■第九〇夜:一閃と一閃
「逃さんぞ、黒騎士ッ! キミには訊きたいこともできた。この勝負、必ずいただく! そして、キミ自身の口から真実を語ってもらう!」
真騎士の乙女:レーヴの声が都市の上空に響き渡った。
塔の間に渡された糸に愛馬の蹄をかけポジションをキープしたアシュレは、その叫びとともに真騎士の乙女の肉体が光に包まれるのを見た。
「くっ」
間一髪、手綱を捌いて愛馬に回避を促す。
だが、指示されるまでもない。
敏感なヴィトライオンは、騎士の意図を事前に察知し、すでにステップを切っていた。
その直後、いままでアシュレがいた空間を輝ける光弾と化したレーヴの肉体が超音速で駆け抜けた。
ほぼ同時に衝撃波と放電が周囲を襲う。
大気とともに周辺の建築物が大きく揺らぐ。
数千年の風に耐えてきた塔はなんとか持ちこたえるが、屋根の瓦は耐え切れなくなってめくれ上がり、吹き飛んだ。
雷槍:ガランティーンに秘められた《ちから》を、レーヴが引き出したのである。
あと一瞬でも身を躱すのが遅ければ、アシュレはこの世にいなかったであろう。
襲い来る雷撃と衝撃波を聖なる盾:ブランヴェルの力場で捌きながら、アシュレは高速擦過していったレーヴの姿を必死に目で追った。
航跡が雲になって尾を引いている。
その行きつく先、ヘリアティウムのはるか上空に夕日の最後の一片を反射してきらりと光る流れ星──いいやちがう、あれがレーヴだ。
思うより早く、アシュレの肉体と《スピンドル》は反応していた。
竜槍:シヴニールを高く掲げ、強力な攻撃を繰り出す。
神鳴の一閃。
アシュレが誇る最大射程戦技にして、超々高熱・超々高速の粒子攻撃である。
網膜を焼く凄まじい光の奔流に、瞬間的に熱せられた空気が押しのけられて起る雷轟そっくりの爆音が続く。
一秒の半分にも満たない高速粒子放出時間の間に、いくらか射出角度をつけ広い範囲を薙ぎながら、アシュレはヴィトライオンに拍車をかけた。
高威力の射撃兵器を持つ者同士の戦いでは、足を止めての撃ち合いは死を意味する。
そびえ立つ四つの塔の間を、高山を住み処とする大角山羊のごとくジグザグに跳躍しながらヴィトラは駆けた。
塔の間に渡してあった糸は、さきほどのレーヴの突撃とアシュレの射撃により、すべてが燃え尽きてしまいすでにない。
その四本の塔の間をアシュレの放った光条が突き抜けた。
「どうだ、決まッ──るわけないか」
充分に敵の軌道を予測して攻撃したつもりだったが、アシュレは消えゆく光条の先に一瞬の輝きを見た。
遠く高い空でゆらりとそれが翻り、急降下をはじめる。
レーヴが宙を泳ぐ魚のように身を捩り、反撃に転じた瞬間だった。
「手強い」
アシュレは思わずつぶやいている。
しかし、恐るべき勢いで降下するレーヴも、このときまったく同じ思いに駆られていた。
「蟲どもの技術は、あくまで補助に過ぎんということか」
強力な突撃技の推進力を使い、あっという間にヘリアティウム上空数百メテルまで上昇したレーヴは、その直後に黒騎士が見せた戦闘能力に舌を巻くことになった。
件の糸から土蜘蛛の一派の関与を嗅ぎ取ったレーヴだったが、それによって萎縮することはなかった。
逆にレーヴは実力行使による強行突破を選んだ。
罠の存在を恐れるあまり、自ら育てた疑心暗鬼に勇気を蝕まれることを嫌ったのだ。
その思いを具体的な行動に直したのが、星幽海の光輝によって自らを一本の槍と化す真騎士の大技:地穿つ星の一撃を用いての先制攻撃である。
攻撃は功を奏し、黒騎士は迎撃体制を整える前に足場である土蜘蛛の糸をまたもや失うこととなった。
しかし、黒騎士は超強力なレーヴの技を目の当たりにし、己が策が潰えるのを見てさえ、動揺も狼狽も見せなかった。
それどころか強力な反撃を、はるか上空に位置するレーヴめがけ的確に放ってきたのである。
レーヴの使用した地穿つ星の一撃は、市民には手を出さないという一騎打ちの条件下では反則ギリギリの技である。
直撃はおろか、技の行使時に発生する衝撃波は瓦や小石を吹き飛ばし、巨木の枝を余裕でへし折る。
たかが小石、たかが瓦というが、充分な速度で飛来するそれらの直撃は常人ならば簡単に死ねる破壊力を有する。
総重量一〇〇ギロスに達する巨木の枝など考えてみただけでも、なにをかいわんやである。
それが都市の上空を高速で擦過したのだから……すくなくとも住居の屋根はズタズタになった。
直接市民をターゲットに選んではいない、街区ごと破壊するような広範囲殺戮攻撃ではない、というだけのことでしかない。
その意味ではアシュレの見舞った神鳴の一閃も技の性質としてはそうだが──完全に上空をターゲットにしている分、配慮という一点で大きくちがっていた。
副次的に生じる凄まじい熱も衝撃波も、左手のシールドが展開した力場が完全に押さえ込んでいる。
これなら間違っても市民にも、その住居にも被害は及ぶまい。
そこまでキチンと計算された反撃なのだ。
彼はレーヴと交わした約束を完全に遵守した上で、強力極まりないレーヴの大技を凌ぎ切り、さらに勝利を捥ぎ取ろうという意志を捨てず反撃に転じた。
地を這い回ることしかできぬヒトの身でありながら、天空を駆ける真騎士の乙女相手に、一歩も引かない。
なによりいましがたの強大な一閃は、彼が携える竜槍を完全にモノにしていることを物語っている。
真騎士の乙女にしか心を許さぬと言われた《フォーカス》の一本を、である。
彼は槍に認められた勇者なのだ。
さらにレーヴは塔の間を擦り抜けるとき確認していた。
懸念していた土蜘蛛の罠は、ない。
なかった。
だとしたら──やはりこの男は、黒騎士は正々堂々と戦おうとしている。
その上でわたしに勝利するつもりでいる。
空を行くこのわたしに、大地に縛られるしかないヒトの男でありながら。
なんて、すごい。
抑えようのない高揚──これまで味わったことのない昂ぶりをレーヴは感じはじめていた。




