■第十三夜:輝きは遠い日の花火(2)
聖騎士:アルスブレイドは浮かんだ汗で濡れた額に手をやった。
外は冬の嵐。
スカルベリの工房は地下にあるとは言え、否応なく冷えてくる。
実際、指先に触れる水滴は氷のように冷たかった。
「まさか……そんな……スカルベリ。異端審問官たちの報告は真実だったと……そう言うのか」
「どうしたんだ、アルス? 異端審問官がキミになにを吹き込んだ?」
「スカル、キミにはすでに異端の疑いがかけられている。深刻なレベルで、だ。今日、わたしとレアがここに出向いたのは……キミの無実を証明するためだ……ためだった」
ヴン、とアルスブレイドが握る聖剣:エストラディウスが唸りを上げた。
刃に宿る輝きが、一気に光量を増す。
それはほの暗いランプの明かりを圧倒して《偽神》の姿をあらわにした。
「これは邪教崇拝に該当する明白な証拠だ」
「なにを言っているんだ、アルスブレイド。そうじゃない。これは真実の探求だ。我々はその光を持って、世界から闇を拭い去る。そのためには正しい知識、紛うことなき事実と正対せねばならない。この偏向された世界、人為によって変更された世界の真実と相対しなければならないのだ。《偽神》の、《御方》の遺骸はそのための手がかりであり、我々が世界に欺かれてきたことの明白な証拠なんだ! この揺るぎなき証拠とその研究こそが、皆を説得するのには必要不可欠なんだ!」
「それは無理だと言った。スカル……スカルベリ!」
びゅん、と構えられた聖剣が空を裂く音がした。
斬りつけられたわけではない。
ただそれは紛うことなく威嚇であった。
だがあらゆる魔を退ける聖剣のひと振りをしても、スカルベリの熱意を押しとどめることはできなかった。
「無理ではない。キミにだってわかっているはずだ、アルス」
「その理屈を民草が受け入れることはできないんだ。キミの思想と行動は、せっかくひとつにまとまりかけた人類を、また混迷のなかに叩き込んでしまうものだと気がついてくれ!」
「すべてのひとにこの事実を理解してもらうのに、時間がかかることは認めよう。しかしそれは地道に啓蒙すればよいだけのことだ。説いて回ればいい。本を書いてもいい。だが真実へと迫る歩みを止めてはならない。これはだれかが先頭に立って行わなければならないことなんだ。それを認めてくれ、わたしがキミたちの主張に一理を認めたように」
「ではキミはこう問いて回るつもりか。人類と魔の十一氏族は元来同一の種であったと。そのうえでこれまで《魂》の不在を理由に定義づけられてきた魔の十一氏族と人類の差異を撤廃する、とそう言うのか?」
「──魔の十一氏族や亜人種だけでなく、人類もまた《魂》の不在を抱えたがらんどうに過ぎない、と」
最後の言葉は姫将軍:レアスフィアのものだった。
臓腑から絞り出すような、うめき声だった。
明らかにふたりはスカルベリの主張に否定的だった。
しかし、とそれでもスカルベリは反論した。
なんとしてもふたりを説得する、という信念を胸に。
「それが事実だ。だが同時にそこには希望がある。すくなくともキミたちはすでに触れたはずだ。《魂》へと至る片鱗に。幾多の魔王たちを下す討伐行のそのさなか、《ねがい》にその身を委ねることなく《意志》の導きを信じ、己の《スピンドル》を振り絞ったとき《魂》はキミたちのすぐそば、かたわらに────」
「それでも、たとえそれが真実だとしても、多くの人間は己の《魂》の不在という事実に耐えられないんだよ、スカル」
これまでその不在を理由に敵視してきた魔物や怪物と、自分たちが変わらぬ存在であったなどと。
自分たちには《魂》などなかったのだと。
「ちがう、そうではない」
「なにが違うというのか」
「これは絶望の話ではない! だれでも《意志》を持ちさえすれば《魂》に至る可能性を得ることができる! これまで《スピンドル》の発現は貴族の血、《スピンドル能力者》の血に由来すると言われてきた説は完全な誤りなのだ。鍵は《意志》だったんだよ、アルスブレイド!」
「なにを……言っている?」
「わたしが突き止めた。この遺骸を用いて“庭園”へと旧世界の人間たちが隔絶した事実を突き止めたのだ。血は、遺伝は関係ない。その体内に“接続子”を宿していること、そして己の《意志》を捨て去るという選択肢を拒絶すること。このふたつが揃ってさえいれば《スピンドル》の血は目覚める! すくなくともその可能性をその個体は持ち続ける!」
「《スピンドル》は血筋によって継承されない?」
「そのとおりだ、レア。条件のひとつである“接続子”はこの世界のだれしもが持っている因子に過ぎない。つまり《スピンドル》の発現は、本人の《意志》とそのきっかけとなる試練の方にあるんだ」
さらなる事実に驚愕し震えるふたりの騎士を、なだめるようにスカルベリはジェスチャを交えて説いた。
「多くの場合、《スピンドルの試練》とは“接続子”と《意志》との同調不良が起こす抗体反応のことだが、そのきっかけは“世界”がその個体に仕掛ける強制的な調律──《そうするちから》が外界から、かかることにある」
理屈と仕組みをスカルベリは噛み砕く。
だがそんな男に、オマエがなにを言っているのかわからない、という顔をアルスブレイドとレアスフィアはした。
ふたりにはすでにして、スカルベリが狂っているとしか思えなかったのだ。
魔の十一氏族と人類が本質的に同類であるという思想。
《スピンドル》の継承と発現が血筋ではなく、万民に与えられている可能性だという世迷言。
そして人類すべてが《魂》を持たざると言う異端の言説。
さらに、
「《閉鎖回廊》内にあって《そうするちから》に暴露した存在が《スピンドル》を発現する事例は、これで説明がつくんだ。《スピンドル》とは《意志》が見せる世界からの調律……つまり《そうするちから》への抵抗であり、反撃なんだよ。そのために必要な因子は、この世界に生きるだれしもがすでに持っている。自分たちを真実の世界の姿から遠ざけようとする強制力に対する抗いの────」
神から与えられた奇跡と言い伝えられてきたはず《ちから》=《スピンドル》こそが、万人が「真実」へ至るための鍵だとスカルベリは言ったのだ。
「そして《スピンドル》とは、神から与えられるものではなく、人間の《意志》とそれを捨てまいとする肉体の働きが、試練という名の危機に直面したとき発動する現象なのだ!」
この事実をスカルベリは友にわかってほしかった。
伝えたかった。
これは希望なのだと。
だれしもが《スピンドル能力者》として覚醒する権利を持っているのだと、
しかし彼が誠意を持って語れば語るほど、アルスブレイドとレアスフィアのふたりは、すでに彼が完全な狂気に陥っていると確信に近づいていく。
なによりそれは世界秩序に対する叛逆────。
「そうか……そうだったのか我が友:スカルベリ。わかった。わかったよ」
「ああ、アルス、そうだとも。キミならきっとわかってくれると信じていた」
「ああ、スカルよくわかったよ。キミはすでにその心を病んでしまっていたのだな」
「心を病んだ? わたしが? なにを……言っているんだアルス」
「ボクと来てくれスカルベリ。悪いようにはしない。いや、させやしない。頼むから法王さまの前で認めてくれ、自らの説の誤りを。間違っていたと、たったひとことそれだけでいい。あとはボクが必ずなんとかする。この剣、聖剣:エストラディウスにかけて!」
信じられない、と首を振るのは今度はスカルベリの方だった。
「過ちを認めるとは、どういうことだアルスブレイド……」
「それでキミは異端の疑いを逃れられる。刑罰の軽減はボクが必ずなんとかする。完全な自由は無理でも、これまでのキミの功績を考えたら……地方の修道院での蟄居くらいで済ますことが出来るはずだ」
「地方の修道院? 蟄居? なにを言っている? わたしはもうすでにこの土地……イグナーシュ地方の北端を預かる辺境伯だぞ? 領民と人類圏の守りを放り出してどこへ行くというのだ?!」
それに、
「《御方》の研究はどうする?! これまで以上に人類圏が拡大していくなかで、“接続子”や“庭園”の研究はますます重要性を増していく。その先駆者にだれがならなければならないのか。それは明白だ。これは世界を救った、そしてこれからさらに闇を切り拓き、啓蒙していく我々九英雄の責務だ!」
アルスとレアのふたりにかわるがわる視線を送りながら、医術王は訴えた。
しかし、
「それを判断するのはキミではない」
「なに?」
「これからはそういう重要な決断は法王庁の裁可を持ってなされる」
「法王庁が──つまり法王が、枢機卿団が……我らの後ろに隠れて震えるばかりだったあの男たちが我らを計るとアルス、キミはそう言うのか」
「法王猊下と枢機卿の方々に対するキミのいまの発言は聞かなかったことにする。だがこれが秩序なんだ。世界を……安定に導くためなんだ」
「つまり……《御方》の……世界の真実に至る研究はやめろと、そう言うわけか」
そうだ、とアルスブレイドは頷いた。
聖騎士としての、上位者への服従の態度で。
その諦念を医術王は一喝する。
「アルス、自分の《意志》を手放すな! キミの《スピンドル》はなんて言っているんだ?! 《意志》の言葉に耳を澄ませ! 自分の胸に聞いてみてくれ!」
友の悲痛な叫びを、アルスは首を振って拒絶した。
「だめだ、スカルベリ。これは決まったことなんだ。世界の、みんなのためなんだ」
「アルス……己の《意志》を放棄するな。考えることを止めてはだめだ。それでは世界の、この世界をこんな姿にした連中の思うつぼだ」
再び、冷たい沈黙が三者の間に落ちる。
こおおおおおおおおお、となにかが呼ぶよう大気が唸り、
ヴン、と二振りの聖剣が唸りを上げるのと、スカルベリが結印のために両手を動かすのは同時だった。




