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■第八一夜:あのひとのいちばん





「エステルが言ったでしょ、魔導書グリモアの能力が暴走するのは、わたしが心の奥底でそうあれと望んでいるからだって」


 あれ、わたしにとって実感だったんだよね。


「だから、すごく動揺したんだ。痛いところをグサッと刺されちゃったんだよ、物凄く的確に」

「でも……そうあれと望んだって……スノウさんが本音では望んでいたからって……自動的に強制的に能力が発動しちゃうとかって、それってどういう地獄なの……。っていうか、そんなになるまでわたしたちのこと意識してたって、どういう意味?」

「ですわ。よりにもよってスノウさんが、そこまで強くわたくしたちを意識してしまっていたっていうのは……いったいどういう……ことですの?」

「初めて意識したのは、ふたりがアシュレさまに抱きかかえられて地下下水道から帰還したエピソードを読んだとき、かな? わたしはそのころバラの神殿でねえと一緒に囚われになっていたはずだから、どうしたって伝聞とか過去の記録を調べることしかできなかったわけだけれど……」


 バラの神殿から救い出されて戦隊に帰還したら、メチャクチャ可愛い妹たちがアシュレさまの側にふたりも生えてるじゃん?


「ヤバいって思ったんだよ。ふたりとも可愛らし過ぎる、凶悪に可憐過ぎる。ぜったいあと数年、ううん、もう二年もしたら信じられないくらいの美人になっちゃうってわかっちゃったんだ」


 こういうときの女の勘って、怖いくらい当たるんだよね。

 自嘲して言うスノウに、真騎士のふたりは理解が及ばず、ぽかんと口を開けて問うことしかできない。


「それで……? そのことと、スノウさんがわたしたちの過去を体験してしまうことと、どんな関係があるの?」

「たしかにアシュレさまとの出会いは劇的でしたし、あのときにはもうわたくしたちは騎士さまに恋をしてしまっておりましたけれど……。でもキルシュの言う通りですわ。そんなことでわたしたちのことを気にかけるだなんて……。察しが悪くてごめんなさいなんですけれど、スノウさんがおっしゃる意味が、よくわかりませんの……。それってどういう意味なんですの?」

「……言いにくいことをハッキリ聞いてくるなあ。そーゆーところなんだゾ、ふたりとも」


 光属性だっていうのは、サ。

 こんどのは苦痛からではなく、あきらかに演技だとわかるわざとらしさでスノウは口を大きくヘの字に曲げてみせた。


「ぶっちゃけ強力過ぎるライバルだって思ったってこと。シオンねえだけでもヤヴァいのに、なにこの歌って踊れて特別な祝福まで与えられちゃう戦乙女の妹どもはって……焦ったの──焦ったんだよ!」


 もっとありていに言えば、


「嫉妬したの! 肌もすべすべで、小顔で小尻で白鳥みたいにたおやかな首、足なんか子鹿みたいに細っこくて、信じられないくらいに美形でさ。睫毛も長くて、お姫さまみたいじゃん。声なんか銀の鈴を鳴らすみたいだしさ、ふたりとも」


 嘘じゃないよ、とスノウは力説する。


「その証拠に魔導書グリモアのなかのわたしの頁には、そのことがハッキリ記されているんだもん」

「えっ?」

「ええっ?」


 驚愕を隠せないふたりに、スノウは微笑んで言った。


「これも秘密だったんだけど……わたしの魔導書グリモアの能力ってさ、他者のそれは外側から見た過去の事実しか体験できないんだけど、わたし自身に関する出来事に関しては心のなかで思っていたことも記述されてしまうんだ」


 わかりやすくいうと、心を読めるんだよ読者は、わたしの。


「だからその頁にはいま言ったこと全部書いてあるハズだよ。そう──ふたりにアシュレさまを取られちゃうってメチャクチャ焦っていたって、書いてあるハズ」

「そ、そんなこと考えてたの!? そして、そんな程度のことを気にしてたの!? わたしたちをライバル視とか信じられないよ。スノウさんなのに!?」

「キルシュの言う通りですわ。それをそれを、よりにもよってスノウさんがおっしゃられるんですの!? わけがわかりませんわ!?」


 またまた本気で驚愕している妹ふたりに、今度はスノウが驚く番だった。


「えっえっえっ? なに、どうしてふたりともが驚くのッ!? どういうこと???」 

 

 やはり本物の驚愕を見せるスノウに、互いに顔を見合わせたキルシュとエステルが両サイドから覗き込むようにして言った。


「それはこっちのセリフだよ!」

「ですわ! どーしてわたしたちがこの密航計画に乗ったとお思いですの!?」

「えっえっえっ?」


 突然問い詰められ、スノウは目を白黒させることしかできない。


「あー、わかってない、わかってないよエステル。スノウさんってわたしたちが考える以上にニブチンだ」

「シオンさまの泰然自若たいぜんじじゃくというのとはまた別の意味で話の通じにくいところがおありのようですわね。さすがは爆破調理人ザ・デモリッションシェフの妹……。数え切れないほどの料理とかまどを爆発させ、終身サラダ係を命じられようとも、お料理教室には必ず顔を出すシオンねえさまのメンタルの強さは、精神の妹であるスノウさんにもたしかに受け継がれておりましたわ」

「えっ、いまキルシュは分かりやすくわたしをディスった!? そしてエステルは遠回しにわたしをディスった!?」

「天然ボケってこういうこと言うのかなあ。ちょっとマネできないよ。わたし、自信なくなってきた」

「こーゆーところが……男性を惑わす魔性の源泉なのでしょうか。見習おうとしても一朝一夕でできることではありませんの」

「ごめん、ふたりがなにを言ってるのかぜんぜんわかんないんだけど???」


 本気でわからなくて解説を求めるスノウに、真騎士の妹ふたりは盛大に溜め息をついた。


「スノウさん、窮屈な姿勢だとはおもいますけれど……こちらの紙、ご覧になられることできますか?」


 エステルがヘルムに挟み込んでおいた紙片を取り出し、広げて見せた。


「えっなになに。これなにかの人物相関図? あ、アシュレさまのまわりにいっぱい女性陣の名前が書き込まれている? これは女子魔方陣? 包囲網? それになにかな、横にあるこの数字?」

「これは、いまわたしたち真騎士の妹同盟で出回っている『アシュレさまの本命はだれか』予想表です」

「本命はだれか予想表ッ!? なにそれ、そんなもの出回ってるの? これなんの冗談!?」


 本気で驚いたあとに、本気で呆れてスノウは脱力した。


 どうやらこれは真騎士の妹たちの間でまことしやかに囁かれる「アシュレのイチバンはだれか」という噂に信憑性を与えている意識調査の写しらしかった。


 真騎士の妹たちがその立場を利用して、戦隊内のあちこちで正妻会議のメンバーやそれ以外にそれとなく、あるいは弩直球ドストレートに質問を投げ掛け、アシュレの本命中の本命を予想するという……彼女たちからすれば実に切実な、傍から見れば乱痴気騒ぎに等しい調査の、そのまとめがこれだったのだ。


 もちろんその騒ぎの蚊帳の外にいたスノウからすれば、極めて無価値なアンケートと妄想の産物に過ぎない。


「なあんだ。そんなことか……」


 紙片を覗き込むために持ち上げていた首をぐったりと床に下ろして、大きく息をついく。


「そんなの……メチャクチャ意味がないよ。だれがイチバンとか……真騎士のみんなには悪いけどマジで意味ないって。だいたいさあ、そのへんにいる浮気性のスケコマシ程度ならともかく……相手はアシュレさまだよ? あのひと、愛するって決めたオンナには全力投球しかできないヒトなんだよ? 度量が違い過ぎて、こんな予想立てても意味ないよ。だから、みんなあの状況で殺し合いどころか罵り合いさえ起こらないんだよ?」


 肌の色どころか、異種族の、それもメチャクチャ自尊心の高い竜や嫉妬の権化の蛇の巫女までもがそのなかには含まれているのにだよ?


「なんだかんだ言っても結局みんな大事にしてくれるに決まってんじゃん」


 諭す相手に、つい先ほどまで「恋のライバル視していた」などと告白していた話は、いったいどこへいったのか。

 それとも「自分がアシュレのイチバンになりたい」と思うことと、男が自分に恋する女子をどう扱うか、というのはまるきり勘定が別なのか。


 くだらない心配だと、スノウは一蹴して見せる。


 実はそのあたり、真騎士の妹たちも感覚的には同じように見ていたようで、悟りを得た僧侶の口調で話すスノウに、キルシュとエステルのふたりはもっともだと首肯で応じた。


「それは……たしかに一面的には真実ですわ」

「愛するって言ったら愛してくれるタイプだもんね」

「年長者の言葉には含蓄がありますわ」


 ナルホドなあ、と少女ふたりは大仰に腕組みしてみせた。

 思案するように腕を組み、小首を傾げ、眉間にシワを寄せて鼻から息を吐き出す。


「でも成人するまでは、って言ったら本当に指もつけてくれないとまでは思わなかった。わたしたちからの求愛にここまで耐えられるヒトだったとは……さすがのキルシュさまにも見通せなかったわ。結構アピールしてるつもりなんだけどなあ、なにがいけないんだろう」

「注がれる愛が本物っていうのがこんなに苦しいものだとは思いませんでしたの。エステルなど暗がりに連れ込んで押し倒してくだされば……騎士さまであればそれで……それだけで簡単に我が物にできてしまえますのに……。そのあとこう……いろいろと自由を奪ってくださりさえすれば……縛ったり監禁したり……どこにもいけないように独占して……」

「……えっ?」

「えっ?」


 思わず本音を漏らし過ぎたエステルに、うんうんと頷きながら聞いていた残りのふたりが驚いて聞き返す。


「えっ? なにか?」

「エステルいま……なんて言ったの? 押し倒し? 縛り? 監禁? 独占? それは……技名?」

「ちょっといまのシーン……魔導書グリモアで巻き戻して読んでいい? 五秒だけ、五秒だけだから?」

「違いますわ違いますわ! わたくしはただ、アシュレさまの愛の強さのたとえ話をしていただけですわ!! たしかにスノウさんのお話には頷ける部分が、多々あるというお話をしていましたの!!」


 ヤヴァいことを口走ってしまったと自分でも気がついたのか、エステルが常ならざる熱意ある口調で主張した。

 話をごまかすには常に熱意とスピードが重要となる。


「ですがっ、スノウさんの理屈には穴がありますわ! 愛した相手には別なく全力投球といいながら、やはりアシュレさまからの扱いには厳然とした差がある、って話をわたくしはしておりますの!」

「エステルの話の切り返し方、なんか釈然としないけど……まーそうなんだよね。なんだかんだ言っても、そこにはやはり想いの差というか、執着というか、これまで積み上げてきたものの差っていうか。あるよね、やっぱ」

「ですわですわ、キルシュの言うとおりなのですわ!」

「だよねー。最古参のシオンさまとかアスカさんとか強過ぎるっての。あと……なにげにアテルイさんだよね。年上の包容力に内政力のバケモノ、そのうえあのお料理スキルヤバすぎでしょ。美食で鳴らした豚鬼王オークキングを毎食一品は必ず唸らせるとか……チートだよあんなの……」


 物凄い力技で話を戻したエステルに、釈然としないところを残しつつも、キルシュが同意の声を上げる。


 それみたことですか、と揉み消しに成功したエステルが調子づいて続けた。


「相性とか、好みの差というものは厳然とあるものなのですわ! それが現実! みんなが愛されているっていうのとは別に、イチバンは確実に存在する概念なんですわ!」

「それ! メチャわかるー! みんな違ってみんな好き、とか口では言ってても、自分にとってのイチバンってもんがあるのが現実だもん。たとえそれがどんなに器の大きな英雄って言っても、やっぱりニンゲン、殿方だもんね!」

「事実、周囲から観測される差、さらには当事者の女性たち自身が感じている扱いの差異というものがこの紙には記されておりますの!」

 

 そしてそれは厳然たる数字となって現れておりますわ!


「これは断じて、妄想とか勝手な憶測ではありません!!」


 バンバン、と羊皮紙に書き記された相関図とポイント数を叩きながらエステルが力説する。


 数字は嘘をつかないが、詐欺師と勘違いは数字を利用する、という格言についてはこの場合は特に考えないこととする。


「スノウさんだって、食べ物に好き嫌いはなくてもイチバン好きなお料理や素材がございますでしょう?」


 しゃがみ込んで言う妹たちに、あー、とスノウは控えめな同意を示した。


 なお角度的にふたりともパンツ丸見えだが、それを言うと話がさらにややこしくなるので指摘はしないでおいた。


 イズマだったらまるで天国にいるかのような顔をしただろうが、スノウ的にはふたりの可愛らしさをよりいっそう強く感じる拷問に近い画角だ。


 こんなところまで絵になる真騎士の乙女たちは本当にズルイ。


「あーナルホド。つまりアシュレさまのイチバンはだれか、っていう予想図なんだコレ? じゃあこの数字は競馬の賭け率オッズとか馬の前評判みたいなもの?」


 古代アガンティリス初期には成立していた競馬は、いまでも文明圏と呼ばれる都市部では貴族と庶民の別なく人気のイベントであり、賭事の対象として盛況を博している。


 真騎士の乙女たちは馬は用いず、自分たちの翼で大空のレースを開催するが、概念的にはほぼ同じもので話は通じる。


 我が意を得たり、とエステルがスノウを指さした。


「それ。まさに競馬。あたり、ですわ」

「で妹たちがだれがイチバンになるかの、予想ポイントを割り振った先がこの数字、この結果かー」

 

 頁をめくるための魔導書グリモアの義指が、びっしりと書き込みのなされた紙片を摘み上げ、スノウの眼前へと真騎士の妹たちの成果物(?)を差し出す。


 興味がない、とは言い切れないスノウは思わずその表をまじまじと覗き込んでしまう。


「あー、キルシュじゃないけどやっぱりアテルイさん妹たちのなかでの評価がメチャ高いんだなー、内政・家事スキル強すぎか!」とか「レーヴ先輩や竜の皇女が意外に苦戦してるじゃん」とか勝手な感想をスノウが並べはじめたときのことだった。


 エステルが引ったくるようにして、その羊皮紙を奪い取ったのだ。


「なにッ!? まだ見てるんですけどッ!?」

「大事なところはそこではありませんわ。詳細は真騎士の妹連合会の重要機密ですし! ここでの問題は予想上でのイチバンがだれかってことですの!」


 紙片をひらひらさせながら、立ち上がったエステルが胸をそびやかした。

 このアングルからだといろんなものがメチャ見えるけど、とはスノウは言えない。


「えー、それは……やっぱりねえでしょ。正直言って、ぶっちぎりじゃないの?」


 順当な予想をスノウは口にする。

 考えるまでもない。

 馬鹿馬鹿しい話だ、とさえ思ってしまう。


 永劫の一番星エトワール


 むしろ絶対王者として君臨するシオンの存在と、そこに注がれる変わることのないアシュレの愛が、戦隊内の複雑な恋模様を安定させているとさえ、スノウは見ている。


 シオンが公言してはばからない「自分と同じくアシュレのもとに来るしかなかった女たちを、どうして無下に扱えると思うのか。どうして自分だけで彼を独占したいなどという恥ずべき欲望を行いに移して良いと思えるのか」という信念は、アシュレに好意を抱く戦隊内のすべての娘たちのなかに絶対の規範として、不文律のままに息づいている。


 この規範を破る者は、それがたとえだれであれ、その時点でこの恋のレースからの決定的な落後者となる。

 なぜならそれは、自らを矮小なるものとして公言するに等しいからだ。

 希代の英雄の隣りに並び立つ者としての資格を失うことだ、と言い換えても良い。


 そして、考えるまでもないというスノウの発言が図星だったのだろう。

 面白くなさそうに、エステルが口を曲げた。





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