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■第九二夜:組み打ち(あるいは、たいへんなことになっちゃたぞ)


「どこだ、交戦点エンゲージポイント。有利な場所は──」


 アシュレは愛馬を走らせながら、頭のなかで大市場グランバザールの内部構造図を必死で探った。

 それはヘリアティウムの防衛を決意したときからアシュレが望み、エルマが地図を作成し、実際に全員で歩いてたしかめた経験がもたらした地の利である。


 もとよりアシュレは記憶力の良いほうではあったが、夜魔の姫:シオンと心臓を共有してからはさらにその精度が上がった。

 おかげで余計なことを忘れられずにいたりするのだが、それも自分が望んで選んだ運命だとアシュレは納得している。


 話が逸れた。


 ともかくアシュレは自分が向かうべき交戦点エンゲージポイントを素早く選び出し、愛馬に拍車をかけた。

 ぐん、とヴィトライオンが増速する。

 同時に、街路に転がっていた石を竜槍:シヴニールの穂先で器用に拾い上げ、そのまま肩に担ぐようにして背後に向かって技を放つ。


 輝く光の奔流が放射状に広がり、人気が絶え真っ暗な大市場グランバザールの内部に花を咲かせる。

 輝石流弾オービタル・バレット

 トラントリム侵攻作戦時にインクルード・ビーストを相手取ったとき使った技だ。


 闘気撃オーラ・ブロウはともかく、貫通性も飛距離も闘気衝オーラ・バーストの応用技に劣るが、その分、弾種を選べる特徴がある。

 アシュレはこれあるを想定して、大市場グランバザールの石畳とその上にある建物の建材の特性を調べ尽くしていた。


 もちろん偶然に望んだ種類の石が転がっているかどうかは賭けだが、その程度の幸運を手繰り寄せられなくして人々の希望=英雄になろうなどとは、おこがましいというものだ。

 そして、実際にアシュレの選び取った石くれは、まさに望んだ通りの石質だったのである。


「くっ。無駄なことを」

 

 レーヴが悪態を吐きながらも回避運動に移る。

 このときのアシュレの攻撃は、もとより狙って放たれたものではない。

 だが、それでよかった。


 弾幕に飛び込むのを嫌ったレーヴは、一瞬だが速度を緩め上昇して距離を取る。

 これこそがアシュレの望んだ状況だったのだ。


 目的の十字路にさしかかったアシュレは曲がり角のギリギリを攻め、ヴィトラに左折を命じる。

 わずか一、二秒ほどのことだがレーヴの視界からアシュレが消えた。

 もちろん、レーヴは追撃の手を緩めない。

 そして、すぐに前方を駆けるヴィトライオンの後ろ姿を視界に捉え直し──た、その瞬間だった。


「なッ?!」

 驚愕が声になってレーヴの口からもれた。

 なぜならレーヴの追う馬上には、黒騎士の姿がなかった・・・・のだ。

「いない、だとッ?! どこに、どこに行ったッ?!」


 真騎士の乙女が混乱に陥っていたのはそう長い時間ではない。

 しかし、戦場とはその一瞬の動揺が生死をわける場所だ。

 今回もまさにそうだった。

 あっ、と思った瞬間にはレーヴは上空・・から飛び降りてきた黒騎士の腕に捕らわれていた。

 なにが起ったのかわからない、というのはまさにこのことだろう。

 

 突然の荷重増加にレーヴの翼=白き翔翼ウィング・オブ・オデットが軋む。

「貴様、黒騎士、なにをするッ!」

「黙ってて──怪我をするッ!」

 ふたりはもつれあいながら、地面に向かって急降下する。

 

 さて、頭上を完全に押さえられていたアシュレが、どうやってレーヴの上を取ったのか?

 その疑問についてわずかながら解説すれば、それはこのようになる。

 上空からのレーヴの追跡を一見、無駄あがきに思える攻撃で遅滞させたアシュレは高速で曲がり角に突入した瞬間、馬上を放棄し壁を駆けたのだ。

 むろん、ただの人間にそれは無理な芸当だ。

 しかし、アシュレは左手に構えた聖なる盾:ブランヴェルの力場操作を使ってそれを可能にした。

 これまでいくつか見せてきた波乗りにも似た超技である。

 構造物の壁面を激しく削りながら、白銀の盾は人間には到達不可能な速度で、主を真騎士の乙女の頭上に占位させることに成功した。


 次の瞬間、アシュレはさらに驚くべき行動に出た。

 右手に握っていた竜槍:シヴニールを手放した・・・・のだ。


 そして、自由になった両手でレーヴを抱きしめた。


 突然、力強い両手に抱きすくめられレーヴは激しい動転に襲われた。

 なぜ、どうして。

 なにがどうなって、こんな展開になったのかまったく理解できない。

 鼻腔に飛び込んできた男の汗と肉体と《スピンドル》の薫りが、その混乱に拍車をかけた。

 その上、だ。


 黒騎士はまるでレーヴを庇うかのようにカラダの位置を入れ替えた。

 レーヴが飛翔していたのは約六メテルの高さである。


 数字で見ると大したことがないように思えるが、二階建ての家屋に匹敵するその高さから落ちれば、人間はまず間違いなく骨折、落ち方によっては簡単に死んでしまう高さだ。

 加えていまはそこに上空から落下してきた黒騎士の勢いと体重・装備品の全重量がかかっている。

 いくら白き翔翼ウィング・オブ・オデットが落下速度を加減してくれているとはいえ──硬い石畳に叩きつけられたら無事ではいられない。

 逆に相手を下敷きにすればその上にいる人間は、ダメージを最小限で済ますことができるであろう。


 その意味で黒騎士の攻撃は、恐ろしいほどに的確だった。

 そのはずだった。

 なのに、どうして、わざわざその有利をこの男は捨てるのか。

 ほんの刹那、黒騎士の素顔を間近で見たレーヴは、その瞳に同じく瞳で問いかける。


 だが、その答えを得るより先に激突の衝撃がふたりに襲いかかってきた。


「ぐっ」


 激しい衝撃にアシュレは息を詰まらせた。

 以前、カテル島で戦鬼オウガたちの鏖殺具足スローター・リムに身を包んだ夜魔の騎士の一撃を受け止めたときよりはマシだが、それでも一瞬、意識が遠のくくらいの打撃が全身を襲ったのだ。

 甲冑を身につけていなければ確実に死んでいるか、全身打撲と骨折で死に体になっているほどのダメージだ。

 普通だったらアシュレだってこんな作戦、決して敢行しようとは思わなかったであろう。

 けれどもいま自分たちが置かれた状況を鑑みるに、レーヴを殺したり重傷にしないまま一騎打ちに勝利するにはこれしかない、と判断したのだ。


 騎士にとって組み打ちは最後の武器である。

 古代格闘術パンクラチオンに代表されるいわゆるレスリングの技術はだから、徹底的に教え込まれる。

 騎士にしては小柄な体躯から、聖堂騎士団所属時代のアシュレの格闘技の成績はそれほど良いものではなかったが、それも他の科目に比べればというだけのことであり、決して劣っているわけではない。

 特にシオンに出会い、仲間たちとともに旅に出てからの間にアシュレは急激に体格が良くなった。

 加えてイズマやシオン、アスカとの手合わせで素手での戦いの技術にも磨きをかけてきた。


 その経験から、自分と同じ槍での攻撃を意識した真騎士の乙女:レーヴは、だからこそあらゆる有利を放棄しての突然の奇襲攻撃に対して無防備になるとも踏んだ。

 実際にその読みは当たったわけだ。


 だが、アシュレの真の狙いはそれだけではなかった。


 アシュレにはもうひとつの目算があった。

 それは真騎士の乙女たちの翼についてである。

 彼女たち真騎士の乙女は自由に空を舞う存在として一般には認知されている。


 ただし、彼女たちの天翔る翼は生来のものではない。


 たしかに彼女たちを空の覇者足らしめる異能:白き翔翼ウィング・オブ・オデットは、真騎士特有の能力だが異能は異能である。

 つまり《スピンドル》を使わなければ発動できない。


 アシュレはそこに目をつけた。

 《スピンドル》による異能の解除、いわゆる《カウンタースピン》でもってそれを打ち消せば、もはや空に逃げられることはないのではないか?

 その問いかけに辿りついた瞬間に、アシュレの身体は動いていた。


 誤算というか、ひとつだけあった不安要素は、全身を甲冑で身を包んでいながら黒騎士としてのキャラクターを決定づけるために兜を被ってこなかったことだ。

 落下するとき自分自身を下して彼女を庇うのは一番最初に思いついたことだから、それは構わないのだが……落下の姿勢にもよるが激しく頭部を路上に叩きつけられる可能性が高かった。

 イズマであれば《スピンドル》の同時並行使用によって頭部を守るくらいはできたであろうが、残念ながらアシュレはまだ《カウンタースピン》の最中に、もうひとつの《スピンドル》を使いこなせるほどの技量は持ち合わせていない。

 《魂》をその胸に宿している間ならばともかくも、まだ現段階でのアシュレの常態は達人には及ばないのだ。


 だからこれは賭けだった。

 その賭けは成功する。

 ただし、部分的な意味で。

 そして、ある意味で獲物であるはずのレーヴの協力によって。


 その瞬間、アシュレは北の原野に咲く名も知らぬ白い花の薫りを幻覚した。

 良くない態勢で落下したアシュレの頭部はそのままでは石畳に直撃するコースを取っていた。

 だが、致命的な打撃はいつまでたっても訪れなかった。

 なぜならば、レーヴが広げた白き翼が激突の瞬間、まるでヒナを守る親鳥の翼のように展開してアシュレの頭部を守ったのだ。

 同時に戦士にしては華奢な両腕がアシュレの頭部を抱きしめ、防護を完璧なものとする。

 胸鎧に阻まれてはいたが、アシュレはこのときたしかにレーヴの胸乳のあたたかさと柔らかさを感じた。


 たぶん、ふたりがそのままの姿勢でいたのは数秒のことだ。

 宙を舞っていた聖なる盾:ブランヴェルが鋭い金属音とともに落ちてきて、石畳に突き立つ。


 それを合図に我に返ったレーヴが慌てて飛び退った。

 いっぽうのアシュレの方はといえば《カウンタースピン》には成功したものの、肝心のレーヴを捕らえる腕を緩めてしまっていた。


 いや、アシュレだってレーヴが激しく抵抗すれば、これを逃すまじと本気で拘束し続けたであろう。

 だが、現実にレーヴが取った行動は真逆だった。

 逃れようとするどころかアシュレを抱きしめたのだ。

 そして、その行動にアシュレは確実に救われた。


 気がつけばアシュレは彼女の拘束を解いていた。


 言葉を探す刹那の沈黙がふたりの間に落ちる。

 なぜ、という問いかけは同時だった。

 もちろんなぜなのかなどと、わかるはずがない。


 ともかく行動に移るのは、レーヴのほうがわずかに早かった。

 すぐさま白き翔翼ウィング・オブ・オデットをかけ直し、飛び去る。

 と思ったら帰ってきて、落ちていた雷槍:ガランティーンを取り返して行った。

 この間、わずかに数秒だがレーヴの顔は顔料で塗ったのかと思えるほど真っ赤で、絶対にアシュレと目を合わせようともしなかった。

 

「どう……なったんだ」


 アシュレは慌てて手放した装備品を拾い上げ、愛馬の名を叫びながら駆ける。

 なぜって、顔を真っ赤にしたままいずこかに飛び去ったハズのレーヴが、先ほどにも倍する速度で戻ってきたからだ。


 比喩ではなく、飛んで。

 目を逆三角形に怒らせ、眉をつり上げ、首筋まで真っ赤になって。




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