■第一四七夜:冠されし光輝なる精華
驚いたことにソレ=孤独の心臓は、アシュレの神鳴の一閃とシオンの永滅の光刃の直撃を受けてなお、健在だった。
キン、キン、キン、と周囲に張り巡らされた極薄のヴェールのごとき防護障壁が、超絶としか表現しようのないエネルギー流の直撃を、紙一重のところですべて受け流している。
さすがのアシュレとシオンも、これには目を剥いた。
「ギリギリのところで防がれているッ?!」
「まさか聖剣:ローズ・アブソリュートとシヴニールの同時攻撃を受けてなお無傷だと、そう言うのか?! 位冠位と一級クラスの《フォーカス》による最大級攻撃だぞッ?!」
「孤独の心臓。神を探し出すため、星の海にまで旅立つことを最初から織り込み済みで作られた《フォーカス》……だからそれに匹敵する《ちから》さえ退ける。星々の光、天の光そのものを受けてもなお進むための品だと、そう言うのか?!」
この世に神が不在だというのであれば、それは天上の──星々の世界におわすに違いない。
多神教時代の古代遺跡がいくつも残るエクストラムに生まれ育ったアシュレにとって、星座とは神々のおわす座である。
だから、たとえイクスの教えになくとも幼少期から古代に親しんできたアシュレとっては、ある意味で自然な発想なのだが──その発想は真を捉えている。
そう、孤独の心臓の出自として、星の海に挑む品なのではないかというアシュレの直感は、間違いではないのだ。
そして、もうひとつの驚くべき事実。
燦然たる輝きの奥に目を凝らせば、じわじわと孤独の心臓の周辺から黒いシミのようなものが湧き出しては超エネルギーの奔流に触れ、消し飛ばされていくのが確認できた。
その様子は、ふたりに悪い予感を抱かせるには充分過ぎた。
「まさか、ガリューシンを……この状態で再生しようというのか?」
「まて。最初から疑問だったのだが……コイツ、孤独の心臓の動力はどこから来てるんだ。ガリューシンの《スピンドル》は、ガリューシンという男がいなければ生じない。そうであろ、アシュレ?!」
《フォーカス》とはあくまで使い手である《スピンドル能力者》の《ちから》を借りて、超常現象を引き起こしているに過ぎないはずだ。
そのシオンの指摘に、アシュレは一瞬だけ考え込んだ。
それから、答える。
「あるいは──シオンがさっき言ったこと。アレが正解なのかも知れない」
「さっきわたしが? なにを言った?」
「夜魔のくせに思い出せないとか冗談だろ、シオン。オーバーロードの話だよ」
「オーバーロードッ?! まさか」
宙に浮かんだままふたりの攻撃の威力を受け流し続ける孤独の心臓を睨みつけ、シオンは呻いた。
己の推論の荒唐無稽さと、それが現実のものであったとしたならという恐懼に震える。
アシュレが続けた。
「アレ、《フォーカス》:孤独の心臓は、その内部で“庭園”と直結しているか、それに類する疑似世界を内包している。神さまを見つけたい、いや必ず見出す、という《ねがい》で満たされた世界をその内側に宿しているんだ。一種の星みたいに」
「バカなッ! ではアレ自体が動力源──」
「そう、一度駆動させはじめたら最後、内包されている《ねがい》を使い切るか、なんらかの特殊な攻撃で防御障壁を打ち破り致命的な破壊に至らぬ限り、アレは神への供物としての悪魔の騎士:ガリューシンを再生し続ける」
「どんな喜劇だそれは。しかし、理屈は通っている……」
たしかにかつてトラントリムの塔の上で再会したとき、“再誕の聖母”と化したイリスはその背後に光背のごとく、“理想郷”の景色を背負っていた。
あるいはこれまで相対してきたオーバーロードたちが封土:《閉鎖回廊》とは、それぞれが背負う“理想郷”の歪んだ具現体なのかもしれぬ。
だとすれば、アシュレの言う理屈は完全に真だということになる。
だが……だとして、どうする?
いま眼前に迫る脅威をどうやって退ける。
具体的にはいかにして孤独の心臓を破壊する?
真顔になってシオンは訊いた。
アスカの戦乙女の契約の加護を受けたいま、アシュレの肉体と精神はかつてないほどの高まりを見せている。
この調子であれば、まだまだ《魂》を維持したまま運用していくことが可能であろう。
共有する心臓から《ちから》を受け渡されているシオンにしても、これは同様だ。
しかし、無限ではない。
それに引き換え敵の戦闘資産は未知数だ。
意地を張ってこのままつき合って良いことは、おそらくなにもあるまい。
「それに──」
それにスノウのこともある、と言いかけてシオンは口をつぐんだ。
連絡手段がない現状では、スノウたちがどう行動して、それが引き起こした状況が、どのように推移しているのかわからない。
だが、イズマが事前通達してきた作戦を本当に実行するのであれば、アシュレだけが持つ《魂のちから》は必ず必要となる。
間違いなくある程度以上、相当量を温存しておかねばならない。
どれほどに凄まじく強大で膨大に感じられようとも、アシュレという存在は、その《魂》は有限なのだ。
そんなシオンの心中を察したのかどうか。
アシュレの決断は一瞬で、続く提案はとびきり突き抜けていた。
「シオン、技を合わせよう。超火力を用いて、一気にあの防御を突破するんだ」
突然のことに思考に没頭していたシオンは、虚を突かれた。
「な、に?! いま、まさにそうしている。わたしとそなたが持てる超技だぞ。もうすでにほぼ全開だ」
「いや、いまのはただ合わせているだけ。重ねているだけだ。それじゃあこれ以上を望むことはできない」
「では、どうしようというのだ?!」
「融合だよ、シオン。技と技、異能と異能を混ぜ合わせ、完全にひとつのものとして作り直すんだ。教本にもボクたちの経験にもないオリジナルを、いまこの場で即興で生み出す──それしかない」
決然と言う男にシオンは圧倒され、呆れ、それから自然と頷いた。
驚かされることばかりだが、冷静に考えるまでもなく、なるほどアシュレは正しい。
後出しのようで気が引けるが、たしかにシオンもこの土壇場でなにかさらなる思考の跳躍が飛び出しそうな予感を感じてはいたのだ。
胸がドキドキする、とでも言えば伝わるだろうか。
それはきっと、渡り鳥たちが旅立ちの日と道行きを自然に知るような、そんな不思議な感覚のことだ。
惚れた男の成長を眼前で見せつけられていることも、決して偶然ではないだろう。
「よしやろう」
ぐずぐずしているヒマはない。
言うが早いか、シオンは己を高めはじめた。
深呼吸。
集中。
トランスにも近い忘我の境地へと、一瞬で至る。
遅れじ、とアシュレも己のなかに宿る超エネルギー体──《魂》の存在を意識する。
ふたりの間から景色が、ノイズが、境界が、消し飛んでいく。
それはアシュレのシオンの脳が見せる幻覚だが、実際に働く超感覚的な感応でもある。
融合わせる、とどちらともなく呟く。
そして、新たなる技が、この世界に生み出される。
冠されし光輝なる精華。
あらゆるものを原子の、いや宇宙構成単位の最小に帰す極限の超技。
その威力の凄まじさは、この技が球状に展開する効果範囲内部で生じる超々高熱を一切、外部には漏らさないことからも推し量ることができる。
そうでなければいかに《フォーカス》の護りがあったとて、アシュレもシオンも、あるいはこの秘密の砂浜という場すら危うい。
青白く輝く精華は、静かに、しかし確実に、その効果範囲に含まれた対象だけを消し去る。
内部に秘められた超々高熱のエネルギーの一切とともに。
静寂こそ究極の証。
その直撃を受けた孤独の心臓の表面に、ピシリ、と亀裂が入るのをシオンとアシュレはたしかに見た。
そして、それはきっと成し遂げられたことであろう。
これまで、孤独の心臓がこの世界に産み落とされてから経過した、数千年の歴史に幕を引いたはずだ。
蛇の巫女がこの世から去ったことで、この広大な地下迷宮のすべてに《ちから》を伸ばしはじめた世界最古のオーバーロード:ビブロ・ヴァレリが、介入さえしなかったら。
アシュレとシオンは見る。
空間に生じた奇怪な腕が、冠されし光輝なる精華の焔にいくどもいくども焼かれながら、それでも、破損個所を広げ崩壊してゆく孤独の心臓を掴み取るのを。
物質転送の異能、それ自体が珍しいのではない。
問題はその座標そのものを、現時点でこの世界最強と冠されるはずの超攻撃異能の只中に開いたことだ。
そして、次の瞬間、秘密の砂浜が一瞬にして大きく裂ける。
ついにビブロ・ヴァレリが、大図書館だけでなく、この迷宮全体を支配下に置いたのだ。
■2020年6月16日、重要な加筆修正をいたしました。




