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■第一一一夜:我、来れり(天から、地から)


 急速に深まっていく夜に抗うように、真騎士の乙女たちの飛翔艇:ゲイルドリヴルが、船の外壁全周に光の膜スクリーンを展開させた。

 しばらく止まっていたオズマヒムの演説に、このあとなにが起るのかと市民たちが顔を見合わせた直後のできごとだ。


 黄金の兜を被ったオズマヒムと、彼の頭上に点された青白き炎が大写しにされたかと思うや否や、カッ、とまるで真昼のごとき閃光が光の膜スクリーンから発せられた。


 人々はあまりの光量に網膜を焼かれ、顔面を手で覆う。

 だから、すぐにはその効果がわからなかった。

 ただ、自分の周囲にだれかがいる気配を突然感じ、それらが悶えながら暴れ、這いずり回り、そして──身の毛もよだつような叫びを上げるのを──聞いた。


 ヴヴゥウロオオオオオオオオオォォォォォォ──という巨大な風の唸りにも似たそれは、怨霊・悪霊の類いが放つ怨嗟えんさの声にほかならなかった。


 人々は骨と皮だけの筋張った手が己の頬と言わず額といわずに触れるのを感じ、彼らがまとった古き衣が発する、死せる知識の臭いを嗅いだ。

 閃光に目を焼かれ、伏しながら、見えぬままに。


 それは見えずとも聞こえる《ちから》であり、人々は実際に恐怖を匂いとして嗅いだのだ。

 たちまちのうちにパニックは感染する。


 オズマヒムはそこに演説を重ねた。


「見るがいい、ヘリアティウムの人々よ。あなたがたが、いったいこれまでなに・・の上に繁栄を築いてきたのかを。そのおぞましさ、その欺瞞ぎまん、秘されてきた過ちを。なにから・・・・目を逸らしてきたのかを」


 混乱を極めた市中に、その声は天からの断罪のように響き渡った。


「我は、その過ちを正しにも来た。だから、どうかよく見るのだ、その目で。よく聞くのだ、その耳で。よく嗅ぐのだ、その鼻で。そして知るがいい。我が正義を──」


 なにひとつ事実を把握出来ぬまま、民衆は大帝の声を聞いた。

 さながら嵐に翻弄される小舟の上で、神の導きを聞くに等しく。

 オズマヒムの発した光と声は、確実に人々の意識のあり方に作用した。


 そう、ヘリアティウム市民は死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスの存在を、このとき一時的にだが知覚できるようになっていたのだ。

 オズマヒムの頭頂に宿った炎とそれが発した光は、真騎士の乙女たちの旗艦:飛翔艇:ゲイルドリヴルの光の膜スクリーンに増幅され──ヘリアティウム市民の多くの心を「正常に」したのである。

 あえてそれを「正気」と言い換えよう。


 だが、正気に戻ることが民衆たちにとって良いことだったのかどうかについては、後世の判断に任せるしかない。


 ただ、このときなにが起きていたのかについて、その原理だけは、解説せねばなるまい。


 にわかに巻き起こったこの混乱は、アラム・ラーの瞳と呼ばれた《フォーカス》を用いて、オズマヒムが《スピンドルのちから》を人々に分け与えたために引き起こされた。

 

 《スピンドル》とは、すなわち《意志のちから》である。

 では、そもそも《意志》とはなにか、といえばそれは「考え続けるちから。思考を放棄しないちから」のことだと定義出来る。

 迷うことを恐れないこと──迷いもまた己の一部であると認めること、と言い換えてもいいだろう。

 誤解を恐れず断言すれば、葛藤かっとうこそ《意志》の本質であり、同時に母体であるということだ。


 その上で。

 死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスたちは、これまで民衆の心にその指先を潜り込ませ、人々の認知を歪めてきた。

 人々の「考えるちから」の在処に細工を施して、これまで多くの不都合な事件から目を背けさせていたのである。

 旧世界の技術が辿りついたヒトの心に触れる技術を用いて。

 あるいは自分たち自身がそのテクノロジーの操り傀儡くぐつと成り果てて。


 それらの細工は「他者に対し意図的に起こすことのできる現実逃避」と言えば伝わりやすいだろうか。

 

 オズマヒムはそこに己の《意志》、すなわち《スピンドル》を分与した。

 それによって人々は「世界の本当の姿」を垣間見たのである。


「あああああああああああ、ああああああああああああ、なんだなんだなんだこれはなんなんだ!!!」

「たすけ、たすけ、たすけてえええええ!!!」

「いやだ、くるくるくるく、くるなくるなくるなーッ!!!」


 ただ、彼らの叫びは、真実を見出した者の混乱よりも、いつのまにか自分たちが死霊の群れに取り囲まれていたという事実に対するものだった。


「ぶざまな。やはり民衆などゴミでしかない。とても見るに耐えぬ醜態だ。これが貴公のしたかったことか。我が君、オズマヒム」

「これでよいのだ、オディール。ヒトが次のステージに上るためには、虚飾の糖衣、偽りの胞衣えなは破り捨てられねばならぬ」


 恐ろしい混乱に見舞われ、恐怖のあまりに暴徒化してゆく民衆を上空から見下ろして、蔑みを隠そうと模せずオディールが言った。

 対するオズマヒムの言葉は落ち着き払っている。


「これまで信じてきたものが、いかなる偽りによって担保されて来たのか。その事実を突きつけなければ、ヒトは変わらぬ」


 なるほど、アラム教圏を代表する大君主の言葉には含蓄がんちくがあった。

 オズマドラ帝国はこれまで併呑した多くのイクス教国の少年少女たちを親衛隊に抜擢してきたが、そのとき彼ら彼女らに施される教育こそまさに、オズマヒムの言う「信念・信心の誤りの指摘」による棄教である。


「布は無垢なほど染まりやすいものだ。手始めにまず、しっかりと他の色を抜かねばな」


 オズマヒムの独白めいた物言いに、オディールはわずかに目を伏せた。

 それはもしかしたら我が君と呼んだ男への、彼女なりの憐憫れんびんの示し方だったのかもしれない。

 魂の妹であるブリュンフロイデが愛した男に、その冷酷非情さを氷の彫像と謳われた真騎士の乙女はわずかであったにせよ、思うところがあっただろう。

 そんなオディールの感傷になど気がついた様子もなく、オズマドラの大帝は攻め手を再開した。


「見よ、聞け、そして嗅ぐのだ。親愛なるヘリアティウムの諸君。偽りを、ごまかしを、欺瞞ぎまんを。そして求めよ、助けを。虚偽に満ちた過去との決別を」


 大空から投げ掛けられるオズマヒムの言葉は、光となって人々を打つ。

 打たれたものは地面に転がり、頭を抱えて悶え狂う。

 胃のなかのものを吐き戻し、失禁さえ伴う。


 それはこれまで目を逸らし続けてきた真実との対面と、上空から降り注ぐ圧倒的な強制力が、肉体にまでも影響を及ぼし、激しい拒絶反応を起こさせていたのだ。

 さらに倒れた人間を逃げ惑う群衆が踏みつぶし、断末魔の叫びが上がる。


 救いという名の地獄・・・・・・・・・はこうやって展開する。


「下るのだ、我が軍門に。それは終わりを意味しない。生まれ変わるのだ、新たなる世界の住人として。我がそれを与えよう」


 選ぶが良い──オズマヒムの声が阿鼻叫喚の坩堝と化したヘリアティウム全市を圧倒する。

 このまま、オズマドラと真騎士の乙女たちが掲げる英雄の国として、もうひとつ永遠の都は生まれ変わるのか。


 混乱の極みで民衆がもう一度、空を見上げたとき──反論は実際の現象となって、地の底からやってきた。




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