■第四十一夜:魔性の食卓
「まて、ゴウルドベルドッ! 完全なる美食を示すか、あるいは自分自身が美食という概念と合一するか……とはいったいどういう意味なんだ?」
「わからぬのか愚か者め」
おうむ返しに問うアシュレを呆れたように見下ろし、豚鬼君主種にして、いまやオーバーロードと成り果てた男は言った。
「オレを唸らせる美味を示すか、あるいは貴様ら自身が美味と成り果てるか。そのいずれかを選べと言っておるのだ」
「ッ?!」
アシュレはふたたび驚愕した。
美味を示すとは、つまり調理でゴウルドベルドを満足させろという意味であろう。
それはなんとなく理解できる話だった。
しかし、それが叶わなかった場合──。
「まさか……ボクたちを料理に変えて食すと、そう言うのかオマエは」
「いかにも。すべての命あるものは食材という意味で平等。そして料理とは、調理とは、それら命を美味へと昇華させる行い。つまり芸術。その審査は、それゆえにもっとも公正で洗練された闘争に他ならぬッ! ここに疑いの余地などないッ!」
さあ選べ、小僧、と豚鬼の姿をしたオーバーロードは迫った。
「貴様が作るか、オレが作るか、たったそれだけのことだ」
「作るって……殺し合いとなにが違うんだ、ソレは」
アシュレのつぶやきに、ゴウルドベルドはまたも哄笑した。
あの特徴的な胴間声が円形闘技場の姿をした饗宴の穴に響き渡る。
「これは殺戮ではない。なぜそれがわからん、小僧。先ほども言った。これは芸術だ。アートとアートのぶつかり合いが生み出す火花。他者の命を素材に使う以上、己も命を賭ける真剣勝負──それが真の芸術」
だがしかし──と深いシワをいくつも重ねたまぶたをゆっくりと動かして、ゴウルドベルドは態度を軟化させた。
「見たところ貴様は騎士であって料理人ではない。ならばふたつ、手助けをしてやろう」
いつのまにか料理対決をすることにされてしまった。
アシュレは憤慨したが、刃を交えるまでもなく相手の力量は圧倒的だ。
少女たちを守りながら、しかも《フォーカス》なしでアレを撃破することは不可能に近い。
そうアシュレの騎士の勘は告げていた。
そして、そんなアシュレの葛藤など、どこ吹く風。
じつに得意げに豚鬼君主種はふたつの手助けについて説明を始めた。
「まずひとつめの助力──戦いの前にオレの料理を味わう栄誉を許す」
どういう流儀か知らないが、このオーバーロードは犠牲者に自らの手料理を振舞うのを慈悲と見做すようだ。
端的に言って狂っている。
「ふたつめの助力──材料の選定とその下ごしらえはオレが補助をしてやろう。もっとも……オレを驚かせる料理を作るのに、先に手の内をすべて明かしてしまっては絶対的な不利を招くだろうがな! バフォフォフォフォフォッ」
なるほど食材の目利きと下処理の部分は、ゴウルドベルドが担当してくれるらしい。
しかし、この料理対決が闘争であるなら、その武器である食材を相手に把握されるのは不利極まりない。
これを手助けと見做していいかは、かなり微妙だった。
返答に詰まったアシュレの態度をどう捉えたのか。
ゴウルドベルドはゆっくりと階段を降り、巨大な長机が備え付けられた饗宴の穴の底に降り立った。
そして、呼んだ。
「来ぉおおおい! まずは勇気ある挑戦者たちに、たっぷりと馳走してやる」
そうアシュレたちに命じると、どこから取り出したのか真っ白なテーブルクロスを重厚なテーブルの上に、ばさりと広げた。
それは整えるまでもなく魔法のように、きっちりと正確に黒檀のテーブルを覆う。
真っ白いそれがひるがえり視界を覆い隠し、次にそれが晴れたときには、すでにテーブル上には磨き抜かれた銀のフォークとナイフ、さらにどう使うのかわからないカトラリーの群れがずらりと並び、見たこともないような美しい硝子製のグラスまでもが準備を終えていた。
「まっていろぉ」
アシュレたちが驚愕のままおそるおそる準備を終えたテーブルに近づくと、それに一瞥をくれただけでゴウルドベルドは饗宴の穴の奥の暗がりへと向かって去って行ってしまった。
「これ……このまま逃げたらダメだろうか」
「振り返って門扉の上に刻まれし文言を見るがいい。『この門を潜るは美味か、美味に奉仕するものだけ。さもなくば死』──そう刻まれているのが、わからんかぁああああ」
ほんの小声で呟いただけなのに、暗がりから胴間声が帰ってきた。
どうやらこの饗宴の穴にあってはこの程度のことは、ゴウルドベルドの思いのままらしい。
まさに、この穴の主。
巨匠とは、なるほど恐れ入った名称だ。
アシュレは歯噛みしながら席についた。
こうなってはもう乗り掛かった船だと覚悟を決めるしかない。
なぜなら、選択肢はほかにないのだ。
ハンドアクスとダガー二本でオーバーロードを下すのは不可能だ。
つまり、やるしかない。
なんとかしてゴウルドベルドを唸らせる料理を捻り出すしかない。
そのための攻略法を、いまからの饗宴のなかで見出す以外に方策はない。
いきなり料理対決を強いてくるなど不条理極まりない話だが、それがオーバーロードという存在なのだ。
彼らのなかでは、彼らの理屈は疑いようもない正義としてその思考・思想の最上位に座している。
それを跳ね除けて勝つしかない。
アシュレは恐怖を捩じ伏せ、テーブルへと進んだ。
ふたりの少女たちの席を引いて、座らせてやる。
キルシュとエステルのふたりは、淑女の礼でこれに応じる。
なぜかふたりは、アシュレほどには緊張も厳しい戦いへの脅えにも囚われていないように見えた。
「ふたりとも、すごいな。堂々としてる」
アシュレは思わず両隣に寄り添うように座る少女たちに賛辞を贈った。
ううん、ちがうのと答えたのはキルシュだった。
「ちがうの。驚いているし、怖いわ。とても、すごく。でも、なぜなんだろう。ゾクゾクするの。いまから起ることにすごく期待してしまっていて……興奮が止められない」
「わたしもです、騎士さま。どう表現したらいいのかわからないんだけど……鳥肌が立って、なのに身体が熱くって……まるで熱病に冒されたみたい。それなのにこの先を見たい、味わいたいってカラダが……」
うかされたようにエステルが続けるに至って、アシュレは理解に及んだ。
このふたりはすでにゴウルドベルドの料理の魔性に取り込まれつつある。
自分が正気を保っていられるのは、アスカとレーヴのふたりが垂れてくれた戦乙女の契約の加護が二重に護ってくれているからに相違あるまいと気がついた。
「ふたりとも……くそっ、これどうなるんだ」
「歓喜する。そして陥落する。それがオレの料理を口にした者の末路よ」
思わず悪態を吐いたアシュレの目の前に巨大な影が落ちた。
見上げれば、そこにはあの豚鬼の王が立っていた。
その手には銀の盆に乗せられた小さく瀟洒な器が三つ、もう片方の手には二種類の酒瓶が太い指に挟まれ無造作に用意されている。




