■第一七三夜:土蜘蛛王の救出
主人である騎士にまじまじと瞳を見つめられ、あきらかに動揺しつつもスノウは申し出た。
アシュレは虚を突かれた思いで胸を押さえた。
続く一瞬で、すべてを理解した顔になる。
「そうか! この迷宮はいまやスノウの一部でもあるから!」
「能力の全貌を把握するにはまだぜんぜん至っていませんが……イズマの居場所を探す手助けくらいにはなるんじゃないかと思う……思います!」
「よし、やろう! エレの言うように、悩んでいるヒマなんかもうないんだ」
「た、ただ、その、あの。先ほどまでのことでもわかったんだけど……その、えと」
自分から提案したくせに突如として言い淀んだスノウに、アシュレは目を丸くした。
ここまできてどういうこと、という感情が顔に出る。
本気でわからないという顔をしたアシュレに、スノウの眉がキリキリと持ち上がり、真っ白な肌が真っ赤になった。
「意地悪! アシュレは──マスターは意地悪ですッ! わかってて言ってるなら、ヒドイ! ヒド過ぎますッ!」
「???」
なぜいま怒鳴られなければならないのかわからず、アシュレは助けを求めるようにシオンを見た。
そこには半目で呆れ返っている夜魔の姫がいた。
どゆこと?
本気でアシュレは問う。
はー、とシオンは溜め息をつき、肩を落として解説した。
そなた、朴念仁も過ぎると大罪だぞ、と前置きして。
「この迷宮の構造がスノウの肉体そのものと紐づけられておるなら、その破片をひとつずつ精査するというのは、つまり……わかるであろう、アシュレ」
「わー、わー、シオン、言っちゃダメ! それ以上は、みんなのまえで言わないで!」
なかば棒読みで説明するシオンをスノウが遮った。
ことここに至って、アシュレはやっと事情を飲み込んだ。
つまるところ、アシュレはいまからスノウの全身を隈無く探ることになるわけだ。
そして、もはやそれに頼るしかなかった。
なぜなら、それまで比較的静かだった虚数空間が、嵐の前触れを思わせて揺動を始めたからだ。
猶予はもう、本当にない。
「ごめん、みんな、いますぐ甲板から退避して欲しいんだ。急いで、早く。ボクとスノウをふたりきりにしてくれ!」
その言葉の意味をすぐに理解したのは、アシュレとともに戦い抜いてきた戦隊だけだった。
レーヴが怪訝な顔をして問い質す。
「どういう意味だ、アシュレダウ。まさかここで捜索を打ち切るとでも言うのか?」
「ちがう、そうじゃあないんだ。説明しているヒマはない。頼む、レーヴ。一刻を争うッ!」
アシュレの剣幕に気圧されるレーヴの肩を、シオンが叩いた。
「子供たちを適切に船内に誘導できるのはそなただけだ、レーヴスラシス殿、と呼んで良いか? ああ、ノーマン、アスカ殿下を頼む」
「魔導書と一体となった者を使って、なにをしでかす気だ、オマエたちは」
「乙女の体裁にかかわることだ。誇り高き真騎士のひとりなら、わかるだろう?」
シオンの説得に、レーヴはスノウを見、アシュレを見、もういちどシオンを見てから首を捻りながらも従ってくれた。
「ありがとう、シオン」
「ところでわたしはここに残るぞ」
「「えっ?」」
アシュレとスノウ、ふたりの唇から同時に驚きの声が上がった。
「なんだい、そんなに驚くようなことか?」
「いや、でも」
「そ、そ、そ、そうだよ! そうですよ?! そんなのダメ!!」
「やかましいわい。そんなのもこんなのもあるか! 先ほどから見ていてわかったが、どうやらわたしだけは幻かそうでないか、イズマの像を確実に見分けられるようだ」
たぶん、この精神を護る宝冠:アステラスの加護だな、と自ら頭上に頂く大ぶりな冠を小突きながらシオンが言った。
それに、と付け加えた。
「どさくさまぎれに、そなたらが必要以上に破廉恥な行動に出るやも知れん」
「「いや、それは!」」
「冗談だ」
慌てて反論しようとしたアシュレとスノウを遮って、シオンは聖剣:ローズ・アブソリュートを構えた。
「レーヴにも言ったが、もはや一刻の猶予もない。空間の揺らぎと軋みは限界に達しようとしておる。なにが起るかわからぬ。もし、なにかあったときは、わたしがそなたらを守り抜く」
だから、躊躇するなアシュレ。
シオンの叱責に、アシュレは意を決してスノウの胸にある巨大な書籍に手をかけた。
「少々乱暴でも構わぬ。すべてを抜かりなく暴いてやれ。さもなくば、イズマの救出はなるまいぞ」
普段、無意味にプレッシャーをかけてくるシオンではない。
だからこそ、アシュレはその言葉が嘘偽りないものだと即座にわかる。
乱暴に、抜かりなく、という言葉にスノウの肉体が跳ねる、震える。
「怯えているが、その娘はそなたの侵入に対して、もはや嫌悪を覚えることはできないようだ。恐怖と恥辱は変わらぬが、苦痛とは感じない……ふふん、想われたものよな」
シオンの指摘に、スノウは息を呑んで固まった。
あまりに正鵠を射貫かれてしまったからだ。
「だから遠慮するな、アシュレ。わたしと同じで、この娘はそなたに使われると悦んでしまうのだ。そなたの役に立つのがうれしくてしょうがない。そういうどうしようもない存在に成り果てたのだ」
アシュレはシオンの囁きに、ページに掌を押し当てながら応じる。
ひい、とスノウの唇から悲鳴が漏れた。
観念するように、瞳が閉じられ、涙がこぼれる。
イズマの捜索は、こうして成し遂げられた。




