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098 続・時計塔の決戦

 ジライデッドはラリーゼとスタシアナに命令すると、ドワーフ城と時計塔の時計を一瞥して、ため息を一つ吐き出した。


「いけないな。ついカッとなってしまったよ。予定をだいぶ狂わされて冷静さを欠いていたようだ。ラリーゼにスタシアナ、2人とも後は任せたよ。私はジエラを連れてこの場から離れる」


「はい、パパ」


「ん~、分かったわ」


 ジライデッドはドワーフ城のへいに視線を向けて、余裕を見せつけるかのように、そちらの方へゆっくりと歩き出す。


「ジルお義父さん!」 


「ん?」


 チーがジライデッドを呼び、2人の目がかち合う。

 チーは何も言えない。

 ただ、口を開けて唇を震わせているだけだった。

 その顔は悲し気で今にも泣き出しそう。

 チーはわたしの顔と、メイド服が引き裂かれて丸見えになったお腹に視線を向ける。

 そして、涙を堪えて、再びジライデッドに視線を向けた。


 死んでいたと思っていた義理の父親。

 わたし達に敵対し、母親を奪おうとしている。

 そして、間違いなくラリーゼとスタシアナを通してチーを操っていた。

 チーとジライデッドは義理の親子。

 チーの表情を見れば、2人はきっと仲が良かった。

 向こうはどうだか知らないけど、少なくともチーは信頼していた相手。

 だからこそ、チーは色んな気持ちと葛藤してるのだと思う。

 チーはそれ程に辛そうな表情をして、何も言えずに黙ってしまっていた。


「チーちゃん、ジエラさんを取り戻したければ、私を追ってきなさい」


 チーの気持ちを見透かすような表情でジライデッドはチーにささやき、そして塀に右手をかざした。

 すると、その瞬間に見えない何かが塀を粉々に斬り裂いた。

 わたしは驚き、何が起きたか理解できなかった。

 解かる事と言えば、ドワーフ城の高く分厚い塀が一瞬にして粉々になり、大きな穴が出来上がったと言う事くらいだ。


「ラリーゼ、スタシアナ、そのガキを殺したら来なさい」 


「はあい」


「わかったわ」


 ラリーゼとスタシアナの返事を聞くと、ジライデッドはチーの母親を連れて、穴の開いた塀の先へと歩き出す。

 そして、ラリーゼとスタシアナはわたしとお姉とラヴィに向かって走り出し、それと同時にドワーフ城の一部が突然爆発した。

 突然の爆発に驚いて、わたしは爆発した方角に反射的に視線を向けてしまった。


「余所見なんて余裕ね!」


「アイギスの盾!」


 お姉のアイギスの盾とラリーゼのナイフがぶつかり合い、 わたしの目の前で金属と金属がぶつかる様な甲高い音が響く。


「ごめん、お姉」


 直ぐに短剣を構え直す。

 と、同時だ。

 ラヴィが打ち出の小槌こづちを接近してきたスタシアナに振るう。

 スタシアナは右手を前に出し、目の前に黄色の魔法陣を出現させ、そこから直ぐに電気の塊の様な丸い球体が飛び出した。

 ラヴィは打ち出の小槌を振るう手を止めて、咄嗟に横っ飛びして丸い球体を避ける。

 丸い球体はラヴィが避けるとそのまま突き進み、数十メートル先にあるドワーフ城の壁にぶつかって、雷が落ちた様な音を立てて壁を破壊した。

 遠目に見ても分かるその威力。

 壁を破壊して瓦礫がれきに変えたそれは、間違いなく強力な電気の塊で、当たれば一溜まりも無いだろう。


「チーちゃん!」


 お姉がチーを呼び、わたしはそこでやっと気がついた。

 ジライデッドの姿は既に無く、チーはジライデッドに言われた通り、たった1人でジライデッドを追って塀の向こう側へと飛び出す所だった。

 わたしはチーを追おうとしたけど出来ない。


 スタシアナが電気の塊を生み出してわたしに飛ばす。

 斬り払おうとして、わたしは短剣を構えようとしたけどやめた。

 お姉がアイギスの盾を出して、わたしの目の前に出てたからだ。


 しかし、このままだと不味い。

 一度倒した2人とは言え、それはあくまでモーナとグランデ王子様がいたからだ。

 スタシアナはグランデ王子様が倒したし、ラリーゼはモーナがあのタイミングで来てくれたからこそ勝てた。

 ラリーゼのあのブレの感覚は今はないけど、逆にスピードが上がっている気がする。

 あの時は甘く見られて、手加減されていたと嫌ほどわかる。


「ラヴィ、モーナとグランデ王子様を回復し……ラヴィ? 大丈夫?」


 回復を頼もうとラヴィに視線を向けると、ラヴィの顔からは疲労が見えた。

 その様子に心配になったけど、ラヴィは額に浮かべた汗を手の甲で拭って、口角を上げて頷いた。


「大丈夫。回復してくる」


「……うん、ありがとう」


 お礼を言うと、ラヴィは頷いて回復に向かう。


「回復持ちは先に潰す!」


 ラリーゼがラヴィに向かって走り出し、わたしもラリーゼを止める為に駆けだした。


「クアドルプルスピード」


 呪文を唱えて加速し、スキル【必斬】を短剣に乗せ、ラリーゼに向かって振るって斬撃を飛ばした。

 ラリーゼは飛翔する斬撃に直ぐに気が付いて、舌打ちして横っ飛びして避ける。

 動きを止め、わたしを睨んで両手を前にかざし、目の前に赤い魔法陣を浮かび上がらせる。


「ローリングフレイム!」


 魔法陣から直径3メートルはありそうな巨大な炎の玉が飛び出して、それがわたしに向かって高速で地面を転がった。

 いや、転がったという表現は、あまり似つかわしくないかもしれない。

 それは、その炎の玉は確かに転がっているが、地面を抉りながら進んでいた。

 それも高速でだ。


 縦に斬り裂く……駄目だ。

 この大きさだと斬ってもその場で消えてくれないと絶対にわたしにあたる。

 細かく切り刻む技術もわたしには無い。


 わたしは直ぐに回避行動に移る。

 寸での所で横に避け、炎の玉はわたしの横を通り過ぎて、数メートル先で爆散した。

 周囲に火の粉が舞い散って、ドワーフ城に飛び火する。


「ん~、いけない子ね。アナタが避けるから、お城が更に燃えちゃったじゃない」


「――っく」


 背後からスタシアナの声を聞き、咄嗟に振り返って短剣を振るう。

 間一髪。

 いつの間にか背後にいたスタシアナの手元から伸びていた目に見えない何かを、振るった短剣が受け流した。


「あら? 今のよく受け止めれたわね」


愛那まなちゃん!」


 スキル【動物部分変化】で凍竜フローズンドラゴンの翼と尻尾を生やしたお姉に両肩を掴まれて、わたしは数メートル先まで運ばれた。


「お姉?」


「た、大変です。ドワーフ城が大炎上です」


 お姉に言われてドワーフ城を見ると、かなりの広範囲が燃え上がっていた。

 恐らくさっきの……ジライデッドが逃げ出した時に起きた爆発だろう。

 それは、一か所だけではなく所々が燃えていて、本当に広範囲でかなり酷いありさまだった。


「綺麗に燃えてるわね。ムカつくドワーフどもの王様も一緒に燃えてほしいわ~」


 ラリーゼが嬉しそうに話した。

 その顔はえつひたる様な微笑みを見せていて、見ていた不快だった。

 そしてその隣にスタシアナが立ち微笑する。


「ラリーゼ、アナタ随分とドワーフ達を嫌悪してたわね」


「そりゃそうよ。アイツ等そう言う種族だか何だか知らないけど、とくに女が全員揃いも揃って見た目が子供なのよ。あたしなんてスキルでなんとかしてるのにさ。こんなの不公平じゃん。殺されて当然。だから、王様には国を代表して死んでもらわないと。パパに時限付きの爆破魔法をセットさせてほしいって頼んで正解だったわ。ついでに城内のドワーフも殺せるしね」


「ん~、本当に悪趣味な子」


「スタシアナ姉さんには言われたくないわよ。ん? あれ? でもおかしいわね。確か――」


「おい、今なんて言った?」


「――あ゛?」


 ラリーゼの言葉にわたしは怒りを通り越して憤慨ふんがいした。

 元々ラリーゼは酷い奴だと思ってた。

 チーの母親の事もある。

 だけど、何も関係ない……ただ見た目が子供と言うだけで、殺されて当然と言うラリーゼに怒りが込み上げ振り切った。


「暇つぶし? ふざけるな! くだらない理由で誰かの命を奪うな! こんな……あんた達の為に、何でチーが、チーの母親が犠牲にならなきゃいけないんだ!」


「ん~、そんなに興奮しないでも大丈夫よ」


 スタシアナが呆れた様な表情を見せ、鼻で笑う。

 そして、何とでも無いように言葉を続ける。


あらかじめ非番の兵を含めて、王族は全員眠らせてあるわ。城の中で燃え死んでも、寝ているから苦しまずに死ねるわよ」


 言葉を失った。

 信じられなかった。

 眠らせて、寝ているから苦しまずに死ねる?

 冗談じゃない。


「愛那」


 不意に、お姉が静かな声でわたしを呼んで肩に触れた。

 その声と肩に触れたお姉の手にハッとなり、わたしはお姉に視線を向けて顔を見上げた。

 お姉は真剣な面持ちで、ただジッと前を、ラリーゼとスタシアナを見ていた。

 その瞳は真っ直ぐで、いつものお姉からは考えられない程に真剣だった。


「ラリーゼさん、スタシアナさん、貴女方の考えはよく分かりました。だけど、それを私の妹に自慢気に話して考え方を押し付けないで下さい。聞いていて不愉快です」


「不愉快? はっ! 何良い子ちゃんぶってんのよ! 妹の前で良い所を見せたいのか知らないけど、アンタだって殺したい奴の1人や2人いるでしょ? 例えば、あたしとかさ! 憎いんだろお!?」


「ん~。綺麗事だけじゃ、世の中生きていけないわよ」


「いるかいないかの話ではありません。綺麗事で結構です。少なくとも、私は綺麗事を言う人を馬鹿にするような人に、愛那にはなってほしくありませんから」


「頭の悪い女だな!」


 ラリーゼが跳躍ちょうやくし迫る。

 スタシアナは手を前にかざして、目の前に緑色の魔法陣を生み出し、そこから風の刃が飛び出した。


「部分変化、コートシップドラゴン」


 お姉にピンク色の羽と尻尾が生える。

 その尻尾は長く、2メートル以上あった。

 そして、跳躍して接近したラリーゼを尻尾で振り払い、迫り来る風の刃をも尻尾で叩き消した。

 更に、後退しようとしたラリーゼをお姉が追撃。

 ラリーゼに直ぐに追いつき、お姉が尻尾を振るって叩きつける。


「――っがあ!」


 お姉の尻尾がラリーゼの脇腹に直撃して、ラリーゼは横に吹っ飛んで地面を転がった。


「調子に――――――っ!」


 何かを言う前に、ラリーゼの背中から血しぶきが上がる。

 ラリーゼは血を吐き出して、白目をむいてその場に崩れ落ちた。

 何が起きたのか一瞬分からなかったけど、それは直ぐに分かった。


「背後から悪いな。でも戦いは非情だから油断したお前が一番悪い」


 ラリーゼの背後にモーナが立っていた。

 モーナはラリーゼの背中を伸ばした爪で斬り裂いたのだ。

 相変わらず容赦のないモーナはそう口にすると、爪に付着したラリーゼの血を払って取り、爪を引っ込めてラリーゼを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばした先にはグランデ王子様がいて、グランデ王子様がラリーゼを受け取った。


 そして次の瞬間、お姉とモーナが同時に「愛那マナ!」とわたしの名前を呼び、わたしの全身に電流が流れた。


「あああああっっ……!」


「ん~。マナちゃん、アナタ戦いに向いてないわよ」


 言われた通りだ。

 また余所見をしてしまっていた。

 モーナがラリーゼに言った「油断したお前が一番悪い」と言う言葉が、わたしにも当てはまってて嫌になる。

 だけど、わたしは今それどころじゃない。

 お姉がラリーゼに追い打ちをし、モーナが止めをさし、グランデ王子様がラリーゼを受け取る。

 それを見ていた間にスタシアナに接近されて、電撃を食らってしまったのだ。


 意識が吹っ飛びそうになった。

 だけど、何とか持ちこたえた。

 でも、状況は最悪だった。


「あら? 今ので死ななかったの? タフね。でもこれでお終い」


 スタシアナの全身が電気に包まれる。

 スタシアナは拳を作り、そこにおぞましい程の電気が集束されていく。


 お姉とモーナは走って、わたしを助けようとするけど間に合わない。

 わたしはスタシアナの拳を見つめて――――スタシアナの拳に集束された電気が吸収されていく。


「――――っ!?」


 拳に集束された電気。

 それが吸収されていく場所。


 それは。


「やらせない」


 ラヴィがスタシアナから向かってすぐ右に跳んでいた。

 スタシアナの身長よりも高く跳び、【打ち出の小槌こづち】を構えていた。

 そしてその【打ち出の小槌】はスタシアナの電気を吸収して、バチバチと音を出してもの凄い速度でふくれ上がっていく。


 否。


 違う。


 膨れ上がっていくんじゃない。

 別の姿に変形していった。

 その姿は神々しく、まるで漫画やアニメやゲームの北欧神話の物語に出て来るような造形美。

 ラヴィの身長を大きく越え、2メートル大の巨大な槌。


「トールハンマー!」


 瞬間――ラヴィが【打ち出の小槌】をスタシアナに振るい、スタシアナは避ける事も出来ずに全身でそれの直撃を食らった。


「がああああああああああああっっっっ!!」


 スタシアナは凄まじい程の電流を浴びて地面に叩きつけられ、雄叫びにも似た悲鳴を上げて、頭から煙をだしてその場で倒れた。


「愛那、直ぐ治す」


「へ? あ、うん」


 あまりにも突然で、あまりにも一瞬で、あまりにも驚きすぎて、心配そうにわたしに駆け寄ったラヴィにそんな生返事しか出来なかった。

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