168 ハグレの村の激闘
「人の気配が無いわね」
「はい。誰もいません」
「2人とも、そっちはどうだったー!? 海の中はもぬけの殻で、今リバーが家の中も調べてるとこよー!」
「こっちも誰もいないわ!」
静まり返った海岸の村。
村には土の陸地なぞ存在しない。
何本もの頑丈な木の柱に支えられた道や家の数々。
その下の海の中には、人々の生活を支える海底の畑や市場が広がっている。
この村の名はハグレ。
お姉達は今、革命軍【平和の象徴者】の本拠地である、この混血種達が暮らすハグレの村にやって来ている。
目的は捕らわれた子供達を救う事。
それから帰って来ないレオさんとチュウベエの様子見だ。
しかし、ハグレの村に来たのはいいものの、村には誰1人としていなかった。
魚人であるデリバーさんも海の中を捜してくれているけど、今の所成果は得られていないようだ。
「ドンナはナミキと一緒にここ等辺をもう一度捜してほしいのだけど良いかしら? 私は私で別の所……あっちの海岸沿いの岩山の方を見てくるわ」
「了解。ナミキ、行くよ」
「分かりました! 行きましょう、ドンナさん」
リリィさんの提案で、二組に別れる。
と言っても、小さな村とは言え2人一緒の場所を見ていたら日が暮れてしまうので、お姉とドンナさんは別々に一軒一軒を見て回る。
そうして暫らく捜していると、少し離れた海面から大きな水飛沫が上がった。
そして、その水飛沫からデリバーさんが吹っ飛ぶようにして飛び出して、そのまま勢いよく村の通路に落ちた。
「リバー!?」
「デリバーさん!?」
お姉とドンナさんがデリバーさんの許へと走り近寄る。
デリバーさんは何があったのか、体の所々から血を流していて、ドンナさんの姿を見ると右手を向けて制止する様に手のひらを見せ止める。
「俺に構うん……じゃ、ねえ。ドンナ……気を…………つけろ。クラブドラゴンがい……る」
「何だって!?」
「クラブドラゴン……?」
ドンナさんが驚き、お姉が首を傾げる。
デリバーさんは2人に伝えると、そのまま意識を失った。
そして次の瞬間、デリバーさんが飛び出した水面が再び水飛沫を上げて、それと同時にドラゴンが飛び出した。
その姿は蟹のガザミとドラゴンが足して2で割られた様な異様な姿。
動体や足などはガザミで、本来目や口のあるあたりからは犬や猫の様にドラゴンの首と頭が飛び出していて、お尻のあたりから立派な鱗付きの尻尾が生えている。
まさに異様なその姿にお姉は恐怖で震え、ドンナさんは剣を構えた。
「ちっ。随分と厄介なのが出て来たね。海の中でこんなの相手にしたら、流石にリバーも太刀打ち出来ないってわけだ」
「こ、怖いですー。このカニさんの様なハサミがある生き物は何ですか!?」
「こいつはクラブドラゴンって種類のドラゴンさ。あのハサミに捕まったら真っ二つにされるから気をつけるんだね」
「へううううっっ! めちゃくちゃ怖いですー!」
「とにかく、知らないならステータスチェックリングで情報くらいは見ておきな。こいつ相手じゃ流石に私も1対1はお手上げだ。ナミキには手伝ってもらうよ」
「わ、分かりました! 頑張ります!」
お姉がステチリングでクラブドラゴンの情報を確認する。
蟹竜
年齢 : 5968
種族 : 蟹竜『龍族・海竜種』
職業 : 無
身長 : 123
装備 : 無
味 : 至宝
特徴 : バブルブレス・鉄切り鋏
加護 : 水の加護
属性 : 無
能力 : 未修得
その時、お姉の震えがピタリと止まる。
そして、お姉は目を見開いて、クラブドラゴンの情報を食いいる様に確認した。
「ドンナさん、この味の項目の至宝って何ですか? 初めて見ました」
「ああ、それかい? 至宝ってのは、最上級の美味さを表してるよ」
「それを早く言って下さい!」
「――っ!」
さっきまで震えは何処へやら。
お姉はやる気に満ち溢れた目でクラブドラゴンを睨み見て、魔力を両手に集中させる。
そして、ニヤリと笑みを浮かべると、クラブドラゴンに指をさした。
「怖がってる場合じゃありません! 今日の晩御飯はクラブドラゴンです! 美味しくいただいちゃいます!」
かつてない程のやる気。
お姉のそんな姿を見て、ドンナさんは動揺しながらも、とりあえずはクラブドラゴンと向かい合う。
クラブドラゴンはハサミを大きく開き跳躍。
向かう先はドンナさんでは無くお姉の方で、お姉は直ぐに魔法を発動する。
「アイギスの盾!」
お姉の目の前に現れた魔法の盾は、見事にクラブドラゴンのハサミからお姉を護――ってない!
クラブドラゴンはアイギスの盾が目の前に現れると、空中で転がる様な横回転で移動して、盾の無いその位置で口から大量の泡を勢いよく吐き出した。
「ナミキ!」
間一髪。
ドンナさんがお姉に勢いよく飛びついて、抱きしめながら横っ飛びしてくれたおかげで攻撃を逃れる。
クラブドラゴンから吐き出された大量の泡は勢いよくその先にあった家にぶつかり、家の壁を溶かしてしまった。
それを見て、お姉は顔を青ざめさせてぶるりと震える。
「や、ヤバいです! お家が溶けちゃいました!」
「当たったら死ぬよ! 気をつけな!」
「は、はいー!」
2人は一度クラブドラゴンから距離を取る。
すると、クラブドラゴンが今度は反復横跳びの様な動きでお姉達に急接近する。
ドンナさんが剣の先端をクラブドラゴンに向ける様に構えて、真っ直ぐに刺突する。
しかし、クラブドラゴンはドンナさんの剣をハサミで切断した。
「――っ!?」
剣を切断されて驚いたドンナさんは、一瞬動きを鈍らせた。
クラブドラゴンはそれを決して逃さない。
直ぐに剣を切断したハサミとは別のハサミでドンナさんを狙い、それはドンナさんの首に届いた。
「しまっ――――」
「させません!」
刃と刃が交わる様な甲高い音が鳴り響く。
ドンナさんの首が切断されるかと思う程の寸でで、お姉がアイギスの盾でドンナさんを護ったのだ。
クラブドラゴンの鋏はお姉に攻撃を防がれ刃が欠けて、クラブドラゴンは危険を察知して、すぐさまお姉達から距離をとった。
ドンナさんは息を止めていたかのように勢いよく息を吐き出して、息を荒げながら自分の首に触れて安堵する。
「助かったよナミキ」
「はい!」
お姉が返事をしたのと同時、クラブドラゴンがバブルブレスを口から放つ。
お姉はそれを見て、直ぐに目の前に自分とドンナさんを護れるだけの大きな盾を魔法で出現させた。
「ナミキの盾凄いじゃないか。クラブドラゴンのブレスにビクともしないよ」
「えっへんです!」
お姉が褒められ得意気になり油断したその直後、最悪な事態はやってくる。
ここは海面の上にある村。
お姉の立っている場所も海面の上にある作られた通路。
当たり前のように背後や下には海があり、地面では決してない。
だからこそそれは起きた。
油断したお姉の背後から水飛沫が上がり、お姉が水飛沫に驚いて振り向いてももう遅い。
クラブドラゴンが勢いよく飛び出して、お姉にハサミを向けて襲いくる。
「ナミキ!」
気が付けば、ドンナさんがお姉を庇ってクラブドラゴンのハサミの餌食になり、横腹を深く斬られてしまった。
「――っドンナさん!?」
クラブドラゴンの攻撃はまだ終わらない。
近距離からのバブルブレスを放とうと、弱ったドンナさんに向かって大きく口を開ける。
「させません! 動物部分変化フローズンドラゴンバージョンです! ギャオオオオッッ!」
お姉はフローズンドラゴンの翼と尻尾を生やして叫びながら、そのまま氷のブレスを吐きだした。
コンマの差でお姉の氷のブレスがクラブドラゴンのブレスより先に放たれて、クラブドラゴンのバブルブレスは不発に終わり、クラブドラゴンは横っ飛びして海に潜る。
「ドンナさん! ドンナさん!」
横腹を深く斬られて大量に血を流してその場に倒れたドンナさんに駆け寄って、お姉はしゃがんでドンナさんを抱き上げる。
ドンナさんは息はまだあるものの、それはまるで風前の灯火だった。
「私のせいです! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「ゲホッ……ハア、ハア。ナミ……キ、馬鹿な子だ……ね。ハア、ハア……謝るんじゃ…………ないよ。ゲホッゲホッ」
「ドンナさん!」
ドンナさんは血を吐きながらも、お姉を優しく見つめる。
「良いかい? ……ナミキ。私を置い……て、ゲホッ……ハア、ハア。逃げ……な。分かっ……たね?」
それだけ言うと、ドンナさんは意識を失った。
まだ息はある。
死んではいない。
だけど、最早時間の問題だろう。
「ドンナさん……」
お姉はドンナさんをゆっくりと床に降ろして立ち上がる。
「ドンナさん、ごめんなさい。私は逃げません」
お姉の目つきが変わった。
いつものほほんとした呑気な目は鋭く、だらしのない口は引き締まる。
見つめる先は海面、クラブドラゴンが潜っていった海の中。
お姉は集中し、魔力を手に集中する。
次の瞬間、お姉の背後の海面が水飛沫を上げてクラブドラゴンが飛び出した。
お姉は直ぐに背後に振り向いて、大きく口を開けて「ワアアアアアアアッッ!」と叫び、同時に氷のブレスを吐き出した。
しかし、クラブドラゴンも馬鹿では無い。
そうくるであろう事が分かっていたかのように、既にバブルブレスを吐き出していた。
氷のブレスとバブルブレスが激しくぶつかり合い、お姉とクラブドラゴンの間には泡の形をした氷が幾つも出来上がり海や床に落下する。
そして、クラブドラゴンは高速でお姉に接近し、その驚異的なハサミで襲いくる。
「アイギスの盾! スライムスタイルです!」
お姉の目の前にゼリー状の盾が出現し、それがクラブドラゴンのハサミを受け止めた。
いや、受け止めたと言うよりは貫かれた。
しかし、クラブドラゴンのハサミはお姉に届かない。
お姉は魔法を使いながらも、翼で後ろに飛んでいたのだ。
そして、その時、クラブドラゴンのハサミに異変が起きる。
お姉のアイギスの盾を貫いたハサミは、お姉の盾に完全に包まれた。
「かかりました! その盾はアイギスの盾・おっぱいスタイルの応用です! 攻撃を防ぐ力は無いですけど、攻撃を包み込むんです!」
クラブドラゴンがハサミを上下左右に降って剥がそうとするも全くの無駄。
ハサミにくっついたそれは決して離れない。
そして、お姉がクラブドラゴンに上空から接近して大きくではなく、タコの様に口を開けた。
「ヒュオオオオオオッッ!!」
瞬間――お姉の口から細く速い速度で氷のブレスが吐き出されて、クラブドラゴンのハサミをゼリー状の盾ごと凍らせた。
「今です! 動物部分変化コートシップドラゴンです!」
お姉に生えていた羽や尻尾が姿を変え、尻尾は大きさを増して長くなる。
そして、お姉は尻尾を大きく背後に振るい、そのままクラブドラゴンに向かって落下する。
クラブドラゴンは危険を察知して、逃げようとしたが出来ない。
凍らされたハサミが重く、そしてゼリー状から氷へとなった盾が床に張り付いて身動きが取れないのだ。
「痛いから覚悟して下さい!」
お姉が落下と同時に尻尾をクラブドラゴンに向かって振るい、クラブドラゴンの頭に直撃した。
その衝撃は凄まじく、クラブドラゴンの頭蓋骨を粉砕して絶命させ、クラブドラゴンが立っていた床は崩れ去る。
お姉は近くに着地して、スキルを解除してフラフラとよろめいて、数歩先で足に力が入らなくなってヘタリと座り込む。
「やりました……。でも、やっぱりコートシップドラゴンさんに変身するのは、凄く疲れますね」
そう呟くと、お姉はドンナさんに視線を向けて、立ち上がろうとして前のめりに倒れる。
「ドンナさん……を、早く治療しないと……駄目です。寝てる場合じゃありません」
だけど歩くどころか、立つ事すら出来ない。
部分変化だけとは言え、コートシップドラゴンへ変身時の体への負担はそれ程に大きい。
お姉は床を手と腕の力で這いつくばる様に移動して、ドンナさんの所に向かう。
そしてその時だ。
お姉の背後から声が聞こえた。
「あのクラブドラゴンをやっつけちまうなんて、大した嬢ちゃんだ。寝ててすまねえな。ありがとよ、後は任せてくれ」
「デリバーさん……っ!」
そう。
お姉の背後から、気絶していたデリバーさんがやって来たのだ。
相変わらず怪我は酷いありさまだったけど、無事な様で、そしてデリバーさんが来てくれてお姉は安心する。
そして、デリバーさんが足を少し引きずりながらもドンナさんに駆け寄って、ドンナさんを見てお姉に笑顔を見せた。
「ありがとうな。ナミキのおかげでドーナも助かりそうだ」




