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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一七〇夜:竜の聖域へ

         ※


「ウルド、ゴメンよ。ぜんぶ演技だからね。すべてが終わったらキミを自由にする。スマウガルドを打ち倒したら、この忌まわしい黒い杭からも忌々しい縛鎖からも必ずキミを解き放つ。約束する。だからしばらくの間、辛抱して欲しいんだ」


 囁きかけるヒトの騎士に、竜の皇女は力なくうなずき返すことしかできない。


 三度めの陥落はあっけないほどだった。

 二度めのとき自らの心の起きた変化を自覚してしまった段階で、すでに勝負はついていたのだとウルドは思う。

 だが己のなかに生じたその変化を、どう名付けて整理すればいいものなのか。

 それがわからない。


 ただただ胸の内側で、悔しさとも憤懣ふんまんとも異なる種類の感情が猛り狂う。


 だいたいだ。

 ウルドは思う。


 なにがぜんぶ演技だ。

 なにが自由にするだ。

 なにがキミを解き放つだ。

 そもそもなんだこの……妙な気持ちは。


 貴様は嘘つきだ。


 小さく呟くのが精一杯。

 悔しくて涙が滲んでしまう。


「なにか言った?」

「なにも言っておらぬわ馬鹿者め。そこを右だ」


 こちらの心中などまったく斟酌しんしゃくしない男の態度に、心底腹が立つ。


 かといって全身を聖なるいばらで縛されたウルドには、口答え以外抵抗する方法がまるで残されていない。

 花嫁衣装の上から施された戒めは、ウルドを玩弄のための美しき戦利品トロフィーに仕立て上げている。

 征服者の嗜虐心に働き掛ける生ける彫像フィギュア

 この世にふたつとない青きバラとそれが放つ清浄な香りは、どのような宝飾品をもってしても決して太刀打ちできぬ甘美な拘束具だ。


 そしてこれは当の竜の皇女にしかわからぬことだが──肌に突き立つ青きバラの刺はこれまで感じたことのない痛みを与えてくる。

 痛いのだが──甘い。

 そうウルドは感じてしまう。


 青き花弁をつけるいばらに縛された胸の苦しさに喉を喘がすとき、吐息が微かに濡れてしまう。

 自分はなにか、おかしなものに目覚めつつあるのでは?

 自覚的になればなるほど、その感覚は強まっていく。

 衣装越しに伝わるアシュレの体温が、たぎる彼の《スピンドル》の薫りが、心地よくて仕方がない。


 ウルドにできるのは、せめてそれを知られぬよう、息を殺して恥じ入ることだけだ。

 かつての彼女を知る者がいたとしても、これがあの勇猛果敢な姫将軍だとは到底信じられまい。


 アシュレはその彼女に案内されるカタチで、龍穴へと足を踏み入れた。


 龍穴。

 竜たちの聖域。

 そこは大自然の驚異と竜族の《ちから》が造り上げた広大な地下迷宮であった。

 宮殿というより自然石を利用した神殿、あるいは祭祀所と表現するべきか。


 聖堂にも似て厳粛な空気を醸し出すしつらえが、思わず背筋を正させる。

 その感覚は権威や厳めしさが強要する萎縮よりも、神聖で神秘的な場に対する畏怖に近しい。


 それほどに龍穴の内部は美しかった。


 ここには竜たちの宇宙観が圧縮されている。

 どの文明でもそうだが神殿であろうと聖堂であろうと祭祀所の最深部に描き出されるのは、その種族の見ている世界観の根幹そのものなのだ。


 自然の洞窟を利用したのであろう聖域の壁面は一様にすべやかで、色とりどりのガラスで出来ていた。

 気の遠くなるほど膨大な量の板ガラスを高熱で溶かし合わせ繋げて仕上げたかのように、壁だけでなく床のどこにも繋ぎ目が見当たらない。

 色とりどりのガラス面はそのなかにいくつも気泡を封じ込めていて、それが光を受けて星のごとくに煌めく。

 さらにその奥、内側の岩壁には、さまざまな鉱物が結晶の花を造り上げている。


 アシュレは先だっての渓谷での戦いで、ウルドの放った吐息ブレスが岸壁をガラス化させたことを思い出していた。

 その想像は正しい。

 この聖域を彩る壁面と床面の美はすべて、竜族の吐息ブレスによって内包されていたガラス質とその他の鉱物の成分が溶け出して固まり、あるいは結晶化することで生み出されたものであったのだ。


 美しいガラスによってくまなくコーティングされ丁寧に磨き上げられた内装は、まるで星空を写し出す凪いだ湖面のようだ。


 アシュレが抱いた第一印象は「ゆりかご」であった。

 そして、これも受け取ったその印象の通りだった。

 龍穴とは竜族の真なる寝所であり、同時に子供たちを育む秘されし空間だったのである。


 だが、そのもっとも清浄な空気で満たされていなければならないはずの竜の聖域は、いまや穢され、禍々しき瘴気に満たされてしまっていた。


 もちろんそれはいま聖域の深奥に居座る屍の竜王:スマウガルドのせいだ。


 ここはもう聖域などではない。

 なにが起こっても不思議ではない魔宮=万魔殿パンデモニウムと呼ぶべき場所だ。

 屍の王が書き綴る物語の封土ドメイン:《閉鎖回廊》。


 アシュレはその魔宮と化した龍穴を、疾風迅雷ライトニング・ストリームを駆使して走り抜ける。


 聖盾:ブランヴェルによる力場走行を使わないのは、足下のガラス質を砕いて竜の聖域を損ねてしまわぬようにとの配慮があった。

 自分が敵対するのはスマウガルド個人であって竜たちの文明や文化ではない。

 そうアシュレはこの戦いを規定している。


 もっともアシュレはそれ以前に竜皮の籠手:ガラング・ダーラ以外の《フォーカス》を、ここに持ち込んでいない。

 腰に手挟んだ短剣と手斧が唯一の武装。

 あとは件のアイテムポーチとその中身が採り得る手段のすべてだ。


 それは侵攻速度を最優先したことと、交渉時に害意がないことを示すためだった。


 どんなに強力な武具もスノウの安全を確保できなければ、なんの意味もない。

 ウルドは無謀だと喚いたが、シオンはすぐにアシュレの意図を理解してくれた。


 ともかく武装から解き放たれ身軽になったアシュレはウルドの指示をもとに、いたるところに口を開けた縦穴や段差を壁面を蹴りつけながら駆け上がり、あるいは飛び降りて龍穴の深部へと最速・最短ルートで踏破していった。

 もう時間がないことを、アシュレはだれよりも感じていたのだ。


 たしかにイズマは人質交換の期限を切らなかった。

 あの風雅を装う脅迫文のごとき四行詩には、時節をほのめかす暗喩あんゆさえない。


 だが、それは猶予を与えられたという意味ではない。


 あえて制限時間を設けなかったのは、アシュレたちが交渉のテーブルにつくまでの間、スノウにはどんなことだって起こり得るという意味だ。

 すぐに来なければ無事ではいられない、とあの文面は伝えている。


 なぜなら人質の身の安全を保障する内容も、一文たりともなかったからだ。

 言わないことで明言する。

 それがイズマの文才であり巧緻であった。

 

 こちらに万全な準備をさせるつもりも、心理的に落ち着く暇も与えない。

 これが土蜘蛛たちのやり方、戦術論。


 もちろんその心理戦に乗ってやるつもりはアシュレにはない。

 巻き込まれたふうを装って、これを食い破る。


 それがここまでの戦いのなかで若き騎士が獲得した、世界との戦い方だった。




お待たせいたしました。

本日より連載を再開いたします。

平日は原稿のある限り進めさせて頂こうと思います。


ただこのへんからソウルスピナ世界の根幹へと降りていくお話になりますので、ちょっと休み休み行かせてもらうと思います。

消費カロリーが洒落になってないのでw


でわ、引き続きお話をお楽しみください。

面白かったら「いいね、」なんかお気軽にポチッとしてみてると、画面の向こうで眉毛がピクピクッと動きますよー!(?)

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