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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第十一夜:獅子の彫像



「よし皆、戯れはそこまでにしてくれ。宮殿内部でなにか非常事態が発生したら、事前の打ち合わせどおり土蜘蛛式の合図で増援を要請すること。頃合いを見計らって定期的にわたしが旦那さま──じゃなかったアシュレに念話で状況を確認するから、彼への相談や状況報告は怠らぬように! 特に土蜘蛛と真騎士のふたりは独断先行、絶対禁止だからな! 公私混同などももってのほかだぞ!」


 口調が出逢ったころと同じ、アスカの厳しい副官としてのものに戻っているが、これはアテルイ自身の決意の結果だった。


 新婚丸出しの甘い言葉使いでは非常時を乗り切るのには不適切だし、未成年女子を多く抱えた戦隊的にもよい影響を与えないだろう、という判断をアテルイはした。

 もちろんアシュレもそれでいいと思う。


「アレは……躾けに厳しい教育系の母親になりそうだな。オマエも絶対、尻に敷かれるタイプだ」


 アテルイのきびきびした振舞いを見たアスカが、耳打ちして、ちいさく笑った。

 どう答えていいかわからず、アシュレはぎこちなく頷く。


 だが、こちらのほうがアシュレとしてもやりやすいのは確かだ。


 ヒトから必要以上に崇められたり、世話を焼かれるのが得意ではないアシュレだ。

 アテルイ自身も、気を抜くとすぐにアシュレの世話を焼いてしまいそうになるらしい。


 そういう自分自身への戒めとしても、まず口調から直していく決意は揺らがないらしかった。

 良いことだとアシュレは思う。


「そこっ、なにを笑っているんですかッ! いまとても重要なことを話してましたよね、わたしは!」

「すまぬ、アテルイ、微笑ましくてついな」

「殿下ッ! 一見、安全そうに見えた湖水さえ、あのような危険が潜んでいたのです! このパレス深部にどのような危険が眠っているかもしれません。気の緩みは、戦隊全体の統率の緩みに繋がる。それは油断を生み、隙を生む。厳に慎まれるよう!」


 それからッ、と一喝すると、こちらはシオンから夜魔の騎士の装いを借り受けたのだろうアテルイがツカツカとアシュレに詰め寄った。

 よく見ると微妙に体格が合っておらず、いろんな部分がピチピチだ。


『これは、わたくしの手作りです。期を見て、戦隊の皆さまと召し上がられてください。それから……無事のお帰りをお待ちしております、旦那さま。どうかご武運を』


 手弁当を手渡され、アシュレは姿勢を正した。

 一瞬だけ、だれにも見えない角度でだったが、アテルイの瞳が恋する乙女のそれになっていたからだ。

 くくく、と耐えきれず横でアスカが噴き出した。

 それを、アテルイがキッと睨みつける。


「殿下!」

「わかったわかった、気をつける。でも、いまのはオマエが悪いぞ、アテルイ。笑わすから、ぶふ、ぶわっはっはっ」


 とにもかくにもアシュレたちは、こうして宮殿深部、おそらくは上水道の操作装置があるであろうエリアを目指して探索を開始したのである。


         ※


「さて、どうやらここが見た目上での上水の源泉、ということになるか」


 アシュレたち戦隊は、すっかり枯れ果ててしまった上水の跡を手繰るようにして、宮殿内を捜索した。

 豪奢な宮殿の偉容は、ほぼ往時のまま残されていて、カビや昆虫類そのほかの植物などによる侵食は最低限に留められていた。


 上水のこととは別に、たぶんこれにはなにか秘密があるはずだ。


 そんななかで、アシュレたちはおそらくは邸内に水を供給していたのだろうと思われる泉の源を探り当てた。


 眼前に立つ奇妙な獅子の彫像。

 獅子の額には、なぜか美しい女神の尊顔がはめ込まれている。

 かつてはその口腔から湧き出る清き上水が、満々とあふれていたに違いない。


 像の足下は巨大な椀のような構造になっている

 その側面に沿って、いくつもの穴が計画的に空けられているのが見て取れた。


「たぶん、ここで邸内の各所に水が割り振られていたんだな」

「たしかに、この泉はこれまで巡ってきたパレス内のどの施設より高台にある。アシュレのいまの考察でほぼ間違いないだろう」


 アシュレの観察に土蜘蛛の凶手は頷いた。


「すごいな、エレ。そんなことを気にかけながら探索できるんだ」

「わたしを誰だと思っている。土蜘蛛なら子供でも地面の高低くらい簡単に見抜くさ」


 メモを取るわけでなし、直感に従うようにスムーズに宮殿内部を踏破してきたエレだ。

 そのうしろを素直に追従してきただけのアシュレは、驚嘆した。


 水は必ず高いところから低いところへと向かう。

 それは単純だが厳然たる世界の法則、力学だ。


 無造作なようでいて、エレは確信を持ってこの場所を探り当てていたのだ。


「なるほど、どこかに水を送るには、すこしでもかまわないから高低差が必要なんだな」

「ふむん、ヘリアティウムの水道橋で学んだな。その通りだ。だがなあ、水蛇の子供でも捕まえてどこかの隠し水を吐き出させたほうが、よほど簡単だとは思うがな。人間というのはこういうことによくわからん手間をかけたがる。なにが楽しいのか」


 エレの発想にアシュレは絶句した。

 このへんがやはり人間と土蜘蛛とでは絶対的に感覚が違うのだ。


「でも、ちょっとまてよ。だとしたらこの源泉、もっと高いところから来てることになるよね。水は、さ」

「さて、どうだろうかな。パレスの外部には風車がいくつも見受けられたし、汲み上げているのかもしれんぞ。あるいは大量の水の落下を利用して機関を動かし、上水を汲み上げる装置かも」

「なるほど滑車か。それはあり得る」


 ともかく、これが《フォーカス》かどうか調べてみよう。

 言い放ったアシュレが枯れ果てた泉へと降りてみようとしたそのときだった。

 まて、とエレが手でアシュレの進路を遮った。


「どうしたの?」

「気にならなかったか。邸内があまりに清潔に保たれていることに」

「たしかに……」


 それはたしかにアシュレも薄々感づいて、奇妙に感じていたことだ。 


「ふつうの人家なら三ヶ月も室内を放置するだけで、埃だらけになる。食料備蓄などあれば、ネズミや害虫の餌だ。でも、ここにはその痕跡がほとんどない。埃さえ積もっていない」


 おかしいとは思わんか? 問いかけるエレにアシュレもアゴに手をやって考え込んだ。

 改めて指摘されると、奇妙だとしか思えないことだ。


「それがなぜかは、いまはわからない。けれど……とにかくあの彫像を探ってみましょう。ご丁寧に橋がかけてあるから、あそこまでいくのは簡単だ。なにか手がかりがあるかも」

「わたしは橋そのものに妙な仕掛けがないか、下面から探ってみよう。ちょっとそこで待っていろ、アシュレ」

「なにをまどろっこしいことを。わざわざ危ない橋を渡ることなどない。この程度の幅なら飛び越えてしまえばいいじゃないか」


 なにかの罠や阻止装置の存在を念頭に置き、慎重に対処しようとしたアシュレとエレを差し置いて光の翼を広げたのはレーヴだった。

 十メテルほどもある泉の受け皿部分=水槽の幅を飛び越えるつもりなのだ。


「さ、行くぞ、アシュレ」

「えっ、えええ、ちょっとまっ」


 言うが早いか背後からアシュレを抱きかかえると、レーヴは翼をはためかせ、アーチ橋を無視して獅子の彫像の前に降り立った。


「いきなりあぶないよ、レーヴ!」

「そうだ、危険だぞ。もしなんらかのトラップが仕掛けてあったら、どうするつもりだったんだ。あまりに軽率だ!」


 アシュレの言葉に、エレが追従した。

 たしかに宮殿内部探索チームの引率としては見過ごせない独断専行だ。


「用意された橋などわざわざ渡るほうが危ない、と指摘した。そういうのを固定概念と言うんだ」


 大空を住み処とする真騎士の乙女と、地下世界を故郷と定めた土蜘蛛の感覚が同じであるはずがない。

 正々堂々の一騎打ちを信条とする真騎士と、謀略と暗殺を旨とする土蜘蛛とでは、思想面からして大きな隔たりがある。


 それにしても、ここまで違うとなるとこの先どんな事件や衝突が待ち受けているのか、考えるだけでアシュレは頭が痛くなってきた。

 案の定、アシュレをサポートしようと泉の底に降り立ったエレは、カンカンだ。


「固定概念であるかどうかなどという哲学の話はいまはいい! 勝手なことをするなとわたしは言っているんだ! 全員が全員の行動を把握して、勝手をせぬよう、連携して動かねば。迷宮探索はオマエたちの騎行とは訳が違う。目に入った獲物を手当たり次第に略奪していくようなわけには、いかんのだぞ!」


 言い募るエレにレーヴは形の良い胸をそびやかして微笑んだ。

 高低差もあり、見下すような振舞いに拍車がかかって見える。


「ふん、わたしもアシュレも無事にここに立っている。それが現実であり、わたしの行動に間違いがなかったという証左だ。時間の無駄を省いてやっただけじゃないか」

「なんだとお。ちょっとレーヴ、貴様、降りてこい!」


 パレス探索開始前のやり取りを、レーヴは根に持っていたのかもしれない。

 そして、ここには真騎士の乙女が複雑な感情を抱いているであろう相手が、もうひとりいた。


 レーヴの瞳がアスカに注がれる。

 真騎士の乙女と淫魔の混血種。

 アスカに向けられるレーヴの目には、試すような光があった。


 来い、と真騎士の乙女はアゴをしゃくって見せた。

 真騎士の血筋を引くのならできるだろう、というそれは合図であり、一種の挑発だ。


 その表情と仕草を見て、アシュレは自分が勘違いしていたことに気がついた。

 レーヴがアスカに衣装を貸したのは、友情や共感からというよりも……ある種のテストのような意味だったのかもしれない。


 一方、レーヴに挑発されたカタチになったアスカは、傲然と笑みを広げると助走をつけて跳躍した。

 その腰から光でできた翼がシャリン、と音を立てて広がる。

 真騎士の乙女の血を引くものだけに許された異能──白き翔翼ウィング・オブ・オデット

 

 ほうなかなか、とレーヴが唸るのをアシュレは確かに聞いた。

 アスカは狙いあやまたず、レーヴの隣りにいたアシュレの胸に飛び込んできた。


 騎士は危なげなくアスカを抱き留めると、抱擁しながら注意した。


「危ないよって言ってるのに」

「いまのは挑発されたからな」


 ワザと聞こえるように言い放ち、アスカはレーヴに獰猛な笑みを送って見せる。

 アシュレは、こめかみを押さえ頭痛を抑えることにした。


「とにかく、ボクが検分するから、きみたちはここで待っていてくれ。周囲への警戒は怠らずに」


 人間関係的に心配が残るレーヴとアスカを置いて、アシュレは単独、獅子像の検分に向かうことにした。


 やらなければならないことが多すぎる。

 そう内心でぼやきながら。




2021/01/21

文章末尾に若干の訂正追加を加えました。

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