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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 5・「竜玉の姫・屍竜の王」
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■第一六九夜:罠は花嫁装束の


         ※


「こ、この衣装は、ほほほ、ほんとうに必要なのか。なんというかあまりに無防備、あまりに姫然・・としてはおらんか。我は王であってではないのだぞ!」

「あくまで偽装とはいえ、そこもとはいまや交換の品なのだ。せいぜい値をつり上げて奴らを惑わさねばな」

「夜魔の姫?! そ、それにアシュレダウ、貴様なぜこのように手慣れておる?! 婦女子の着付けが上手過ぎぬか?!」


 服毒の罠を仕掛ける、とアシュレは今回の作戦を説明した。


 先ほどシオンが頭上の枝を聖剣:ローズ・アブソリュートの一閃で燃やしたのは、この仕込みを話し合うため、イズマが仕掛けていたであろう偵察・盗聴用の蟲を先んじて駆除するためだった。


 さらにウルドの着付ける前に、アシュレたちは温泉でその身を清めた。


 スノウとの合流を急ぐため前進キャンプへの帰還を優先したここまでの判断とは、すでに状況が変わっている。

 またこれは必要不可欠な準備でもあった。


 ウルド自身の指摘にもあったが、今回の相手は屍の竜王だけではない。

 土蜘蛛の王が残していったであろう、さまざまな手管への対抗策が必要とされた。

 なによりまず重要なのは、自分たちにすでに蟲が取り憑いていないか、その確認だった。


 エルマが調合してくれた虫下しの霊薬エリキシルを頭からかぶり湯にも垂らし、頭髪や衣類などに仕込みがないか入念にチェックする。


 ほどなく、ぷかりぷかり、と数匹の蟲が湯に浮いた。


 このあたり、やはり、と言うべきだろう。

 目を凝らさずとも明らかに地上世界のそれとは姿形の異なるものばかり。

 キャンプに仕掛けられていたイズマの置き土産で間違いない。


 重要な局面にさしかかるたび機を見ては飛び立ち、知りえた情報をイズマに伝える役割を持っていたのだろう。


 ウルドがごねている間にアシュレたちに組み付き、髪の毛や襟元、凝ったものだと飾りボタンを偽装して隠れていたのだ。

 シオンが樹上のものをあらかた始末していてくれたおかげで、その数は極めて少なかったため、対処は容易だった。


 独特なハーブの香りにウルドは顔をしかめたが、霊薬エリキシルの効能を目の当たりにして考えを改めたらしい。

 シオンと組みになって入念に頭髪を梳き入れていた。


 それから着付け。

 やはり花嫁衣装がよかろう、と提案したのはシオンだった。

 狼狽したのはもちろんウルドだ。


戦利品トロフィーとしての女がその身を包む衣装としては、これ以上のものはあるまい」

「は、花嫁衣装?! ちょちょっと待つがよいぞ夜魔の。たしかに衣装を借り受けたいとは申し出た。が、我は王だ。王である。王がウェディングドレスとはこれいかに?!」

「ならば素っ裸にするか、竜の」


 シオンにそう突き返され竜の皇女は絶句した。

 自分自身が女性にょしょうであることと王であることはなんの矛盾もないが、その王が花嫁衣装をまとうことには大いなる葛藤があるらしい。

 まあ竜という種族の特性を考えれば当然と言えば当然であり、わからなくもない心の動きではある。


 こういう話の流れになったのは、アシュレが人質交換を装うという方針を明らかにしたせいだ。

 アシュレが縛したウルドを抱えてスマウガルドと正対し、スノウとの交換を果たした隙を見てウルドとともに逆襲に転じる。

 そういう作戦だった。


 のだが、


「着ぬ! 断じて着ぬぞそんなものは。ヒラヒラのフリフリではないか! それを着るくらいなら死装束のほうがよほどましだ! 夜魔の姫よ、死装束を持て!」


 竜の皇女の抵抗は思いがけず頑強だった。

 人質交換のふり・・をすることは了承したものの、身にまとう衣装には譲れないものがあるらしい。


 このへんが王族の、いや王つまり絶対権力者本人が自分であるということのややこしさだった。

 繰り返しになるが、ウルドはこれまで自分自身の思い通りにことが運ばないどころか、自分の考えを拒絶されたという体験すら、ほとんどしたことがないのだ。

 あとこれは余談だが不死者である夜魔たちに「死装束」なる概念はない。

 あるのは夜着だけだ。


「つまり断じて花嫁衣装はまとわぬ、と。竜の皇女殿下はこう言っておるが、我が騎士よ、どうするか? しかしこれは……考えようによってはある意味で僥倖ぎょうこうか?」

「そうだね。なんだか降って湧いたさいわいというか」

「演技力皆無の竜族、リアリティ不足がこの案の唯一の泣き所であったが、一気に解消できそうであるな」


 絶対に花嫁衣装などまとわぬ、と癇癪かんしゃくを起こし地団駄を踏んで見せるウルドを、ヒトの騎士と夜魔の姫がどうしてそう評したのか。

 この直後、竜の皇女は理解することになる。


「や、やめっ、やめよやめよ。ダメだ、アシュレ、アシュレダウッ!! そんなこんな、こんなの聞いてないぞ?!」

「聞いてないから好都合だしリアリティが出るんだよ。ウルド、ごめんだけど強引にいくからね」

「うそだ、ひゃううう。ダメいやホントに許せ、堪忍、堪忍せよ!」


 竜の皇女の唇から漏れる淑女としての嘆願を、アシュレは実力行使で踏み躙った。

 彼女の胸郭を穿ち、いまも侵食を続ける忌まわしき黒杭と縛鎖。

 その《ちから》を逆手に使い、ウルドを組み伏せた。

 

 もとより消耗し切っていた彼女は、さしたる抵抗もできずアシュレの足下に屈するしかない。

 

「いいかいウルド。着るんだ、花嫁衣装を。時間がない」

「うあ……は、はい」


 恥辱に塗れ泣きながらだが、ウルドはアシュレの提案を受け入れた。

 屈服に際して、その肉体がかすかにだが別の感覚に震えてしまったのを知るのはウルド本人だけだ。

 首筋まで染め上げる紅潮の意味がアシュレには伝わっていないことを祈る。


 ともかくこうして竜の皇女は人質交換の品としての立場を受け入れた。


 結果としてウルドの見せた弱々しい抵抗は、アシュレたち全員を利するはずだった。 

 なぜなら、いまアシュレがウルドを屈服させた黒杭と縛鎖の先端は、赤竜:スマウガルドが握っている。

 つまりこの《フォーカス》を通して行われたすべては、かの屍の竜王の知るところとなるのだ。


 縛鎖を用いて竜の皇女を屈服させたことがスマウガルドへと伝われば、奴らは自分たちの目論み通りこと・・が進展していると思い込むだろう。

 結局のところアシュレたちはウルドを差し出し、スノウとの交換に応じるのだと考えたはずだ。

 交渉に応じると見せかけ、スノウの安全をすこしでも確保したい。

 それがアシュレの思いだった。


 もちろん向こうには謀略の代名詞でもある土蜘蛛の王:イズマガルムがついている。

 一筋縄でいくとはアシュレだって思っていないが、スノウの尊厳を守るために考えられ得るあらゆる手管を行使するつもりでいた。


「こんな、こんな……屈辱だ。我が花嫁などと……これでは手折ってくださいとばかりに差し出される花のようではないか」


 無理矢理衣装を着付けられて恥辱に泣くウルドを、アシュレは不謹慎にも美しいと思ってしまった。


「ウルド、気持ちは分かるけれど……実はまだもうすこし仕上げがいるんだ」

「まだ? まだ貴様はわたしになにかを強いるのか。もう、もう限界である。これ以上の屈辱を強いられたら……服従を強制されたら……我は、わたしは本当に」

 

 黒杭と縛鎖を用いたアシュレによる二度の体験は、ウルドの心境に劇的な変化を強いていた。

 端的に言えば、彼女はアシュレダウという男の《意志のちから》の強大さに脅えていたのだ。


 竜の精髄を奪われていたから──とウルドが己の弱体化の理由について口にしたことを憶えているだろうか。

 イズマとの舌戦、そのさなかでのことだ。


 竜の精髄──竜玉カーバンクル宝玉オーブとも呼ばれるそれは一種の生体炉だ。

 ある分野での《フォーカス》の究極到達点とでも言っていい。


 技術的・物理的方法で《魂》を再現できないものかと試みられた旧世界の遺物。

 悪魔の騎士:ガリューシンの持つ孤独の心臓クロムハーツも、この竜玉の系統樹にある。

 その内側では強力なエネルギーが常に渦を巻いている。


 竜は装置を生まれ落ちたときから徐々に体内でこの装置を組み上げ、やがてそれを用いて強大な《ちから》を振るうようになる。

 これが竜族が単体で他の種族に圧倒的に勝る所以ゆえん


 穿った見方をすれば竜という存在は、この竜玉を生産するための生体プラントであるとも言える。


 そのために生み出された種族──仕組まれた存在。


 人間が真珠を得るためにある種の貝のなかに核を仕込むように。

 彼ら竜族はその事実を決して認めないだろうが、これが事実だった。 


 そして、それを奪われたウルドはいま、本来の能力の半分以上を失ってしまっている。

 いや、正しくは現状こそ、竜の皇女個人の本当の《ちから》なのだ。


 言い方を変えればウルドはこれまで非力な存在と侮っていた人間と、竜玉という特別な種族特有の加護抜きで、いまやっと正対したということになる。

 もちろんたとえ竜玉抜きでも、万全でありさえすれば《スピンドルのちから》を用いて竜の姿になれる彼女に、大抵の人類や亜人種が屈したことだろう。


 ところが、だ。

 いまウルドを組み伏せ花嫁衣装を着ることを承諾させたヒトの騎士は違った。


 アシュレから縛鎖を通じて流し込まれる《スピンドルのちから》は、かつてウルドが所持していた竜玉とほぼ同等のエネルギーを秘めていた。

 だからこそ一時的とはいえ、ウルドはかつての《ちから》と姿とを取り戻し、スマウガルドの支配に抗うことができた。

 

 それはただの人間に過ぎぬアシュレが、もっとも偉大であるべき竜の皇帝の血筋と同等かそれ以上の《ちから》を、強大な《フォーカス》の助けもないままに振るえるという事実をウルドに突きつけた。


 そしてさらにいま、同じ相手への二度めの屈服を、彼女は体験してしまった。


 アシュレの《ちから》に、竜の皇女はまったく抗うことができなかった。

 組み伏せられ押さえつけられ降伏を迫られ──あろうことかそれを認めさせられてしまった。


 竜の婚姻は望んだ相手を屈服させることで成立する。

 正式な婚姻の儀式はもはや滅多に執り行われることはないが、先に相手を三度屈服させた側がその者のすべてを領有する。


 男の側が女を、もちろん女の側が男を、どちらもありえる。

 それを数十年、数百年かけて行うのが彼ら彼女ら竜の「恋愛」のカタチなのだった。


 ウルドはそのプロセスを、わずか一昼夜のうちに二度も体験させられてしまったことになる。

 

 恐かった。

 身を汚されるかもしれない、という恥辱への恐れではない。

 もしもう一度アシュレダウになにかを強要されて、それを受け入れてしまったら、自分がどうなってしまうのかもうわからない。

 それが恐かった。


 そんな彼女にヒトの騎士は思案顔で、さらなる要求を強いてくるのだ。


「もうひと工夫いるんだ」と言い放って。


 夜魔の姫が後ろに続く。

 右手には聖剣:ローズ・アブソリュートが握られている。


 ひっ、と思わず悲鳴が漏れるのをウルドは止められなかった。


「な、なにをする気だ、ふたりとも。花嫁衣装は着た。人質交換の駒にもなる。貴様らの要望にはすべて従った。この我が、だ。それなのにこれ以上、なにを望むのか?! その……頼む、アシュレダウ。もうこれ以上、我を辱めないでくれ。わ、我は誇り高きガルフシュバリエの王なのだぞ? 屈辱的な提案をここまで受け入れたではないか。渋々、しぶしぶだ。それをこの上まだ、なにか上乗せするというのか?!」


 自分で意識しているのか、いないのか。

 涙目になって訴えるウルドは可憐な姫君にしか見えない。

 アシュレは困ってしまう。

 たしかにここからの要求はかなり酷だ。


 だが、これに関してシオンは容赦しなかった。


 つかつかと足早に間合いを詰める。


 その手のなかで聖剣が形を変じつつあった。

 刀剣から青いいばらの姿へと。

 なにをされるのかわからず、ウルドは震え上がった。


「相手はイズマだ。悪知恵だけは働く。天才的に、だ。策に穴があっては勝負にならん。完璧を期さねば」

「だが、だからと言って……なんだそのいばらは夜魔の姫ッ?! アシュレ、アシュレダウ、貴様ならわかろう。王がこのような屈辱を到底受け入れられぬことが。せめて説明を。どういう算段なのか、いまからなにをするのか!」


 ウルドの要求は正当だったが、即答をアシュレはためらった。


 計画の子細をここで説明してしまうと、ウルドの態度からすべてが露見する可能性が非常に高かった。


 ここまでのやり取りからわかっただろうが、絶対王者である彼女ら竜は己を偽る必要がない。

 本心を包み隠すことなど考えもしない。

 いや、隠せない。

 そんな存在に演技力など期待するほうが間違っている。


 黙ってボクらを信じてくれ、と言いたかったがそれで納得してくれるようなタマなら、そもそもがこんなことにはなっていまい。


 ともかくアシュレはこれからウルドに施されるさらなる仕儀だけ、簡潔に伝えた。

 耳打ちする。


「ひっ。いばらで縛する?! 我が玉体をか?! ゆゆゆ、ゆるさんゆるさんゆるさんぞ!」

「予想されうるなかでも、もっとも安直な反応であったな」


 もう満足に立ち上がることもできないウルドが、スカートの裾を摘みあげ逃げようとした。

 震える手が掴みかけた刀を、シオンはそっと脇にどけた。

 夜魔の姫を護る聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーは、竜の姫の愛刀にも親和性を示すようだ。

 《フォーカス》の守りは発動しなかった。


「やれ、アシュレ。本当に時間がないぞ」


 促すシオンに返事をするかわり、アシュレはウルドを戒める縛鎖に三度めの手を伸ばした。

 




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