからさっさと出るなのよ」
「――なっ!?」
もうオークションが始まる!?
そんな……まだ少し時間があると思ったのに、油断しすぎた。
わたしは焦った。
シップの口ぶりからして、まだオークションが開かれるまでは時間に余裕があると思っていた。
だけど、実際はそんな事は無かったのだ。
ラヴィがわたしの手をとって強く握り、チーはわたしの腕に飛びついて抱きついた。
わたしは焦りながらも、力強くバティンを睨み見る。
そして、バティンが檻の扉を開けると、わたし達と一緒にここに連れて来られた女の子達が恐怖で震えた。
どうする?
このまま戦って……駄目だ。
武器もないし魔法が使えない。
こんな状態で勝てるわけない。
でも、このままじゃ何も出来ずに奴隷にされる。
せめて、ラヴィとチーだけでも!
場の空気が張り詰められて、わたしは緊張で息をのみこんだ。
バティンはゆっくりとわたしの目の前まで歩いて来て、そして笑みを浮かべてわたしに向かって手を伸ばす。
「ラヴィとチーには――」
「遅くなってしまってごめんなの。モーナスちゃんに頼まれて、マナちゃんを助けに来たなのよ」
「――え? モーナ……?」




