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■第一一二夜:不在の場所


 地鳴りのようにそれは聞こえたし、実際に地面は激しく揺れていた。

 それがただの地震でないことも、すぐにもわかる。


 ばくり、とヘリアティウム近辺の地面が大きく裂けたかと思うと、その一部は急激に落ち込み、あるいは凄まじい速度で隆起した。

 断崖絶壁と急峻きゅうしゅんな渓谷がいくつもいくつも、まるで生物のあばら骨の連なりを思わせて、ヘリアティウムを取り囲むように生み出されたのだ。

 それはオズマヒムとオディールたち真騎士の乙女たちが乗り込んだ飛翔艇:ゲイルドリヴルを捕らえる鳥籠のようにも見えた。


 都市近傍に陣を張っていたオズマドラ帝国軍は、この一瞬で凄まじい損害を被ることになる。

 ヘリアティウム市内の阿鼻叫喚は、これでオズマドラ側にも共有されたわけだ。


「おのれ、やはり卑怯な手を隠していたか」


 手近なものに掴まりながらオディールが毒づいた。

 空中にある飛翔艇:ゲイルドリヴルは地震や地面の陥没・隆起の影響を直接には受けないはずだが、目に見えぬ大気の壁が船体を揺るがしたのだ。


「とうてい勝ち目がない様子で逃げ隠れ、だんまりを決め込み敵を有頂天にさせ、ワザと本拠に踏み込ませてから討ち取る。文人皇帝とは、本を愛することしかできないお飾りのことモックキングだという世間の評価は、改めなければならんというわけだな、我が友:ルカティウスよ」


 やるではないか。

 大帝:オズマヒムが思わずつぶやいた問いかけを、光の膜スクリーンはまだ増幅して外部に伝えていた。

 答えなどオズマヒム自身、応答を期待してのことではない。

 だが、それに応じる者があった。


『いいやわたしは世間の評判通りの腰抜けだ。その証拠にチェスでの勝率では、キミが常にわたし上回っていたではないか』


 己のものと同じく天を圧する大音声が、そのときヘリアティウムに響き渡るのをオズマヒムは聞いた。

 それがだれの声である、オズマヒムにはすぐにわかった。


「ふ、タヌキめ。このときのために、ワザと我に勝たせていたな」

『接戦に見せかけて負けるのは、なかなかどうして難しいものだよ』


 声の主はなんと丸一日の間、行方が知れなくなっていたビブロンズ皇帝そのひとであった。

 遅れて、ヘリアティウムの上空に天幕のごとく光のスクリーンが引かれ、そこにルカティウス本人が姿を現した。

 混乱を極めすぎて感情を使い果たし呆然となった人々が、その姿を見上げる。


『親愛なるヘリアティウムの民よ。遅れてすまなかった。準備に手間取ったこと、許して欲しい』


 皇帝が名も知れぬ民草に謝罪するということ自体がこの時代ではまずあり得ないことなのだが、これがルカティウスという男の性質なのだ。


『だが、反撃のときは来た。いや反証というべきだろうか。我が友:オズマヒムよ、わたしは武力を用いない。そもそも、武力では貴君に勝ることなどできはしないのだから。だから、わたしは言葉を用いよう。あるいは言語を、と言い換えようか』


 夜空を背景に表れたルカティウスの幻像は、飛翔艇:ゲイルドリヴルを包み込むように両手を広げた。

 光のスクリーン同士が干渉して、ちいさな雷光がいくつも散る。


「反証とは詭弁だな。書き換えようというのだろう。すでに我らは見て知っている。そこな亡霊どもを用いて、これまでヘリアティウムの歴代皇帝たちが、人々の《意志》をいじくり回してきたように。我らのそれも思い通りにしようというのであろう」


 差し出された幻影の手を払いのけるように、オズマヒムは言った。

 ふむん、とルカティウスは頷きを返す。


『そこまで知ってなお、この地に踏み込んできたか。さすがは世界に覇を唱えるオズマドラ帝国の大帝よ。だが、ちがう。貴君はわかっているようでいて、なにもわかってはいない』

「歴史の帳の向こうに消え去った統一王朝:アガンティリスの正統を受け継ぐ者は言うことが違う。オズマドラ帝国の君主に対して、ものを知らんと言ってのけるか」


 このやりとりはふたりが正対してのことであれば、即座にルカティウスの首が飛ぶような状況だ。

 けれどもオズマヒムの口ぶりにはどこか愉悦のようなものがあった。

 面白がっているのだ。


「おもしろい。では我がなにを知らぬというのか、言ってみよ」

 さらにオズマヒムは聞いた。

「我の知らぬ、貴方だけが知る秘密を聞こうではないか」


 そして、そんな大帝の態度に、よろしい、とルカティウスも頷いてみせた。

 それから言った。


『偉大なる大帝:オズマヒムよ。貴君が知らぬことは星の数ほどあるが、いま知らねばならぬこと、それはただひとつである』

「ほう。それはなにかな」

『それは、我らの行いは我らの《意志》によるものではない、ということだ』


 かつて親友とも、父とも仰いだ男の言葉の意味を余さず把握しようとするようにオズマヒムは数秒、沈黙した。

 充分な間を置いて、問い返す。


「それは我が友:ルカティウス、貴方自身の《意志》ではないということか」

『それだけではないと言っている。これまでこの国の帝位についてきたあらゆる皇帝の《意志》ですらないのだと』


 交される問答のおかしさに、オズマヒムは思わず声を出して笑った。

 理解と友好の笑みではない。

 ハッ、という侮蔑の表明だ。


「よりにもよってこの場面で責任転嫁を聞くとは思わなんだぞ、友よ。まさかそんな言い訳をこしらえるために丸一昼夜を投じたというのではあるまいな」

『残念だが、これが真実なのだ、友よ』

「顔がやつれているぞ、ルカ。皇帝の衣にもほつれがある。詭弁を弄するのはやめ、我に下れ。悪いようにはせん」


 苦笑してかぶりを振り、オズマヒムは言った。

 それは勝者としての振舞いだ。

 だが、かつての友の寛容さを、まるで悲痛なものを見るかのようなまなざしでルカティウスは見て言った。


『残念だが、オズマヒム。貴君は真実を捉え違えている。理解に及んでいない』

「ビブロンズ帝国皇帝の《意志》ではないなどという戯れ言を聞けば、だれでも呆れ返るわ。王政の、帝政の責任は王に、そして皇帝に帰る。なぜなら、それが王や皇帝の《意志》によって行われたものであるからだ。もし、その責任が、つまりその発端である《意志》が皇帝本人にないというのであれば──どこのなにに、それがあるというのだ」


 つまり、だれがこの事件の元凶であるのか、とオズマヒムは追及したのである。

 その言葉は正論であり、王道であった。

 なのに、そんな彼を見つめるルカティウスの瞳には、隠しようもない悲しみがある。

 あるいはそれは深い憐れみか。


『輝かしい王道だ。貴君の歩んできた道そのもの。……そんな正しさを信じる貴君には言いにくいことだが……これは真実だ。告げねばならぬであろう』

「もったいをつけることはない。我と貴方の間柄だ」


 そう促されてたルカティウスはちいさく首を傾げて見せた。

 なにか未練を断ち切るような仕草。

 それから告げた。


『《意志》などない。ないのだ、オズマヒム。どうか伝わってくれ』

 

 おかしなことを、とオズマヒムは笑った。


「おかしなことを言う。そこに《意志》が不在であるとするのならば、いったいだれが望んでこのようなことをしたのか。だれの責任であるのか。だれが責任をとるのか」


 同じことをもう一度、オズマヒムは問うた。 


『責任を取れと問われるのであれば、皇帝であるわたし、ルカティウスが取ろう。しかし、そんなことでは事態は収まらない。収まらない局面に我々は立ってしまった。なぜならいま貴君が目の当たりにしている状況は、だれの《意志》でもないのだから。だれの望みか、という意味でならその所在を告げることはできるが、誓ってそこに《意志》などないのだよ』


 堂々巡りをはじめたやりとりに、さすがの大帝も目を細めた。


「では問い方を変えよう。《意志》が不在であるというのならば、なにがこの国をそうしたのか。現実から目を逸らし続けるものに、だれ・・がしたのか」


 オズマヒムの声には、内側に秘められた怒りがある。 

 それを知ってかしらずか、ルカティウスは頷いた。


『では語ろう、貴君に。その正体──《ねがい》の話を』


 


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