■第七九夜:両雄、相まみえて
キイイイイイイイイイイン──相当な質量が大気を切り裂く音は、着弾の衝撃の後から聞こえた。
ほぼ同時に金属同士が擦れ合う音がして盛大な火花が飛び散り、続いてもうもうと舞い上がる土煙がそれを覆い隠す。
伝説の騎士:ガリューシンに率いられ、破竹の勢いでオズマドラ帝国の砲兵部隊を蹂躙し続けてきたヘリアティウムの騎士たちを、突如として強力な攻撃が襲ったのだ。
最初に標的となったのは、先陣を駆けるガリューシン本人である。
指揮官として、また実際に最強の戦力として純白の甲冑を身にまとい駆ける男が的になるのは当然としても、彼を襲った攻撃は超常のものにほかならなかった。
それこそは、オズマドラ帝国大帝:オズマヒムが誇る強力な弓型の《フォーカス》による攻撃である。
名をアルテマウザー。
この弓専用にこしらえられた数々の弾頭を超音速で射出できる剛弓である。
それが約数百メテルの距離から放たれ、ガリューシンたち一隊に襲いかかった。
射出直前に《スピンドル伝導》された特製の鏃は、着弾と同時に無数の光の破片となってあたり一帯を壊滅させる。
小さな破片のひとつひとつが超エネルギーを蓄えた刃であり、たとえ直撃でなくとも半径五メテルの球体状のエリアは焦土と化す。
しかも弓の連射速度は他の高エネルギー射出型の比ではない。
次弾発射までの間隔を《フォーカス》そのものの性能に依存するアシュレの竜槍:シヴニールなどとは違い、完全に射手の技量に拠るのがアルテマウザーの特徴である。
そして、神箭手(※神に奉納する儀式などで射手を務める神業級の遣い手のこと)が五〇〇メテル先の静止目標に矢を命中させることができたと言われているこの時代にあって、オズマヒムの腕前はあきらかにそれを凌駕するものがあった。
先頭を行くガリューシンの姿が土煙に紛れ見えなくなった次の瞬間、こんどは光の束となった鏃の雨が、狂信にとりつかれた騎兵たちの直上から襲いかかった。
敵砲兵部隊に切り込んだ騎士たちは、すでに乱戦の様相を呈しはじめた戦場で、弓矢による組織的な攻撃はないと踏んだ。
その油断をオズマヒムは突いたのだ。
なるほど、油断を招く見せ技のように、遠く有効射程外に弓兵の姿がある。
だが、攻撃はそことはまったく違う場所、予期せぬ角度から行われたのである。
「チキショウ──やってくれるじゃねえか、異教徒め……」
舞い上がる土煙が晴れたとき、率いていた隊が受けた損害を見返ってガリューシンは悪態をついた。
そこにあったのは半壊した隊の姿である。
つい先ほどまで泥土と血しぶきに汚れた顔で冗談を飛ばしあい笑いあった者たちが、無残な肉塊となって散らばっていた。
甲冑に守られていなかった箇所は完全に消し炭と化していたし、かろうじて形状の残る胴甲冑のプレートにもいくつも貫通孔が開いており、その周辺はいまだに赤熱していた。
犠牲者は破片を喰らった直後に内側から燃え上がり、血液を沸騰させて死に至ったに違いない。
ガリューシン自身、初撃を撃ち落とせたのはほとんど奇跡に近い。
聖剣の導くままに刃を振るっていなければ、あるいはいま大地に屍をさらす者どもと同じ運命を辿っていたやもしれぬ。
「いや、そんなもんで死ねるほど甘くはねえがよ……オレがこの身に受けた呪いは」
ひとりごちて、ガリューシンは矢の飛来した方角を睨みつけた。
そこは小高い丘である。
その向こうは平野部の戦いにあっては視線の通らぬ場所であり、伏兵を置くには最適の地形でもある。
攻城兵器の頂上にでも登らぬ限り、せいぜいが馬上からの視界までしか得られぬ戦場では、たとえそれが実際には数メテルに満たぬ高度差であっても兵力を隠すには充分に有効なのだ。
そして、いまガリューシンたち騎士を襲った攻撃は、その丘の向こう側から射られたものであった。
姿の見えぬ敵に思わずガリューシンは叫んでいる。
「出てこいよ、いまオレたちを狙い撃ったヤツ。騎士なら、出てこい。そして、オレの挑戦を受けろッ!」
ガリューシンの声は砲声と怒号に彩られたこの場にあって届きはしなかったであろう。
だが、男はその声に応ずるように現れた。
まず、旗が見えた。
深紅に染め抜かれた布地に日輪の紋章が風にはためく。
なにより目を引くのは旗頭に掲げられた鉄鍋。
ガリューシンはその意味するところに気がついて口角を吊り上げた。
「オズマドラの親衛隊……それじゃあ、いまの攻撃は」
そんなガリューシンの言葉の正しさを裏付けるように、彼らは来た。
オズマドラの軍勢はその多くが雑兵であり、装備は極めて貧弱である。
西方世界では最下級の傭兵ですら着用が義務付けられている胸鎧さえなく、盾も持たず、ただ剣だけを帯びて数を頼りに襲いかかってくる。
まさに人海戦術、その典型。
だが、それはあくまで雑兵の話だ。
王族や太守の身辺を固める騎兵や槍兵たちはそれは美しい甲冑で身を固め、優れた武具で武装する。
そのなかでもオズマヒム直属の親衛隊たちのきらびやかさは特筆すべき物がある。
つまるところ戦場における美とは、己自身の正しさの証明=神の加護を受けし正義の執行者であるという考え方をアラムの男たちはする。
だから大帝の親衛隊はその究極を体現する。
彼らの信じる正義の側にはべる自分たちこそは、真なる正義の体現者でなければならないと、彼らは考える。
そして、そんな者どもがいたというのであれば、つまり、そこには。
「早々のお出ましか。話が早くて助かるゼ」
全身を朱に染め上げられた武具で武装した親衛隊の列を割って現れた男を認め、生ける伝説の騎士はますます笑みを広げた。
その男は全身を光り輝く金色の竜燐で固め、青き衣をまとって馬上にいた。
オズマドラ大帝:オズマヒム、そのひとである。
ただ、昨夜の演説の際に見せた純白のターバンではなく、今日頭上にあるのはやはり黄金に輝く兜である。
そして、頭頂では兜の飾りのかわりに不思議な緑色の炎が燃え盛っている。
それは遠目には巨大な瞳のようにさえ見える。
「なんだあああ、派手なナリしやがって。頭が燃えてるぞ」
揶揄を込めてガリューシンは言い放った。
実は兜や盾に細工をし炎をまとって進撃するのは、オズマドラの騎兵たちがときおりにしても採用する戦術で、それを見た敵軍は恐慌に駆られて幾度も敗走を重ねたという実績ある戦法であり、ガリューシンもそれは知っていたのだが、大帝自らそれを実践するのを目の当たりにして、皮肉らずにはおれなかったのであろう。
まあ、自分自身が純白の甲冑で志気を鼓舞した男がなにをかいわいんや、である。
「オマエたちは、行けッ。取り囲まれるな。この場を切り抜けて、生きて祖国の地を踏め!」
オズマヒムを認めたガリューシンは残された騎士たちにそう言い放つと、聖剣を掲げてオズマヒムに合図した。
「どうした、行けッ!」
馬首を巡らし、ガリューシンが一喝する。
騎士たちは一瞬の逡巡を見せたあと、指示に従い駆け出した。
その背中を透かして、奇襲の混乱から立ち直りはじめたオズマドラ軍が組織的な包囲網を築こうとしているのが見えた。
「そーだ、それでいい。モタモタしてると包囲されちまうからな。大事なのは速力なんだ。今日のところの戦果は充分だ……そして、オレがアイツの首を取ったら、完璧じゃねえか」
ガリューシンは駆けていく友軍を見送りながら、勝手な皮算用を口にした。
常識的に考えれば、彼我の距離はまだ三〇〇メテルは、余裕である。
馬で詰めれば十数秒の距離も、絶技を極めた射手にとっては無限に近い射撃の好機にほかならない。
さらに言えば、ここで一騎駆けるなど行えば待ちかまえる親衛隊とオズマヒムの超攻撃能力を真っ正面から受けることとなる。
「雑兵の矢などいくら喰らっても問題はねえが……オズマヒムか。あの攻撃力はたしかにシャレになってねえな。いくらオレが死ねねえといっても、傷を負わねえってわけじゃねえ。巻き込まれたら馬だって死ぬ。ここで足を失うのは、おもしろくねえな」
さて、どうしたものか。
そうやってガリューシンが算段を巡らせるわずかな間にも、状況は激変していた。
オズマヒムが携えた弓を降ろし、従者に渡すのをガリューシンは見た。
進み出た従者がふたりがかりで深紅の布地に包まれた台座に、巨大な弓を受ける。
かわりに捧げ持たれたのは──遠目にも明らかな剛槍がふた振り。
両側から手渡されたそれをオズマヒムはがっちりと受け止め、ガリューシンがそうしたように高々と掲げて見せた。
その様子に、一瞬呆気に取られたあと、ガリューシンは破顔一笑した。
「いーい野郎だぜ。異教徒にしとくのがもったいねえや。受けようってのか、オレの挑戦を。さすがわ、東方の騎士と呼ばれた男だ。そうこなくっちゃな。そうゆうことだぜ。ここでオレの挑戦を振ったら、世界に冠たる超大国の大帝の名が泣くってもんだッ!」
ハハハハハハッ!!
戦場に一〇〇年を超えて生きた騎士の、喜悦の哄笑が響き渡った。
ちょっとアレなので注釈。
■なんだか、バカっぽい戦い方というか、頭や盾に火をつけたり、両手に槍をそれぞれ構えたりというのが出てきますが……なんかコレ、ふつうにやってたというかどうも教本にあるらしいので、アレだ。そのあのなんだ、うん。




