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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 3・「不浄の帝国」
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■第四十七夜:不浄の王


 

 イズマの言葉は予言であった。


 周到で執拗な待ち伏せがあった。

 陰湿な罠が張り巡らされていた。

 

 しかし、あらゆる障害をアシュレは実力で突破した。

 

 最初の交戦でスモールソードは輝く破片となって消失したが、アシュレにはまだふたつの《フォーカス》が残されていた。

 聖盾:ブランヴェル、そして竜皮の籠手:ガラング・ダーラ。


 いつかインクルード・ビースト相手に見せた指弾の技で、アシュレは襲い来る猟犬や壁面に築かれた彼らの城塞からこちらを狙い撃つ射手たちを、廃材を編むようにして作られた城壁ごと叩き潰していった。


 いかにアシュレが優れた《スピンドル能力者》に成長したとはいえ、いままでであればこれは通せぬ無茶だっただろう。

 しかし、いまのアシュレには計ふたり分の真騎士の乙女の加護が垂れられていた。


 恐るべきは戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクト

 現在のアシュレは、もはや世界で並ぶ者のない超戦士と断言してよかった。

 

 戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトが引き上げてくれるのは筋力や戦闘能力だけではない。


 むしろ知覚能力や瞬間的な判断能力、そして短期的な未来予測能力が飛躍的に向上する。

 

 敵の配置の意味が瞬時に理解できた。

 上方や下方に隠されている兵や罠の存在が、ハッキリと知覚できた。

 放たれた矢までもがまるでゆっくりと流れる時間のなかにあるかのように感じられ、その軌道を確認してから能動的に回避できるようになっていた。 


 なにより、キルシュとエステルという庇護対象を必ず奪還するという想いが、アシュレのなかの騎士としての本能に火をつけたのだ。


 立ち塞がるすべてを、アシュレは冷徹に、的確に、容赦なく排除していく。


 たまらなかったのは、そうとは知らずにふたりの少女をかどわかそうとした汚泥ウーズの騎士たちだった。


 ただの人間相手なら、間違いなく圧勝できたはずだ。

 なにより彼らの本体は不定形生物であり、人類の武器ではまともにダメージを与えられない。

 勝負にすらならなかったハズだ。

 

 だが、アシュレは違った。 


 《スピンドル能力者》とその専用武具である《フォーカス》が合わさったとき、その戦闘能力は一騎で百人の戦士に匹敵する。

 そこに戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトが二乗の効果を発揮しているのだ。


 それはすでに数千の軍団に匹敵する戦闘能力と表現すべきものであった。


 キルシュを抱えた騎士たちが駆け抜けた直後、鋭く先を加工された廃材を組み合わせて作られたバリケードが二重、三重に展開し行く手を阻む。


 重く太く鋭い先端を持つこのようなバリケードは、迂闊に飛び込めば板金鎧すら易々と貫く破壊力を秘めている。

 そこに配された石弩兵たちがアシュレに向かって一斉に矢を放つ。


 これまでのような散発的な射撃ではない。

 組織的な弾幕。


 いかにアシュレの回避能力が神がかっているとはいえ、避けるスペースがないならばそもそも躱すことはできまいという発想だ。  


「良く訓練されている。だが──甘いッ!!」


 こういう抵抗があることを、アシュレはすでに予見していた。

 伊達ダンテに幾度も死地を潜ってはいない。


 聖盾:ブランヴェルの力場を操作、そのトルクを上げる。


 すでに充分に加速の乗った聖なる盾は、そこに乗るアシュレともども高々と宙を舞った。

 そのあまりにトリッキーな動きに、第一陣の石弩兵たちは反応できない。

 

「もらったッ!!」


 アシュレはバリケードの直上に着地。

 瞬間的に力場操作を強める。

 聖盾:ブランヴェルは、また跳ねた。


 足下で様々なものが砕け、弾け、飛び散る感触。

 断末魔すらブランヴェルの回転する力場は吸い込み、消し飛ばしていく。


 普段であれば多少なりとも罪悪感を覚えたことだろう。


 しかし、いまアシュレの心はすこしも痛まなかった。

 端的に言えば、芯から怒っていたのだ。

 それほどまでに子供たちに手を出すというのは、アシュレにとっての禁忌だったのである。


 これが冷酷という心の動きなのだ、とひどく醒めたところで理解に及んだ。


 続く第二、第三のバリケードもあっと言う間に突破した。

 ひとつ目以降は、石弩兵たちもアシュレの跳躍にタイミングを合わせてきたが、ブランヴェルの発揮する超防御能力と、それに付随する副作用──不可視の力場が生み出す超破壊能力にはまったく為す術がないようだった。


 背後から追い討ちをされることも、まずなかった。

 アシュレが通過した障害と配置されていた兵へと、確実にトドメを見舞ったからだ。

 無論、介錯などして回ったわけではない。


 竜皮の籠手:ガラング・ダーラと指弾を用いた超高熱超高速の榴弾の嵐。


 狙いは正確でなくとも一〇〇〇度近い燃え盛るつぶての掃射を受け、残骸となったバリケードは瞬時に燃え上がった。


 ヘリアティウム行きの船のなかで披露したときはさすがにすこしは加減したが、今度はそんなもの必要ない。


 アシュレは手に握り込めるだけのつぶてを放った。

 溶鉱炉の中身がぶちまけられるようなものだ。

 いかに人外の生物とはいえ、抵抗できるハズもない。


 そして、バリケードを薪に立ち昇った激しい火柱が、背後からの増援を足止めする。

 アシュレは三重の護りを突破し、それらを皆、火の海に沈めて下水道を駆け抜けた。

 

 広間(?)を思わせる広大な空間に滑り込んだ瞬間、回頭した騎士の何人かからの攻撃を受けた。


 馬上からの槍撃。

 タイミングを合わせ、馬の頭部に見舞う感じで聖盾:ブランヴェルを食らわせる。


 じゅぶり、ごきりめきり。


 胸の悪くなるような音とともに乗騎の首が潰れあの特徴的なひとつ目が千切れ飛び、騎士のそれが後に続いた。

 

 これまでのアシュレであれば、騎士を狙いはしても積極的に馬を的にかけることはなかったハズだ。


 だが──奴らは一線を超えた。

 手心を加える必要はない。


 その戦いぶりに、キルシュが思わずアシュレを呼んだような気がした。


 気がつけばそこはすでに巨大な玉座の間であった。


 キルシュを抱えた先行する一騎を追い、襲いかかってくる汚泥ウーズの騎士たちを蹴散らしたアシュレは、自然に奴らの中枢へと切り込んで行くカタチになったのだ。


 アシュレが巨大な玉座そびえ立つ謁見の間に辿り着いたとき、キルシュを抱えた汚泥ウーズの騎士は玉座へと続く階段を登り切り、そこに設置された奇怪な祭壇の上にキルシュを捧げたところだった。


 同じ壇上に膝立ちになれるかなれないかという苦しい姿勢で、すでにエステルが吊るし上げられている。

 両腕をガッチリと鎖で縛された姿が痛々しい。 


 ふたりとも申し分け程度に肌着をまだ纏っているが──それらはすべて粘液に濡れて透け、裸身であるよりひどい状況にしかアシュレには思えなかった。


「キルシュッ! エステルッ!」


 アシュレは玉座の間の中央に進み出ると、ふたりを呼んだ。


「騎士さま!」


 ふたりは口々に応じた。

 だが、言葉を交わせたのはそこまでだった。


 ぐちゃりがしゃり、と泥土のなかで甲冑が擦れるような音とともに、武器を携えた汚泥ウーズの騎士たちがいずこからともなく湧き出し、アシュレを取り囲んだのだ。


「くっ」


 アシュレは歯噛みした。

 敵の総戦力は予想した以上だった。

 いかに即断が必要だったとはいえ、相手の戦力を見極めないまま、アシュレはここまで来てしまったのだ。


 榴弾に使用してきたつぶてを探るが……もはや残弾はないに等しい。


「無駄な抵抗はやめよ、地上人の騎士よ──」


 ごぼりごぼり、と水中から呼びかけるような不快な響きをまとった声が広間に鳴り響いたのはそのときだ。


「なに者だ」


 アシュレは思わず問うていた。


「不躾な。我が本営、我が玉座の間に土足で上がり込んできたのはそちらのほうだ──名乗るなら、貴様が先であろう」


 奇怪な姿が玉座の陰から現れるのを、アシュレは見た。

 さて、それをなんと表現しようか。


 鍛え上げられた裸身を惜しげもなくさらす偉丈夫。

 しかし、その肌は黒塗りの皮質のごとき質感。

 頭部には肉に食い入る奇怪な冠を戴く。


 頭部には目も耳も鼻もなく、ただ口腔とあの巨大なひとつ目だけ。

 足下まで覆うスカートのように見えるものは、実はその生物の脚とその間にある被膜。

 肉体のそこここから、巨大なウジが這い出しては、また潜っていく。


 全体のシルエットとしては直立したタコを思わせる。


 それがこの地下帝国の王であった。





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