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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一三七夜:薔薇の在処


         ※ 


 なるほど、これがエクセリオスと繋がるということか。

 巨大な玉座についたアシュレは、視線を虚空へと投げた。


 視界の中心、さきほどまで自分たちが歩んできた道のりに、いつのまにか巨大な門が現れ出でていた。

 それが音もなく開く。

 次の瞬間、光とともに扉は飛散し、溶け消え、もうひとつの玉座が現れた。

 周囲を美しい水晶に彩られたその王座には、これまた光り輝かんばかりに美しく強力な威厳と《ちから》をたたえた、ひとりの王が座している。


「なかなかの出し物だったぞアシュレダウ。この“繰り返す動乱のくに”の生み出す脚本にここまで抗って見せたこと、褒美を取らす」

 

 《理想》の王:エクセリオス。

 その彼がまずアシュレの戦いを称賛した。

 底意のない澄んだ瞳。 

 だが、と苦笑した。


「だが、ほかに方策がなかったとはいえ、無謀にも自ら進んでその玉座スローンに腰掛けるとは。蛮勇とはこのことぞ」


 まったく責める様子ではなく、むしろ楽しげに諌言かんげんする。

 面白き試みではあるが、と呟く。

 途端に、ふはは、と堪えきれない笑い声が漏れた。


「そなた、その座席こそが、我と繋がる唯一の通路だと考えたのであろう? どうやれば本物の我に謁見が叶うか、頭を捻ったな?」


 尊大な物言いをするエクセリオスに対し、アシュレのそれは極めて完結だった。


「そうだ」

「慧眼である。さすがは我よ。そしてそれを実行に移す勇気。愚かではあるが、称賛に値する。認めよう、そなたは勇者だ」

「アシュレ、ダメだッ、すぐにその玉座から離れろッ!」


 言葉を交すふたりに戒めの声を上げたのは、エクセリオスの玉座だった。

 四肢をつき這いつくばる格好を強要されたシオン。

 玉座の役を強要されていた彼女が、声を振り絞って警告したのだ。


 アシュレはその窮状きゅうじょうに目が釘付けになった。


 そこをぴしゃり、とエクセリオスが鞭打つ。

 シオンの肉体を楽器に奏でられた指揮を合図に、全身を蝕むあの忌まわしき装飾品たちが、いまやエクセリオスの手下となった十二本のジャグリ・ジャグラが想像を絶する責め苦を夜魔の姫に加えていく。

 シオンの雪のように白い肉体は恥辱に朱に染まり、押さえ込むことのできない痙攣に跳ねた。


「まったく躾けのなっていないじゃじゃ馬だな、そなたは。いま我はアシュレダウと話している。静かに待つが良い」


 ぐううっ、と悲鳴を噛み殺したシオンが、首を振ってアシュレに必死にサインを送った。

 逃げろ、という意味だ。

 その様子を愛しげに見つめ、エクセリオスが囁いた。


「逃げろとは、それはいかにも難しかろう、シオンザフィル。すでに彼の者は我と繋がってしまった。逃れる術はない。我を倒すでもしない限り、な」


 エクセリオスの言う通りだった。

 すでにアシュレは侵入イントルードを受けつつあった。

 いまはそれを《スピンドル》で弾き返しているが、浸透力は圧倒的だ。

 若き騎士が言葉少ななのは、単純に抵抗に《ちから》を裂くしかなかったからというのもある。


「たしかにそれは正解だったぞ、アシュレダウ。本物の我に会うには、その玉座に座るしかない。玉座スローンは言わば我との直通路である。実は各可能性世界の我たちのためにも、同じようなギミックが配してある。オルガンだとか、美姫たちの飼育場の檻などに擬態してだ」


 額に玉の汗を浮かべるアシュレとは対照的に、エクセリオスは涼しい顔で余裕の笑みを浮かべていた。


「しかし、そうだとしても、だ。いささか無謀が過ぎたのではないか? ここで我に押し負ければ、そなたは本当に|我・になってしまうのだぞ? それとも、はああ、そうか。観念したか? ぬ、いやあるいは……我と同一化することこそが最良だと気付いた、とか? ふむん、そなたほど聡い男であればないとはいえんな。“繰り返す動乱のくに”世界のシナリオを出し抜くほどの才覚だ」


 そうであるならば評価を改めねばならんな。

 賢いぞ、少年ボーイ

 《理想》の王は手放しにアシュレを褒めた。

 皮肉ではない。

 本気で感心しているのだ。

 

「《魂》に辿り着けもしないで、なにが《理想》の、王だ……」


 やっとという感じでアシュレは反撃した。

 うん、とエクセリオスは素直に認めた。


「手厳しい。だがその問題もすぐに解決する。そなたの肉体を我が手に入れるによってな」

「舐めるな」


 そんなに簡単に行くものか。

 グン、とアシュレは《スピンドル》を意識した。

 《魂のちから》さえ発動できれば、この難局をひっくり返す──いやすくなくともこの窮地を脱することは出来たはずだ。

 だが、それはエクセリオスの言葉によって遮られた。


「まて、アシュレダウ。いま《魂》を発動させることは双方にとって得策ではない。見るが良い」


 《理想》の王は左手を眼前にかざした。

 そこに光が収束し、内側から巨大な紅玉ルビーが姿を現す。

 いいや、それは紅玉ルビーではない。

 

 どくりどくりと脈打つそれは、シオンの心臓。

 二重捻転次元体であるアシュレとシオンを生かしてくれている、いあわばふたりのコアだ。


「我らが愛するシオンザフィルは、いま困憊こんぱいの極みにある。この“繰り返す動乱のくに”を含める無数の可能性世界の建設維持に、我が《ちから》を貸してもらったからだ」


 まるでシオンが進んで協力したかのような口ぶりで、エクセリオスが説明した。

 《魂》を用いぬほうが良いという、その理由を。


「そのせいでこの心臓には多大なる負担がかかっている。彼女に迷惑をかけているのはわたしだけではない、そなたもだアシュレダウ。そなたが大きな《ちから》を使えば使うほど、この芸術品のごとく美しい愛すべき宝玉には多大なる負荷がかかるのだ」


 わかるであろう。

 懸命なるそなたなら、と《理想》の王は頷いて見せる。


「そんなところで《魂》などという過大な《ちから》を振るったらどうなる? あるいはそなたは《魂》によって駆動する《理想》の騎士となり存在を存続させることができるかもしれぬ。しかし、この弱った心臓はたちまち破裂してしまうのではないか? 現にいまそなたの抵抗が、かなりの負荷を我々が愛する夜魔の姫に強いているのだ」


 かわいそうに。

 だれがその抵抗を強いているのかという問題をまるきり棚上げにして、エクセリオスが微笑んだ。


「そんなことがあってはならん、とそう思わぬか?」


 《理想》の王は語りかける。


「どう考えても、我と手を結び一体となったほうが良いとは思わぬか、アシュレダウ? そなたがこれまで背負ってきた重責と、これからの辛苦と労苦、我ならば十全に肩代わりしてやろうほどに。愛を注いでくれる美姫たちも際限なく悦ばしてやろうぞ」


 異論はあるまい?

 相変わらず激烈を極める侵入イントルードを仕掛けながら、《理想》の王は提案した。


「断る、と言ったら?」


 苦しい息の下でアシュレが返す。


「その抵抗は無意味だ、アシュレダウ。いまのそなたがわたしからの提案を退けるには、いまこうして言葉を交しているわたしを打ち倒すほかないのだぞ? 現実に」

「そう……させてもらう、さ」


 強がりとしか思えないアシュレの言葉に、エクセリオスはかぶりを振った。


「できることとできぬことの区別がつかんとは。若いなアシュレ。しかしその若さゆえの愚行、高くつくぞ」


 諦めるが良い。

 少年を諭す年長者の声で《理想》の王が言った。


「我が肉体は《理想》であるがゆえに不死。唯一の可能性は聖剣:ローズ・アブソリュートだけ。だが……そなたいまだに、それを見出してはおらんだろう?」


 エクセリオスからの問いかけに、アシュレは不敵に笑った。

 どうかな、というそれは笑みだったが、もう声を出すほどの余裕さえないのか。

 汗が額からおとがいを伝って滴り落ちる。


「見つけた、と言ったらどうする、エクセリオス……」


 やっとという感じで絞り出されたアシュレの声に、《理想》の王は大仰に怯えて見せた。


「おお、聖剣:ローズ・アブソリュートを見出したというか? それはそれは。恐ろしいことだ。迂闊にも我はいま弱点を話してしまったぞ?」


 してそれはどこにある。

 耐えるような調子で、こんどはエクセリオスが聞いた。

 ふたりのやりとりに挟まれたスノウブライトの顔は蒼白だ。

 彼女は知っている。

 アシュレはまだ聖剣:ローズ・アブソリュートの実存に繋がる手がかりにすら触れられていない。

 ずっと隣りで戦ってきた自分が知らぬのだ。

 知り得るはずがなかった。


 そんなスノウブライトの怖れを感じ取ったのか、エクセリオスが芝居がかった調子で続けた。


「まさかそなた、アシュレダウ。すでに手中に聖剣:ローズ・アブソリュートを押さえ、好機を狙っているのではないか? 反撃の手立てを握っているのでは? おお、おお、おそろしい──」

「勝負、するか?」


 渾身の《ちから》を込めてアシュレはエクセリオスをにらみ返した。

 エクセリオスの顔には感情や苦痛を噛み殺しているような、ひとことでは表現しがたい表情が浮かんでいる。


「だめ、だめッ、アシュレ、ご主人さま、ダメ────ッ!」


 叫んだのはスノウだった。

 あられもない姿で書架にかけられ屈辱的な姿勢を強いられていた彼女が、口に嵌められていた束縛から、己の頭部の一部を書籍に変えて逃れ、忠告したのだ。

 その警告が聞こえたのかどうか。

 アシュレは侵入イントルードに抗いながら、必死で手を伸ばす。

 虚しく空を掻く指先にあるものは──。


「ダメです、アシュレ、罠です!」

「さあ言ってみろ、アシュレダウ。どこだ、どこにある、聖剣:ローズ・アブソリュートは?! んんん? 答えられぬか? そうかそうだろうとも。答えたら獲られてしまうかもだものな? ではわたしが予想してやろう。たとえばだが────こんなところにあるのではないかッ?!」


 哄笑とともにエクセリオスが《ちから》を振るった。

 グンッ、と《スピンドル》が唸りを上げる。


 彼の右手から発揮された強力な牽引力が捉えたもの。


 それはアシュレではなく──これまでともに戦ってきた夜魔の姫──つまりスノウブライトのシオンだった。








ウヒョー、ギリギリのスリルが(話のストックがない)オレを熱くさせる!(?)

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