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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第七十七夜:バラの神殿


「なんだ……アレは」


 アシュレと違い、ノーマンがこのようにうめくのは珍しい。

 上空では先んじて偉容を目の当たりにした真騎士の少女たちが、口に手を当てて驚いていた。


 そこに広がっていたのは、なんと花園だった。 

 見事な、咲き誇るバラの香気に満ちた。 

 頽れかけた古代遺跡を支柱に、奇跡のように咲き乱れる青いバラが世界を覆い尽くしている。

 木々のように見えるのは古い時代の遺跡を抱き込んだいばらが、そう擬態しているに過ぎない。 


 そして、三人の視線のはるか向こう。

 ずっと先に、少女ふたりが見たという異形の神殿がそびえ立っている。


「どういうことだ、これは」


 ノーマンは警戒を最大に引き上げた状態で、神殿とそれに属する前庭の探索を開始した。


「騎士さま、人影があります」

「複数!」


 小さいが鋭い警告にノーマンは身構える。

 真騎士の乙女たちの視力は、空をく猛禽に匹敵する。


 ふたりは手槍を準備したが、宗教騎士団の男はあえて構えない。

 ノーマンにとっては《フォーカス》である両腕、浄滅の焔爪:アーマーンこそ最大最強にして最速の武器だからだ。


 だが、その人影を視界に捉えたノーマンは、またも息を呑むことになる。 


 それは人間でも怪物でもなかった。


 美しい少女たち。

 もちろんすべて立像だ。


 そこに生命の息吹はないが、純白の大理石の肌には継ぎ目はなく、かわりに完璧な造形を持ち、いまにも動き出しそうだった。

 

 官能のにおいが、そこにはある。


 全身にバラを這わせ、花をつけたいばらの冠を戴くその姿は、どこか淫蕩いんとうだ。

 苦痛に耐えるように伏せられたまぶたからは、背徳の薫りさえ感じられた。


 ノーマンはこのとき、その彫像の女神たちが、だれかに似ていると思った。

 思ったらしい。


 だが、だれに似ているのかは、このときはまだ確信できなかったという。


「ノーマンさま?」


 真騎士の少女ふたりに問いかけられ、ノーマンは我に返った。

 知らず知らずのうちに沈考していたらしい。

 いまは思考のときではない。

 ノーマンは自身にかつを入れる。


「美しいものだが、あれに近づくのはよしておこう。実はここへ来る前に似たような彫像に襲われたことがある。ヘリアティウムの皇帝の部屋で……な」

「ではやはり敵、ということですかッ?!」


 色めき立ち臨戦態勢に移行しようとするふたりを、ノーマンは制した。

 真騎士の乙女たちは、戦いを誉れと見做す傾向が強い。

 悪い言い方をすると、喧嘩っ早いところがある。

 多くの戦士階級がそうであるように、彼女らにとって戦いの成果はイコール己の評価なのだ。


「いや、まずは件の神殿を調べよう。案外、あの彫像たちはこの庭園の園丁なのかもしれない。このバラの園を穢したり損ねたりしない限り、敵対することはないのではないかな」


 ノーマンの推測はあてずっぽうだったが、正しかった。


「それにしても……なんとも奇妙なところだな、ここは」

「でも……すごく良い香りです」

「青いバラなんてはじめて……」


 英雄と美に価値を見出す真騎士の少女ふたりが胸いっぱいに香気を吸い込み、うっとりと瞳を蕩かした。

 いっぽう、ノーマンの顔は険しさを増す。


「青いバラ……まさかな……」


 嫌な予感がした。

 思えば最初にふたりから報告を受けた段階で、違和感はあったのだ。


 バラの蕾のような建造物。

 街道の敷石の趣味。

 行方知れずの夜魔の姫と魔導書グリモアの娘。


 考えを巡らせながらノーマンは慎重に歩を進め、ついに神殿へと辿り着いた。


「まさか、この建物はすべていばらでできているのか」


 判明した事実に、また嘆息した。


 この神殿は建てられていたのではない。

 石化した青緑色のバラのいばらで「編まれて」いるのだ。

 鳥の巣のようだ、とこれを評した真騎士の少女たちの感性は正しい。


 そして、その構造はまさにバラの蕾そのものであった。

 花弁の一枚一枚が屋根の、あるいはテラスの役割を果たす。


 ノーマンはその一枚へと続く大階段の前に立った。

 階段は街道と同じ石材を用いて作られていた。


 このときノーマンは、なぜかアシュレの言葉を思い出したという。


『ほとんどのバラは水平か下向きに棘をつける。それは下方から上ってくる害虫や害獣に抗するためだ。でも聖剣:ローズ・アブソリュートのバラの棘は上向きに反ってるんだよね。ボクにはそれは上から襲いかかるものに対して、その下にいるものを護るという《意志》の現れに感じられるんだ』


 足場を成す石材はまさしく上向きに反ったいばらの棘が、敷石を貫き縫い止めることによって固定されていたからだ。

 ノーマンが確信に至ったのはこのときだった。


 神殿の主がだれなのか。


 天啓に打たれたようにノーマンは震えた。

 しかし、意を決して階段を上り切った宗教騎士団の男を待ち受けていたのは、さらなる驚きと拒絶であった。


なんじ、資格者にあらず。花園の主足らず。深奥に足を踏み入れることならじ。早々に──立ち去れ」


 ノーマンがいばらの化石で作られた門扉に、手をかけた瞬間だった。

 それまで巨大な門扉の装飾の一部だと思われていた女神像がほのかに輝き、柔らかな質感を帯びたかと思うと、ノーマンに警告した。


 それはシオンのようでもあり、スノウのようでもあったとノーマンは締めくくったそうだ。


 そう──話はここで終わり。

 ノーマンは突如現れ出でた少女の姿をした使者の言葉に、素直に従ったからだ。


 浄滅の焔爪:アーマーンによる強行突破をノーマンは選択しなかった。

 歴戦の勇士としての経験が、眼前に現れ出でた女神の化身とそれが放つ強い王気を感じ取り、同時にこの得体の知れぬ神殿の内側になにが満たされているのかを予見した。


 ノーマンの肌感覚が危険を告げていたのである。

 

 短い対話のなかで得られたのは「門扉を潜る資格は庭園ガーデンの主だけにある」というキーワードだけだったが、ノーマンはそれで充分と判断した。


 できる限りの情報を得たと判断したノーマンは、速やかにこの奇妙な庭園を辞した。

 守護者であろう少女の投影は強い王気を放っていたが、こちらに選択権を与え、引き返す余地を残してくれていた。


 ここでためらうことなく撤退を選べるあたりが、ノーマンという男の真の強さだろう。

 引き際を誤らないこと。

 これはどんな戦闘技量よりも大事なことで、その資質は訓練だけで得られるものでは断じてない。


 その後、青いバラを一輪持ち帰ろうとした真騎士の少女たちが事件を引き起こしたり、巨大な二足歩行の肉食竜の襲撃にあったりと、ずいぶんな波乱を体験したらしい。

 だが、アシュレの耳にはもうなにも届いていなかった。


『あのバラの神殿は、スノウとシオンとが作り出した異界──ある種の《閉鎖回廊》ではないのか?』


 その言葉を聞いたあとでは、もうなにも受け入れることなど、できなくなっていた。


         

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