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■第九五夜:封ぜられし者ども



 網膜を焼く強烈な輝きから、アシュレは瞬間的にレーヴをかばう。

 その直後に降り注いだのは超高熱の一撃。

 人語にはとても変換できぬ轟音が周囲のいっさいを揺るがし、灼熱の粒子帯が大地を穿ち──そこでアシュレの意識は永遠に途切れ……なかった。


「なにをしているッ! 長くは持たぬぞッ! 急げッ!」


 光の瀑布に網膜を焼かれ、うまく世界を捉えられぬ視界のなかで、アシュレは鼻腔に強くあのバラの香りを嗅いだ。

 あまりの光量にその姿を確認することはできない。

 だが、この清冽なバラの香りの主がだれかなどと、アシュレが間違えることだけはない。


 そして、その声に突き動かされるようにアシュレは《スピンドル》を全開にして、足下の聖なる盾:ブランヴェルに機動を命じた。

 かつては大宮殿グラン・パレスの浴場の床をなしていたタイルと石材の名残を削り飛ばしながら、アシュレとレーヴを乗せてブランヴェルは文字通り疾走する。

 無我夢中とはこういうことだと思うヒマさえない。

 疑問がそのまま言葉になる。


「どういうことだ、なんだッ、どうなったッ?!」

「見よ、あすこだ、キミ、黒騎士。……なぜだ、なぜこんなことをする、オディール大姉ッ! いいや、オディルファーナッ!!」


 視界の自由が利かないアシュレのかわりに、レーヴが天空を指さしてえた。

 アシュレも痛む目に涙を流しながらその指先を追う。


 果たしてそこにはアシュレやレーヴのそれに比しても長大なを腰だめに構え、いまだ射出の余韻である輝きを全身から立ち上らせる乙女の姿があった。

 そんな女が、ほかにだれあろう。

 オズマドラ帝国大帝:オズマヒムを焚きつけ、この戦争を巻き起こした張本人:オディルファーナ・モルガナがアシュレたちのはるか上空から、ふたりを狙い撃ちにしたのだ。

 その周囲には展開した三騎の真騎士の乙女たちも、やはりそれぞれのを構え、いつでもアシュレたちを狙撃できる状態にある。


「どういう、どういうことだッ! なぜ、神聖な一騎打ちを! わたしと彼との約束に──貴女は水を差すのかッ!」


 不意打ちによって掴みかけた勝利を逃すことになったアシュレよりも、勝負に負けていたはずのレーヴが激昂して食ってかかった。

 誇り高き真騎士の乙女にしてみれば、勝敗うんぬんよりも卑怯な手出しを身内にされたことのほうが、よほど気に入らないのだ。

 白き翔翼ウィング・オブ・オデットを再起動し、上空に陣取り続けるオディールに飛びかかる勢いだ。


 だが、問いかけへの返答は、ふたたび打ち下ろされた光の鉄槌によって為された。


 オディールをエスコートしていた真騎士の乙女たち三騎が構えた槍から、攻撃を開始したのだ。

 アシュレは反射的にレーヴを突き飛ばした。

 保身のためではない。

 このときのアシュレには彼女ら真騎士の乙女がだれをターゲットにしているのかが、ハッキリとわかっていたのだ。

 

 身内であるレーヴではない。

 レーヴを我が物としようとした相手、つまりアシュレ本人だ。 


 その推察は正しい。

 証拠に、突き飛ばされ、聖盾:ブランヴェルから強制的に降ろされたレーヴは無傷のままだった。

 

 一方でアシュレは右腕に攻撃を受ける。 

 レーヴを突き飛ばしたときの隙を突かれたのだ。

 直撃ではなく、掠めた程度のものだったが、それは温度が最低でも数千度、速度に至っては音速の数倍に達するプラズマが相手でなければという話だ。

 アシュレが幸運だったのは、その腕を土蜘蛛の王:イズマより譲られた竜皮の籠手:ガラング・ダーラに護られていたことだ。


 ゾッとするような熱気が肌を炙り、強烈な打撃に腕が痺れた。

 しかし、通常であれば掠めただけで骨まで燃え尽きる加速粒子による攻撃は、重甲冑の上から受ける斬撃程度の威力にしかアシュレには感じられなかった。

 驚くべきは竜皮の籠手:ガラング・ダーラの超防御能力である。

 炎と電撃、そしてそれに類する攻撃に対して非常な耐性を示すというイズマの言は誇張ではなかったのだ。

 だからといって直撃を受ければ、ただでは済むまい。

 上空から降り注ぐ光の鏃に容赦はない。

 次々と着弾した光条が大宮殿グラン・パレスの廃虚を、完全な更地にする勢いで吹き飛ばしていく。


「黒騎士──ッ!!」

 またも助けられたカタチになったレーヴが、アシュレの身を案じて手を伸ばす。

 伸ばされた指先が虚しく宙を掻く。

「レーヴッ!」

 アシュレにしてもそう叫ぶのが精いっぱいで、猛追してくる超高熱・超高速の加速粒子攻撃から身を躱すことしかできない。


 しかし、天空に陣取りアシュレを追いつめる真騎士の乙女三騎の攻撃は牽制に過ぎなかった。

 この間に《スピンドルエネルギー》を充分に充塡し終えた黒翼のオディールは、もう一度あの極大攻撃を放つ機会をうかがっていたのだ。

 

「終わりだ、黒騎士。道化に用はない」


 そうつぶやくや、黒翼のオディールは強大な光の束をその穂先から放った。

 正確無比なその攻撃が直撃していたとしたら、果たしてどうなっていたか、アシュレにもわからない。

 ともかく三騎の乙女たちから射掛けられる攻撃を躱すのに必死だったアシュレには、その一撃を凌ぐだけの余裕などもうどこにもなかった。

 だから、あの絶体絶命のピンチを切り抜けることができたのは、またしてもアシュレを助けてくれた女性のおかげだった。


 もちろんそのうちのひとりは言うまでもない。

 大宮殿グラン・パレスの廃虚の陰から飛び出し、打ち下ろされた先制の一撃を受け止めてくれたのは──“叛逆のいばら姫”:シオン。

 そして、もうひとりは、ついさきほどまで槍を交えていた彼女──真騎士の乙女:レーヴだった。

 

 彗星を思わせて空を切り裂きながら飛来してくるオディールの攻撃に、レーヴは反撃を合わせた。

 具体的には斜め横から、その軌道を撃ち抜いたのである。

 これがオディールの攻撃の射線をわずかながらにずらした。

 それが死を告げる光の奔流の直撃から、アシュレを守った。


 真っ向から撃ちあっていたのなら、決してオディールの攻撃には太刀打ちできなかったであろう。

 同時に、アシュレがレーヴをかばい突き飛ばしていなければ、これもまた不可能であったろう。

 結果としてアシュレは己の行いに助けられたのだ。


 そして、それでもなお容赦なく降り注ぐ超高熱の飛沫と続く爆発を聖剣:ローズ・アブソリュートの輝きがぎ払う。

 爆音すら呑み込んで、聖剣の刃はアシュレを守り通した。


「そなた、無事か」


 強大な破壊力を秘める光条と爆発を喰らい尽くしてなお、青き光を放つ聖剣を握りしめ、アシュレの傍らに降り立った“叛逆のいばら姫”:シオンは、高速移動を続ける聖なる盾:ブランヴェルの上だというのに、冷然として訊いた。


「なんとか……あの……ありがとう、シオン」

「ふん。互いが納得ずくの一騎打ちである以上、どうなろうとも手は出さぬつもりだったが、さすがにこれは看過できん」

「もしかして、怒ってる?」

「真騎士の乙女どもの振舞いにか? それとも、もっと楽に勝てたのにレーヴとかいう小娘をわざわざ生け捕りにしようとしたそなたの行動にか?」

 

 やはり怒ってらっしゃるのですね。

 アシュレはアハアハと間抜けな笑い方をした。

 先ほどまでかいていたのとは別種の汗が吹き出る。

 まだ戦いは終わっていないというのに、ある種の安心感に包まれている自分に苦笑する。

 もちろん別種の緊張感とともに、だ。

 

「ふん。自覚はあるようだな。土蜘蛛の姫巫女たちもだろうが、わたしも言いたいことがたくさんある。だが、のんきしている場合ではないようだぞ」

「うん、釈明はあとで。真騎士たちの攻撃が、まだ──」

「いいや、そうではない。見よッ!」


 ただならぬシオンの様子に、アシュレはいくつもの大穴を穿たれ破壊の限りを尽くされた大宮殿グラン・パレスの廃虚に目を凝らした。

 すると、どうしたことだろう。


 まだ赤熱するその穴から、なにかが這い出てきたではないか。


 半透明の肉体に頭から被った乳白色のヴェールを引きずる貴婦人たち。

 頭頂に戴く冠が、その出自を示す。

 それはまるで大宮殿グラン・パレスの地下に封ぜられていた死者たちが、一斉に甦ってきたようにさえ感じられた。


「まさか、これは……これが大宮殿グラン・パレスの跡地がいつまでも廃虚のままであった理由……」

死霊レイスッ?! いや、この気配は死に損ないアンデッドではない!」


 アシュレは思わずつぶやいている。

 シオンも同じく叫ぶ。


 ふたりが、そして実際には上空にいた真騎士の乙女たちもが、目を見開き驚愕に震えている間にも、幾体ものそれが大地に穿たれた穴から現れ出で……そして……突然、巨大な奔流となって噴き出してきた。



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