136 条件と理由
リングイさんやドワーフの国から連れて来た子供達と再会してから暫らくして、お姉とモーナとラヴィが一匹の猫を連れてやって来た。
その猫は普通の猫ではなく、綺麗な青白い毛をした大きな猫。
艶のある綺麗な毛並みに愛嬌のある可愛い顔。
わたしの背後をいつもくっついて歩いていたダンゴムシと同じ大きさだから分かる。
大きな猫のその大きさはおそらく2メートル越え。
やけにデカいその猫は、つぶらな瞳をキラキラと輝かせてわたしをジッと見ていた。
わたしと猫が見つめ合い、お姉が猫に負けじと瞳を輝かせて猫に抱き付き、モフモフしながらわたしに話しかける。
「どうですか? とっても大きくて可愛いネコちゃんです」
「どうって言われても……」
わたしは見つめ合う。
大きな猫と。
そして思う。
これ、絶対ダンゴムシだよね?
と。
明らかに怪しい。
だいたい一緒にいた筈のダンゴムシがいない。
なのにお姉もモーナもラヴィもそれについて何も言わない。
あんなにダンゴムシに好意を見せていたのにだ。
「マナは私みたいな可愛い動物が好きなんだろ? だから連れて来たわ!」
「ごめんマモン。あんたが魔族だって事をバラしてしまったから、猫の獣人ではない事をマナは知ってるわ」
「なにいいいいいい!? どう言うつもりだ! リリィ=アイビー!」
「どう言うつもりもないわよ。それよりそのフルネームで呼ぶのいい加減やめてくれない?」
モーナとリリィさんが何やらもめる。
わたしはそんな2人を放っておいて、お姉にジト目を向ける。
「何でダンゴムシを猫に変えたの?」
「いきなりばれちゃいました! 即落ち2コマです!」
「即落ち2コマ?」
お姉の馬鹿な言動に、首を傾げるラヴィ。
わたしは吐き出しそうになったため息を堪えて、ダンゴムシだった猫に視線を移した。
「で? 何で猫に変えたの?」
「愛那の為。……とロポの為」
「わたしとダンゴムシの?」
意外な答えに首を傾げると、ラヴィが頷いてうさ耳を揺らす。
「そう」
理由は言わない。
いつもの虚ろ目に真剣な気持ちを込めて、ただジッとわたしを見つめる。
ラヴィと目を合わせるわたしは、これ以上何も聞くまいと微笑んだ。
「そう言えば、猫になったのはいいけど鳴いたりするの?」
ふと疑問に思い尋ねると、お姉とラヴィが顔を見合わせ首を傾げる。
2人のその行動で全てを察したわたしは苦笑して、ダンゴムシだった猫に近づいた。
「ダンゴムシ、にゃーって鳴いてみて?」
「……」
鳴かない。
いや、言っている意味を理解出来ないだけか?
などと考えていると、眉根を下げたお姉がわたしの側に来た。
「愛那ちゃん、ネコちゃんになってもダンゴムシって呼ぶんですか?」
「へ? だって中身はダンゴムシじゃん」
「そうですけど……」
お姉は悲しそうに呟いて、ダンゴムシだった猫を撫でた。
お姉の言いたい事は何となくだけど分かる。
でも、わたしは気付かないフリをした。
理由は……まあ、それは今は置いておくとしよう。
何はともあれ、わたし達は久しぶりの再会を果たして、孤児院の子供達と少し遅い自己紹介をした。
何故直ぐに自己紹介をしなかったかと言うと、それはラヴィがいなかったから。
どうせならまとめてしようと言う事になってラヴィを待っていたのだ。
自己紹介が終わると、来客用の部屋に数名が集まる。
今ここにいるのはわたしとお姉とモーナとラヴィ、それからリングイさんとフナさんの合計6人。
ダンゴムシは猫になった姿のまま子供達と遊んでいる。
リリィさんは孤児院の周りをパトロール中。
ちゃぶ台を囲んで紅茶を飲みながら、わたし達は話し始めた。
「改めて、この度は子供の受け入れをしてくれてありがとうございます」
畏まって礼を言うと、リングイさんが顔を顰めてつまらなそうな顔をした。
「マナはさ、オイラが無条件で受け入れたって思ってない? 何も無しでなんて、そんなわけにはいかないだろ」
「……はい?」
思いもよらない返しに耳を疑った。
わたしは驚き目を見開き、リングイさんとお姉を交互に見た。
お姉はわたしと目が合うと、何やら気まずそうな雰囲気を臭わせて視線を逸らした。
「条件……条件って何ですか?」
勝手に信じて子供達を連れて来たのはわたしだ。
それで無条件で子供を預かってほしいなんて、そんな虫のいい話があるわけなかった。
だからわたしは冷静に、そして裏切られたと言う自分勝手な感情を起こさずに静かに尋ねた。
「流石はマナちゃん話が分かる」
リングイさんは手に持つ紅茶を飲みほして、ニヤリとした笑みを見せる。
お姉の態度が気になりつつも、わたしは緊張で唾を飲み込み、小さく息を吐き出した。
「オイラが出す条件、それは明日開かれる水の都フルートの祭り【踊歌祭】で1位を取る事だ」
「そうですか。わかりました…………へ? 踊歌祭で1位?」
わたしが困惑していると、フナさんがリングイさんに呆れたような視線を向ける。
「リン姉、それ本気なの? 私もマナちゃんから話聞いたけど、そんな事しなくたって受け入れてあげようよ」
「駄目だね。見損なってくれても構わないぜ。これは絶対に必要な条件だ」
「見損なってくれてもって、そんなのもうとっくにしてるって」
フナさんが大きくため息を吐き出して、これ以上何も言うまいとリングイさんからそっぽを向いた。
わたしはそんな2人のやり取りは気にせず、何かを知っていそうなお姉に視線を向けて質問する。
「その踊歌祭で1位って何?」
「あのですね……」
踊歌祭、それは水の都フルートで行われる祭りで、その事は既に知っている。
お城へと続くメイン通りに様々な屋台が並び、まるで日本で見かける夏のお祭りの様な雰囲気に包まれる。
祭りに参加する者はお城へと向かい、大きな庭園に集まって皆で初代女王の誕生日を騒ぎ倒して騒々しく祝う。
そう。
この海底国家バセットホルンの初代女王の誕生日を祝う祭りが、この【踊歌祭】なのだ。
そして、ここからがお姉の説明でわかった事。
踊歌祭では毎年必ず開かれる歌と踊りのお披露目がある。
だからこそ踊歌祭と呼ばれていて、その理由も初代女王が歌と踊りが好きだったからだと言う。
そんな歌と踊りのお披露目は、参加条件が10歳以下の子供だけ。
長く続く伝統で、元々は子供好きな初代女王に喜んでもらう為の催しだった。
だけどそれも昔の話。
今ではこのお披露目が謎の進化を遂げて競い合うものへと変わっていた。
お城の庭園の中心に舞台が準備されて、そこで誰が一番か競い合う。
もちろん参加できるのは10歳以下の子供だけ。
1人で参加するも良し、誰かと手を組んでグループで参加するも良し。
景品は王城で勤める権利、もしくは、それに見合う金銀財宝。
リングイさんの目当てはこの金銀財宝。
この景品で孤児院の子供達に少しでも裕福な暮らしをさせてあげたいのだとか。
ちなみにわたしがここに来るのが祭りの日に間に合わなかったら、連れて来た子供が参加する事になっていたらしい。
「で、審査員は王族1人と貴族が2人……か」
「はい。危ない事はしないですし、愛那ちゃんなら優勝出来ると思って、やりますって言っちゃいました」
「……お姉」
駄目だこのお姉。
本当に馬鹿だ。
そんなわけで、わたしの知らぬ間にお披露目会に参加決定でエントリーも無事終わってるとの事。
「勝手に申し込んじゃってごめんなさいです!」
「もういいよ。でも……はあ。1位って、これ取れなかったら皆をここにいさせて貰えないって事だよね?」
「はい……」
「愛那」
お姉が落ち込み、わたしが頭を悩ませると、不意にラヴィがわたしの名前を呼んだ。
「サポートは任せて」
そう言ったうさ耳つけた虚ろ目少女のラヴィは、何やら瞳を輝かせてやる気に満ち溢れていた。
そして更にもう1人、今まで黙ってわたし達の様子を見ていた猫耳が立ち上がり、自信あり気に胸を張る。
「そうだぞマナ! こっちには最強の助っ人がいるからな! 猫は最強の獣だからな! 絶対に負けないわ!」
猫耳モーナはそう言うと、猫になったダンゴムシに触れてドヤ顔をする。
すると、お姉もダンゴムシにそっと触れて、なんだか遠い目をした。
正直ちょっとアホっぽい。
「そうですよ愛那ちゃん。見て下さい。このネコちゃんになったロポちゃんの可愛さはきっと愛那ちゃんの可愛さを何処までも高めてくれます」
「ごめんお姉、言ってる意味が分からない」
呆れながら話すと、お姉とモーナがダンゴムシに触れていた手を離し、ダンゴムシを中心にして変なポーズをとった。
「お披露目はペットもサポート役として参加出来るんです!」
「マナとロポで優勝をもぎ取るぞ!」
「おー!」
お姉とモーナ、そしてラヴィが3人で片手を上げて気合を入れる。
何故か当事者ならぬ参加者にされてしまったわたしを置き去りにして、3人と一匹が盛り上がる。
そしてそんな中、わたしは心底思ってしまうのだ。
ダンゴムシを猫にした理由ってこう言う……はあ、やだなあ。
これもう断れないやつじゃん。
でも仕方ないか。
ようするに子供達の生活費をよこせって事だよね?
だったらやるだけやってみよう。




