■第八〇夜:強襲の爪牙
「まってまって、アスカちょっとまって、ダメ、ダメだって!」
勢いのまま白昼堂々、押し倒しにきたアスカを、アシュレはすんでのところで押しとどめた。
「なんだ、いまさら。わたしは気にしないぞ?」
「いやダメでしょ、気にしてください。まだ、まだ、お昼ですよッ?!」
「せっかくふたりっきりなのに」
「ノーマンがいる! 帰ってくるから!」
「手早く済ましたら、かまわんのではないのか。そのほうがスリルがあって燃えそうだろ?」
「ちょっとまって変だ!」
「変? なにが変だ? こういうのは人目を忍ぶほうが燃えるものだ! 導きの書にもそう書いてある!」
「いやそうじゃない、そうじゃなくって! 導きの書ってナニ? いやそうじゃなくって! 変は変でも別の変だ──変なんだよ!」
「変?」
怪訝な顔をしたアスカに、アシュレは耳を澄ましてとジェスチャーで伝えた。
「? なにも聞こえんが?」
「逆だよアスカ。なんにも聞こえないのが問題なんだ。さっきまで鳥たちのさえずりが、かしましいほどだった。でもいまは──聞いてごらん?──梢を渡る風の音、小川のせせらぎだけ。鳥の声も鹿の鳴き声も魚たちの跳ねる姿も、なにもなにもない」
「ッ! ほんとうだ、言われてみたら」
「嫌な静寂だ。急いで服を着てくれ」
野外において野生動物の気配や生活音というのは、生存に関わる大切な要素だ。
斥候が立てた物音に水鳥たちが驚いて、一斉に跳び上がったせいで勝敗が決した大戦を例に挙げるまでもなく、自然界にあっては人類など世界の構成要素の一単位でしかない。
そのことを忘れたら野外では生き残れない。
観察を怠らず、常に周囲の変化に敏感でなければ、速やかに死が訪れる。
それが自然界、ワイルドライフの世界。
アシュレがそう考えた瞬間だった。
予期した通りのことが起る。
それまで川べりに枝を投げかける巨木だとばかり思っていた樹木の一部が、突然牙を剥いたのだ。
「なんだッ?!」
「保護色?! イヤ違う、コイツ周囲の景色に似せて色を変えられるのか?!」
それまで穏やかだった水辺の空気が、一瞬にして殺意と暴力の臭気に呑まれた。
岩上のアシュレたちに襲いかかったのは、巨大な攻城兵器と見まごうばかりの禍々しさを備える頭部と、発達した後脚を持つ恐るべき二脚歩行型の肉食竜であった。
ノーマンの話に出てきた危険極まりない古代生物。
その名も戦弾頭。
GAaaRUuuuuuuuuuuuuuu────ッ!!
周囲の空気を震わせる咆哮を上げ、突進してきた戦弾頭の顎門を、アシュレとアスカは間一髪で躱した。
がしゅり。
身の毛もよだつような音とともに、比喩ではなくダガーほどもある牙の群れが噛み合わされる。
「くそっ、服くらい着させろッ!」
「だから脱がないでくださいって言ったよね、ボクッ?!」
「わたしの美乳をチラチラ見てたクセに、いまさらそれかッ!!」
罵り合いながら、アシュレとアスカは駆けた。
戦弾頭は弾かれるように加速して追ってくる。
「疾風迅雷だ!」
「やってる! しかし、くそ、乳が揺れて走りにくい! 最近なんか急にデカくなった!」
よくわからないアスカの叫びに、アシュレは頭が頭痛だ(悪文)。
巨岩の林立する川沿いだが、疾風迅雷の加護は足場の不利のすべてを帳消しにしてくれる。
悪態を吐きながらアシュレとアスカは川筋を疾駆した。
いっぽうの戦弾頭は、なんの異能も使わずにふたりを追走してくる。
岩の上を跳躍する姿はしなやかで俊敏で迷いがなく、寒気がするほど恐ろしい。
「ちょっとまってくれ、いくら歩幅が大きいからって、下は川でこっちは異能を使ってるんだぞ?! なんだあのバケモノじみた速さ?!」
「アレは普通の生き物じゃない! だいたいあんな巨大な竜が生き残ってるなんて話、本のなかだけのものだぞ?!」
「くそッ、武器が──シヴニールが欲しい」
アシュレがそう呟いた瞬間だった。
前方からいななきが聞こえた。
見れば水辺で草を食んでいたはずのヴィトライオンが、駆けつけてくれている。
そのウェポンラックには竜槍:シヴニールがある。
「ありがたい!」
言うが早いかアシュレは加速した。
疾風迅雷で加速された人類の速力は、競走馬の全力疾走に迫る。
最高速度のまま、アシュレはヴィトラの背にある愛用の竜槍に手を伸ばした。
使い慣れた感触が掌に馴染む。
しっかりと掴む。
膝立ちになりながら、反転。
「アスカ、よけてッ!!」
意図を察したアスカが身を躱すのと同時に、アシュレは穂先から超高熱の加速粒子を放った。
ドンッ、と川沿いの空気が一瞬で熱され、衝撃波に水しぶきが三メテルも上がる。
そして──光条は戦弾頭の頭部を直撃したはずだった。
だが……。
「そんな、まさか……」
もうもうと立ちこめた水煙が晴れたとき、そこに立っていたのは飛び散った高速粒子に皮膚を焼かれながらも、まだ生きて、憎悪に満ちた眼差しをこちらに向ける戦弾頭の姿だった。
アシュレの放った神鳴の一閃は敵の突進を止めることには成功したものの、致命傷を与えることさえできず、戦弾頭の頭部表面で弾かれ雲散霧消してしまったのだ。
ボンボンッ、と飛散した超高熱の粒子が川面で爆ぜる。
水蒸気爆発の小型版。
渓流の魚たちが白い腹を見せて浮き上がってきた。
衝撃波と高熱でやられたのだ。
キンキンキンキン、と高熱に炙られた金属が立てるような音とともに戦弾頭の頭部が青白く、それ以外の部分がドス黒く変じ、しかも体中に炎を思わせる赤と黄の戦闘色が差し色めいて浮かび上がる。
「そんなバカな。あの攻撃を受け止められるとか、それは聖盾:ブランヴェルとかそういうレベルの防御性能だぞ?!」
「色が変わった?! 躱せ、アシュレッ!!」
愕然とするアシュレに戦弾頭が飛びかかった。
人間では考えられない瞬発力、そして手傷をものともしないタフネス、攻撃本能。
「あぶないッ!」
横から飛びついてきたアスカに突き飛ばされ、アシュレは水中に転がった。
攻撃を回避しながら、アスカは両脚の告死の鋏:アズライールで戦弾頭の頭部を蹴飛ばす。
死を告げる天使の名を頂く告死の鋏:アズライールの一撃。
しかし、これも鈍い音を立てて受け止められてしまった。
むしろ蹴り飛ばしたアスカの股関節が無事なのが奇跡なくらい、敵は微動だにしない。
ただの生物なら、首ごとへし折るだけの威力が乗った蹴りだったハズだ。
「コイツ?! 頭部が《フォーカス》なのか?! 告死の鋏:アズライールを凌いだ、だと?!」
「アスカ、コイツと正面からやりあってはダメだ。散開して、頭部以外を狙うんだ!」
2021/07/03 悪文だったりテンポの悪かった部分を小改修しました。
燦然のソウルスピナ・第七話:蒼穹の果て、竜の棲む島──第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」は原稿のある限り、平日の連続更新を予定しています。
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