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■第一六二夜:魔導書(グリモア)の制圧



「シオン、遅くなったッ!」

「戻ってきたか! 手間取り過ぎだ、アシュレ! 迷宮の本格的な崩壊が始まっているんだぞ!」

「いや、予想以上にアスカが重くて……」

「ななな、なんだとおおおおーッ! しれっとわたしの体重を揶揄ディスるなー、そこーッ!」

「わたしも、わたしもいますよ、ご主人さま!」


 ビブロ・ヴァレリとの戦いを続けるシオンたちの側まで辿りつくと、アシュレはまだ砂塵を巻き上げ走るブランヴェルからアスカを抱えて飛び降りた。

 その背後ではシオンの言の通り、迷宮の崩落が加速していく。


 合流を果たした英雄たちは、互いの生存と無事とを確かめるように軽口を叩き合った。

 揶揄やゆに属するような言葉遣いも、アシュレたちのような関係にあっては愛情表現や信頼の証となる。


 収まらなかったのは、仲むつまじくもかしましいやりとりに挟まれた格好になったビブロ・ヴァレリである。


「おおおおお、呪われよ、呪われよ、呪われよ! 世界でもっとも古き血筋の、正当なる歴史の担い手であるこのわらわを軽んずるか。おおおおおお、許さぬ、ゆるさぬ、ユルサヌ!!」


 GAaaaaaaRuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu────ッ!!


 自分の存在を無視して互いを讃え合うアシュレたちへの憎悪が、またも実害ある罵りとなって吐き出された。

 希代の魔導書グリモアにとって、眼前にあって存在を無視されるなどまさに異常事態であり、呪詛にして綴るにふさわしい屈辱なのだ。

 びしゃり、ぐしゃり、とその口から吐き出される真っ黒い呪いつぶてが、砂浜に叩きつけられては汚水のような音と臭いを放つ。

 しかし、その勢いには先ほどまでのような《ちから》が感じられない。


「悪あがきだ、魔導書グリモア

「シオンの言う通り。わたしの心を利用しようとしても、もう無駄なんだから!」

「つけあがりおって、小娘どもがあああああッ!」


 数千年を生きたオーバーロードにとっては、四〇〇年を生きたシオンと十五歳になろうとするスノウの実年齢の違いなど誤差の範囲でしかないのであろう。

 悪罵を呪詛に変えながら、なんとかふたりを穢そうと試みる。

 だが、それは無駄なあがきだった。

 絶叫するオーバーロードの肉体を、背後から槍のごとき切っ先でシオンが縫い止める。

 そのシオンからの《魂》の供給を受け、魔導書グリモアの記述に内側からスノウは干渉する。

 相反しているようで見事なコンビネーションを見せるふたりの夜魔の血筋に、世界最古種のオーバーロードが翻弄されていた。


 どうやらシオンとスノウは互いのわだかまりを超えて、緊密に連携してくれていたようだ。

 アシュレは胸のつかえが取れるのを感じると同時に、なぜか奇妙な感激を覚えていた。

 わたしもいる、押さえ込んで見せる、とはそれぞれがスノウとシオンの言だが、その効果のほどは完全にアシュレの予想以上だった。


「すごいな、ふたりとも。息がぴったり……まるで姉妹みたいだ」


 思わずそんな感想がアシュレの口をついたのも無理のないことだった。

 が、その直後、


「ちがわい!」

「そうです、ぜんぜんちがいます!」


 間髪入れず異口同音で反論が来た。


「えーっと……」


 背格好も似た、黒髪の、瞳の色だけが深い紫とエメラルドに違う夜魔の娘たちに同時に反撃され、アシュレはたじろいた。

 まるで示し合わせたかのような連携の妙。

 なるほどこの調子で責められれば、ビブロ・ヴァレリも堪るまい。


 ならば、いまこそ攻め込むべきときだ。

 瞬時にそう判断して切り替える。


「ふたりともよく頑張ってくれた──ボクも加勢する」

「応!」

「まかせて!」


 シオンとスノウの合意を得たアシュレは槍と盾を投げ出し、ふたりとその間に挟まれたビブロ・ヴァレリへと近づいた。

 この戦いには武器は要らない。

 いや《魂》とそこに連なるヒトの縁だけが、ほんとうの武器だ。

 シオンとスノウ、そしてビブロ・ヴァレリまでも抱擁するように両手を広げる。


「やめろ、く、くるな」


 アシュレがアスカを助けるために場を外してからの数分の間に、よほど《魂のちから》を味わったのだろう。

 世界最古を謳うオーバーロードの顔に恐怖の色が宿るのを、アシュレは初めて見た。

 アシュレから直接その《ちから》を注がれたらどうなるのか、ビブロ・ヴァレリですら予見できないのだ。

 とどめを刺すように、アシュレはゆっくりと宣言した。


「観念するがいい、ビブロ・ヴァレリ。オマエはもはや人々の過去を暴き、超越者を気取ることはできない。ヒトの暗部だけを記してきたの本よ。いまこそ、オマエは《魂》の輝きを見る」

「わ、わたしをどうする気だ」

「どうもしない。そもそも《魂》は、他者に行為・・を強要する《ちから》ではない。ただ、《魂》に触れた者は変わらざるを得ない。オマエの行き着く先がどこかはわからないが、もはや《魂》を無視してなにかを綴ることはできないだろう。その意味では《魂》は強要する。変革を。」

「なん、だと?! どういう、それはどういうことなんだ?!」


 アシュレの説明に、ビブロ・ヴァレリは目に見えて狼狽した。

 なにしろこれまで人類のどのような行動も、過去の記録から予測・予見しえた存在だ。

 数千年分の人間の暗部・恥部の記録。

 それはある意味で、人間とはなにかをこれ以上ないほど理解させる知識、凡例だと言ってよい。

 だから、膨大なそれを蓄えたビブロ・ヴァレリにとって、人間の行動など予想の範囲内のものでしかなかったのだ。

 そしてその権能を持って、歴代のビブロンズ帝国皇帝を篭絡し暗がりから間接的に人類史を操ってきた。

 これまでは。


「行き着く先がどこかわからない、とは……どういうことだ?!」

「《魂》は変革のきっかけを与えはしても、《意志》を阻害しない。《意志》そのものに次の段階を指し示す《ちから》。《意志》を持たぬ集合知……つまり《ねがい》を総意などと言い換え、うそぶいて偽装する者には地獄の業火のごとく感じられるようだが」

「な、なにを言っている?」


 アシュレの言葉はどこかずっと高みにあって、ビブロ・ヴァレリでさえその仕組みが理解できない。

 けれどもいま互いを刺し貫く輝ける切っ先を通じ《魂》を共有し合うシオンとスノウには、その意味が明確に伝わった。

 特にスノウは初めて《魂》に触れる。

 トラントリムのあの破滅の塔の上で、ユガディールの心を救った《魂》の奇跡を実体験して、納得して感得する。

 ただひとり、理解の輪の外に置かれたビブロ・ヴァレリだけが、しきりにかぶりを振って拒絶を示す。


「なにを言っている? わからぬ、理解不能、理解不能。アシュレダウ、貴様は、貴様たちはやはり狂っている。クレイジー、クレイジーだッ!!」


 だが、そんな罵声を浴びてもアシュレの居住まいに乱れは起きなかった。

 むしろ、恐いほど静かで、瞳は凪いでいる。

 その深奥に《魂》の輝きが星のように瞬いている。

 続けて、告げる。

 わからないのか、と。


「わからないのか、ビブロ・ヴァレリ。これまで多くの人々の暗部を暴き、人生を狂わせてきた魔導書グリモアのオマエが」


 ボクはオマエとオマエが取り込んだスノウの心に《魂》で点火する、と言っているんだ。

 ほとんど囁くようにアシュレは言った。


「点火、だと……それはどういう……どういう意味だ?! 点火されたら、どうなる?!」

「オマエも変わる、と言っているんだ。そして、それが実際にどんな結末を迎えるかは、だれにもわからないのだ、と」


 過去を集積することであらゆることを予想し、予見してきた魔導書グリモアにとって「定かならぬ未来」とはもっとも恐れる、理解できぬ概念だったのだろう。

 もはや隠しようのない恐怖に幼女を擬態するオーバーロードの顔面が引き攣れた。


 対照的だったのは、同じく変化を強いられるスノウの方だ。

 アシュレを見つめる瞳には熱い信頼が宿っている。

 いや、それ以上に込められているのは変化への期待。


 変わること、変えられること。

 つまり影響を受けることを、いまのスノウは己の前進と感じていた。

 それをあえて希望と呼ぼう。


 アシュレはあらゆる恥部と暗部をさらけ出し、それでも抗うこと、戦うことを投げ出さず、いま自分を見つめて微笑む少女の表情に夜魔の騎士:ユガディールの面影を見た。


 ああ、とさらなる理解に及んで思わず息をつく。

 あるいは。

 あるいは、あのヒトは、ユガディールというヒトは、このために“理想郷ガーデン”へとひとり赴いたのかもしれない。

 希望を探し出そうとする彼の探索行は結果として失敗に終わり、その肉体と《意志》は“理想郷ガーデン”の走狗と成り果ててしまったが──無駄などではなかったのだ。


 すくなくとも彼のその探索行がなければ、スノウはこの世界に生まれてこなかった。


 その出生の秘密をアシュレはビブロ・ヴァレリの能力によって知り得たけれど。

 そこにいかなる思惑や《ねがい》が絡んでいるのかを、嫌が応にも思い知らされたけれど。

 つまりスノウという存在そのものがアシュレに対する罠だと知った上で。


 それでもそこに《意志》が残されていたことに、感謝を捧げずにはいられない。


 なぜならば《魂》によって点火させられた存在がどこに向かうかを決められるのは《意志》だけなのだ。


 懊悩おうのうし葛藤しながら、それでも迷う心を捨てずに、自らの責任において判断する《ちから》──《意志》。

 それを持つ者だけが、自らの行き先を、自分で決めることができる。


 責任を負わぬ集合体に属する《ねがい》によっていくら《意志》や《スピンドル》を擬態しても、本質的に自らの《意志》を持っているわけではないオーバーロードには、絶対に手にすることのできぬ操舵の《ちから》。


 己を貫くシオンの切っ先とそこから流れ込むアシュレの《魂》の打たれ、スノウはすでにそのことを理屈ではなく存在ビーイングとして理解している。


 わたしは変わります。

 その思いを込めて、こくり、と頷く。


 アシュレもまた同じく、微かな首肯で返す。


 ズシン、と周囲に巨石が着弾する。

 連続的それは起こる。

 もはや、迷宮の崩壊は確実。

 安全圏など、ない。

 

 それなのに、アシュレもシオンもスノウまでも、微塵も動じず。

 



 その日、地の底の秘密の砂浜に世界最古のオーバーロードの断末魔が轟き渡った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、スノウの反応がすっきり腑に落ちる。改稿前では、あれちと巻き戻ったかとも思えたものが。
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