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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第一一六夜:密航は必然の輝き

         ※


「な、なにをするのだッ?!」


 舞台裏バックヤードへと引きずり込まれる際ダリエリが上げた悲鳴だけは、巨匠マエストロのセリフとは到底思えない平凡さだった。


「おお、なにごとかと思えば青年、アシュレダウではないか。おひさしぶり。どうしたのだね、急にこんなところへ引きずり込んで。夜盗・強盗の類いかと思ったではないか。驚いたぞ」


 齢六〇をすでに越えているだろうダリエリの肉体は壮健そのもので、背丈はアシュレよりも大きく筋肉の総量でも上回る。

 これを場面転換の隙を狙って舞台裏バックヤードへ引き入れるのは大変な苦労を要した。


「それはこっちのセリフです。マエストロ:ダリエリ、なぜアナタがこんなところにいるのですか?」


 荒い息をつきながら、アシュレは問うた。

 シオンとの検証・協議の末、ふたりはダリエリを舞台裏バックヤードへと避難させることにしたのだ。

 もし彼が本当にダリエリ本人であるなら、聞きたいことが山ほどあった。


「なぜと問われてもな。あえて言うなら……導かれて?」


 なるほど巨匠マエストロは言うことが違った。

 さっぱりわからない。

 アシュレは諦めて状況を一から整理することにした。

 つまり、こちらが知りたいことを最初から順序立てて、根掘り葉掘り訊くことにしたのだ。

 こちらには完全記憶の持ち主:シオンがいる。

 順序立てての聞き取りさえできれば検証はお手のものだった。

 そしてこの手の仕事は元聖騎士パラディンであるアシュレは専門の訓練を受けていた。 


「まず、どこからここへ……空中庭園にやって来たのですか?」

「無論、船に乗ってだ。天翔る真騎士たちの船だな」

「それにはどうやって乗り込んだのですか?」

「降りてきたからだ。眼前に」

「いつ?」

「ヘリアティウムが陥落したあのときだ。ゴールジュ湾にこう、すぅっと。周囲は大混乱だったが、わたしだけは冷静だった」

「それで?」

「乗り込んだ」

「そのあとは?」

「食料庫があったので、便乗させてもらった」

「それは密航というのでは?」

「ふむ、そういう見方もできるか」


 要約すればつまりダリエリは真騎士の乙女たちの飛翔艇に断り無く乗船し、そのままついてきてしまったのだ。

 我々に完全に内緒で。

 独断で。


 もちろん、その船とはレーヴたちのものであり、操船していたのはアシュレである。


 ヘリアティウムが陥落したあの日、幽体離脱したまま戻れなくなったアテルイの肉体を回収に、アシュレとアスカはオズマドラ帝国軍の砂獅子旅団陣営に強行着陸した。

 幕舎からアテルイを抱え、アスカとともにオズマドラからの離反を手引きしていたわずかの時間。

 その間に、この偉大な巨匠マエストロは無断乗船をキメたのだ。 


「なんてこった」


 アシュレは天を仰いでぼやいた。

 シオンは半目になり巨匠マエストロを睨んでいる。

 当のダリエリはそんなものどこ吹く風、舞台裏バックヤードを見渡してはしきりに頷いていた。


「ははあ、こちら側がメインの舞台装置を操作する領域なのだな……」


 こうして本格的な舞台裏バックヤードに触れるのは初めてだと、ダリエリは告白した。


「いや、そんなことより。マエストロはどうやってこの可能性世界に潜り込んだのです? あとどうやって生き延びたのですか?」


 訊きたいことはまだまだあった。

 というかこの男がひとりで、この可能性世界で半月以上余裕で生き延びていたことは、ほとんど奇跡だった。

 うん、とアシュレの問いに巨匠が頷いた。


「それは、巻き込まれたのだ」

「巻き込まれた?」

「うむ。凄まじい嵐のような《ちから》。“理想郷”の呼び声だよ」


 予期せぬところから飛び出した“理想郷”という単語に、アシュレは肉体を強ばらせた。


「“理想郷”? その呼び声とは?」

「それはキミだよ、青年。いや“理想郷”側のキミ、というべきか。エクセリオスだ」


 わかってもらえただろうか。

 巨匠は核心を突いた表情で、アシュレとシオンのふたりを見渡した。


 天才の物言いは彼らの高すぎる知性と飛躍する発想力のせいで、しばしば脈絡を見失う。

 良くも悪くも観ているものが凡人とは違うからだ。

 今回も、アスカとシオンからとそれぞれのことの顛末を聞かされていなかったら、完全に話の道筋がわからなくなっていただろう。


「では、ボクが“理想郷”の側に襲われて“虚構ものがたり”に獲られそうになっていたとき、アナタはボクらの側にいたんです?」


 イグザクトリィ、とアシュレの問いかけに巨匠が力強く頷いた。


 アシュレは頭痛を覚えた。

 この男はあろうことか、シオンとスノウが全身全霊をかけ我が身を挺してアシュレを現実に繋ぎ止めようと闘ってくれていたあのとき、寝所の片隅で出歯亀のぞきをキメていたのだ。


「なぜそんなことをしたんです?」

「ビューティフルだったから」

「なぜ逃げなかった。どうしてここに来てしまったんですか」

「抗えると思うのかね、あのような神秘的な体験へのいざないに」


 わたしの天才が囁いたのだ。

 飛び込め、と。

 巨匠は確信めいて断言した。


 本物だ、と改めてアシュレは理解した。

 この男は本物だ。

 ただ本物の天才は狂人と見分けがつかないだけなのだ。

 

 眼前に舞い降りた真騎士の乙女たちの飛翔艇が神秘的という理由だけでそれに密航し、現実を食い荒らす“理想郷”の嵐の只中にビューティフルというだけで突貫する。

 そういう人間がいるのだ。

 すくなくとも目の前にひとり、確実に。


「禁書を世に送り出し、エクストラム法王庁を敵に回すようなヒトがまともなわけがなかった……」


 アシュレのうめきは、破顔一笑に返された。


「それを言うなら青年、アシュレダウ、キミのほうが遥かに上を行く」


 あけすけに褒められても、まったく嬉しくなかった。


 聞けばダリエリは世界の再構築を、端役のための楽屋というか、場面と場面の隙間にある緩衝空間ような狭苦しい場所で凌いでいたらしい。

 食料は密航時に失敬したものと、携帯したマエストロ式画期的保存食などを駆使して生き延びたのだという。


 そうそう、水だけは舞台裏を構築するいばらから入手できるのだそうだ。

 柔らかい部分を選んで切れ目を入れ、その下にマグなりなんなり容器を置いておくだけで、しばらくすると充分に喉を潤すほどの水分が確保できる。

 不快ではないが独特の香りと酸味があるらしい。

 もしかすると果汁のように特別な栄養素があるのかもしれないとの知見まで披露する。


「“繰り返す動乱のくに”の舞台上に現れる食事や酒は味はするし酩酊もするのだが、どうやらさっぱり栄養にはならんらしい。感覚することはできるが実体のない幻。そういう種類のもののようだな」


 いかに狂人じみていても、本物の天才:ダリエリの世界観への観察眼と評価は鋭かった。


「味だけが、する?」

「いくら食べても太ることもなければ、渇きが癒されることもない。のど越しやお腹に溜まる感覚があるので一時的に満たされた気はするのだが、実際にはそれは錯覚に過ぎない。初めてこの世界を訪れたときはそれに気付かず世界を満喫するのに没頭してしまい、危うく干からびて死ぬところだった」


 没頭するものを見つけると寝食を忘れるのはアシュレも同類なので、ダリエリのそれを奇行と笑うのは難しかった。

 ただアシュレはこのとき、とても大事なことを聞いた気がした。


「実体はない、ということですか、この世界の様々には」

「鮮やかに知覚はされる。こちら側の世界でも刃物に刺されれば、のたうち回るほどに痛い。が、果たしてそれが本当に人体を傷つけているのかどうかは、謎だな。苦痛は本物だし、傷口が開いているように見える。ただそれが実体・・を真に害しているかは怪しい。現実とは違うのではないか。ただし、もともとこちら側の世界に生を受けた者にとっては、現実と変わらぬだろうことは予測に難しくはない」


 これがわたしの見解だ。

 真に高い知性を有するマエストロは、ここでは予測に留め断言を避けた。


 だが、これまですでにいくつもの可能性世界=自らの作り出す地獄を経巡ってきたアシュレにはそれで充分だった。





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