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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 3・「不浄の帝国」
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■第六十四夜:希望は示されている


「うん、うん、そうだ。そう間を置かず、ボクたちは脱出を試みる。うん。アスカとレーヴには出撃準備で待機してもらっていてくれ。そう竜槍:シヴニールを持ってきて欲しいんだ。そうでないと上層に戻っても不浄王:キュアザベインに勝ち目がない。彼をなんとかしないかぎり、ボクらに生還の目はない」


 さっそくアシュレは、地上で救出部隊を指揮しているアテルイに連絡をつけた。


 恩恵に預かるようになって痛感したが、念話というのはこの上もないほどに便利だ。

 改めてアテルイを始めとする霊媒能力者たちの《ちから》に畏敬の念を抱かざるを得ない。


「それで、アテルイのほうからはイズマと連絡を取ることはできるの?」

『すまない、アシュレ。わたしたちの能力はにものすごく左右されるんだ。念話の糸を結びつける対象をひとりに絞ったら可能だったのかもしれないが……アスカさまとオマエとふたりのそれを維持したままでは、もうわたしには容量がない』


 済まなそうにアテルイが言う。

 その口調に疲れを見出して、アシュレは小さく息をついた。


「大丈夫かい、アテルイ? ごめん、ずいぶん無理をさせているんだね、ボクは。そうか、異能だものな、念話だって……」


 あまりの便利さとアテルイの能力の高さに失念していた。

 念話も《スピンドル能力者》の異能の一カテゴリに過ぎない。


 であれば当然、代償が存在する。

 安易に多用してよいものではないのだ。

 それをアシュレはいつでも使える便利な道具のように勘違いしていた。

 なんという恥ずべき勘違い。


「ごめんよ。つらかったろう」

『な、なにを言うんだやぶからぼうに。心配ない。役目はキチンと果たして見せる。それより必ず無事に帰ってきてくれ』


 いじらしいことを言うアテルイに、アシュレは胸の奥が熱くなるのを感じた。


 アシュレはアテルイが受け持ってくれている仕事、その激務に思いを馳せる。

 いま彼女がしているのは実質的に戦隊の司令官の仕事だ。

 それも連絡係に部隊編成、兵站まで引き受けている。


 真騎士の少女たちを含めれば、地上に残る員数は二十名程度。


 それだけの食事を賄いつつ、こちらの生還作戦を立案・実行となればこれはもう大車輪、八面六臂の忙しさだろう。

 帰ったらうんと甘えさせてあげないといけない。

 そう考えるアシュレだ。


『ほんとうにこっちのことは心配しないでくれ。兵站のほうはバートン老とノーマン殿がずいぶんと手助けしてくれている。やはり料理ができる男というのはステキだ。すこしワイルドだが、真騎士の妹たちにも好評だよ』

「そうか、それはいいな。帰ったらボクも手伝うよ」


 さて、それはそれで、だ。

 

「エレとエルマの地図作成はどうなったんだろう、下水道の」

『ああ、それだ、いいことを言ってくれた。すごいぞ。どういう仕掛けなのかはまったくもってわからないのだが、卓上に据えておいた白紙に次々と絵図が書き込まれていく。そこにはエレもエルマもいないのに、文字や線がひとりでに動いていくんだ。蟲を使うと言っていたが、これほどまでとは恐れ入った。土蜘蛛という種が暗殺者として恐れられた理由が、これだけでもよくわかる』

「ヒトの侵入は防げても、蟲の侵入まで防ぐのは大変だものね」


 貴人の暮す宮殿には侵入者を阻むさまざまな防衛機構があるが、その構造をあらかじめ丸裸にされては、効果が半減以下となるのは誰にでもわかることだろう。

 想像するだけで寒気のする話だ。


『王族や貴族がこぞって虫よけの香を求める理由も納得したよ』


 アシュレはアテルイの眼前でいま起っている状況を想像して、頷いた。

 なおアシュレもアテルイもこの時点では預かり知らぬことだが、自動的に絵図を書き起こす線も文字も、実は蟲である。


 亜種の多い品種らしく、それぞれに描線蟲びょうせんちゅう飛文ひぶんなどという名前がある。


 彼らは人類には理解できない共感能力によって、同族が侵入・把握した空間を絵図や文字のカタチに残す習性がある。

 住み処や生息域、巣の構造を外部記憶として残す習性に土蜘蛛たちが目をつけ、長いときをかけて品種改良を重ねてきた、その成果だった。


『あと半日もあれば、必要なエリアのおおまかな把握は終わるらしい。さっきも紙手蟲とかいう蝶々が飛んできて教えてくれた』

「紙手蟲!」

『てふてふ、とか言っていたな、エルマが』


 土蜘蛛の生態や彼ら彼女らが扱う蟲について興味は尽きないが、いまはそんなことに興味をそそられている場合ではない。


「よし、そちらの状況は把握した。じゃあ、作戦を発動させたら合図を送るよ。たぶん、不浄王:キュアザベインとの交戦が始まったらまた糸が切れちゃうだろうけど──」


 アシュレは作戦開始とアスカ・レーヴの航空部隊の投入要請の合図を取り決めた。

 アテルイの負担をすこしでも軽くしようと、念話開始に起きる後ろ髪を引かれるような感覚で簡単なやりとりの取り決めをしたのだ。

 たとえば、短い感覚で二回続けて後ろ髪を引かれたら作戦始動、長く一度引っ張り続けられたら緊急中止というような塩梅だ。


「これからアテルイはボクたちより、アスカとレーヴのふたりと密にコンタクトを取ってくれ。こっちはこっちでなんとかする」

『了解した。無事の帰還を祈る──まってますからね、旦那さま!』


 殺し文句を残してアテルイは念話を切り上げた。

 実際、やるべきことが多いのだ。


「さて──それじゃあボクたちも始めようか」

「始める?」

「どうするんですの?」


 脱出手段については目星がついたものの、肝心の脱出口の存在については完全に暗中模索の段階のはずなのだ。

 それなのにアシュレの自信はどこから来るのか。

 真騎士の少女ふたりは顔を見合わせた。


 ふふん、と珍しくアシュレは自慢げに鼻を鳴らした。

 キルシュとエステルのふたりにリラックスしてほしくて、わざとおどけて見せたのだ。


「もったいつけるなんて、騎士さま!」

「いじわる、よくないです!」


 口々に言う少女たちの顔にも笑みがある。

 よかった、とアシュレは思った。

 普通、戦場とそこにまつわる陰惨を我が身で体験すれば、笑うこともできないほど心は傷ついて精神は疲弊し、荒んでしまうものだ。


 けれどふたりはまだ、こうして笑顔を浮かべてくれている。

 自分がその微笑みに救われているのを感じながら、アシュレは地面を指した。


 手にはいましがた拾い上げた錆びた剣が握られている。


「ヒントはこれさ」


 騎士は言った。




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