■第九夜:源泉を探して
「どうやら、この庭園にはもともと上水道が整備されていたようなんですな、ぐるりを見て回る限り」
「ああ、パレス内部のあの機構かあ。通路もそうだけど、部屋のあちこちに泉水設備の痕跡があるもんねえ」
バートンの指摘にイズマがしきりに頷いた。
「パレス? 宮殿?」
「あー、アシュレくん、キミが寝てたとこだよ」
かぶりを振りながらイズマは嘆く。
若干以上、怒ってもいるようだった。
罠などの可能性を考えれば、それは当然だっただろう。
「まったく姫やスノウに、レーヴちゃんには困ったもんだよ。調査済みじゃない建造物を寝床に使うとかさ。なにごともなかったから良かったけど、ボクちんたちが倒れてる間になにかあったら、どうしてたんだい」
「あー」
アシュレは昨日、目覚めた部屋のことを思い出した。
巨大な寝室。
あきらかに立場ある貴人が寵姫たちと篭るために作られたであろう、そういう部屋を。
「なるほどな。あれは宮殿だったんだ。どおりで。宮殿なら上水道が通っているのも理屈が通る」
「まあ、宮殿って言ってもボクちんたちが勝手にそう呼んでいるだけですがね」
「いや、アレは宮殿だ。正確には、かつては宮殿だった、と言うべきだろうな。恐らく危険はない。罠もな。だから……使ったんだ」
まだプンスコと怒っているイズマに、相変わらずそっぽを向いたままレーヴが答えた。
「宮殿だった? 罠もない? へえ。なんでわかるの?」
「過去にも何度か見たことがあるからだ。主であった竜たちが去り、廃虚となった空中庭園を。ここも、そういう棄てられた空の庭のひとつなんだ、きっと」
空を自由に舞い、騎行を行う真騎士の乙女たちならではの視点だった。
アシュレは思わず溜め息をついた。
「竜の……庭園」
「ここはかつて強大な竜を頂点に頂いた王国だった。なんらかの理由で王が去り、滅んでしまったのだ。そういう場所に私たちは運良くたどり着けたというわけだな。たしかに、いきなりその寝所を使ったのは注意が足りなかったかもしれんが……あのときは仕方なかったんだ」
そっぽをむいたままだが、真騎士の乙女は非を認めた。
イズマは渋々という様子で、肩をすくめて見せた。
当時の状況を想像して、アシュレは息をついた。
満身創痍でなんとか不時着した庭園で、アシュレの行使した《魂》の代償を埋めるため、レーヴたちがどんなに手を尽くしてくれたのか。
戦乙女の契約を使うという決断を考えれば──なるほどどこか篭れる場所でなければ難しかっただろう。
十数名を超える妹たちの耳目のある場所では、特にだ。
秘めごとにしておきたい、というレーヴの気持ちはもっともだと思った。
「と、ともかく、その話はあとにしよう。いま大事なのは、この空中庭園にはかつて上水道なるものが存在していたという事実だ」
「いまは枯れていて水は通っていませんがな。ただ、どういう方法でかわかりませんが──なぜかそれなりに整備はされてはいるようです。水流さえ回復させれば、案外と瞬く間に使えるようになるのでは?」
レーヴを庇おうとするアシュレに、バートンが続けた。
こちらもひそかに調査済みなのは、さすがの懐刀というところだ。
「しかし、水が涸れるといっても、そもそもの源流はどこにあるんだろうな? ここは空中庭園だ。水源を雨露にだけ頼っていたわけではないのだろ?」
「となるとなにか超常的な方法で、この地に水そのものを喚び出す装置でもあったのか?」
「気象を操作する、とかですの? それこそ雲を捕まえる、みたいな話ですけれど」
アシュレやレーヴだけでなく戦隊メンバーたちが口々に意見を発した。
イズマがうん、と頷く。
「水を呼んだり雲を捕まえるか……意外にその路線はアリかもしれないねえ。なにしろ竜族のやることだ。奴らひとりで王国が歩いてるみたいなもんだから、考えることのスケールもバカみたいにデカイからね」
「ではこの、パレスから各地に伸びる枯れ谷のような構造も、もしかしたら……」
ノーマンの呟きに、イズマが指を鳴らした。
「なるほどなあ。このやたら幾何学的な長ーい谷みたいなヤツ。コレ、道は道でも、水路か。だったらここはかつて、まさに水に充ち満ちたこの世の楽園だったのかもしれないなあ」
「あー、そうか。庭園には人工の池や川や噴水があったんだな。こんなに広大な土地に、水路を走らせて人工の河を作っていたのか。なるほど空中庭園。よく言ったものだね」
アシュレは手を打った。
かつてはこの世界には水源地から何十何百キトレルも離れた場所から水を引いて、花咲き乱れる夢のごとき庭園を造営する技術があった。
それをアシュレは空想図つきの書籍で読んで、知っていた。
ついこのあいだ、その名残であるジレルの大水道橋を実物で見たばかりでもある。
「人工的に市中に水を引き込む技術を我が物としていたアガンティリス期の首都:エクストラムには、四〇〇メテル四方に渡る巨大な大浴場もあったっていうから、これはありえないことではない。いや、きっとそうだ」
四〇〇メテル四方といえば、それなりに大きな村がまるまるひとつ収まる面積だ。
そこには巨大な玻璃のドームが張り巡らされ、温室が完備され、南国の花々が咲き乱れていたとまで言われている。
そんな大それた事業を成し遂げたアガンティリス王朝の流れを組むこの巨大庭園が、同じ種類の夢を共有していたとして、なんら不思議はない。
「でも、いまや水路は涸れ谷状態だ。……どうして水は止まってしまったんだろう?」
「たとえばもし、水を供給していた装置が《フォーカス》の類いだったとしたら?」
「主が去ったり、死んだからかな? それで動きを止めてしまった、とか?」
「あり得るね」
「だとすれば、検討に値する案ではありませんかな? なにしろ我々、すでに入用なものがあれこれと払底しつつあるのが現実ですので」
バートンの駄目押しで話はまとまった。
いくばくかにしてもまだ余力のあるうちに、かつてこの庭園を満たしていたはずの清らかなる流れの源泉を調査すべし、と方針は固められたのである。




