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■第一五〇夜:最古なるもの(1)

         ※


 アシュレはそのとき、自分たちが生み出した輝ける精華のただなかに、虫食い穴ワームホールのごとき暗い空間がほっかりと口を開けるのを見た。

 そこから這い出した腕だけの怪物が、破壊すべき悪夢の源泉=孤独の心臓クロムハーツに手をかけようとにじり寄る。

 それはゾディアック大陸最古のオーバーロード:ビブロ・ヴァレリが物品回収のために差し向けた尖兵。

 物質転送アポートという異能の可視化された姿。


 そして、この直後、さらなる異変がこんどはアシュレ自身を襲うのだが、このときの彼はまだそのすべてを悟りきってはいない。

 次々と起る状況の変化に翻弄ほんろうされている。


「いかんッ、アシュレ、あれはッ! あの手はッ! あの悪魔のごとき手腕の群れはッ! すべてを奪い去る気だぞッ! ガリューシンを、孤独の心臓クロムハーツをッ! アレこそは物質転送アポートの一種、遠隔地にある品を手元へと引き寄せる異能だ! 真騎士の乙女たちも似た技を使うが、いま眼前に見ているアレは比べ物にならぬ。恐ろしいほど強力な《ちから》だぞッ!」


 シオンの叫びを聞くまでもない。

 冠されし光輝ローズ・アブソリュートなる精華・インテグレイションの生み出した極限の超高温に焼かれ続けているというのに、時空間に穿たれた穴から這い出してくる悪魔のごとき腕たちの勢いは止まることを知らない。


 ただただ執拗に、拗くれた奇怪な腕の群れが孤独の心臓クロムハーツに向かって伸ばされる。

 犠牲を省みぬたちの侵攻は、吹き荒れる青白きエネルギー流に阻まれ遅々としていたが、それでもなお着実に目的の品に近づきつつある。


 このままでは、後一歩のところで完全破壊に至るはずの孤独の心臓クロムハーツを、持ち去られてしまう。


「くそッ、このままではッ! どうしたらいいんだッ?!」

「それは難しい問いだ。我らの生み出した冠されし光輝ローズ・アブソリュートなる精華・インテグレイションが劣っているのではないのだからな。その証拠に見よ。敵の物質転送アポートも、なかなか進まぬ。たぐり寄せようとする《ちから》が可視化された姿=悪魔の腕どもを、いまも我らの技は次々と焼き払っている」

「ああ。それなのに敵の干渉は継続中なんだ。なんて《ちから》。なんという執着。いっこうに諦める気配がない。代償を払い続けているはずなのに……」

「それだけ物質転送アポートを操る相手が強大だということだ。あと、固執する感情の総量がな」

 

 驚嘆を隠さず、シオンが続けた。

 その口調には焦りと悔しさが滲んでいる。


「そもそも時空間をいじる異能は、その座標点を正確に割り出すことが極めて重要かつ難しい。代償も桁外れだ。強大なエレルギー流が吹き荒れる技のど真ん中に、ゲートを開くだけでも驚嘆すべき腕前と胆力だというのに。その上、この持続性……耐久力タフネス。間違いあるまい。いま物質転送アポートを行使している存在は──」


 ゾディアック大陸最古のオーバーロードにして魔導書グリモア

 シオンが言葉にするより早く、アシュレはその名を口にしている。


「ビブロ・ヴァレリ。そうだというのか」


 口にするのも憚られる忌み名を、呼んだ瞬間だった。

 唐突に息苦しさと奇妙な律動が襲いかかってきて、アシュレは思わず身を屈めた。

 思わず盾を取り落とし、胸を押さえる。

 見れば、その肉体を《魂》のものとは違う輝きが包んでいる。

 それは、なにか、なにか──別の異能の発動を意味している?


「なん……だ、これ?! ボクは……なにもしていない……なんだこれ? 遠隔攻撃? いや、違う?」


 事態の急変に、さすがのアシュレも慌てた。

 いっぽうでいち早く事情を察したのはシオンだ。

 もちろん、こちらも驚いているのは間違いない。

 ただシオンが問題にしているのは、タイミングについてだった。


「スノウ! イズマ! まさか、いまか?! いま、なのかッ?!」

「スノウ?! イズマ?! シオン、コレはどういうことなんだ?!」


 いままでなんの前振りもなかったところに突然挿入される、ふたりの名前。

 イズマ?! スノウ?! なんのことだ?!

 アシュレの混乱は頂点に達する。

 息苦しさと律動はどんどん強まっている。

 事態の把握ができない。

 動揺が集中を乱す。

 みるみるうちに、ふたりの技の同調性シンクロニティが下がる。


 冠されし光輝ローズ・アブソリュートなる精華・インテグレイションは、行使するふたりの完璧な一致ユニゾンと高度な制御が要求される、極めて難しい技だ。

 制御の喪失は、すなわち技の失敗と消失を意味している。


 高速で回転していた超高温のプラズマ体が、《ちから》を失った独楽のように失速して、地面に堕ちる。

 周囲の白砂を巻き込み、バラが花弁を散らすように──四散する。

 致命的な破滅を撒き散らさなかったのは、それでもアシュレとシオンの技量の卓越と《魂のちから》、そしてふたりの間に結ばれた信頼関係によるものだ。


「くそッ、《ちから》が。一致ユニゾンが途切れる。ハーモニーが乱されて……冠されし光輝ローズ・アブソリュートなる精華・インテグレイションが失われてしまうッ! このままではが、あの手が孤独の心臓クロムハーツに! 届く! 掴む! 孤独の心臓クロムハーツが──行ってしまうッ!」

「アシュレ、残念ながらいまは、それどころではない。いや、それも大事なのだが……それよりももっと大変なことが、いまから起る。いいや、むこう側から──来るッ!」


 落胆の叫びを上げるアシュレの肩をシオンが掴んだ。

 アシュレはシオンの言葉の強さと態度で、の大きさを悟った。

 孤独の心臓クロムハーツを撃破することよりも、優先されなければならない大事。


 まさか、と呟く。

 いまやハッキリと自分の肉体を縁取る異能の輝きを示しながら、夜魔の姫を見る。


「そのまさかだ」


 シオンは断言して頷いた。



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