230 クラライト王国の王女様
お姉がお館様の館にメイドとして潜入中、わたしはラーヴと一緒にクラライト城下町に戻って来ていた。
昨日までグラスタウンにいたわたしは、加速魔法のライトスピードを使ってここまでやって来た。
わけなんだけど、正直ライトスピードのおかげで魔力もスカスカになってしまい、体力も限界を超えていて、最早指すら動かせない程に疲れ果てていた。
そう言うわけで、今は猫喫茶ケット=シーで猫に癒されながら休憩中。
「がおぉ……。ママ、大丈夫?」
「休憩すれば大丈夫。ありがと、ラーヴ」
「がお」
ラーヴに微笑みながら答えると、ラーヴは心配そうに頷いた。
「とにかく、休憩したらメレカさんから貰った“紹介状”をお城に持ってって、国王様に謁見しないとね」
「がお」
そう。
わたし達の目的は、まずはクラライト王国の国王様に謁見する事。
そして、お城の中で保管してるって言うスキルに関する本を、国王様から読む許可をもらうのだ。
メレカさんが言うには、昔はスキルを使えるのが魔族しかいなかったらしくて、対魔族用に様々なスキルの特徴や対処法について書かれた本があるらしい。
だけど、かなり貴重な物だとかで、まず普通は閲覧不可能。
そこでメレカさんの立場を利用する事をメレカさん自身が提案してくれたのだ。
メレカさんはクラライト王国の王族専用の従者のメイド。
しかも、たかがメイドと思うなかれで、メレカさんがお願いすれば色々と許可してもらえるらしい。
流石は南の国バセットホルンの王姉アマンダ=M=シーだけある。
休憩中にアスモデに見つかって驚かれたりとかもあったけど、事情を説明したらすんなりと納得されて、更にはおごりだと生クリームとイチゴのアイスをたっぷりとはさんだビスケットサンドまで頂いてしまった。
濃厚で甘い生クリームとサッパリとした甘さのイチゴのアイスに、サクッとした歯ごたえのビスケットが心地良くて、お姉にも食べさせてあげたいと考える程に美味しいビスケットサンド。
猫達に癒されながらそれを美味しく頂いて、紅茶を飲んで一休みし終えると、ようやく体力も回復してきたのでお会計を済ませて店を出た。
「さってと、それじゃあお城に行こっか、ラーヴ」
「がお」
ラーヴを頭に乗せ、お城に向かって歩き出す。
猫喫茶ケット=シーはクラライト城から結構近くにあり、距離はだいたい1キロ程度。
既にここからお城の屋根も見えていて、警備の騎士もそれなりに見かける。
「そう言えば、ジャスがいなかったけど、やっぱり学校に行ってるの?」
「がお。ジャチュ、今日は学校行ってる」
「そうだよねえ。学校かあ……何だか懐かしいなあ」
「ママも学校行ってた?」
「うん。今も言ってるよお。こっちの世界に来てからは行けてないけど……って言っても、夏休み中だから関係ないけどね」
「がお? なちゅやちゅみ?」
「うん。夏休み」
ラーヴとそんな他愛もない会話をしながらお城に向かって歩いていると、そこでラーヴに加護を使った通信が入る。
通信が入ると、ラーヴは「連絡きた」とわたしに一言入れてから通信を開始して、わたしは邪魔にならない様に黙ってそのまま歩き続けた。
そうして少しの間黙って歩いていると、通信が終わったのか、ラーヴがわたしの肩の上まで移動した。
「ママ、大変」
「大変? 何かあったの?」
「がお。ぢゃちんの血、ドーイ言ってた」
「ぢゃちんの血? ああ、えーっと……じゃしんの血?」
「がお」
「じゃしんの血って何?」
「人を魔族にちゅる薬」
「へ?」
わたしは驚き足を止めた。
人を魔族にする薬と言えば、チーが無理矢理飲まされた薬の事だ。
今まで話題にも出ないし忘れてしまっていたけど、まさかその薬の話がここで出てくるなんて思いもしなかった。
「お館たまが持ってる」
「お館様が? ……それで、トンペットはなんて?」
「報告だけちたって言ってた」
「報告だけ……か。それじゃあ、そのせいでお姉が魔族になっちゃったとか、そう言うのじゃないのか」
わたしは胸をなでおろし、小さく息を吐き出した。
正直、少し焦った。
館にはお姉がわたしの代わりに潜入していて、わたしになりきっている。
もしそれがバレて実験台とか言われて飲まされてしまったらと思うと、本気で怖い。
そうでなくても、もしあの気性の荒いクォードレターあたりがお姉に何かするかもしれないって心配なのに……。
とは言え、わたしはお姉を信じてここまで来たんだ。
わたしはわたしのやるべき事をしないといけない。
だから、立ち止まっている場合じゃないと、わたしは再び歩き出す。
クラライト城の城門で門番に紹介状を見せると、驚くぐらい簡単に通してもらえた。
と言っても、迎えの騎士の人が来てだけど。
しかも左腕が無くて顔にも傷あるし、歴戦の騎士って感じで何か凄い強そう。
わたし怪しまれてる? って感じで少し心配になる。
そうして国王様との謁見の為に謁見の間に向かって騎士の後ろを歩いていると、騎士がわたしに振り向く事なく話しかけてきた。
「メレカからの紹介なんだって?」
「はい。急な事で迷惑とは思ったんですけど……」
相手が王族では無く騎士とは言え、失礼な事を言わない様に気を付けないとと思いながら答えると、突然「ははははっ」と笑われる。
わたしは笑われた事に驚いて、少しだけ足を止めてしまった。
すると、騎士も立ち止まり、振り向いたと思ったら微笑んだ。
「もっと楽にしてくれて構わないよ」
「楽にですか……?」
「そうそう」
「がお」
騎士はニッと歯を見せて笑うと再び歩き出し、わたしはその後ろをついて行く。
そうして辿り着いた謁見の間……謁見の間?
メレカさんからの話では、紹介状を見せて国王様に会い、本を読む許可を貰うと言う話だった。
だけど、連れて来られた場は謁見の間では無く、凄く煌びやかな広い部屋。
高そうなソファが、背の低い机を挟んで向かい合って並んでいる応接室的な部屋。
「あの、ここで謁見するんですか……?」
恐る恐る騎士に尋ねるも、騎士はそれには答えず、わたしをソファへと誘導する。
仕方ないのでされるがままソファに座り、わたしはその瞬間に驚かされた。
「クラライトへようそこ。メレカから話は聞いています」
「――っ!?」
ソファに座ったわたしの目の前に映ったのは、眩しいくらいに美人な女性が向かい合ってソファに座っている姿。
さっきまで誰もいなかったそこに、ソファに座った瞬間に突然現れたのだ。
突然の出来事に驚き戸惑って騎士に視線を向けると、わたしの視線に気がついた騎士はニッコリ微笑む。
「驚かせてしまってごめんなさい。私はこの国の王女、シャイン=ベル=クラライトです」
突然現れたその美人は、まさかのこの国の王女様。
その姿は、金髪碧眼の美人な顔に、座っていても分かる羨むほどの綺麗な体型。
胸もお姉より大きくて、姿勢も綺麗で美しい。
非の打ち所がない完璧な姿。
そんな印象を受ける王女様は、わたしを見て優しい笑みを浮かべている。
「す、すみません! 失礼しました!」
「がお~」
慌ててしまったわたしは立ち上がり、勢いあまってラーヴがわたしの頭から転げ落ちる。
「ラーヴごめ。って、あ。わたし、豊穣愛那で――っ!?」
目を回すラーヴを拾って直ぐ、わたしは名前を言った直後に再び驚いてしまう。
「あ、あれ? いな……い?」
そう。
さっきまでソファに向かい合って座っていた王女様が消えたのだ。
わたしは動揺して騎士に再び視線を移そうとして、その騎士に両肩を押されてソファに座らされた。
すると、座った瞬間に再び王女様が現れた。
「何度も驚かせてしまってごめんなさい。そのソファに座っていないと私が見えない様にしてるの」
王女様がそう説明してクスクスと笑う。
でも、そのクスクスは馬鹿にしてるとかそう言うのでなく、まるでイタズラが成功した時の小さな子供の様だった。
「ベル様は立場上そのお姿を普段隠して生活していらっしゃる。悪く思わないでほしい」
クスクス笑う王女様に若干放心した様に視線を向けていると、騎士がそう喋りながら王女様の側に移動する。
おかげで謎の出現に納得したわたしは、ようやく落ち着いて小さく息を吐き出した。
「取り乱してしまってすみません。改めて自己紹介させて頂きます。わたしは豊穣愛那です。この子は火の精霊のラーヴ=イアファです。今日はご多忙な中でお時間を取って頂き、誠にありがとうございます」
「目がくるくる~。がお~」
「ほ、ホントごめん、ラーヴ」
「うふふ。メレカの言っていた通り礼儀正しい子だね。可愛いな~」
「ベル様、地が出てますよ」
「あ」
王女様が口を抑えて、やっちゃったとでも言いたそうな目でわたしに視線を向ける。
おかげで、さっきまで非の打ち所のない完璧な姿だったのに、何だか可愛らしい一面を見せられて拍子抜けしてしまう。
「それよりベル様、メレカからの紹介状を」
「あ、うん。そうだよね。マナちゃん、少し待っててね?」
「は、はい」
すっかり話し方が砕けてしまった王女様は、わたしの返事を聞くと紹介状を読み始めた。
まあ、正確には紹介状と一緒に入っていた手紙を読み始めているわけだけど。
この手紙には、メレカさんが今回の件を説明した文章が書かれている。
メレカさんが言うには、紹介状を門番に渡せば手紙は自然と読むべき人に渡るとの事で、その読むべき人と言うのは王女様だったようだ。
そうして待つ事数分後、目を回していたラーヴの体調もすっかりと元に戻った頃に、王女様が手紙を読み終えて「うん」と頷く。
そして、わたしに視線を向けて、とんでもない事を言いだした。
「事情は分かったよ。これからクラライト王国はマナちゃんを全面協力するね」
「……はい?」
「がお」




