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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第八十九夜:理想郷のあなた


「存在が混じり合うというのはないが、英雄を獲りに来る虚構ものがたりの話は、オレも経験がある」


 焚き火を見つめてノーマンは切り出した。

 どこか遠くでフクロウの声がする。


「それは……例の少年従者のことですか」

「ああ、トラーオ、どうしているだろうか。彼の胸にエスペラルゴの皇帝が穿った穴から噴き出した強烈なエネルギー。いま思えばあれはまさに、アシュレ、オマエを襲った現象と相似だったのかもしれない」


 ノーマンはトラーオという少年従者のことを思い出していた。

 まだ半年も昔のことではない。


 “再誕の聖母”となったイリスの探索に赴いたノーマンに随伴したふたりの従者、そのうちのひとり。

 航海の途中で難破し、辿り着いたトラントリムの海岸線でもうひとりの少女従者:セラフィナをエスペラルゴ帝国皇帝の手から取り戻そうとして、胸を穿たれた。

 その穴から噴き出したエネルギー流と、アシュレを獲りに来たという英雄譚の使者とをノーマンは重ねていた。


 それは、あながち間違いではない。


 必死でその穴を塞ごうとしたノーマンは、期せずして真理のすぐ側まで辿り着いていたのだ。


「アシュレ、オマエが《魂のちから》を使い果たし昏倒していたあのとき、オレは戦隊を外敵から守るべく任についていた。疲弊していたのはオマエだけでなく、ほとんどの人員に休息が必要な状況だった。オマエの状況が深刻であることは知っていたが、シオン殿下とスノウが言ったのだ。『わたしたちに任せておけ』と」


 だからわたしは、己が責務を全うした。


「たいへんなときに側に居てやれずに、済まなかったな」


 頭を下げたノーマンに、アシュレは深い感謝を捧げた。


「なにを謝罪など。逆ですノーマン。偉大な騎士に感謝を。おかげでいまボクたちの戦隊は、こうしてだれひとり欠けることなくいられる」

「あのときもうすこしわたしに余力があれば、今回の事件──シオン殿下とスノウの失踪は防げたかもしれん」

「この手の話で、もしとか、かもは無しですよ、ノーマン」


 自らの至らなさを恥じる宗教騎士団の男に、アシュレは握り拳を差し出した。

 それは互いの健闘を讃え合う男同士の仕草だ。

 ごつ、とノーマンも拳で応じる。


「だがそうなるとやはり、あの巨大なバラの神殿とそれに付帯する庭園は、シオンとスノウの《ちから》の暴発が生み出したものということになるな」

「それで間違いないと思います。さっきも言ったけど、泉で出会った少女:シオンはボクの知るシオンの姿ではなかった。似ているんだけれど、違う。スノウのような印象……幼いというか……いや体つきだけはスノウの特徴が混じっているのか……なんというかよりいっそう女性的ではあったけれど」

「その印象は、わたしが出会った門衛の君と被るな。あるいは同一人物か」


 ほかにおかしなところはなかったか、とノーマンは続けた。

 そうだなあ、とアシュレは首を捻った。


 思い当たるところが、ひとつある。 


「そういえば」

「そういえば?」

「そういえば、ボクが名乗ったら態度が豹変した。嘘をつくな、戯れ言を抜かすな、みたいなことを言っていたな」

「名乗ったら? どういうことだ。オマエだとわからなかったのか?」

「わからない。ただ頑なに信じてくれなかった。それどころか、ボクがアシュレだと主張し続けると、ついにはひどく怒って飛びかかってきて──首筋に牙を立てようとして……抱きしめたら飛び退いた」

「飛び退いた?! 抱きしめようとした?!」


 あまりの展開にノーマンが目を剥いた。

 冷静沈着を絵に描いたようなこの男が、こんな反応をするのは極めて珍しい。


「どういうことだ」

「いや、その。あの匂いを嗅いだら、愛しさが溢れてきて、つい……」


 はー、と天を見上げてノーマンが聖印のカタチに手を切った。

 神の加護を願うときの仕草。


「クソ度胸というのにもほどがあるぞ、アシュレ。いいか人間の頚動脈は……」

「わかってる、わかってます。皮膚のすぐ下を通ってる。一セトルも切り込まれたらそれで死が確定するって。スズメバチなんかに刺されたら、毒ではなく出血多量で死に至るって。ボクだって伊達ダンテ聖騎士パラディンなんかやってない。人体解剖学の成績はトップだったからわかってますよ。無謀を働いたって自覚はある」


 だけどどうしようもなかった。


「でも、そしたら今度は彼女の様子がおかしくなって。青ざめて震えて狼狽して。言葉遣いまで変わって、それまで貴様呼ばわりだったのが突然『あなた』に変わって……」


 ふむん、とアシュレの言葉にノーマンが唸った。


「さっぱりわからんが……たったひとつ。それはオマエを敵ではなく『アシュレダウ』と認めたということだろうな」

「わからないのはそこで。どうしてボクだとわかったのに、あんなに狼狽したんだろう。なぜ逃げるように去っていってしまったんだろう。帰ってきてくれなかったんだろう。なにが起きているって言うんだ、ふたりの身に」


 ボクはこんなに逢いたいのに。

 ひとりごちるアシュレの背後から、言ったのはアスカだった。


「それなんだがな、アシュレ。わたしには思うところがあるんだ」

「アスカが思うところ? なんだろう?」

「それは、だ。実はもうひとりのオマエがいる、というのはどうだ?」

「?」


 なにを言われたのかわからず、アシュレは背後から歩み寄ってきたアスカを見上げた。

 そこには真騎士の乙女の衣装を着崩した(実際にはうまく着れない)アスカが、身をかがめて覗き込んでいた。


「意味がわからんのか?」

「えっと、そうだね。わからない」

「オマエ、昼間、わたしとした話を憶えているか?」

「あっと、たぶん。でもどの話だろう?」


 アシュレはこわごわ頷く。

 アスカは焚き火を回り込んで、アシュレとノーマンの間に腰掛けた。

 折りたたまれた毛布の上にちょこんと座る。


「英雄譚がオマエを獲りに来たって話、したな?」

「ああ、そうだね。そういう話をした。いまもしてる」

「じゃあ、実際オマエを獲りに来た英雄譚はどんな姿をしていた・・・・・・・・・と思う?」

「?!」

「スノウはともかく、シオン殿下ほどの使い手がなぜここまで困ったことになっていると思うんだ?」

「あっ」


 突然にアシュレはすべてを理解した。


 アスカの言う通りだった。

 英雄譚はアシュレの姿をしていた。

 そう考えればすべてのつじつまが合う。


 アシュレの《魂》を通路に理想の側から英雄譚がやって来たなら、それは当然アシュレのカタチしていたに決まっている。


 現実と理想の間にある壁を穿った通路としてのアシュレの《魂》はアシュレのカタチだから、そこを潜れるのはアシュレの姿を持つものだけだ。


 そう──月下密葬ムーンシャイン・フェイヴァーを使用したとき現れる理想の王としてのイズマが、見た目だけはイズマ本人とそっくりなように。


「なんてことだ、じゃあいまシオンやスノウが囚われているのは────」


 そう、そうだ、とアスカは頷いた。


「理想郷の側のボクだってことなのか?!」


 アシュレの叫びは、空中庭園の深い夜の闇に吸いこまれた。




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