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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第十三夜:小さな襲撃者(たち)


「っと。うん、ここかな?」


 さて、エレが悲鳴を上げるすこし前のことだ。

 アシュレは注意深く観察しながら、獅子像を登っていた。

 登るといっても足場や手のかかる場所を探しての登攀ではない。


 像にはヒト型生物が安定して登ることができるように、繊細な彫刻に擬態して、周囲を巡るように階段が配されていたのだ。

 微かな摩滅具合から、それが見て取れる。

 

「ここを登るので間違いないなら、やっぱり、これなんらかの装置なんだな」


 アシュレの考察の正しさは、すぐに証明されるところとなる。

 階段を上り切ったその先には、ちょうど掌を載せることができるサイズの金属プレートが埋め込まれていた。

 機械仕掛けのレバーやスイッチのような仕組みはどこにもない。

 だが、手がかりはそれだけで充分だった。

 

「コレ、《フォーカス》だ。やっぱり特別な装置で上水は供給されていたんだな」


 おーいみんな、とアシュレは声を階下に投げようとした。


 だが、そこに見たのは地面に這いつくばったレーヴに、アスカがなにごとか語りかけている様であった。

 アシュレにはそれが即座に自分の話題だと察っせられた。


 そうでなければ、あのレーヴの、この世の終わりに立ち合ったような表情と仕草の意味が通らない。


 アシュレは悟った。

 アスカにレーヴとの関係が露見したのである。

 身から出た錆とはいえ、なんという修羅場だろう。

 昨夜のレーヴとの一夜のことが鮮明に思い出された。

 戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトのおかげで、思考も記憶も極めて明晰だ。


 今後のふたりの態度の変化を考えると、背筋に寒いものが走った。


「そ、そ、そ、それはともかく、だ。冷静、冷静に」


 アシュレは平静を装いつつ剣呑な場面から目を逸らし、《フォーカス》を稼働させることにした。

 思えばこのとき、エレにもひとことかけるべきだったのだが、動転したアシュレはそれを失念してしまっていた。

 恋愛関係の心の動きには当たり前だが戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトは効果がない。

 それが逢瀬の対価に与えられる恩寵だとすれば、当然といえば当然のことである。


 ゴクン、と振動が起ったのは、アシュレが金属プレートにかざした掌から《スピンドル》を流入させた直後だった。


 獅子像の姿をした《フォーカス》は、アシュレにはなんの害も及ぼさなかった。

 《フォーカス》特有の試練もなかった。

 なにも、変化はなかった。


 アシュレには、だ。


 被害を受けたのはまずエレ、ついでレーヴとアスカ、つまり女性陣であった。


「くっ?! な、なんだコイツらはッ?!」


 かつて暗殺者集団:シビリ・シュメリ最強の凶手として鳴らしたエレが悲鳴を上げるなど、ただごとではない。


 つまりそれは、あまりにも予想外の出来事であったのだ。

 噴き出してきたのである。

 水が、ではない。


 泉のなかに開けられたいくつもの穴から直径五メテルに満たない、小さな蜘蛛を思わせる生物たちが。

 大量に。


「くっ、なんだ。くそっ、どんどん這い登ってくるッ?!」


 エレは慌てて飛び退き距離を取ろうとしたが、すでに手遅れだった。


 エビのように飛び跳ね、這いよる小さな蜘蛛(あるいはヨコエビやトビムシ?)たちは数の力で土蜘蛛の姫巫女に這い登り、襲いかかった。


「ひゃっ、なんっ、だ?! コイツら、服のなかにっ」


 エレの対応は素早かったが、それすら上回る勢いで蜘蛛たちは敏速であった。

 数十から数百匹の群体がエレの肉体に飛びつき、みるみるうちに服の隙間から潜り込んでいこうとしている。


 アシュレの目にそれは、吸血性の巨大なダニが獲物に群がるようにしか見えなかった。


「エレッ、くそっ、いま行くッ!」

「アスカ、ダメだ、下がってッ!」


 上から状況を見下ろすカタチになったアシュレの警告は、ひと足、遅かった。


 土蜘蛛の姫巫女の窮地を見かねたアスカが飛び降りる。

 まだ効果を発揮している白き翔翼ウィング・オブ・オデットを使い、エレを救い出そうとしたのだ。


 だが、飛び降り駆けつけエレを抱え上げた瞬間、アスカもまた蜘蛛たちの群れにたかられてしまった。

 それほどまでに蜘蛛たちの動き、その跳躍は人類には理解しがたい無節操さだったのである。


「こ、コイツら、服の、服のなかに! ひゃっ。あんっ」

「ちょっとまて、コイツらなんだか様子が、様子がヘンだぞッ?! ひゃうう?!」


 ふたりの声に、どういうわけかアシュレは艶っぽい響きを見出してしまった。

 意味が分からない。

 なにこれどうなってるの?


 とにかくアシュレは唯一無事なレーヴだけでも救おうとした。

 像を二、三歩下り、手を伸ばして呼ぶ。


「レーヴ、逃げて。こっちだ。飛んで」

「だ、ダメだアシュレ。た、立てない。わたし、ダメなんだ。こういう小さいのがゾワゾワーって動くヤツ。ホントに、ダメなんだ。むかし、足長おじさんダディロングレッジ(注・ザトウムシのこと)の仲間が丸まって冬を越そうとしているのを知らずに……正体を調べようとして槍で突っついてしまって……それ以来、ホントに……」


 越冬するある種のザトウムシたちは、温かい場所に一塊になり眠るクセがある。

 それは外見上、巨大な栗にも見えるのだが……それをこの真騎士の乙女は幼少期につついてしまったらしい。

 攻撃を受けたと勘違いしたザトウムシたちは、それこそ蜘蛛の子を散らす勢いで四方八方へと駆け出すのだが……その様を間近で目撃、あまつさえその洗礼を我が身で受けたとなると……それはたしかにトラウマ級の出来事だったはずだ。


 だが、そんなことを話している場合ではなかった。


 深い水槽を這い登った群れが、真騎士の乙女を見つけてしまった。


 へたり込んだレーヴは、為す術なく群れに飲み込まれてしまう。

 ひあ、ひいああああああっ、と断末魔のような悲鳴が上がる。

 恐怖のあまり固まってしまったレーヴには抵抗する力さえないのだ。


 アシュレが違和感を覚えたのは、そのときだ。


 レーヴにたかる蜘蛛たちの姿形が、どうも生命体とは思えないことに気がついたのだ。

 いや、人類圏の外に棲息する昆虫やそれに類する蟲の類いは、人間の常識では考えられない器官や構造を持っているものだが……これはなにか直感的に、根本的な部分が違う気がする。


「まさか……これって……」


 アシュレは斥候に上がってきた一匹を素早く捕まえると、細心の注意を払って観察した。

 その結果、


「まさか、コイツら《フォーカス》なのか。この獅子像と対になっている……備品? この像はコイツの制御装置でもあるのか?」


 言うが早いかアシュレは獅子像の頭頂部に駆け戻り、例のパネルに手をかざした。


「我が名において命じる。狼藉を止めよ。彼女たちを解放せよ!」


 宣言とともに《スピンドル》を伝達すれば──果たして蜘蛛たちは美姫たちを解放し、現れたときと同じく飛び跳ねながら、いずこともなくパレスの暗がりに消えていった。



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