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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第九十九夜:黄昏を杯に映して


         ※


 遠雷がした。

 

 男は市街地が一望できる玉座にあり、遠くを見ていた。

 そびえ立つ柱廊群。

 その極点に据えられた、孤高の王座。

 

 低く垂れ込めた暗雲が、はるか彼方の海を覆っている。

 天と海との間に、幾重にも紫電が走るのが見える。

 それが波間に反射して、また煌めく。


 世界はすでに夕暮れなのか。

 朱に、黄に染まる。

 星空が透けて見える。


 ぞっとするような天空の美。

 

 男は黄昏ていく世界を、酒杯を鏡に眺めている。

 注がれた葡萄酒は、血の色で。


 その頭部には世界にふたつとない王冠が、戴かれている。

 戴冠者の精神こころを守る宝冠:アステラス。

 かつて、夜魔の姫:シオンザフィルの頭頂に飾られていたもの。

 紛れもなき王者のあかし。


 いま、それをかぶる男の瞳は、しかし、世界と同じく黄昏の色に染まっている。

 

 足下にはべる美姫たちは、まだ成人したばかりか、あるいは幼くさえある。


 彼女らの肌を彩るのは衣服ではなく、貴石と白金とあるいはさらに希少な鉱石をふんだんに用いた装身具──いやアクセサリに偽装された、尊厳を貶める刑具の数々。

 極められた造形の蝶やトンボ、ハチやあるいはイモムシを象られたそれらすべては《フォーカス》であり、一種の疑似生命。


 美姫たちという花々にそれは群がり、先を争うように食い入っては、まさぐって、潜り込む。

 ぬかるんでいるところ、あってはならない場所、立ち入られては困るところばかりを、残忍に選び抜いて。

 めくるめくような恥辱を与える生けるアクセサリ。

 全裸であるよりはるかに倒錯的で、比類なき屈辱が、少女たちの肉体も心をも嬲りものとする。 


 目を黄金の布地で塞がれた彼女らは、首には輪と鎖を結わえつけられ、ただ奉仕のためだけに生かされている。


 ふたりの美姫の頭を、玉座の帝王は無慈悲に押さえて導く。

 服従の儀式。

 圧倒的ちからで屈服させられる。

 ふたりにもはや抗う術などありはしない。


 帝王の手が、頭頂から全身に《スピンドル》の律動を伝えれば、全身を這い、毒針や顎門や尾を振り立てる宝飾の蟲たちの運指は、いっそう苛烈に、胸に迫る陥落の音楽を奏でるからだ。

 そこに加わる歌声は、美姫たち自らの喉から迸る嘆願の韻律。


 だが、その背徳の極みの宴でさえ、玉座に据わる男の心を動かすことはできないのだ。

 その目は美姫たちに注がれることは一度もなく、ただ、暮れ行く世界に向けられたまま。


 そこでやっと、この場面を舞台裏から垣間見る現実の側のアシュレは気がつくのだ。

 あの空は夕映えに赤く、あるいは黄昏ているのではないのだと。


 あれはこの男が自らに叛旗を翻した者ども、不平分子を、己が市街ごと街区ごと焼き捨てる炎によるものなのだと。

 みれば業火に巻かれた人影が幾人も、己を薪に、死の舞踏を踊っている。


 耳を澄ませば、これまで潮騒に思えたのは、彼らの断末魔だとわかった。


 命途絶える者たちの絶叫と美姫たちの狂おしい懇願こんがんを、天上の歌声と聞きながら男は杯を傾ける。

 おもしろくもなさそうに、目をくらく濁らせたまま。


 男の名はエクセリオス。

 いまその姿を舞台の袖からのぞき見るアシュレダウの、この世界で行き着いた姿。

 絶望の大君ロードレス・タイクーン


 黄色く淀んだ瞳がきろりと動き、そっと背後を振り返る。

 

 そのときたしかに、ふたりのアシュレの目が合った。


         ※


「アレがボクだって言うのかッ?!」

「そなた、待てッ! 待てと言ったッ!」


 舞台裏バックヤードから思わず飛び出しかけたアシュレに、シオンが飛びついて羽交い締めにした。

 身長と体重が足らず、揉み合って倒れる。

 アシュレは反射的に自分を下にしてシオンを庇い転倒する。

 しかし、激昂を止めることはできなかった。


「だって、見ろ。あんな、あんなことが許されていいものかッ?!」

「落ち着け! 落ち着くのだ、アシュレ、アシュレダウ! ここに至る前に言った! なにがあってもわたしの許可なく、場面に足を踏み入れるなと! 忘れたか?!」


 まだどこかあどけなさの残るこちら側のシオンに一喝されて、アシュレは我に返った。

 古代劇場の桟敷のような舞台裏バックヤードの床に座り直して、息をつく。


 周囲を見渡せば舞台装置を上げ下げするための重しバラストとそれを括られたロープ群が、まるで蔦植物のように無数に垂れ下がっている。

 ロープは滑車を介して表舞台を構成する背景や大道具へと結ばれている。

 よくよく観察すればそれぞれの重しバラストは皆、時代の礎を築いてきた古代遺跡や先人の碑、あるいは大理石や青銅で作られた偉人たちの胸像トルソーなのだと気づいただろう。


 そう、この世界にはどの場面にも舞台裏バックヤードがあるのだ。


 最も大事なことは、現時点でそれに気がついているのはシオンと、彼女にそれを教えてもらったアシュレだけだということだった。


 アシュレはシオンに導かれるまま、曲がりくねり上下を繰り返す暗くて狭い舞台裏バックヤードを駆け抜け、ここに辿り着いた。

 そして、見てしまった。


 世を倦みながら、自らの権力に楯突く者どもを圧殺し、退廃の玉座で酒杯をあおる老人の目をした男の姿を。






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