272 ポピー=フレア=フェニックス 後編
※今回もポフー視点のお話です。
それは、あまりにも衝撃的な出会いでしたわ。
胸の鼓動が高まって、額や頬や耳、私の体の全てが火照っていく。
運命なんだと、心からそう思いましたわ。
そして私は、この世界に転生してから初めて神に感謝したのですわ。
「えーっと、今日から皆と一緒にここで奴隷って言うか、メイドとして働く、豊穣愛那です。よろしくお願いします」
「姉さん……っ!」
「へ? 姉さん……?」
「あ、ごめんなさい。私の姉に……似ていたもので…………」
バーノルドが連れて来たターゲットは、私が前世で唯一慕っていた姉さんにそっくりな女の子だったんですわ。
「そうなんだ? それじゃあ、わたしの事はお姉さんだと思って……って、私より大きいし、それは無いか」
「いえ。是非、マナねえさんと呼ばせて頂きます」
「え? マ? あはは。よろしく……えっと…………」
「ポフー、ポフーですわ」
「よろしく、ポフー」
「はいですわ」
これが、私とマナねえさんの最初の出会いでしたわ。
マナねえさんはバーノルドに連れられてやって来て、皆の前で自己紹介をしたんですわ。
ですが、この後直ぐにバーノルドがマナねえさんを連れて行ったので、それ以上はお話が出来ませんでした。
そしてこの時に私は確信しましたわ。
“豊穣”と言う苗字に、マナねえさんの顔。
それは間違いなく、前世の私の苗字と、大好きだった姉さんの顔。
マナねえさんは、姉さんの子供だと直ぐに分かりましたわ。
元々私はバーノルドがターゲットにしているマナねえさんの事が、会った事は無くとも気に入りませんでした。
この子のせいでお兄様と暫らくの間離れて暮らさなくてはならないと言うのもありましたけど、何よりも、お兄様を瀕死においやったからですわ。
以前、ジライデッドとの顔合わせをしに行った時ですわ。
帰って来たら、お兄様は重症を負って死にかけていたと聞きました。
そしてそれをやったのが、モーナスさんといつも一緒にいるマナと言う女の子だと聞いて、私は怒りと憎しみで殺そうとさえも思いましたわ。
結局お兄様に、まだその時では無いと止められてしまいましたが。
ですが、あの時の怒りや憎しみなんて、最早どうでも良い事ですわ。
その子は怒りや憎しみをぶつけるべきでない、私の運命の人だったのですわ。
この時はまだ私も、懐かしさと、姉さんの面影のあるマナねえさんに憧れの様な感情を抱いただけでしたわ。
でも、それは直ぐに別のものへと変わっていきましたわ。
私はバーノルドに聞きましたわ。
マナねえさんの事で知っている事を。
そして、私の予想通りの結果を得ましたわ。
やはりマナねえさんは前世の世界の人間で、母親は前世の私の姉さんだった。
バーノルドがマナねえさんと過ごしていたこの世界では無い過去で、バーノルドが聞いた話ですわ。
マナねえさんのお母様である姉さんには、昔死んでしまった妹がいた。
妹が死んでからは、姉さんは実家に帰って、その妹のお墓参りに毎週日曜日に行っているそうですわ。
勿論どうしても行けない日もあるらしいようですが、それでもそう言う時は、まとめて行かなかった分を毎日通っているそうです。
それでマナねえさんも、姉さんの妹である前世の私の名前を知っていて、その名前は私の名前でしたわ。
バーノルドにはそれが前世の私だとは言いませんでしたが、始めてこの男に感謝しましたわ。
だって、マナねえさんと私を出会わせてくれたんですもの。
◇
メイドとして働いている間、私はマナねえさんと積極的に話そうとはしませんでしたわ。
あくまでも私とマナねえさんは同じバーノルドに買われた奴隷で、そして、メイドとして働く仲間。
これはまだ計画の途中で、ここで私がミスをすれば、命の恩人でもあるお兄様を裏切る事になる。
それに、マナねえんさんの事をお兄様にお知らせするまでは、自分勝手な行動はしたくなかったのですわ。
でも、無意識の内にマナねえさんを目で追っていましたわ。
マナねえさんは、流石は姉さんの娘と言える素晴らしい女の子でしたわ。
計画の中心人物でもある私の存在すら知らされてない末端の愚者ラリーゼ。
ジライデッドの娘で、親から何も聞かされていない若作りのおばさんである彼女は、偉そうにふんぞり返って私を含め他のメイドの子達を命令してこき使っていました。
ですが、それに立ち向かっていたのが、マナねえさんでしたわ。
愚かなラリーゼの蛮行をものともせずに、苛められていた子達を助けるマナねえさんが素敵すぎでしたわ。
かくいう私もマナねえさんに助けられた1人ですわ。
元々メイドの仕事自体がやる気の無かった私は、周りの出来ない子達に合わせて、自分も要領の悪い部類の人に見せていました。
それもあって、愚かなラリーゼが私にも偉そうにして、いじめの様な事をして来ましたわ。
私は勿論何とも思っていなかったですが、一応演技をしなければいけない手前、駄目な子を演じていました。
すると、マナねえさんが助けてくれたのですわ。
それどころか、どうすれば上手に出来るかを丁寧に教えてくれたり、一緒に頑張ろうと手を差し伸べてくれましたわ。
それはは一度や二度ではありませんわ。
マナねえさんは本当に困っている時もいつも助けてくれて、たくさんのご恩が生まれましたわ。
気が付けば、私を含めて7人の子供がマナねえさんと一緒にお仕事が出来るグループになりましたわ。
それがとても嬉しくて、マナねえさんと一緒なら、この生活も悪くないどころか続いてほしいとさえ思えましたわ。
マナねえさんは私達7人の面倒と、チーと言う名前のジライデッドのお気に入りの子の面倒をよく見ていましたわ。
年は10歳だそうで、私達よりお姉さんだから何でも言ってね、と可愛らしい笑顔をいつもされていましたわ。
そう言えば、私とメソメさん以外の子達には妙な共通点がありましたわね。
皆さん、フロアタムで開かれた“鬼ごっこ大会”と言うのを見に家族と一緒に他国から来た所を、大会中の奴隷商人達の奇襲で攫われた子達だったみたいですわ。
実際これはバーノルドの予想外だった事件で、あれにマナねえさんが関わってしまって、あの男も随分と荒れましたわね。
ただ、当初の計画通り奴隷商人からマナねえさんを買う事は変わらなかったので、計画に支障は出ませんでしたが。
それにあの事件のおかげで、あの子達が仲良くなって、そこにマナねえさんと私が加われたので、結果的には良かったですわ。
私もあの子達とは仲良くなって、私がマナねえさんの代わりに下の子達の面倒を見た時もマナねえさんが「ありがとう」と言って、頭を撫でてくれましたわ。
それがとても嬉しくて、私はそれ以来、マナねえさんと一緒に年下の子供達の面倒を見るようになりましたわ。
面倒を見るとマナねえさんに喜んでもらえるとは言え、まさか自分が他人とこんなに仲良くなれるなんて思いませんでしたわ。
マナねえさんのおかげで、自分でも驚くほど、私は自分が変わっていくのを感じました。
この異世界に転生してから、一番幸せな日々が続きましたわ。
マナねえさんは本当に前世の姉さんにそっくりで、でも色々と違う所もいっぱいあって、とても素敵で魅力の溢れる方ですわ。
だから、私は恋に落ちたのですわ。
同じ女の子ですが、性別なんて関係ありませんわ。
前世で姉さんと結婚したいと思っていた無知で小さかった頃の私は、マナねえさんとの運命的な出会いをして、恋に落ちた。
今にして思えば、お兄様に恋愛感情を抱かなかったのは、私が異性に興味が無かったからですわね。
前世の私は成長するにつれて現実を知って、それが可笑しいと思いこんで、自分の気持ちを抑えこんでいた。
ですが、転生者として生まれ変わって、前世の記憶を持ってマナねえさんと出会い、本当の私がやっと分かりましたわ。
前世では同性どころか血の繋がった家族の姉さんに恋をしましたが、マナねえさんは違う。
今の私が前世の体であれば、こんな風に思う事は無かったと思いますわ。
でも、今の私はマナねえさんとの血の繋がりなんて全く無い他人なのですわ。
だから、気持ちを抑えなきゃいけない理由も無いですし、抑える必要なんてものもない。
今の私はマナねえさんにこの気持ちを伝えられないですけど、いつかきっと、この気持ちを伝えると心に誓いましたわ。
◇
幸せだったマナねえさんとの生活も、そんなに長くは続きませんでしたわ。
ジライデッドの計画がマナねえさんの活躍で失敗に終わって、バーノルドは捕まり裁かれていなくなり、その後はお兄様に引き取られて帰る事になりました。
ですので、他の子供達をだしに使う様で申し訳なく思いましたが、メソメさんの為にと、暫らくはドワーフの国に滞在しました。
ですがそれも直ぐに終わって、マナねえさんとお別れした日に、私は泣いてしまいましたわ。
そんな私の涙を拭って、頭を撫でてくれたマナねえさん。
せめてマナねえさんに助けてもらった数々のご恩はお返ししたかったのですが、結局助けられてばかりで何もお返しできませんでした。
私はフォックのスキルで顔を変えたお兄様に迎えに来てもらい、マナねえさんとお別れしたのですわ。
帰りの馬車の中では、お兄様にマナねえさんの事をたくさん話しましたわ。
色々と伏せている事はありますが、話したい事がいっぱいありましたもの。
お兄様はそれを聞いて、私の為にマナねえさんを受け入れても良いと仰って下さいましたわ。
でも、不穏な事も仰いました。
「だけどポフー、これだけは先に言っておこう。マナちゃんは一度俺を殺そうとした子だ。あの子の出方次第では、俺は自分の命を護る為に、あの子を殺すつもりでいる。正当防衛ってやつさ。分かってくれるね?」
「――っ。……はい。お兄様」
私は返事をしながら、お兄様への感情にヒビがが入ったのを感じましたわ。
そしてこの時から、私はある計画を少しずつ考えるようになっていったのですわ。
マナねえさんの為に。
◇
時は現代。
モーナスさんに斬り裂かれた爪の跡が熱く、そして私の意識を奪おうと激痛を脳に伝える。
私はフラフラになりながらも、それでも最後にやらなければならない事がありましたわ。
それは、魔石の中に取り込んだ方々を外に出す事。
魔石で取り入れたのはスキルでは無く、魔石の力ですわ。
ですのでこのまま私が気を失うと、私とモーナスさんとラヴィーナさん以外の方、取り込んだ方々は二度と鏡の世界から出て来る事が出来ません。
何故なら、私が気を失って外に排出されるのは取り込んだ命と、その命に影響を与えている物だけなのですわ。
魔石の中の命は命と見なされず、私から離されてしまった以上、このままだと二度と出られない。
この世界は鏡の世界と言う名の、その場で作りだされた一時的な世界。
一度出てしまえば、この世界と繋がる事が出来ないのですわ。
私は、私はマナねえさんが好き。
最初は前世の姉さんの面影を追っていただけでしたけど、直ぐにそれは恋に変わりましたわ。
お兄様には命を助けて頂いたご恩もありますし、血が繋がっていないとは言え、本当の兄の様にお慕いしております。
ですが、やっぱりマナねえさんが一番なのですわ。
ですから、私はマナねえさんが喜ぶ事をしたいのです。
私は意識が朦朧とする中、最後の力を振り絞りましたわ。
「おまえ……良いのか?」
魔石から飛び出た方々を見て、モーナスさんが背後で私に驚きながら話しました。
驚くのも無理ありませんわ。
だってそこには、傷を癒やし、死んだのではなく、ただ眠っているだけのアイリンとペン太郎がいるんですもの。
私は、マナねえさんの為にお兄様に逆らうと決めたあの時から、ずっと考えていました。
きっとお兄様は無慈悲に沢山の人を殺していく。
その中にはマナねえさんと親しくなる人も含まれていて、それどころかマナねえさんですら、きっと殺そうとしてしまう。
だから、私はマナねえさんが出来るだけ悲しまない様に、最後には笑ってくれる様に、ずっとこの気持ちを隠して頑張ってきました。
妖精に堕ちた精霊たちも騙して、ずっと1人で。
でも、それもやっと終わりですわ。
私がモーナスさんに勝てないのは、何となく分かっていました。
だってこの方、私が恨みに任せて殺した“憤怒”より、全然強いんですもの。
でも、やっぱり私はモーナスさんが嫌いで、戦いは避けられませんでしたわ。
だから、この偽りの世界にお連れした時には、既に殺される覚悟はしていましたわ。
唯一の心残りは、マナねえさんをお兄様の側に残して来てしまった事ですが、きっと大丈夫ですわ。
マナねえさんにはナミキさんと言うお姉さんがいます。
この方も私の大好きだった姉さんの娘ですもの。
マナねえさんとナミキさんの2人なら、きっとお兄様が相手でも大丈夫だと私は信じていますわ。
その為に、ナミキさんには手を出させない様に、あの時お兄様の槍を防ごうとしたナミキさんの盾の邪魔をしたんですもの。
色々な思いが頭の中を駆け巡り、そして、私は私に問いを投げかけたモーナスさんを見つめました。
「……ええ。元々、そのつもり……で……し…………」
私はモーナスさんが嫌いですわ。
マナねえさんの側にずっといれて、羨ましかった。
でも、認めているのですよ?
好きと言う気持ちは、きっと私と同じですから。
私には分かりますわ。
だから、そんなモーナスさんの問いに答えてあげたかったのですが、時間切れの様ですわ。
答えを最後まで言う前に、私の意識は消えていきました。
命を助けてくれたお兄様へのご恩をお返し出来ないどころか、仇で返すような行いをしてしまいました。
ですが、マナねえさんは喜んでくれるでしょうか?




