■第五十九夜:行いは輝いて見えるもの
「あの……」
遠慮がちにキルシュが訊いてきた。
アシュレは前方を睨んだまま。
キルシュはその騎士のカラダの下に仰向けに横たわり、天井を観察し続けている。
風霊の護りの放つ燐光を隠すにも、キルシュを庇うのにもこのポジションが最適だった。
若干以上に際どい姿勢であることは認めるが、背に腹は代えられない。
倫理観がとか、道徳がとか、貞操観念がとか、そんなことを言っている場合ではないのだ。
ここから生還できなければ、アシュレもキルシュもそういう人類の美徳とは、永遠におさらばすることになる。
「なんだい、キルシュ」
油断なく前方を注視したまま、アシュレは応じた。
戦乙女の契約のおかげで、アシュレは全方位からの殺気や危険に対してまるで見えているかのごとく反応することができる。
上方の確認をキルシュに任せているのは、脱出口の存在は殺意でも危険でもないからだ。
「あの汚泥の騎士たちは、なぜわたしやエステルをさらったんでしょうか。えと……獲物と見做していたなら……食料だと考えていたなら、その場で殺したほうが後でいろいろと便利だったんじゃないかと思ってしまって」
キルシュの疑問、問いかけはもっともだった。
事実、最初の奇襲の時点で汚泥の騎士たちにとって無防備な少女ふたりを絞め殺すのは造作もないことだったはずだ。
それだけにアシュレは返答に窮してしまう。
いや、考えていなかったわけではない。
汚泥の騎士たちがどうしてキルシュとエステルをさらったのか。
しかも生きたまま、しかし指標だけはしっかりと打ち込んで。
その本当の理由を。
「あんまり気持ちの良い話じゃないし、どうしたってボクの予測に過ぎないけれど……」
聞くかい? とアシュレは問うた。
あまりオススメではないよ、と声色に滲ませて。
気持ちの良い話ではないというアシュレの注釈と続いた声のニュアンスに、ごくり、とキルシュは喉を鳴らした。
数秒の逡巡があった。
意を決して少女は頷いた。
「聞かせてください、騎士さまの予測を。わたし、ちゃんと理解したいんです。そうしないと……あいつらの恐怖をこのまま一生乗り越えられない気がするから」
強い子だ、とアシュレは思った。
だから「聞くに堪えなくなったら、いつでも止めてくれ」と前置きして話しはじめた。
「伝承によれば、不浄王:キュアザベインはむかしは人間だった。統一王朝:アガンティリスが版図を拡大していくなかで、戦いに敗れ、隷下に組み込まれた蛮族の王だったんだ」
アシュレの言葉にキルシュが喉を鳴らした。
唾を呑み込んだのだ。
「蛮族の王。道理で。とても強い王気を放っていました」
「キルシュ……そういうのがキミはわかるの?」
真騎士の少女の口から出た王気という単語に、思わず反応してしまった。
アシュレも相対した敵の強さは放たれる存在の圧から推し量ることができるが、それをまだ成人に達してもいない少女が感じ取れるとは、驚愕以外のなにものでもなかった。
なにしろその能力は、アシュレだって実戦をなんども潜り抜けて、ようやく獲得できた特質なのだ。
それを十二、三の少女が体得しているなど、驚かずにはいられない。
ものすごい才能だ。
キルシュはアシュレの腕の下で、胸を張ってその秘密を解説してくれた。
「王気が、わかるのかですって? わかりますとも。わたしたち真騎士の乙女には殿方の放つ王気や覇気が『輝き』として認識されるんです。騎士さま、もしかして知らなかったんですか?」
「負うた子に教えられるというのはこういうことだな。いまそう実感したところだよ」
ふー、とアシュレは息をついた。
ボクはほんとうになんにも知らないんだな、この世界のこと。
そう独りごちる。
「レーヴ姉さまは、こういうの教えてくださらなかったんです?」
「教わるもなにも、ボクたちはまだ出会ってから二週間も一緒にいたわけじゃないんだよ。ボクが倒れていた時間を考えると、言葉を交せたのはいいとこ数日ってところだもの」
「そうか、そうですもんね! じゃあ、わたしがアシュレさまに一番早くに真騎士の乙女の秘密を教えて差し上げたってことなんですね?」
なぜかキルシュは得意げだった。
このへんの機微がアシュレにはさっぱりわからない。
女性というだけでもわからないのに、少女となるともうその感性は謎と表現するほかない。
だから余計なことは言わないことにした。
「じゃあ、キルシュからはボクはどんなふうに見えるの?」
「宝石のように輝いてます。騎士さまたちの誰しもが素晴らしい輝きの持ち主ですけれど……アシュレさまは特別です。みなさんのなかにいても、引き寄せられてしまう。目が惹きつけられちゃう」
当たり障りのない話題を選んだつもりだったが、やぶ蛇だったようだ。
あはあは、とアシュレは可能な限りバカっぽい笑い方でごまかした。
自分の評価を自分で下げないといけないというのは、新機軸にしても頭が痛い。
一方のキルシュは真剣だった。
「言ったじゃないですか。騎士さまでよかったって。ううん、アシュレさまじゃなければダメだった。もしほかのだれかだったら、わたしもうとっくに狂死してるんですから」
さも楽しげにとてつもなく重たい告白が飛んでくる。
受けたアシュレは、両肩にずしりとした感触が加わるのを自覚した。
「じゃあ、そのキミの目から見て、不浄王:キュアザベインはやはり大きな王気を放っていたんだね?」
「はい。そうなります。あれは一国の主をはるかに凌ぐ器。禍々しいほどの《ちから》でした」
なるほど、とアシュレは唸った。
やはり相当な強敵なのだ、不浄王:キュアザベインとは。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。その禍々しいほどの《ちから》の持ち主たる不浄王:キュアザベインと汚泥の騎士たちの目的なんだけれど……」
言葉を選びながら、アシュレは続けた。




