■第一四四夜:迎撃
※
「しかし、よかったのか、あのままふたりを置いてきて?」
「それをシオンが言うの? よかったもなにも……ふたりとも、あの状態で戦場に侍るのは無理に決まってるよ」
アシュレとシオンは、純白の砂浜を足早に歩きながら話した。
互いに装備を確認しながらだが、話題は直前の儀式のことへと、どうしても及んでしまう。
「アスカ、本気で泣いてたし」
「むう、ちょっと茶目っ気を出し過ぎたか」
アスカとアテルイの容体を心配するように、アシュレはなんども背後を振り返る。
わかっているのかいないのか、シオンがよくわからない反省を示す。
夜魔の姫の無邪気な様子に、思わず溜め息が漏れるのをアシュレは止められなかった。
「アレを茶目っ気で済ますのは無理があるんじゃあ……。そもそも今回のことはシオンにも責任があるんだよ。悪乗りして……あんなにメチャクチャするから」
「なにおう? そなただってノリノリだったではないか? いまさら責任転嫁か? わたしのせいかッ?!」
「アレは……そうしないとキミが怒るって言うから……」
アテルイの存在を繋ぎ止めるアスカとの逢瀬は、四半刻に満たぬ時間であったが、十全な結果を得るに至った。
というより……効果があり過ぎたのである。
アスカとアテルイは、まだ、あの蛇の巫女たちの産屋で身を震わせ続けている。
アシュレとの《魂》の経路が一気に深く太くなりすぎたショックで、立つことはおろか、うまく話すこともできないのだ。
長く尾を引く官能の余韻に翻弄され、意識は朦朧としている。
無意識のうちに、祝詞のように、許しを乞い続けている。
意識が遠くに行き過ぎて、果てから降りて来れなくなってしまっている。
それはトランスにも近い、一種の状態異常。
つまるところ、魂結びの儀式そのものは大成功だったと言えるのだが、それは脅威の全てが去ったことを意味しているわけではないということだ。
なにしろ、ここは地の底で。
はっきりと分かっている脱出経路は海中にあるはずの穴だけで。
アスカとアテルイは、いま、前後不覚。
そして──。
アシュレとシオンは、自分たちがこのフロアに下りてくるために利用した階段が、閃光とともに弾け飛ぶのを見た。
とっさに身を躱し、物陰に飛び込む。
小山のごとくそびえてくれていたシドレの亡骸が盾になってくれなかったら、直後に襲いかかってきた衝撃波とそれが吹き飛ばした砂に、ふたりは完全に埋もれていただろう。
「来た」
どちらからともなく呟く。
真っ白い波となって襲いかかる砂塵から目を守りながら、死骸の陰で呼吸を落ち着ける。
次の瞬間、アシュレは信じがたい行動に出た。
自らが身を隠す大蛇の死骸に向かって、攻撃を放つ。
恩人の死体に鞭打つようだが──それは大正解だった。
そそり立つ肉塊を貫通した神鳴の一閃が、その先で、ゴンッと重金属にぶつかるような音を立てた。
「やはり」
そう呟くのと、先ほどにも倍する衝撃波が襲い来るのは、ほとんど同時だった。
アシュレの攻撃はガリューシンが放とうとしていた第二波を、先んじて封じることに成功したのだ。
悪魔の騎士は神鳴の一閃を自分の技で相殺して凌いだようだが、あのまま死骸の山に身を潜めていたら、やられていたのは間違いなくアシュレたちのほうだった。
弓による射撃戦、あるいはバリスタなどを用いた射撃戦程度ならいざ知らず、大型の投石器や大砲の榴弾以上の火力、ましてや《フォーカス》による超火力のぶつけ合いにおいては、遮蔽を取り身を隠していることは絶対的な安全を意味してはいない。
「おおおおお、魔王断つ聖刃」
響き渡る雄叫びとともに、ガリューシンが第三波を放つ。
長く伸びた光刃が蛇の巫女の硬い鱗と巨大な死骸をいとも簡単に両断、蒸散させる。
切っ先が海水に触れ、小規模な爆発が起る。
だが、その瞬間にはアシュレもシオンもすでに、その位置を捨てている。
アシュレはシオンを盾で庇いながら、高速で砂浜を駆ける。
二射目。
「神鳴の一閃ッ!」
「はははッ、やはりそこにいたか! 捜したぜ、アシュレくんッ!」
なにが嬉しいのか快哉を上げるガリューシンは、竜槍:シヴニールの超攻撃を剣の腹で受ける。
聖剣:ローズ・アブソリュートに並び称されるエストラディウスの刃は、怒れる竜の息吹に喩えられる神鳴の一閃の直撃を完全に阻んでいた。
「おおお、いい《ちから》だ。さすがは《魂》の騎士。だが、この聖剣:エストラディウスが相手じゃあ、押し切れねえなあッ?!」
「ならば、これはどうだ?」
言うが早いか盾の陰から滑り出たシオンが、こちらも聖剣:ローズ・アブソリュートを振るった。
輝ける光嵐。
シオンが得意とする広範囲殲滅型の超技である。
しかし、絶妙の連携で放たれた必殺攻撃さえ、ガリューシンは凌いで見せた。
アシュレの技の勢いを利用し、肉体を駒のように回転させ、飛来するプラズマ刃を的確に撃ち落としていく。
「ほう、これも防ぐか」
「やって、くれるじゃねえか……けっこうギリギリだったぞ、いまのは」
超技の激突が引き起こす衝撃波に嬲られ、波間のように脈打つ砂浜の上を滑りながら、ガリューシンが毒づいた。
そこにアシュレが、三度目の攻撃をしかける。
これにはさすがに悪魔の騎士の顔色が変わった。
シオンとアシュレの連携は、それほどに巧みなのだ。
「くっそ、汚えぞ。ふたりがかりかッ!」
「黙れ! 貴様にヒトを罵るような権利があると思っているのかッ!」
アシュレは先ほどの《魂》を経由する繋がりで、アスカとアテルイがガリューシンより受けた仕打ちの全てを、これまで見聞きした以上に鮮明に知り得てしまった。
とても許す気にはなれない。
いや、許せない。
「いっちょまえに吼えるじゃねえか。だったらどうするよ、ええ、聖騎士の座を追われた堕ちた英雄さんよ?」
「地位や名声を投げ捨ててでも、やり遂げなければならないことがあるッ! それをボクに教えてくれたヒトたちのためにもッ!」
「ハッ、きれい事を並べるじゃねえか。虫酸が走るぜ。やっぱり、おめえだけは殺す。殺して、なにもかもオレのもんにしなきゃ気が済まなくなったぜッ! 《魂》も、女たちもなッ!」
「やってみろッ!」
放たれたガリューシンの攻撃を、アシュレは盾の力場と、三叉に展開させた竜槍:シヴニールの砲身で受ける。
圧倒的なプラズマ流が、前方に広く展開する。
天使の光輪。
かつて、シオン、イズマと出逢ったとき披露した大技だ。
あのときはまだアシュレが未熟過ぎて、技を放った直後に倒れ込んだが──いまはもう違う。
強力な閃光とともに岩石を沸騰させるほどの熱量が放たれ、迫り来る刃を受け止める。
「なんだとお?! オレの魔王断つ聖刃を受けきるのか、二流三流の《フォーカス》でッ?!」
「たしかに竜槍:シヴニールも聖盾:ブランヴェルも特級の品ではない。だけど、その特性に通じ、相性を理解し、組み合わせれば──その《ちから》は魔王の一撃をも凌ぐ!」
アシュレの雄叫びに、ガリューシンは哄笑で応じる。
「強え、強えぜ、アンタ。ただのお坊ちゃんじゃあねえ。なるほど、女どもが群がるのもよく分かる。だがよおお、守ってばかりじゃ話にならんよなあ。防戦一方じゃあよおおお」
「案ずるな、そのためにわたしがいる」
なにッ、とガリューシンが反応するより早く、青き薔薇の香りが空間を切り裂いた。




