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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 4・「迷図虜囚の姫君たち」
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■第七十五夜:事件のサイズ


         ※


「気がついたか?」


 心配げにアテルイが覗き込んでくる。

 眼鏡のカタチをした《フォーカス》:スペクタクルズの端を、揃えた指先でクイッと持ち上げる。


 アシュレは石柱を利用して造られた円卓の隅にいた。

 毛足が長くてやたらと座り心地のいいソファにカラダをもたせかけるようにして、気絶していたのだ。


 でもこの上等なソファ、どこからきたの? ナニコレ、コレナニ? 

 とか思ったら脚長羊のムームーだった。


 ムームー。

 イズマの乗騎にして神話生物。

 夢見心地の体毛を持つ、蹄のない羊だ。


 オマエ、いままでどこにいたの?! アシュレは混乱した。

 ヘリアティウムの戦いでも、ムームーはどこにいたのかわからないままだった。

 いやそれどころか、ヘリアティウムに居たのかさえ定かではない。

 まあイズマ曰く「コイツは夢幻の側の生きモンだからねえ。ボクちんたちの常識なんか通じないんだなあ、コレが」というくらいなので、どんなにデタラメな登場でも不思議はないらしい。


 というかこの感触、もしかしてキルシュとエステルのベッド代わりになってくれてたの、キミだったの?!

 そのあと意識不明のボクを、連れてきてくれたのッ?!

 ここまで?!


「ハッ?!」

「だいじょうぶ、か、アシュレ? 殿下たちが前後不覚のオマエを、コイツに乗せて連れてきたときは驚いたが、体調に別状はないんだな?」

「不用意に天国に近づいてしまったのは確からしいです……」

「それは……帰ってこれてなによりだ」


 ちなみに体調は怖いくらい良いです、とはアシュレには言えなかった。

 いまそんなことを言ったら、間違いなくいらぬ誤解を招いただろうからだ。


 あのあとアシュレが気絶した後どうなったのか記憶が曖昧だが、いくらなんでもあの状況でレーヴからの戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトはあるまい。

 というかキルシュとエステルも交えて、その眼前で、そんなことはあってはならない。

 いくらなんでも……それはダメだと思います。


 だとすればこれは……土蜘蛛の姫巫女たちの薬湯と真騎士の乙女たちの蜜、そして養生のおかげ?


 そのへんを察しているのかいないのか。

 アテルイの表情からはなにも読み取れなかった。

 コワイ。


 淡々と書類を前にした手続きのように話は進む。


「さて、気絶していたところ済まないが早速実務だ。問題が発生した」


 実務的な物言いに、なぜかアシュレは救われた気になる。

 テーブルに身を乗り出して話を促した。


「問題だらけだねウチの戦隊は」

「だれかが問題児ばかりを選りすぐって、粉をかけてきたからな」


 深く考えずにアシュレは言ったのだが、やぶ蛇だったらしい。

 ぎろり、と睨まれた。


「いやほんとアテルイには苦労ばかりかけてます、申し分けない」

「ホントに次から次へと。騎士として死地や女の危機に飛び込んでいくのは誉れだろうし仕方なくもあろうが、そのあとオマエの尻を拭いているのはわたしなんだぞ」

「はい。あのアテルイ……さん」

「台所事情もそのほかの兵站も種族間の軋轢あつれきも、ぜーんぶ面倒見ているわたしの身になってくれ」

「アテルイ……」

「だいたいオマエはだな、女に甘過ぎる。必死に懸命に諦めずに運命に立ち向かう女を見ると誰彼だれかれかまわず肩入れして、すぐに危地に突っ込んでいく。まあそのあと別のツッコミも入れるわけだが。抜け目なくさも自然に。それをだなあ。そういう男に惚れてしまったわたしはだなあ」

「アテルイ────」


 アシュレはアテルイにそれ以上、言わせなかった。

 唇を己のそれで塞ぐ。

 驚いたアテルイが反射的に身を捩るが、それも許さない。

 抵抗が受容に、要求に変わる。


 どれぐらいそうしていただろうか。

 くちづけを止めたのは、アシュレのほうからだった。


「いつも、ごめん。ホントに当てにしてます」

「バッ、バババッバッ、バカッ! バッカッ! そそそそ、そういうのはもっと申し分けなさげに、済まなそうに言うものだッ! く、唇を奪われたくらいで、今日のわたしは黙らんぞッ!」


 そ、それにするなら最後まで、最後まで強引を通してくれないとッ。

 まだごにゃごにゃ口のなかで言ってるアテルイをアシュレは席に戻した。


「じゃ、取り急ぎの案件を聞こう。我が副官殿」


 そんなふうに言われたら、仕事ができる所を見せるしかないアテルイだ。

 ぶつぶつ言いながらも懐から包みを取り出して、アシュレの前に中身を広げる。

 その顔はあきらかに不機嫌そうだった。


「これ、憶えているか?」


 出てきたのは岳樺ダケカンバの樹皮だった。

 そこに記されているのは、スノウからの探さないでくださいとのメッセージ。

 妖精からのもののように、ペンもインクも紙も使わない置き手紙だ。

 

 もちろんその文面をアシュレは完全に憶えていた。


 そしてそれは、食糧と下水道の問題を解決したら、すぐにでも手をつけると決めていた案件だ。

 ただ、まさか一日のウチに立て続けに豚鬼オークキングと不浄王、つまりふたりの王とその軍勢を相手取ることになるとは思っても見なかったのだ。


 見積もりが甘いと言われたら返す言葉もないが、厨房と厠でそれぞれの王国と対峙するなど、いったいだれに想像できるだろう。

 この日程の遅れは、どうしようもなかった。

 

 アシュレは改めて、木の皮の手紙を拾い上げた。


「スノウの手紙だね。その護衛についていったシオンの件も、もちろん忘れてなんかいないよ」

「話というのは実はこれについてなんだ。その……どうか気をしっかりもって聞いて欲しい。いいか。最悪な発見があった。地下下水道からの帰還後、オマエが昏倒している間の出来事だ」

「ッ?!」


 案件というからにはある程度覚悟はしていたつもりだが、最悪な発見──そのひとことはあまりに強烈だった。


 さすがにアシュレは固まった。

 まさか、とうめきが漏れる。

 そのまま肉体が呼吸を忘れる。


 アテルイは首を振って、いまアシュレがしたであろう予想を否定した。


「安心しろ。死んだとか、そういう類いの話じゃない」


 止まっていたアシュレの呼吸が戻った。

 気がつくと冷や汗が吹き出ていた。 


「だが、もしかすると死より酷いことになっているやもしれん」

「ちょっとまってくれないか、アテルイ。キミらしくない。結論から聞こう。これ以上は悪い予感と予想で、ボクの心臓がたない」


 アシュレの要望に、うん、とアテルイは頷いた。

 瞳を伏せる。

 すまなかったと直截に謝罪した。

 どう切り出すべきか考えあぐねていたのだ、と。


「あまりのことに事件のサイズを測りかねている。正直に言うと、わたしの器では事態を把握し切れない、いや受け入れることができないのだ」


 だから、と姿勢を改める。


「だから、事実だけを話す」


 自らの器のサイズを認め、アテルイは話し方を定めたようだった。

 アシュレも頷き、促した。






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