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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 3・「不浄の帝国」
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■第六十七夜:不浄王、再び



「同じ手は二度と喰らわないッ!」


 頭上から迫る異常な振動を察知した瞬間、アシュレはバックステップを決めた。


 勢いよく足下を踏みつけると、あらかじめその位置に配されていた聖盾:ブランヴェルが跳ね上がり、手に収まる。

 このときにはすでに真騎士の少女たちはアシュレの背中に駆け寄り、布陣を終えていた。


 そこへ天井の石材を尖兵の槍として、汚泥ウーズの騎士たちが落下してくる。


 アシュレは彼らの着底・着弾を待たず跳躍した。

 真騎士の少女ふたりが翼をはためかせる。

 飛翔。

 まっすぐ、天を目指して。


 落ちてくる汚泥ウーズの騎士十数体の複合群体のすぐ側を、真騎士の少女ふたりに支えられたヒトの騎士が高速擦過していく。


 があああああああるううううううううう。

 巨大な肉塊と化した群体の表面に穴が開き、悔しげな叫びが轟く。


 伸びてくる無数の触腕、あるいはそこに握り込まれた剣を、槍を、網を擦り抜け、あるいは聖盾:ブランヴェルの能力で切り裂き、騎士は天井を、そこに口を開けた脱出口を求める。


 未練がましく伸びてきた尾のような器官に、手持ち武器で最後の光刃を叩き込み増速。

 ヒトの騎士と真騎士の少女たちは最下層からの脱出に成功する。


「やった!」

「やりましたわ!」

「いいや──まだだッ!! 本番はここからだよ、キルシュ、エステルッ!」


 作戦の鮮やかな成功に嬌声を上げるふたりを、アシュレは軽くたしなめた。


 アシュレの目算が確かなら、この穴の直上に広がっているであろう謁見の間、そこに座する不浄王:キュアザベインはオーバーロードに匹敵する能力を持っている。


 アシュレたち三人が生還できるかどうかは、この先に待つ最大の試練を潜り抜けることができるか否かにかかっていた。


「アテルイッ、頼む!」


 アシュレは事前に取り決めておいた合図で、アテルイに指示を飛ばした。

 念話の開始合図を引き鉄とした、航空戦力の投下。


 あとはタイミングがすべてだ。


 ほのかな明かりが見えた。


「出口だ!」


 ついに長い縦穴を三人は脱する。

 その瞬間、真騎士の少女ふたりが閃光を発した。


 相手が現れた瞬間を狙うのが、狩りでもなんでもこの手の戦いではセオリーだ。

 たとえば石弩による一斉射が待ちかまえている。


 それをアシュレは想定した。

 先んじて敵の目を潰し、備えを無力化する。


 その思惑そのものは正しい。


 不浄王:キュアザベインという相手が敵にいなかったのなら、すべてはアシュレの願った通りになっていただろう。

 石弩隊はたしかに控えていた。

 その眼をアシュレたちの作戦はいくばくかにしてもくらまし、生還の可能性を引き上げはした。

 

 しかし、だ。 


 直上から、投網が幾枚も投じられる。

 不浄王の戦闘経験値は、若き騎士のそのそれ、そして予測能力のはるかに上を行っていたのだ。


 さしもの三人も、これまでは躱せなかった。


「くっ」

「きゃあ」


 すでに手持ちの武器は使い切った。

 頼みの綱である聖盾:ブランヴェルを構えるには、わずかにタイミングが遅かった。

 アシュレは身を捻り、力場操作による急制動と回避を試みる。


 だが──。


「きゃっ。騎士、さまっ」


 左手をカバーしてくれていたキルシュが網に捕らえられた。

 その手足の自由を奪われた肉体が転がり落ち、大理石の床を滑っていく。


 翼と同時にバランスを失い、きりもみ状態になって落下するアシュレは、地面への激突を躱すだけで精一杯だった。

 床面に投げ出され、キルシュと同じように謁見の間を転がり滑る。


 気がついたときには投げ出されたエステルもまた、投網に捕らえられてしまっていた。

 アシュレが自由を奪われなかったのはある意味でふたりが身代わりになってくれたおかげだった。


 そこに、あの奇怪な汚泥ウーズの戦馬を駆り全身から王気を放つ敵が現れる。


「ほう。あの地獄の底から舞い戻るとは──つくづくヒトにしておくのがもったいないな、地上人の騎士よ」


 フェイスガードを降ろした独特形状のヘルムの下から、不浄王:キュアザベインが言った。


 見れば彼を取り巻く親衛隊の全員が、よく似た装備で閃光からの防御を固めている。

 なるほど、ここでもアシュレの予想は正しかったわけだ。

 もっともこれほど洗練され、運用実績のあるものだとまでは思い至らなかったわけだが。


 おかげで最後の最後に不覚を取った。


「美姫ふたりつれてのご帰還とは、これはこれは。手土産にしても気が利いている。ふたりの姫君には、我が同胞はらからの新たなる母となるの名誉がある。千手蛆せんじゅウジの餌食とするにはあまりに忍びなく、我が精鋭を差し向けたが、連れ戻してくれたのは貴様だったな」


 ヒトの騎士よ、と改めて不浄王:キュアザベインは呼びかけてきた。


「いま一度、言う。我が同志となれ。貴様の《ちから》、覚悟、意志。すべてが愛しい。我は才能あるものが好きだ。美しいと感じる。我とともに来い。そして我が《ちから》となれ。ともに覇道を歩むときだ」


 騎士として生き方そのものを高く買われて、悪い気はしない。

 だがそれは、ときと場合と相手による。

 アシュレはすげなく返した。


「断る、と言ったら?」

「美姫たちの死を持って応えることになる」

「ふ」


 アシュレは不浄王:キュアザベインの言葉を一笑に付した。


「なにがおかしい」

「不浄王:キュアザベイン、オマエはそんなことはしない。ふたりを傷つけるようなマネは決してすまい。それなのにふたりを脅しに使った。そのことに、ただ、王だなと思っただけだ。オマエは間違いなく王だ。それだけは認める。心の底では決してそんな手段に訴えようと思っていなくても、相手には有効に働くと判断した相手には、ためらいなく口先だけの策を弄する。ボクにはまだできない芸当だ」


 アシュレの言葉に、ふ、と笑ったのは今度は不浄王のほうだった。

 なるほど残念だ、とつぶやく。


「つまるところ、我が招請を再び断るとそう言うのだな。では、貴様に道はふたつきりだ。ここからひとり立ち去ってすべてを忘れるか。さもなくば我ら全員を相手にし苦悶の果てに死ぬか──」


 汚泥ウーズの戦馬を進めながら、不浄王:キュアザベインはアシュレに決断を迫った。

 騎士は立ち上がり、盾を構えて応じた。


「キルシュとエステルのふたりを諦めるなんてありえない。なぜなら、そのふたりはすでに我が所領だからだ。これを諦めるということは騎士としての命を差し出すに等しい。ありえないことだよ、不浄王、キュアザベイン」


 そうか、と馬上の不浄王は頷いた。

 立ち振る舞いにどこか落胆のようなものが見えたのは、アシュレの気のせいだったのか。

 あるいは彼は本気でアシュレのことを気に入っていたのかもしれない。


「ならば、我ら全員を打ち倒すべし」


 吹っ切れたように宣言した不浄王に、アシュレは不敵に笑って見せた。

 それもない選択肢だ、と。


「なにがおかしい?」

「キミたちの提案にはなにひとつ従わない、ってそう言ってるのさ」

「ほう? しかしどうやる。もはや貴様に残されたのはその盾と籠手だけ。いずれも凄まじき《ちから》を秘める逸品と見受けるが、我らを倒し切るには、まったく足るまい」


 キュアザベインの鑑識眼はまったく正しい、とアシュレは思う。

 だからこそ笑みを広げた。


「なぜ笑う?」

「聞こえないかい?」

「なに?」


 唐突なアシュレの物言いに、不浄王は怪訝な顔をした。

 いや、異種族ゆえ、さらにはフェイスガードを下ろしたヘルムごしゆえ、その表情を読み取ることはできなかったが──その物腰にはハッキリと理解に苦しむ態度が表れていた。


 それについてアシュレはさらなる説明を必要としなかった。


 なぜなら、その言葉がなにを示しているのか──その意味・現象のほうが耳を聾するほどの轟音を伴って、先に現れたのだから。


 そして、さらにそれはアシュレですら予期すらできなかった援軍を伴っていたのである。




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