■第一二二夜:革命の来るところ
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「この“繰り返す動乱の國”は、圧政者による支配を革命によって転覆させ、人民の世を手に入れようとする若き指導者=アシュレダウという男が、いかに民衆に慕われ、彼らを率い闘い、その末に目的を果たすのか。そしてその後──隠された帝国の秘密・統治の術を知り、その真実に打ちのめされ、己が打倒した支配者と同じ末路を辿るのか。そういう問いを物語として繰り返す世界だ」
ただ一点、この“繰り返す動乱の國”が現実と異なるのは、周回ごとに代替わりする圧政者・独裁者も、それを倒さんと立ち上がる民衆のヒーローも、実は同一人物=アシュレダウ=エクセリオスだということだ。
「まるで自らの尾を食む蛇の円舞のようではある」
そう巨匠:ダリエリは説明した。
あらすじとして実に簡素な解説だったにも関わらず、それはアシュレに深い感銘を与えた。
つまるところ絶望として、である。
「なんというか、こうしてまとめられると、なおキツイな。どんな悲劇も個々の場面場面には華やかさがあって、苦しみも悲しみも美化されて、だからこそヒトはその残酷な甘さに酔いしれ、ときにそれを進んで求めるもんなんだけど……。要約は残酷だ。詩的な表現の一切を取り払われたとき、陳腐なまでにそれが明らかになる」
「ほうつまり、キミにとって“繰り返す動乱の國”の本質はグロテスクだとそう言うのだな?」
またもや的確な指摘にうめくアシュレとは対照的に、なぜか巨匠はご満悦だった。
「ところで我らが悩める若き騎士:アシュレダウよ。キミはいまわたしの要約をさらっと流したが、民衆革命の概念については理解しているのかね?」
「ええ、なんとなくですが、一応は……」
ツボを心得た要約と、異論の余地のない正確な指摘に意欲を削がれた様子で、アシュレは応じた。
しかし、その態度に巨匠は疑問を抱いたらしい。
革命という単語を彼は使った。
それはアシュレたちの暮らすゾディアック大陸においてこの時代、禁忌に属する知識であり、異端の思想であった。
そんな概念をアシュレはこともなげに「知っている」と流したのだ。
ダリエリは目を瞠って驚いて見せた。
「なんと! 革命を、だぞ?! 元とはいえエクストラムの聖騎士がか?! キミはどうやらわたしが考えるよりも、はるかにファンタスティックな存在のようだな」
どうやらアシュレの返答は、たいへんな感銘を与えたらしかった。
「その知識が本物かどうか確かめても?」
エクスキューズしてくる巨匠に、アシュレはおずおずと頷いた。
幼少期からいろいろと賛辞は受けてきたが、ファンタスティックという修辞は初めてだ。
予想外すぎて震える。
動揺しつつも、答えた。
「革命が政変と異なるのは、つまるところ権力の移動が権力者同士で──国内の王族や貴族の間──のそれではなく、それまで権力中枢からつまはじきにされていた多くの国民に委譲されるというという一点に尽きるでしょう。いずれも内戦・内紛の一種ではありますが、革命とは持つ者同士の闘争ではなく、持たざる者が、持つ者へ=王侯貴族に権力の委譲を迫る行為である、と言えばより簡潔ですか?」
確信を持ってというのとはほど遠い調子で説明を終えたアシュレに、巨匠が返した言葉はたったひとことだった。
ブラーヴォ。
「ブラーヴォ、アシュレダウ。キミはいま確実に素晴らしい」
「それはどうも……あなたに手放しで称賛されるとうれしいというより恐懼に震えますが、合っていましたかボクの理解は」
「そう革命、レヴォリューションなのだ、ここでのキーワードは」
ダリエリはアシュレの恐縮と賛辞を、こちらは些事と受け止め持論を展開した。
「それはかつてグラン王統治下のイグナーシュ王国で見出された概念だ。名君:グランによる安定した統治、その宮廷が醸成した知識と教養そして人間賛歌の気質。貴族だけを重んじるかつての王政ではなく、人民との交わりのなかで醸された、優れたる者を身分の別なく国家運営に携わらせるべしという気運。それらが志半ばで挫折したあと、突然に訪れた息子たちによる圧政──それが革命に繋がった」
まるで見てきたかのように、ダリエリはかつてのイグナーシュ王国での出来事を語った。
そして革命という概念がいかにして誕生したのかという詳細をも。
これはアシュレがはじめて触れる知識だった。
たしかにアシュレも革命なる単語に触れたのはイグナーシュでだった。
人間に《ねがい》を注ぎ込む秘宝を奪還する追跡行、探索行のなかでだ。
正直に告白した。
「ボクも革命という概念に触れたのはイグナーシュでの聖務のときです。でも、それだって表面上のものです。詳しい経緯は、いま貴方にお話をうかがうまで知らなかった」
でも、と続けた。
革命の概念が禁忌であり異端の思想であるならば、目の前にいるダリエリはいったいどこからその知識を仕入れたのか。
しかもアシュレより遥かに精通した様子だ。
ただ事ではない、とすぐにわかった。
「でも巨匠はどうして革命について、そんなにお詳しいのですか? たしかその概念は禁書と同等の扱い。ボクでさえ現地に赴くまで知りませんでした」
うむん、と重々しく巨匠は首肯した。
さもありなん、と。
「なるほど無理もない。あの出来事はその時代を体感した人間以外には、禁忌扱いにされていたのだからな。民衆が王族に取って代わるだなどとそんな大それた考えを街角で吹聴したり、ましてや書籍にして発表などすれば、確実に縛り首だ。聖堂騎士団でも箝口令が敷かれていたのではないか。アカデミーの講義でもこれは習わなかったハズだ。まだ二十歳にもならぬキミのような若者がそれを知っているというだけで、わたしとしては充分な驚愕だ」
あのときアシュレに一連の出来事を教えてくれたのは、副官を務めてくれたソラスだった。
もしかしたら彼は過去、事件の当事者として、法王領とイグナーシュ領の国境警備に配属された経験があったのかもしれない。
いま思い返せばあのときアシュレが率いた戦隊は、そういう背景から選抜されたメンバーだったのだ。
必要な場面で必要な知識を適切にアシュレに助言として与えられるように。
もちろん自由や革命などという異端の思想は、世迷言に過ぎないと誘導するように。
そんなアシュレの回想を打ち破るように、さらなる驚きをダリエリは与えてくる。
「実を言えば、わたしもいたのだ、イグナーシュに。あの時期。もっと言えば、わたしはグラン王の宮廷に名を連ねていたこともある。著作:“夜の種の創成”が法王庁から禁書指定されたおかげで、お暇せねばならなくなったが──あれも天命か──おかげで命拾いをした」
なにより、とダリエリは言った。
「あの一連の事件を革命と呼称したのは、わたしが最初なのだからな」
えっ、とアシュレは喉から驚愕の声が漏れるのを止められなかった。
「えっ、でもそのときにはもう、国外にいらしたのでは?」
「国の外にいようとも他国の内情を知ることはできる。各国の王たちが他国の内情に疎くて政治ができるか? 蛇の道は蛇。やりようはあるということだ」
言いながら巨匠は胸をそびやかした。
ほかの者がやればただ尊大なだけだが、ダリエリのそれには動かしがたい真実に裏打ちされた確かな説得力があった。
「わたしは国外から彼らの運動を応援していた。そもそも我々が育てたようなものだからな、革命の気運は。もちろん文筆によってだがね。だが……結果は我々の思い描いていたような新しい世界の到来とはほど遠いものだった。未熟だったのだな、我らは。思想もだが行いも」
過ぎ去った時代を悔いるようにダリエリが指を組み、額に当てた。
他人のことなど意に介さずひとり我が道を孤高に歩む。
そういう気質だとばかり思っていたダリエリが、これほどまでに自らの関わった宮廷とそこで育まれていた思想を気にかけていたとは。
アシュレは初めて知った彼の意外な側面に打たれていた。
「では、貴方だったのですね。革命の生みの親は。一部の権力者が国を動かすのではなく、そこに暮すすべての国民が責任を分担して受け持ち、それによって平等な立場を得て国家運営に参画すべし、という考えの……」
不思議な感銘に打たれたまま、アシュレは問うた。
様々な土地を経巡り、オーバーロードや“理想郷”に関わる者どもとの戦いを潜り抜けて、アシュレの革命に対する感情はすこしずつ変化している。
ひとりひとりが《意志》を持つ、ということはあるいはそういうことなのかもしれないとさえ思い始めている。
しかし返ってきたのは、さらに困惑したような、巨匠らしからぬ歯切れの悪い呟き……いや、うめきだった。
しかも話はアシュレの予想もしない転がり方をする。
「そうだと思っていた。ここに来るまでは。あれは自由という言葉とともに、わたしが、わたしたちが発明した単語だとそう考えていた。だが、ここに来てわからなくなった」
ここ──つまり《理想》の王:エクセリオスが造り上げた、この可能性世界に、という意味でダリエリは言った。
「どういうことです?」
「そのままの意味だよ、アシュレダウ。自由も革命も、わたしの発明などではなかったかもしれない、とそう言っているんだ」
「?」
わからない、という顔をアシュレはした。
貴方がなにを言わんとしているのか、わからない。
若き騎士のその表情を見て、ダリエリは思案するように腕を組み、アゴに手をやった。
それはどうすればこの問題を目の前にいる存在と誤解なく共有できるのか、その伝え方を試行錯誤する男の顔だった。




