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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:エピローグ・「星の通い路」
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■第二〇一夜:想いは受け継がれて




「我は……たしかに兄をあの男に殺された。だが、その報復として我は彼の者の息子を誅殺した。この顎門で……食い殺したのだ。それを彼の者がどう思うかはわからんし、我自身もわだかまる思いを、いまここですべて精算するというのは難しい。が、これ以上無益な争いをこの場に持ち込むつもりはさらさらない。殺し合いはなしだ」


 イズマとの因縁。

 殺された兄の無念。


 それは水に流して良い話では決してなかったはずだ。

 しかし、ウルドはもう過去の遺恨に拘泥する気はないと言い切ってくれた。


「なにしろいまわたしがこうしていられるのは、その土蜘蛛の男が命懸けで張り巡らせた策のおかげでもあるわけで。さもなければ殿下や……アシュレに逢うこともできなかったわけだしな」

「寛容なお言葉、痛み入る」

「寛容というのであれば……それはシオン殿下のことではないのか」

「わたしが?」

「あ、アシュレダウとはその……深い仲なのであろう?」


 過去の遺恨の話などよりよほど思い詰めた様子で問いかけてくる竜の皇女に、夜魔の姫は微笑んで見せた。

 それまでより砕けた……同じ男に心寄せてしまった女同士としての親密な口調で語りかけた。


「そうだな。深い仲というか……わたしたちはもう互いがなくては生きていけない。比喩ではないぞ? 本当のことだ」


 シオンの笑みと言葉をどう取ったのか、ウルドは複雑な表情をした。

 ただひとつ確かなことは、その瞳に宿る光に畏敬にも似た感情があったことだ。


「我は……その……迷惑ではないのか? 突然飛び込んできて、このような……」

「迷惑ときたか。それは……はは、なんとも率直な。竜族らしい問いかけだ」


 鷹揚に笑ってシオンは伸びをした。

 そうだなあ、と明日の天気の話でもするように軽い口調で続けた。


「それについては諦めた。これはな竜の。アシュレダウという男が持つ、そしてそこに関わってしまった女たちが持つ運命なのだ。というより、この世界の在り方によって追い詰められた者は、どうしたってあの男の元へ来るしかなくなるのだ。それが女であれ男であれ……それ以外であれ、だ」


 実際、御身は体験したではないか?


「《御方》とアシュレとの闘いを。そして見たのだろう? あれが放つ──《魂》の輝きを」


 シオンの問いかけに、たしかに、とウルドは頷いた。


「たしかに、たしかにそうだった」

「あの輝きを、どう感じた?」

「……美しいと思った。近づきたいと強く惹かれた。もし叶うなら同じ輝きを共有したいとさえ」


 そうそれが答えだ、と夜魔の姫は告げた。


「もうこの世を去ってしまった、そこもとの想い人を思い出されよ。彼の者はこの世界の秘密に、偽装された欺瞞の園ガーデンの真の姿に迫ろうとして命を落とした。いや存在を奪われた。《偽神》に。《御方》に。“理想郷ガーデン”に」


 違うか?

 確信めいたシオンの言葉に「そうだ、そうだった」とウルドは深く首肯する。


「そうだ。だが、そういう男だからこそ我は、わたしは……スマウガルドを好いたのだった。この世界の秘密を解き明かそうとするあの男の、遠くを見つめる深い色の瞳に惹かれた。そこに宿る輝きに」

「であるならば、だ」


 そこにスノウが帰ってきた。

 転がりのたうち回るだけでは駄目だったようで、シオンに慰めてもらいに来たらしい。


「よしよし。真っ赤になって。そなた本当にかわいらしい」


 からからと笑ってシオンは義妹を撫でてやった。

 収まりのつかない義妹の羞恥心を慰撫する。


 それから話を再開した。

 血の繋がらない、半分は夜魔、そしていまや全身を魔導書に換えられてしまった自分の《魂》の妹──スノウにも言い聞かせるように。


「そういう……世界の理不尽に気がつき、抗おうとした者たちの集大成としてアシュレという男は此処に居る。おそらくは世界に何人もいた、いまもいるだろう、アシュレダウの先駆者たちのその先に。《魂》に辿り着き、その輝きで、世界を切り拓くために」


 わたしにはそう思える。

 思えるのだ。

 だから、


「アシュレへと集約される人類の《意志》の軌跡に……先に逝ってしまった者たちの輝きに惹かれてしまったわたしたちが、アレに魅入られ引き寄せられるのは、至極当然なことなのだよ」

「殿下……」


 アシュレに雄大だ、強大だ、自由だと讚えられた竜の皇女が、限りない敬意を宿した視線で夜魔の姫を見た。


「だからわたし程度の小さな嫉妬心で、アレのまわりに来るしかなかった者たちを遠ざけるのは傲慢であり、決してしてはならないことなのだと、わたしはわたし自身を規定している。それにアレがさまざまな女たちに愛を注がれるたび、どういうわけかもっと愛しくなるのだ。嫉妬心がないわけではないのだぞ? だがそれ以上に誇らしく、愛しくなる。これはもうビョーキだな」


 はっはっはっ、と笑ってシオンが胸を張る。

 そんな夜魔の姫にウルドは微笑みかけた。


「貴方と話していると自分自身の器の小ささ、王としての器量の未熟さを思い知るばかりだ」と言い添えて。


 笑い合うふたりのもとに、一匹のコウモリが飛来したのはそのときだ。


「ヒラリ! ヒラリだったな、このかわいらしい生き物は!」

「ほうアシュレめ、もう支度を整えたというのか。さすが手早いな」


 イズマの乱を鎮圧したアシュレは全員の食事を作ると言い置いて、一足先に前進キャンプに戻っていた。


 まあ……気絶したイズマのかわりに三人の話を引き受けるのは、修羅場が過ぎるというものだろう。


 なぜってアシュレはこの姫君たち全員から好意を向けられてしまっているのだ。


 話の転がり方しだいでは、八つ裂きにされても仕方ない状況だ。

 むしろどうして自分が無事でいられるのか、この状況を当の姫君たち自身が許容して受け入れてくれているのか、アシュレにはわからない。


 そういう状況に甘えてしまっている己の不誠実を、アシュレはまだ「これも王者の器量よ」とは飲み込めないほどには騎士なのだ。 

 水着姿の美姫たちに取り囲まれ、三方から向けられる思慕の念に耐えられるほど神経が太くは出来ていない。

 たとえシオンが許してくれたとしても、だ。


 なにより今回の事件に関わった全員が、ほぼ丸一日まともな食事を口にしていなかった。

 帰還の道程を考えても、十分な栄養補給は必須。


 それはアシュレだけでなく、大技を振るい死地を潜り抜けてきたイズマや美姫三人も同様。

 だれかが食事を準備しなくてはならなかったのだ。


「そして、なにやら良い匂いが……これは行軍食の切り札に残してきた塩漬けの豚肋肉か? とすると……メニューはドライトマト入り肋肉とナッツの特製シチューだな? ハーブの効いたうまいヤツ!」


 言われてみれば焚き火から上がる煙の匂いに混じって、頭上からなんとも言えず良い薫りが漂ってきているような気がする。

 ぐぐー、とだれのものかわからないが美姫たちのおなかが鳴った。


「なんとアシュレダウ、戦上手だけに留まらず、料理上手だというのか。たしかにこの薫りは……期待出来そうだ!」

「よし、行こう!」

「はわわ、ちょっとまってシオン姉。どんな顔してわたし騎士さまの前に出たらいいの。ねえ、さっきまでのわたしめちゃくちゃ悪い娘だったよね?! 頭のおかしい娘だったよね?!」


 水着姿の三人は……着替えもせずにアシュレの待つ遥か階上の前進キャンプに向かって階段を上っていく。

 かしましい三人の話し声を聞きつけたアシュレはそれを察知して、忙しく食事を盛りつけることだろう。


 ただ木々の枝に結びつけられ逆さ吊りにされたイズマだけが、忘れ去られていた。


  



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