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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一八八夜:世界は謀る


 ごうおう、と輝きが収束し一本の刃となった。

 聖剣:ローズ・アブソリュートは屍の王と成り果てたスマウガルドの胸郭を穿ち、これまで彼の肉体を刺し貫いていた無数の刑具とともに消し去った。


 一拍遅れて、ゴトリ、と重々しく腐り果てた肉体を貫いていた純白の杭が床に落ちた。

 それで終わりだった。

 それまでこの聖域を満たしていた不浄な気配と胸の悪くなるような臭気・瘴気ととも、邪悪なる思念のすべてが拭い去られた。

 

 はずだった。


「……終わったのか?」


 呆然と呟いたのはウルドだった。

 聖剣:ローズ・アブソリュートのいばらの戒めから解放された彼女は両膝立ちになり、呆然とことの成り行きを見守っていた。


 アシュレはその間に左腕に突き立った手裏剣の措置をした。

 震える右手でベルトポーチを探り、傷封じの呪符や癒やしの貴石ジェムを取り出す。

 希少な物品を土蜘蛛の姫巫女姉妹は惜しげもなく持たせたくれたのだ。


 手裏剣は《スピンドル伝達》で消去する。

 すかさず傷封じの呪符を貼り付け癒やしの貴石ジェムを用いれば、出血は最低限で済む。

 根源的な生命力において人類に大きく劣る土蜘蛛たちの応急処置は、だからこそ人類世界のそれよりも数段勝っている。


「アシュレ、オマエ、その腹の傷は。血が、口から血を吐いているではないかッ!」


 ヒトの子の戦いぶりをつぶさに見ていたウルドが、己の消耗も顧みず駆け寄って来てくれた。

 必死の形相のウルドに、アシュレは苦笑で返す。


「大丈夫、だいじょうぶだよウルド。泣かないで」

「バカッ、なにが大丈夫だ、こんなこれじゃあ……内蔵にまで傷が。どうしよう、どうしよう。ああ、アシュレ、アシュレダウ!」


 狼狽するウルドの姿に、アシュレは初めてこの娘の本性を見た気がした。

 かわいいな、と本気で思ってしまう。


「大丈夫だ、ウルド」


 言いながら竜皮の籠手:ガラング・ダーラに包まれた右手で頭を撫でてやると、驚くほど従順にアシュレの指先に身を任せた。


「わたしの、わたしのせいだ。わたしのせいで貴様をこんなに。ああ、あああ、許してくれ。ああわたしの騎士……」


 どういう風の吹き回しか。

 想われたものだな、とアシュレは己の女運に笑わずにはおれなかった。


「なんだ貴様、そんな安らかなやり遂げたような笑みで。いやだ、いやだぞアシュレ、わ、わたしをひとりになんかするな。貴様には責任がある、あるのだぞ。わたしを、竜の皇女を三度も組み伏せ屈服させたのだから、貴様はわたしの心までも組み敷いたのだから!」

「えええっ?! そうかそれは大変だ……でも、ホントに大丈夫なんだウルド……これにはタネも仕掛けもあって……」

「えっ?」


 動転するウルドをなだめるように、アシュレは脇腹から手裏剣を引き抜いて見せた。

 切っ先の半ば失われたそれ、を。


「な、んだと?」

「防護の呪符さ。これも土蜘蛛の呪具。一回きりの使い捨てだし、竜の吐息ブレスみたいなすごい威力の一撃だとどうにもならないんだけど……脇腹に抜けるハズだった刃の威力を大幅に減衰するくらいには働いてくれたみたいだ。おかげで、かすり傷で済んだよ。といってもそれなりに入ったけど。さすがイズマの投擲術だ、だいぶ痛かった。気絶するかと思ったよ」

「では、では貴様その血は。口から吐いた血はどうした?!」


 なにが起こったのかわからず目を白黒させるウルドに、アシュレは今度こそ吹き出してしまった。


「な、なにを笑う?! なにがおかしいッ?!」

「いや、ほんと良くできてるなと思ってさ。これも土蜘蛛の死を装うためのクスリ。赤く見えたのは血糊なんだ。色も臭いもそっくりだけど、これ植物の汁なんだよ。あらかじめ口中に仕込んでおいたんだ」

「な、なに?! では、では?!」

「敵を欺くにはまず味方から。兵は詭道なり、ってことかな?」


 途端に逆上した竜の皇女に殴られそうになって、アシュレは必死に防御しなければならなくなった。


「まってまってタンマタンマ、痛い痛いんだって左腕の傷は本物だし、竜皮の籠手:ガラング・ダーラの内側の掌も出血が止まってないんだから!」

「ばかああ、ばかああああ、アシュレダウのばかああああ、心配した心配した心配したのだぞ、ゆゆゆ許さんぞ!」


 だが戯れている時間はアシュレたちにはなかった。

 応急手当が終わったのなら《星狩りの手》に囚われていたスノウを解放しなければならない。


 果たしてスノウはまだ《星狩りの手》の手中にあった。

 しかし魔導書グリモアの頁をめくり返す、あの苛烈な運指は止まっている。

 アシュレがスマウガルドだったものを打ち破った瞬間のまま、その動きは留まっている。


 玩弄され続けていたスノウにはもはや体力と呼べるものは残されておらず、ぐったりとその身を吊り下げられるに任せている。

 潜り込んだままの無数の指先が与える魔界の快楽は続いているはずだが、もはやそれに反応するだけの力が彼女にはないのだ。


 ただただ濡れそぼった肌の上を艶めかしく汗が、上気して桃色に染まった頬を涙が、おとがいを唾液が伝う。


「スノウ……ごめんよ、怖い思いをさせたね。いま助けるからね」


 応急処置を終えたことで急速に痛みを感じ始めた左腕を押さえながら、アシュレは足を引き摺るようにしてスノウの元へと歩いていく。

 その横にウルドはいて、気遣わしげにアシュレの様子を見守る。


 これで大団円のハズだった。

 スマウガルドは消え去り、ウルドの尊厳は守られ、スノウは奪還した。


 これであとはイズマが戻ってきてくれさえすれば。


「イズマ……イズマ、手を貸してくれないか。ボクひとりじゃスノウをうまく降ろしてあげられそうにない」


 あたりまえのようにアシュレは土蜘蛛の王に声をかけた。

 投擲を終えて両腕を降ろし、脱力した姿勢でイズマは立っていた。

 うつむき加減で表情は窺えない。

 ただ、アシュレの呼びかけにふ、と微かに笑った。


「どうしたの、イズマはやく」

「キミは……どうしてボクちんを疑わないんだい? ボクちんはキミたちを裏切ったんだぜ? 敵だよ?」


 理解に苦しむなあ、とイズマはぼやいた。

 それは、とアシュレは答えた。


「それは……イズマは本当には裏切ってなんかいないからだよ。どうしてかって? 例を挙げてみろって? たとえばそうだなあ。もちろんボクがイズマを信じていたっていうのはあるけど、それが確信に変わったのはこの祭壇に上がったときだったよね」

「ここに上がったときィ? なんかありましたっけかね?」


 ひねたようなすねたようなイズマの口調にアシュレは笑いを禁じ得ない。

 くすり、と自然に微笑が漏れた。


「なんだい?」

「いいや、気付いてないのかなって思ってさ。自分で言ったんだよ、イズマ。殺意バリバリだって。いまの蹴りは殺意バリバリ乗せたぜって」

「あ?」

「いつだったか、ボクにレクチャしてくれただろ。殺意ではヒトは殺せない。ヒトを殺すのは、結果としての道具だったり技術だったりただの石ころだったりするって」

「言いましたかねええええ、そんなこと?」

「こうも言ってた。殺意をあらわにする暗殺者なんてド三流だって。そんなもん発してたら本物の戦士には一発でバレちゃうって。だから殺すという思いを先に殺さなくちゃあいけない。息をするように、瞬きするように、自然に当たり前に殺せるのが本物の暗殺者なんだって」


 そして、


「ボクちんにはそんなこと造作も無いけどね、って」

「…………」


 アシュレの推理にイズマは返事をしなかった。

 それが答えだとアシュレは思う。


「たしかに凄まじい殺気だった。殺されると本気で思ったよ。でもそれが伝わったから躱せた。もしイズマが本気で、ボクに対する殺意さえ殺して襲いかかってきていたら、あの時点でボクの頭は馬に蹴り飛ばされた瓜みたいにグシャグシャになっていたよ」


 それに、とアシュレは続けた。

 駄目押しだ。


「それに最後、スマウガルドとウルドを奪い合うことになったあの局面でもそうだ。イズマはボクを狙ったけれど、それはスマウガルドから傀儡針によって強制されたものだった。《魂》を発動している間は場に満ちる《スピンドル》や《ねがい》の流れに敏感になるんだ。だからわかったよ。イズマは無理強いされたんだって」

「それは……都合よく解釈しすぎなんじゃない? 実際キミは重傷を負いかけたでしょ?」


 そんなこと、とアシュレは笑う。


「本当にボクを仕留めるつもりなら、イズマ自身が来るでしょ。飛び道具に頼らずに」

「ボカァ、《魂》を発動しているキミに近づきたくなかっただけかもしらんぜ?」

「それを恐れたのはスマウガルドだよ。傀儡針を乗っ取り返される危険性をヤツは恐れた。だからイズマにいかせなかった。《魂》と《フォーカス》の親和性は、旧世界の人々すら考え至らなかった高みにあるんだから」

「…………」

「もっと言えば、本当のイズマならあの瞬間に狙うのはスノウだったさ。そうしてボクにスノウとウルドのどちらかしか護れない状況を作り出すことで、ボクを妨害しようとした。でも……イズマはそうしなかった。なぜだい?」


 勝ち誇って言うアシュレに、イズマは薄く笑った。


「じゃあキミはこう言うんだね、アシュレくん。スマウガルドにはスノウちゃんへの執着があった。ウルドちゃんとスノウちゃんの両方がどーしても欲しかった。だからふたりに危険が及ぶような手をボクちんに打たさなかった。結果としてキミは自分自身にボクちんの標的を絞ることに成功し、スマウガルド陛下を出し抜くことに成功した、と」

「まあつまり、そういうことかな?」


 ナルホドナア。

 イズマはまた笑った。

 酷薄に。


「だから、ボクちんが裏切ったわけじゃないと、そう判断するんだ?」

「他に理由がないからね」

「あー。ナルホドナア。アシュレくん……キミィ、さっきちょっとだけ良いこと言ったンだよ。人間は変化する、変われるって。成長できるって。それが《意志》だって」


 イズマがアシュレの言葉を繰り返した。

 アシュレはそれを不思議な心持ちで聞いた。


 なぜだか背筋に悪寒のようなものが走ったからだ。

 胸がざわついて……なぜか、一歩後ずさっている自分に気がついてしまう。


「イズマ?」

「たしかにボクちんは知らなかった。キミが聖剣:ローズ・アブソリュートをわずかな時間であるにしても振るえるようになっていたことを。すごいよねえ、チミィ」


 ゆうらり、とイズマが上体を揺すって、一歩踏み出した。

 《意志》を感じない、まるで幽鬼のように。


「でもキミは……キミも知らない。知らなかった。《御方》たちのことを。こいつらがどんな貪欲さで人類を知りたがっているか。そして救いたがっているか。そのためにこの次元における究極のエネルギー、すなわち《魂》を欲しているかについて」

「イズマ?」


 問いかけながらアシュレはまた一歩後ずさっている。

 その後ろに気配がある。

 まだ青きバラの残り香をまとった竜の皇女の熱。


 ただ、そこから感じられる気配は……なにか異様で。


 思わずアシュレは、振り返っている。

 途端に腕のなかに飛び込んできたのはウルドで。


 その肉体はおこりにかかったように激しく震えて。

 全身が恋に冒されたように熱くて。


 気がつけば、アシュレは胸を貫かれている。

 それはいつのまにウルドの手のなかに握り込まれたのか、純白の杭で。


 スマウガルドを《そうした》あの杭と縛鎖が、アシュレの胸郭に打ち込まれた。





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[一言] ええええええ、これどうすんの??負けるなアシュレ君!
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