050 鬼ごっこ大会の裏に隠された目的
新兵の訓練が終わり時刻も夕方を迎える頃、わたしは新兵の訓練中に話した馬の獣人であるシーサさんと話をしていた。
と言うのも、夕飯をナオさんと一緒に食べる事になり、ナオさんが汗を流して着替えを済ませて戻って来るのを待っていた所を捕まっただけなのだけど……。
「マナちゃんはワンド王子殿下に会った事があるの?」
「はい。そうですけど……」
ヤバ、これって言ったら駄目なやつだったのかな?
シーサさんとの話がワンド王子の話になって、わたしがワンド王子と一緒にラヴィが勉強をさせてもらえて感謝してる事を話したら、シーサさんが目を大きく見開いてわたしに顔を近づけた。
それは、まるで信じられない事を聞いてしまったかのような表情で、正直少し怖いくらいだ。
シーサさんの顔にわたしが額に汗を流して若干困惑しながら引いていると、シーサさんはわたしの困惑に気がついて、咳払いを一つして顔を離した。
「ごめんごめん。ワンド王子殿下って、アタイ等新兵は……と言うか、王族と一部のお偉いさん方以外は顔を知らないの。最近は物騒だし仕方がない事だけどね~」
「そうだったんですか……?」
シーサさんの話を聞いて、わたしは素直に驚いた。
ワンド王子は今朝もそうだったけど、自分の事を『王子だぞ!』と言いまくっている。
だけど、今にして思えば護衛も付けずに動き回っているのは、王族の人間だと悟らせない為なのかもしれない。
なんせ王族も暮らしているここフロアタム宮殿は、一部だけとは言え書庫などが一般公開されているのだから。
「って事は~……もしかして、この後の食事会に混ぜてもらおうってアタイの魂胆は失敗に終わる?」
「え?」
と、シーサさんの疑問にわたしが呟いたのと同時に、シーサさんの後頭部にチョップが出される。
どうやらナオさんが着替えを済ませて戻って来たようで、シーサさんに繰り出したチョップを引っ込めて、ナオさんに振り向いたシーサさんにジト目を向けた。
「残念だけど、シーサの予想は正解。ニャー達の食事には誘ってあげないよ」
「あ、やっぱりそうなりますよね? 残念だな~」
シーサさんは本当に残念そうにため息を吐きながら肩を落とした。
まあでも、ワンド王子も食事を一緒に食べる事になるから仕方が無い。
実は昼食を食べている時に、ワンド王子からナオさんも連れて一緒にどうだと誘われていたのだ。
「アタイもワンド王子殿下に会って見たいな~」
「今は駄目よ。ワンワ……ワンド第一王子殿下の正体は、王族と一部の者にしか明かしてはならないと決まってるんだから」
「分かってますって~。ワンド王子殿下をお待たせするわけにはいきませんので、アタイはさっさと帰ります」
「そう言う事。シーサは明日の鬼ごっこ大会に出場するんだし、さっさと帰って明日に備えて休養しなさい」
「そうします。それに、鬼ごっこ大会で優勝すれば、ワンド王子殿下直属の近衛隊に入隊出来るんですよね?」
「え? そうなんですか?」
それは初耳だと声を上げて疑問を口にすると、ナオさんが苦笑して頷いた。
「鬼ごっこ大会はそれだけ国王陛下から注目されているのよ」
「そうなんですね……」
あまりにも驚いて、開いた口が塞がらない。
【鬼ごっこ大会】だなんて名前だけを聞くと、ただの子供の遊びって感じだけど、まさかそこまで規模のデカい催しだったとはって感じだ。
少なくとも、わたしが思っていたより全然デカい。
「アタイも王子殿下の近衛隊に入隊する為に頑張りますね! では、お先に失礼します」
「うん、頑張りなさい」
「あ、明日頑張って下さい」
シーサさんと別れの挨拶を済ませて、わたしとナオさんはラヴィとワンド王子が勉強をしていた学習室へと向かって歩き始める。
そして、近衛隊について気になったので、わたしは歩きながらナオさんから近衛隊について詳しく聞いた。
この国の王子であるワンド=アーフ第一王子殿下。
そのワンド王子には現在従者が一人しかおらず、今はまだ近衛の兵がいないらしい。
そして、定期的に開かれる【鬼ごっこ大会】は腕に自信のある獣人達が参加する協議で、だからこそその優勝者にはワンド王子の近衛兵になれる権利が与えられる。
ただ、今はまだその準備期間中と言う事で、直ぐに近衛兵になって近衛隊に入隊できるわけでは無いようだ。
現在は近衛隊に入隊予定の兵が、近衛隊結成を待っている時期なのだとか。
まあ、とにかく、まだ隊にする程の人数が揃っていないと言う事だ。
余談だけど、鬼ごっこ大会に優勝したからと言って、必ず近衛隊に入隊しなければいけないなんて事は無い。
基本は、お姉とモーナみたいに商品の【シビケイ】に目が眩んで参加する人も多く、なんなら近衛隊に入隊出来る事を知らない人が殆どの様だ。
そもそもこの話を知っているのは、この国の兵や貴族達が殆どで、一般の参加者は知らない事の方が多いらしい。
さて、近衛隊についてナオさんから話を聞いていると、いつの間にかに学習室に辿り着く。
と言っても、学習室の扉の前では、既にラヴィとワンド王子、それからランさんがわたし達が来るのを待っていた。
「遅い! 王子である僕を待たすとは、ナオのくせに生意気だぞ!」
「にゃ~……ごめんね、ワンワン」
「ふん。素直に謝るなら許してやろう」
「流石はワンワン。太っ腹~」
「まあな!」
それを言うなら、心が広いなんだけど……まあ、ワンド王子が嬉しそうだから良いか。それより……。
「それ、まだつけてたの?」
「そう」
ラヴィはうさ耳のカチューシャをまだつけていて、気に行ったのか、口角を上げて満足気に頷いた。
ランさんもそんなラヴィの姿を見て、何やらうんうんと頷いている。
とまあ、それはともかくとして、わたし達はランさんの案内で歩き出す。
食事の準備は既に出来ていて、直ぐに食事が出来るようだ。
食事をする為の食堂へと足を運んでいると、ナオさんがわたしにコソコソと耳打ちする。
「さっき言い忘れてたけど、一般参加の者にはワンワンの近衛隊の話を公開してないの。だから、知ってる人も少なくて、口外禁止になってるのよ。一般参加で知っているのは、王族と仲の良い人だけ。マナマナも他の皆には話さないでね?」
「え? そうなんですか? 分かりました」
「ありがとう。それとね、公開しないのはワンワンを狙う悪い者を大会に参加させない為よ。だから、優勝した者や優秀な成績を収めた者に後から声をかけているの」
「なるほど。確かにそっちの方が良いかもしれませんね」
「にゃ。そう言う事だから、よろしくね」
「はい、口外しないように気をつけます」
「ありがとう」
言われてみれば、確かに頷ける話だった。
実際に国の王子様に近づくには、またとないチャンスとも言えるし、もしそれを悪用されてしまったらと考えると恐ろしい。
この国では奴隷の問題もある様だし、国の王子様ともなれば狙われてもおかしくない。
万が一人攫いがワンド王子誘拐を計画して、優勝してしまったら、本当に最悪の事態になる。
優勝賞品は【シビケイ】です。なんて言ってた方が、全然安全で安心だろう。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
食堂に辿り着くとお姉とモーナが既に食事を始めていて、口いっぱいに何かを詰め込めながら、何かもがもがと言っている。
わたしはため息を吐き出したい気持ちを抑えて、お姉とモーナに近づいて口の中のものを飲み込ませた。
結局それからはわたしの調査の結果と、鬼ごっこ大会での注意点……シーサさんを含めた新兵の事をお姉とモーナに教えて、書庫の本を読まずに一日を終えた。
今日はなんか疲れたな。
明日はゆっくり読書しよう。
◇
鬼ごっこ大会当日の朝。
朝早くにお姉を起こしてから、宮殿内の調理場を借りて今日はわたしが朝食を作る。
昨晩、お姉とモーナから今日はわたしの作った朝ご飯が食べたいとねだられたからだ。
宮殿の食事は凄く美味しいから、正直わたしには理解不能だったけど、仕方が無いから作ってあげる事にした。
「やっぱり愛那のご飯が一番です」
「だな! 褒めてつかわすぞ!」
「お姉ありがと。だけどお前は何様だモーナ」
お姉に笑顔を向けた後に、直ぐにモーナを睨んでやる。
だけど、モーナは気にした様子も無く、わたしの作った料理を美味しそうに頬張った。
「愛那は今日は何か予定はあるんですか?」
「今日? 今日は書庫で本を読ませてもらって、お昼をラヴィとワンド王子と一緒に食べてから、そのまま二人の授業見学かな」
「なんだ? マナは鬼ごっこ大会を見に来ないのか?」
「あ~……うん。それも考えたんだけど、ラヴィに勉強させてあげたいし」
「なんだそれ? マナだけが見に来れば良いんじゃないか?」
「わたしがラヴィと一緒にいたいの」
「愛那ちゃんとラヴィーナちゃんは仲良しさんですからね」
「そう言う事」
「それなら仕方ないな。……ところで、そのラヴィーナは朝食には来ないのか?」
「いや、こんな朝早くに起きてるわけないでしょ。今何時だと思ってるの?」
「知らん」
……こいつ。
モーナにジト目を向けると、モーナは何故かドヤ顔で胸を張った。
今は本当に朝が早くて、鬼ごっこ大会でもなければ、お姉は絶対に寝ている時間……朝の五時だ。
因みにわたしは朝食の準備の為に四時起きだ。眠い。
さて、そんな早起きを強いられた【鬼ごっこ大会】だけど、受付が六時から七時の間で、開会式が七時からとなっている。
そして、開会式を終えて準備時間が入って、鬼ごっこ大会で出場者が競い合うのは八時からだ。
そう言うわけで、お姉とモーナは早起きして朝食を済ませて、準備をしてから鬼ごっこ大会の受付に向かうわけである。
朝も早く、朝食を作る以外に特にやる事も無いわたしは、二人の付き添いで鬼ごっこ大会の受付会場に向かう。
やはり髪の毛の色が黒い人間は目立つらしい。
朝も早いと言うのに結構な人がいて、わたしとお姉は何人かに奇異の目で見られたりもした。
お姉とモーナの受付が終わるのを待っていると、不意に背後から話しかけられる。
「マナちゃんじゃん。もしかして、マナちゃんも参加するの?」
「あ、シーサさん。おはようございます。わたしは付き添いで来ただけだから参加しませんよ」
「ふ~ん。そうなんだ?」
「はい」
と、わたしが返事をすると同時に、お姉とモーナが受け付けを済ませて戻って来る。
「マナ、待たせたな! ん? 誰だこいつ?」
「おかえり。モーナ、お姉、この人は新兵のシーサさん。昨日話したでしょ? 鬼ごっこ大会に出場する人だよ」
「そうなんですね。愛那の姉の瀾姫です。今日はよろしくお願いします」
「私はモーナだ。死にたくなかったら参加せずに帰った方が良いぞ」
「おい」
「あはははは。お手柔らかにね」
「ごめんなさい、シーサさん。こいつ馬鹿だから」
「本当の事を言っただけだ! 私が強すぎて殺してしまうかもしれないだろ!」
「はいはい」
相変わらずのモーナの馬鹿っぷりに呆れながら、わたしは三人と少しだけ話をしてから宮殿に戻る。
さて、昨日は本を読めなかったし、これから沢山読めると思うと楽しみだ。
まずは何から読み始めようか……。
歴史? 魔法? 文化?
他にも種類が沢山あって今日一日では読み終わらなそうだなと、宮殿へと向かう帰り道に、わたしは鼻歌まじりに歩いたのだった。




