■第一三四夜:魔手は迫りて
大気を割り裂く爆音が轟き渡り、強力な三連の衝撃波が、同じく三叉の光条とともに頭上すれすれを掠め過ぎていった。
「ぐうううううッ!」
思わずアシュレは唸る。
食いしばった奥歯がギリギリッ、と鳴る。
「アシュレッ、大丈夫かッ?!」
「大丈夫。まだ、ね。でも、いまのはヤツだ。間違いない。追いついてきたんだ」
アシュレにとってそれは想定内の出来事だった。
ガリューシンの追撃。
ただ、考えていたよりもすこしだけ速かったというだけのこと。
ふたりを乗せひた走る聖盾:ブランヴェルが激しく揺動する。
光条はともかく、衝撃波が起こす大気の振動までは躱しきれない。
「なんてヤツだ。このスピードに追いすがってくるとは。まさか疾風迅雷か」
「十中八九それだろうね。十字軍でアラムの軍勢と戦い続けてきた男だ。習得していないと考えるほうが不自然だよ。それにいまの盾に乗って走るボクらのスタイルは、旋回能力ではともかく、直線スピードでは馬──ヴィトラの全速力よりも遅いんだ。ちょっと定員オーバーだし」
驚愕したアスカに、アシュレは即座に切り返した。
「オマエ、いま、わたしの体重のことを揶揄ったな?」
「シオンと比べて、という話なら間違いなく重たいけどね」
アスカはアシュレの胸ぐらを掴んで引っ張った。
「ではわたしを置いていけ。このままでは、ふたりともがいい的だ」
「死んでも出来ない相談だね。それにいまキミを下ろしても、ボクが的になるのは避けられない。ヤツはまだキミに執着してるんだ。そうでなければ一撃目から当てに来ていたよ」
付け加えるなら地面スレスレを走っているこの状況のほうが、射撃攻撃は狙いがつけ難いんだ。
言いながらアシュレは顔をしかめた。
アスカを庇うカタチで伏せたアシュレの背面装甲は光条に炙られ、赤熱とまではいかないが、ひどく熱されていた。
一瞬とはいえ最低でも数千度には達するエネルギー塊が擦過したのだ。
板金と鎧下に守られていても、背中の皮膚が、軽く火傷するくらいはしたかもしれない。
「オマエ……大事はないのか?!」
「大事があったら、とてもじゃないけどブランヴェルをコントロールしたり、キミの体重を揶揄ったりするような余裕はないと思う」
「アシュレ、オマエ、なんだかイズマに芸風が似てきたな……」
「それ、なにげに一番ショックだ」
軽口を叩きあうのは信頼の証拠だ。
アスカにその余裕を取り戻せたことが、アシュレには、いちばん嬉しい。
いっぽうで、アスカのほうはといえば、これまで癒しや守りの技を習得してこなかったことに後悔を感じてもいた。
「やっぱり、降りよう。ふたりともが疾風迅雷を使って高速機動戦に持ち込めば、勝機があるように思う」
だが、アスカの提案は、ほかならぬアシュレによって即座に却下された。
「それは無理だ。アスカ、キミ、いま自分がどんなに消耗してるかわかっているのかい。それに全身から立ち昇るこの薬液の臭い……。自分が思う以上にフラフラなんだよ」
「あ、う」
アシュレの指摘に、ふたたびアスカは恥じ入った。
自分のコンディションを把握出来ていないことにだけでは、それはない。
下腹に浮かび上がる真騎士の乙女の証が、脈動を繰り返していたからだ。
「そ、そうだったな」
「大丈夫。なんとかしてみせる」
「いやあ、お熱いねえ。妬けるねえ。あんまりにも妬けちまうから──死んでくれよ、アシュレくん」
言い交わすふたりの頭上から声がした。
次の瞬間、アシュレは竜槍:シヴニールを反射的に振るっていた。
激しい激突音に続いて、信じがたい荷重が右手にかかる。
驚異的な威力の剣圧。
腕と肩の骨が砕けなかったのは、騎士として欠かしたことのない日頃の鍛練と、アシュレの右手を守る竜皮の籠手:ガラング・ダーラの加護にほかならない。
「ぐううッ!」
「はっ、いまのを受けるか! お坊ちゃんかと思いきや、どうしてなかなか、出来てるじゃねえか。さすがはオレと同じく、聖騎士に任じられた男だけはあるぜ」
空中で一合を交した襲撃者は、その反動を利用して柱廊に跳び上がった。
これも疾風迅雷が可能にした立体機動。
身にまとうボロボロの外套──いいやそれはよく見ればイクスの御旗だ──が死神を思わせる。
アシュレはシヴニールに《スピンドル》を通し、光条を使って薙ぎ払った。
「無駄だぜ! 当たらねえよそんなデタラメな撃ち方じゃあよお!」
せめての牽制にと放ってみたが、ガリューシンの言葉通り、アシュレの攻撃は完全に的外れな結果に終わった。
続く爆発の勢いを利用して、不死の騎士はアシュレたちを追い抜きさえする。
「ハッハッハッ、良いもんだなやっぱり騎士の狩りってヤツは。獲物が良いとなおさらだ」
舌なめずりするようにそう言うと、ガリューシンは反転、正面から突っ込んできた。
重い竜槍:シヴニールを振り回してしまったアシュレは、なんとかその太刀筋に合わせるだけで精いっぱいだ。
「ぐっ」
「遅ええええ、死にな小僧!」
驚くべき剣の冴えだった。
神はなぜこのような男に、このような神業を授けたのか。
戦技に精通するということが必ずしも精神修養と同義ではないと知りながらも、アシュレは思わず悪態を吐かずにはいられない。
聖剣:エストラディウスが蛇のようにしなり、防御にかざされたアシュレの槍の上を滑ってくる。
アシュレは素早く槍から手を離した。
その判断が彼を致命傷から救う。
切っ先が板金鎧を易々と貫通し、肩口に入るが──またもや竜皮の籠手:ガラング・ダーラがこれを防ぐ。
だが、衝撃まではどうしようもなかった。




