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■第二夜:聖母の探索


          ※


「“再誕の聖母”が居座るのは空中庭園:ガルフシュバリエ。ボクたちのイスラ・ヒューペリアと同じく、空に浮かぶ島だ」


 その事実がアシュレの口から告げられたとき、すくなからぬ衝撃が戦隊を貫いた。


「なるほどそりゃあボクちんたち土蜘蛛の占術には反応がないわけだ」


 と驚いた様子もなく頷いていたのは、イズマただひとりである。


「空中庭園?! ということはヤツは……“再誕の聖母”は、わたしたち同様、竜の所領のひとつを我がものにしたと言うのかアシュレ?」 


 問うたのはアスカだった。


 かつてはオズマドラ帝国の皇子だった──ヘリアティウムの陥落を巡る事件によって、女性にょしょうであるだけでなく、大帝:オズマヒムの血を引いていないことまでもが明らかにされ、結果として祖国から放逐されることになった。


 だが彼女はいまや、自身の性を隠そうともせず堂々と立っている。


 いずれ露見することだったのだ、とアシュレに告げたアスカの瞳には、もう憂いはない。

 母:ブリュンフロイデから受け継いだ真騎士の乙女の血が色濃く現れ始めたのは、まず間違いなくアシュレと深い関係を結んだことに関わりがあるのだが、それについて後悔のようなものは一切ないと言い切った。


 いまの彼女には、かつてあった大帝の理想の息子でなければならない、という強張りもない。

 己自身の出自を完全に認め、受け入れたその立ち姿は、世界から課せられた運命のくびきに抗う決意をした人間だけが持つオーラを醸し出していた。


 その彼女が眉根を寄せ、険しい表情になっている。


 背後には同じく憂慮を隠さぬ騎士が控えている。

 他を圧する巨躯と全身の傷痕は歴戦の勇士の証。

 アスカリヤの両脚と同じ機構=可変型の《フォーカス》をその両腕とする現世界最強格の騎士がひとり:ノウマダリウス・デストニアス──ノーマンである。


「ではまさか“再誕の聖母”は、我らと同じく《御方》の遺骸を手にしたというのか?」


 宗教騎士団の男は厳かに問うた。


 カテル島に本拠を置くカテル病院騎士団の筆頭である彼は、普段は寡黙で必要なことしか口にしない。

 口先の言葉を弄するくらいなら、実力で成果を捥ぎ取るタイプなのだ。

 逆説的にだが、彼が口を開くということは、よほど憂慮すべき事態だということになる。


「そう考えていいと思う。いやむしろそれが目的でイリスは……“再誕の聖母”は、竜たちの聖域を標的にしたと考えたるほうが自然だ」


 務めて明瞭な口調でアシュレは答えた。


「彼女の行いに関しては偶然なんてことはあり得ない。すべてが故意、必然なんだ。無意識のようでも、それはすべて彼女の選択だということを忘れてはいけない。つまり“再誕の聖母”は《御方》の遺骸が持つ《ちから》を利用する気なんだ。そのために竜たちの聖域へと侵攻した。間違いなく、ね」


 断言する。

 なんのために、とはだれも訊かなかった。


 “再誕の聖母”が自らの胎内に宿る「これから現れいずるなにものか」のために《御方》の《ちから》を利用しようとしていることなど、自明だったからだ。


「鉢合わせなかっただけでも良しとするべきか。もし彼女がこのイスラ・ヒューペリアを隠遁先に選んでいたら、疲弊状態にあった我々ではひとたまりもなかった。これを幸運と言わずしてなんというのか」

 

 正直に感想を述べたのはレーヴだった。


 真騎士の乙女:レーヴスラシスは数奇な導きのもとに、アシュレたち戦隊と運命を共にすることを決意したひとりだ。

 ヘリアティウム陥落の混乱からアシュレたちを脱出させ、この空中庭園:イスラ・ヒューペリアへと戦隊を導いた立役者でもある。


 大空を征く真騎士の乙女たちは必然として、空中庭園とそこに巣くう竜たちの存在には詳しい。

 アシュレが、主である竜が没し空位になっている空中庭園に辿り着けたのは偶然ではない。


 いま享受するこの安寧の時は、レーヴの適切な導きがあればこそだ。


 レーヴが導いてくれたこの庭園は、内側に様々な問題を抱えつつも、傷つき疲弊したアシュレたち戦隊が回復するための拠点として十分に役目を果たしてくれたし、これから彼らが世界に対してしかける戦いのための居城として、申し分ない環境と可能性を提供してくれている。

 幸運の女神、というのであれば今回の事件に関しては間違いなくレーヴのことだ。


 その彼女が腕組みをしながら提案した。


「空中庭園:ガルフシュバリエ。わたしの記憶が確かなら、その島の主は強大な雲竜クラウドドラゴンであったはずだ」

雲竜クラウドドラゴンとは……またケタ違いに強力な相手だ」


 腕組みしてアシュレは唸った。

 同じ種である竜の皇女と望まないものだったとはいえ、夜通し死闘を演じるハメになったアシュレには雲竜クラウドドラゴンがいかに強大で危険な存在であるかイヤというほどわかっていた。


 そしてその強大極まる存在を“再誕の聖母”は組み伏せたのだ。

 そうでなければ竜の居る島に、留まり続けることなど出来はしない。


「では、このイスラ・ヒューペリアとその島の位置関係はわかるか? できたら航空図に落としておきたい」


 首を捻りながら記憶を辿る真騎士の乙女に申し出たのは、いまや戦隊の内政を司るアテルイだった。


 陥落するヘリアティウムから主に付き添って脱出したオズマドラ帝国“砂獅子旅団”の副官にして、アスカリヤの恋人。

 加えて言うならいまやアシュレの細君でもあり、世にも珍しい異能:霊媒メディアの担い手でもある。

 その彼女が真騎士の乙女の頭のなかにだけある、複雑な空中庭園の位置関係を図面にしたいと申し出たのだ。


「しかし、空中庭園の位置は刻々と移り変わるからな。あれらはただの浮島ではない。それぞれがそれぞれの思惑があるかのように移動しているんだ、常に、絶え間なく」

「ふむん。それでは航空図にする意味はないか。刻々と位置が移り変わっているのでは……」

「いや一応だが航路というか軌道のようなものはある。それらを線で記しておいて、その上を駒を動かすようにしておけば……あるいは把握は可能だ」


 具体的な方法論を詰めようと、レーヴとアテルイが頭を突き合わせる。

 だが「そんなものは必要ない」と押し留める声が、中庭にできた人だかりの最後列からかけられた。


 いったい誰か。

 全員がいっせいに振り向いた。

 人垣が割れ、アシュレの立つ演台からその姿がハッキリと見えた。

 

「ウルド?! ウルドラグーン。大丈夫なのかい、起きあがっても?」

「我ら竜の所領=空中庭園の話をするのに、肝心の竜の皇女がいつまでも寝込んでいては示しがつくまい? 案ずるな……すこしばかり動転していただけだ」


 竜の皇女:ウルドラグーンは、この空中庭園に来てアシュレたちと縁を結んだ者のなかでももっとも数奇な運命を持つひとりだった。


 ちなみにこの空中庭園:イスラ・ヒューペリアは、かつて彼女の所領のひとつであった。

 忌まわしき体験とその記憶によって廃棄され、捨て置かれてはいたものの、もともとはウルド本人が、この地に居座っていた悪しき竜王を下して手に入れた領土である。

 その意味では、この島の正当な所有者はウルドであるとも言えるのだ。


 さてその彼女だが、どういうわけか“再誕の聖母”=イリスベルダの名を聞いた途端、体調を崩し、一両日ほど引きこもってしまっていた。


 先ほどは「動転していただけだ」とウルドは言ったが、とてもそんな様子ではなかった。

 四肢は強ばり、冷汗が全身を伝い、食いしばった口元からは嗚咽とともに唾液が漏れ落ちていたのだ。


 それがいま戦隊の一員として復帰した。

 そして、その第一声は「必要ない」だった。


「必要ない、とはどういう意味だい、ウルド」


 率直にアシュレは問うた。

 ウルドの顔色はその口調とは裏腹にいまだ優れない。

 刀の鞘を杖のようについて、なんとか立っている状態だ、というのがアシュレの見立てだった。


 しかしその心配をよそに、竜の皇女は背筋を伸ばして応答した。


「それはかのガルフシュバリエは我が領土である……いや正確には、かつてはそうであったという意味だ、アシュレダウ。このイスラ・ヒューペリアと同じく。なにを隠そう、彼の地──空中庭園:ガルフシュバリエこそは我が居城だったのである」


 再びの衝撃が戦隊を走り抜けた。


 竜たちは最低でも、空中庭園ひとつをその所領に持つ。

 しかし、まさかよりにもよって“再誕の聖母”が接収した浮島というのが、竜の皇女:ウルドの本拠地であったとは。

 このようなことがあっていいものなのか。


 アシュレを含む全員が、言葉を失って立ち尽くした。


「じゃあキミが話に出てきた雲竜クラウドドラゴンだって言うのか?! まさかそれじゃあ……きみから竜玉を……竜核を奪ったっていうのは……」

「そう、そのまさかだアシュレダウ。我から竜の精髄を奪い去ったのは、かのイリスベルダ。自らを“再誕の聖母”とうそぶく女であったのよ」


 なんという運命の悪戯であろう。


 いや相手が“再誕の聖母”であるならば、この導きは必然と言うべきなのか。

 “再誕の聖母”の行いに偶然などあり得ない、と言葉にしたのはほかでもないアシュレ自身だったが、ここまでとなると恐懼に震えるしかない。

 

「ガルフシュバリエがウルドの居城。すべてが繋がっていただなんて。でもじゃあ、スノウが自らの精神や肉体を代償に捧げて得た情報は……」


 無駄だったということなのか。


 健気な少女の献身を思い出して、アシュレは言葉に詰まる。

 まさか“再誕の聖母”による直接的な被害者が、ウルドであり、その彼女とこの空中庭園で出会うことなどだれが事前に想定できるものか。


 しかし、だとしたら、なんのために自分たちは、スノウは、我が身を賭して魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリを奪取したのだ。

 自責にも後悔にも似た念にアシュレは苛まれかけた。 


 そんなヒトの騎士をフォローしたのは、竜の皇女であった。


「意義は十二分にあるとも。我がガルフシュバリエから遁走してはや数ヶ月。その間の標的の動向を一方的に調べ上げることが可能な手だてを得たことは、驚嘆に値する。奇跡の業と呼ぶべきであろう。居場所さえわかればよいというものではない。なにを考え、なにを行っていたのか。それを探ることがどれほど大事なことか、アシュレダウ、貴様にはわかるはずだ」

 

 それに、とウルドは続けた。

 すこし恥じ入って、目を伏せながら。

 

「それに……恥ずかしい話だが、つい先ほどまで我が口は錠前をかけられたかのように開かず、喉はかすれて強張り、四肢は震えていた。その名……“再誕の聖母”:イリスベルダの名を言葉にすることさえできなかったのだ。これは一種の呪縛と取るべきであろう」

「呪縛?」


 聞き返したアシュレにウルドは深く頷いた。

 左様、と。

 

「左様、“再誕の聖母”に植え付けられた恐怖という名の枷が、我を捕らえて離さなかったのだ。その枷を突破できたのはアシュレダウ、貴様やスノウと言ったか魔導書グリモアの娘が、その恐怖と対峙する姿を見たからだ。恐怖をねじ伏せ代償を払い困難に立ち向かう姿が、我に《意志》をわけてくれた」

「対峙する姿? 《意志》をくれた?」

「わからないか、アシュレダウ? 我に結わえつけられ白化したこの縛鎖は、どうやら貴様が抱いた強い想いや心証をわたしにも伝えるようだ。一種の情報共有というか共感性というかそういうものであろう」


 己の胸に手をやりながらウルドはわずかに頬を上気させていた。


「これは貴様の──道具であるわたしに、主人の意向をあらかじめ伝達して目的を共有させる機構のようだな。チェス・サーヴィスで言うところのジャブドゥーブとでもいうのか。駒の位置を正して、同じ方向を向かせるような効果がある」


 簡単に言えば貴様の見ている方を──方角という意味ではなく、未来という意味で──わたしも見るようになる、ということだ。


「同じ未来を見る?」

「目的を同じくさせる、誤解なく、というのが正しいか。その行いが我にかけられていた呪縛を解いてくれたのだよ。貴様とスノウという娘が己がすべてをかけて行った超常的捜査が我を救ったのだ」


 だからわたしはいま、ここにこうして立っていられるのだぞ?

 アシュレにだけ見えるように胸元を開いて縛鎖を示しながら教えてくれたウルドに、ヒトの騎士は同じくそっと、しかし心からの感謝を捧げた。

 自分たちの行いが無駄などではなく、竜の皇女の心を打ち救ったのだと、そう教えてくれたことに。


 言われてみれば、たしかにその通りだった。


 竜の皇女が知るのはあくまでも己の居城の正確な位置であり、彼の日に“再誕の聖母”に振るわれた残忍な所業の記憶のみである。


 その後の“再誕の聖母”の行いを、スノウとアシュレは暴いたのだ。

 世界中のだれも知らぬはずの“再誕の聖母”の振る舞いの数々を。


 ウルドが言うようにこの差はあまりにも大きい。

 さらにこれから先、代償を必要とされるとはいえ、常にその動向を把握し続けることさえ可能となった。


「であるから空中庭園の位置を図面にする必要はない。より正確な、絶対的な位置を我が常に示してやろうほどに。それに内部構造もな」

「だけどウルド、」


 きみ自身は大丈夫なのかい?

 アシュレはそう言葉にしかけてやめた。

 誇り高き竜族の皇女が、決意を秘めた眼差しでアシュレを見返していたからだ。


「復讐のときである」


 そのひとことで決まりだった。




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