■第六十八夜:援軍、そして死闘
ごうおう、という耳をつんざく羽音の連なりと空気の壁をまとって、それは現れた。
援軍は天翔け、あるいは地を駆けてアシュレのもとに馳せ参じてくれたのだ。
「遅くなったッ!」
「届けものだ、アシュレッ!」
アスカとレーヴのふたりが空中から、それまでベルトで懸架していた竜槍:シヴニールを投下する。
アシュレは走り込みながらそれを受け取ろうとした。
そこに暗闇から走り出た影が寄り添う。
「ッ?!」
アシュレが驚愕に身を強ばらせたのは、ほんの一瞬だった。
緊張が微笑みに、すぐに爆発的な笑顔に変わる。
「ヴィトラッ! ヴィトライオン!!」
それはアシュレの愛馬。
ヘリアティウムの戦いの終局面で、ヴィトラはアシュレとともに真騎士の乙女たちの飛翔艇にたしかに同乗した。
だが、アシュレは操船につきっきりとなり、さらに《ちから》を使い果たして昏倒した。
それ以来の再会。
これまで戦隊の再建に躍起になっていたアシュレは、ヴィトラを気にかけてやれなかった。
それほどまでに戦隊の状況は切迫しており、それを改善する日々は激動と激務の連続だったのだ。
考えられうるあらゆる種類の嬉しさ、喜びという感情が膨れ上がって、胸が苦しい。
アシュレは流れるような動作で愛馬に跨がると、まだ空中にある竜槍:シヴニールをキャッチした。
「いくぞ、不浄王ッ! 勝負だッ!!」
あまりの出来事に、この瞬間、汚泥の騎士たちは統制を失った。
それでもさすがに専門の戦闘集団。
アスカやレーヴに矢を射かけるなどの抵抗は示したのだ。
だが、完成された真騎士の乙女たちの空中立体機動は、キルシュやエステルたちのそれとは格が違った。
まるでツバメのように自由で切れ味鋭い旋回は、アシュレでさえ予測がつかない。
そして、その攻撃は容赦がなかった。
レーヴの握る雷槍:ガランティーンが小さな雷球をいくつも呼び出し、地を這う汚泥の騎士たちを打ち据える。
槍の内部で光条を生み出す際、電荷を積み上げる過程で起きる放電現象を利用したそれは、いわゆる光条系の攻撃効果とは異なり、騎士たちを一撃の下に消し飛ばし葬り去るほどの威力を持つわけではないものの、広範囲に渡って敵を感電させ動きを奪いながら継続的にダメージを与える技だった。
雷球の進路予測と操作が極めて難しいせいで命中精度が悪く、目標を狙い撃つことができないのが難点だが、こういう局面では逆にそれが利点として働く。
そこにアスカの両脚=告死の鋏:アズライールが襲いかかった。
動きを封じられた汚泥の騎士たちは為す術もなく、凄まじい破壊力を秘めた脚線美の餌食となっていく。
ただの鋼であれば苦もなく無効化する彼らのゲル状の肉体も、死の《ちから》そのものを司る告死の鋏:アズライールの攻撃を防ぐことはできなかった。
「ぬうッ?!」
「どこを見ている、不浄王。オマエの相手は──ボクだ」
圧倒的優勢から一気に傾いた戦局に、さすがの不浄王もうめいた。
そこにヒトの騎士は声をかけた。
「どうやら領土を賭けることになったのは、オマエのほうだったな不浄王:キュアザベイン」
「抜かせ……と言いたいところだが認めざるを得まい。ここまで読んで、事前に仕込みをして、わざと我の話につきあっていたのか。我の恫喝の手腕を褒めたが、なかなかどうして貴様こそ策士ではないか」
そう不浄王は皮肉ったが、口調にはどこか嬉々とした気分が乗っていた。
この男は闘争を楽しむ気質があるのだろう。
でなければ長きに渡って強大なアガンティリスという帝国を相手取って戦い続けることなどできなかったはずだ。
案の定、汚泥の騎士の棟梁たる男は言った。
「しかし、まだ勝負が決したわけではない。むしろ確信したぞ。これまでのすべて、貴様という一個人がその中心で起こしている波。そうであろう?」
──つまり、我の人物評・鑑識眼は正しかったというわけだ。
ヘルムの奥で不浄王の眼が縦に細まるのを、たしかにアシュレは見た。
笑った。
笑っているのだ。
戦いへの歓喜に。
「そうであるならば──アシュレ、貴様という王を我が陥れればよいだけのこと」
「図らずも一騎打ちということになるわけか」
「応よ」
ならばもはや、ふたりの騎士に言葉はいらなかった。
互いが槍を掲げ、穂先を打ち合わせる。
背を向け距離を取り──そうして戦いが始まった。
強力な《フォーカス》と《フォーカス》が、《スピンドル》の騎士と騎士とがぶつかりあう戦場が現出した。
フッ、という気合いとともに、すれ違いざまアシュレは光刃を繰り出した。
闘気衝。
人間の《スピンドル能力者》たちが一番始めに習得する基礎技:闘気撃の純粋な上位技に当たる。
基礎技と言っても、超高熱・高エネルギーの刃は、直撃すれば鋼鉄製の防具など紙の如く切り裂く威力を持つ。
隙も消耗もすくない確実性の高いな技だ。
一方で不浄王:キュアザベインは防具らしい防具を身につけていない。
汚泥の騎士たちはその肉体の特性上、光を防御するためのヘルムは身につけても、これまでの歴史のなかでそれ以外の胸当などは必要としてこなかったのだ。
なぜなら、彼らの肉体には、唯一の弱点である眼球部分を覗き、ただの武器はまったく通じない。
刃も鈍器も鏃も、ほとんど意味がない。
であれば、むしろ素肌(?)であることのほうが、はるかにメリットの方が多かった。
アシュレの初撃は単純だが、この相性の有利不利の部分を完全に突いていた。
最小の《ちから》で、最大の効果を上げる技の選択は見事と言っていいだろう。
相手の手札が分からないのに大技を仕掛けるのは、特にこのような一騎打ちでは危険過ぎた。
これに対し、不浄王:キュアザベインは防御らしい防御を行わなかった。
そのかわり、飛んだ。
馬上から、ふわりと跳び上がったのである。
もちろん彼ら汚泥の騎士たちに飛翔能力はない。
真騎士の乙女たちのような翼を得る異能もない。
だからそれは、単なる跳躍であった。
ただ不浄王の膂力があまりに卓抜していたがために、まるで浮遊するが如く優雅に見えただけだったのだ。
「なんっ、」
だと、とアシュレはうめいた。
馬上戦闘で、これほどいとも簡単に馬上の有利を放棄する相手と対峙するのは初めてだった。
直後、驚きは戦慄に変わる。
その跳躍が防御ではなく攻撃のための動作であったと気がついたときには、遅かった。
頭上から予想だにできないほど鋭い突きが来た。
不浄王はアシュレの頭上を、頭を下にして伸身倒立したまま回転し、擦り抜けながら攻撃を仕掛けてきたのだ。
「くっ」
これを躱せたのは、ほとんど運だった。
具体的には戦乙女の契約の加護のおかげである。
雷光の早さで脳裏から四肢へ伝達された危険を知らせる警告と、遅滞ない回避運動の賜物だった。
しかし、それさえフェイントだとまでは、さすがにわからなかった。
不浄王の繰り出した槍が、アシュレの聖盾:ブランヴェルを掴み、押さえていた。
まるで生き物の指のように枝分かれした槍の穂先が、聖なる盾の端を掴んで自由を奪っていたのだ。
《フォーカス》同士の護りが干渉し合い、プラズマが、青い炎が上がる。
そこに不浄王:キュアザベインの体重がのしかかる。
もしアシュレの肉体に不屈の力が、ヴィトライオンには疾風迅雷の加護が、それぞれに垂れられていなければ、間違いなく落馬を余儀なくされていただろう。
だが、ここまで含めて、不浄王にとっては予定通りの駒運びでしかなかった。
いまの一撃、アシュレは躱したのではない。
躱したように錯覚させられた……不浄王の狙いは最初から聖盾:ブランヴェルの自由を奪うことだったのだ。
「これは、まさかッ、槍が手のようにッ──外れない?!」
「槍ではない。正確には、貴様が感じた通り。これは手だ。手の骨格そのもの。この地の底に眠る神の遺骸、その一部よ」
頭上から闇のにおいとともに、不吉な答えが降ってきた。
奇怪な武具だ、とは一見で感じてはいた。
ヒト型生物が、手刀を穂先のカタチに似せているようだとは思った。
人間とはあきらかに異なる関節のような節々を持つそれが、まさか本当になにものかの手であったとは。
しかも、神だと不浄王は言った。
やはり、とアシュレは思う。
やはりこの男からはまだまだ聞き出さねばならぬことが、いくつもある。
だからといって──。
「幕だ、ヒトの騎士よ」
「うおおおおおおおおおおおおッ?!」
ばくり、とアシュレの頭上でキュアザベインの下半身を形作るスカート状の被膜が開いた。
そこから幾本もの触腕が湧き──それぞれが信じがたいほど凶悪なフォルムを持つ剣や、ナイフ、ウォーピックを握り込んでいる。
その一本一本が嵐のように襲いかかってきた!
えっと、たぶんあと二回くらいでこのエピソードは終わって、次の第七話エピソード4「迷図虜囚の姫君たち(仮称)」をお届けします。なんかほかのこともしながら、いまから書くので、ちょと待ってくださいましね。
夜魔の姫:シオンと世界最悪の魔導書と同一化してしまった半夜魔の少女:スノウに降りかかった大事件を扱うお話になるはずです。はい。




