■第一四三夜:英雄たちの饗宴
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「改めての帰還、おめでとうだ! スノウ、シオン、そしてアシュレ!」
「ありがとうノーマン。あなたがいるから安心してボクは自らの務めに専念できる。数日間も静養することだってできるし、先ほどのような大胆な作戦にも打って出ることができる。自分の背中だけじゃなく、集団の維持までも信頼して任せることの出来るあなたの存在、ありがたさしかない」
「なに、そのあたりはバートン老も相談に乗ってくれるしな。さすがバラージェ家の執事だ、あれこれと気がつくし手回しもいい。おまけに最近は真騎士の妹たちが、どういうわけか進んで助けてくれる。おまえの言うように信頼とはかくもありがたいものだな」
「バートン老とは、これはこれは早くもジジイ扱いですかな、デストニアス卿? いやしかし、実際のところこの戦隊の志気と内政が安定しているのは、アテルイ殿の手腕によるところが大きいとわたしは思いますな。わたしなどはそのお手伝いをしているに過ぎません」
「いやいや、バートン老……っとこれはいけなかったか、失礼。バートン、それは過分な称賛というものだ。わたしは当然のことをしているだけで。旦那さまの……もとい我が主:アスカリヤ殿下とアシュレ殿のお役に立てたらそれだけでしあわせなのだから」
祝辞に混じり聞こえてくる各自の活躍に耳を傾け嬉しい想いに浸っていたアシュレだったが、まさにそのとき天を切り裂くような雄叫びが響き渡り跳び上がった。
「焼けた、焼けたぞ──肉がッ!! バフォフォフォフォフォッ!! さあ、我が渾身の丸焼きを喰らうが良い!!」
思わず身構えて振り返れば、豚鬼王にしてオーバーロードたるゴウルドベルドが、そこにはいた。
つい先ほどまでY字を描く懸架脚に乗せ、熾火の上でグルグルと回転させていた巨大な鉄串を振りかざしている。
大業物の槍を思わせる巨大な串が貫くのは、これもまた見事な大イノシシの丸焼き、まさに肉叢であった。
「さああああ、だれだ、この最高の焼き上がりを見せたイノシシ肉に一番槍を突き立てる勇者はッ?!」
興奮した口調で賞味を煽る豚鬼王。
祝宴を開くからという名目で饗宴の穴に向かったアシュレに、このオーバーロードは「宴席ならばオレに任せろッ!」とばかりについてきてしまったのだ。
そう、来てしまったのである。
騎士の後ろに続いて、その極太の両腕に溢れんばかりの美食を抱えた怪物が姿を現した瞬間、戦隊は一時、騒然となった。
無論このオーバーロードに関する報告は受けていた戦隊だが、話で聞くのと実物が出てくるのとではあまりにギャップがありすぎた。
アシュレからの「彼は友人……いや親友……えーと志を同じくする美食の使徒デス」という紹介に至り、今度は全員が沈黙した。
それで厨房を預かるアテルイとの協議というか激論の末、もっとも忍耐力と筋力を要する大料理=丸焼きが彼の担当として割り当てられたのだ。
この配置は、アテルイを手伝うスノウや真騎士の妹たちが怯えて仕事にならなかったからだというのは、当のゴウルドベルドには秘密である。
ともかくどういう運命の悪戯かわからないが、アシュレたち戦隊は美食を極めようとするオーバーロードのご相伴に与ることとなった。
しかし、調理を許すまではともかく、実際にその手料理を食べるとなるとまた別の度胸が必要だった。
真騎士の妹たち──キルシュとエステルの報告によれば、それは脳が蕩ける魔界の食べ物だということになっていたからだ。
数秒、またもやあの奇妙な沈黙が場に落ちる。
「ではその一番槍とやら、わたしが頂こう」
沈黙を破り、ずい、と進み出たのはシオンだった。
大胆なカットラインを持つ水着に夜魔の王族がまとう分厚いマントだけを羽織り、その頭頂には理想郷の王:エクセリオスから奪還した宝冠:アステラスが輝いている。
地上世界でこんな格好で白昼堂々ウロウロしていたら、色街でもないかぎりどんな文明圏でも風紀紊乱で捕まってしまうが、ここは空中庭園で戦隊は規格外の人間の集まりだ。
多少の奇行は許容しなければ精神が参ってしまう。
その雄姿に、どっと周囲が湧いた。
戦隊からは圧倒的なシオンの美に対する称賛、あとは主に女性陣からのカラダの線が丸分かりの服装で、さらにどんなに食べても小揺るぎもしないあまりに理想的すぎるプロポーションへの微笑ましい嫉妬と羨望が。
そして、いまひとつは──オーバーロード:ゴウルドベルドの口から、美しき挑戦者を讃える賛辞が響き渡った。
「おお、オオオ、これはなんと勇ましい! そしてなんと美しき挑戦者か! その出で立ち、風貌。貴様──夜魔のそれも貴種か?! 伝え聞くところによれば、夜魔という種は人間の血だけでなく、料理のなかに溶け込んだ《夢》を味わうことも出来るというが……。そうか貴様もアシュレダウの美味なる血に魅かれたな?」
「我が最愛の騎士:アシュレの血の味に魅了されたというくだりは否定させてもらうが、我が血統についてはいかにも。我が名はシオン。シオンザフィル・イオテ・ベリオーニ。ゆえあってガイゼルロン籍からは廃嫡されているが、夜魔の大公の血に連なる者」
「ガイゼルロンの大公?! ほう、ほほう。しからば貴公は真祖:スカルベリの嫡子であったというのか? “叛逆のいばら姫”。うむこれは」
「そなた……我がふたつ名と父を知るか?」
「九英雄の一角にして、一夜にて夜魔へとその身を転じた医術王:スカルベリ。その名はオレでも知っている。ヒトの身にあっては、医食同源という考えを広めようとした男。食事とは美味であると同時に、薬でもあるという東方世界の思想だと彼は自著のなかで語った。実に興味深い思想だとオレも思う。我が書庫にその著作が一冊だけだが眠っておるわ。叶うなら一度、彼の男とはじっくりと語り明かしてみたいものだと思っていたのだ。同じく美味を追求する者として。しかし、その息女、しかも廃嫡の姫君とは出会うとは。なるほど運命とはわからぬものだな」
なんということであろうか。
美食を追求する豚鬼たちの王と、ヒトの拵える美味のなかに溶けた《夢》を味わうことのできる夜魔との間に、このような関係性があったとは。
そして眼前の豚鬼王が己が父の過去を知るものがあったとは。
すくなからぬ衝撃を受けただあろう夜魔の姫は、しかし、気高くも雄々しく胸を張り、豚鬼王に語りかけた。
「興味深い話ではある。が、それについてはまたの機会としよう。いまは最高の焼き上がりを楽しむとき。さあ、豚鬼王よ、そなたが最上至高と考える部位をここに!」
シオンは手にしていた皿を高々と掲げた。
要するに腹が減ったので飯をよそえと料理人に言っているわけだが、シオンのような美姫が堂々とまた朗々と歌い上げるように宣言すれば、もはやここは歌劇の一幕に等しかった。
「よろしい、ならば饗宴だ! オレさまのイチオシを喰らうが良い! といっても一番はノーミソだが……これはもうしばらく後で。肉としての部位では、ここだ、頬肉!! そして自らの脂で揚げ焼きと化した皮!」
料理人にとしての本懐に尽くせる充実からか、ゴウルドベルドは流れるような動作で大ナイフを振るい、的確にその部位を切り出した。
それは見る者によっては、剣呑な演舞を見せつけられているかのようにも感じられたであろう。
ずしり、と持ち重りのする肉塊がシオンの皿の上に提供される。
「味付けは?」
「すでに下味はつけてある。塩胡椒に数種のスパイス、さらには皮目にはちみつを塗り、照りと甘味を加えてある。あとは好みで。皿の上で粗塩と胡椒にて整えるが良い!」
「承知した」
堂々とした調子で宴席に返ってきたシオンは戦隊の注視の的だった。
粗塩と胡椒を皿の端にガッツリと盛りつけ、ドンドン食っていくぞという意志を無言で示した。
「どうした? 食うぞわたしは」
周囲に集まった戦隊メンバーに不思議そうにシオンは宣言した。
ゴウルドベルドの肉汁に魅了されメロメロにされた経験を持つキルシュとエステルが、姉であろうレーヴの両腕を取って止めるように進言している。
シオンを指さして慌てたように飛び跳ねながら。
止めといた方がいい、とそのほかの料理を手がけたアテルイも首を振る。
いっぽう興味津々という眼差しでシオンの手元を覗き込んでいるのはアスカリヤだ。
恐怖などより好奇心と食い気が勝った目だ。
無意識にもその手が取り皿とナイフを掴んでいる。
なおノーマンはすでにゴウルドベルドの前に平然と立ち、スペアリブを皮つきのまま要求していた。
「ふむふむ、ほう、この肉は! 丁寧に下処理をしなければ硬くてとても食べられないイノシシの皮が、甘くてぱりぱり! これがハチミツの効果か! そして肝心の肉はゼラチン質に富むのか、ねっとりとしてなんともジューシー。蕩けるように柔らかいのに筋繊維が一本一本まで感じられホロホロとほぐれながら溶けていく! これは、うまい!」
ぱくり、と大ぶりに切り分けた頬肉を頬張り、もんぎゅもんぎゅと音を立てて咀嚼したシオンの絶賛に周囲がどよめき、人ごみが割れた。
その向こうでノーマンに極上のスペアリブを見抜かれ唸っていたゴウルドベルドが、直立不動となり帽子を脱いで貴族式の礼をする。
次の瞬間、戦隊が丸焼きに殺到した。




