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■第四〇夜:いまひとたびの王の入城(キャスリング)

 

         ※

         

「さて、それではスノウさん? いまからお話するのは超重要事項ですから、他言無用の絶対厳禁でお願いいたしますの。というかくだん魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリ奪取作戦の成否はアナタにかかっているのですからね? よろしいですか、スノウ=サン?」

「えっ、はっ? ど、どど、それはどういうことっ?!」


 さてここでアシュレを大混乱に陥れたスノウの猛突撃の理由を、つまびらかにすることとしよう。

 時間は数日を遡る。

 すったもんだの大騒動のあげくスノウがアシュレの正式な従士として納まった日のことだ。

 その後、スノウはアイテムの使い方をレクチャするという名目で苦手な土蜘蛛姉妹に捕われ別室に連れ込まれた。

 ところがその席上、開口一番にエルマの口から告げられたのはアイテム管理係の心得とは異なる、まったく予期せぬ役割であった。


「いま、なにかものすごく重要なことを言われた気がするんだけど……ビブロ・ヴァレリ奪取作戦の成否はアナタにかかっている、とかなんとかかんとか」

 言いましたよね、とスノウはジェスチャーする。

「そですの」

 すると当のエルマからは、簡潔かつ力強い肯定が返ってきた。

「それはどういう」

 意味ですか、とみなまで言葉にできず、スノウはさらに問う。

「どうって……スノウさんは活躍したいんじゃないんですの? アシュレさまのお役に立ちたいんじゃないんですの? 認めていただきたくてしょうがないんじゃないんですの? 力づくで組み伏せられ、心を覗かれ、《スピンドル》にカタまでつけられてあれほど騒いでらしたのに、従士にするって言ってもらったらとたんに素直に。どういうことか聞きたいのは、わたくしたちのほうですの」


 エルマが指摘した途端、ボンッ、とスノウは頭から湯気を噴き出しながらベッドに飛び込み倒れ込んだ。

 わああああああああ、と枕を抱きかかえ、わめき散らし始める。

 記憶のリフレインである。

 そして、どうやらこれがスノウの見出した感情制御法らしい。

 爆発するまえに感情を声にして吐き出すのは、実際それなりに効果がある。

 やかましい、という問題を除けばだ。

 土蜘蛛の姉妹があらかじめ室内に音喰らいの結界を張っていなければ、隣近所でちょっとした騒ぎになっていたくらいにスノウはうるさかった。


「これほどあからさまに自分の心に気がついておかしくなった女を見たのは久方ぶり……ではないな。そうだったそうだった。アテルイ。あの女もこの方向性だったな」

 自らの心に起きてしまった変化から必死で目を逸らそうとしている女子の姿に、エレが呆れたようにため息をついた。

 めんどくさい連中だ、とつぶやく。

「あっちの方はいい大人だったからあとはもう背中を押すだけで良かったが……こっちはうかつな方向に押すと大変なことになるぞ、エルマ」

「いつ引火して爆発してしまうかわからない火種を火薬庫といっしょに抱えておくよりも、継続的な燃焼を与えて《ちから》に変えてしまおう、というイズマさまの見立ては大正解だと思いますの」

 気乗りしないな、という感じの姉に対し、取りなすようにエルマは言った。

 それからスノウに向きなおると訊いた。

「好きになってしまわれたんですのね?」

 短刀が直入である。

 当然だがスノウは暴れ始めた。

 ほんとうの猛獣みたいに手足をじたばたさせる。

「ぢがうぢがうぢがうううううう!」

 たしかにこれは面倒くさいですわ、とエルマは姉の言葉を認めながら半眼になった。

「お役に立ちたいのですね」

 しかたなく言い換える。

 するとどうしたことだろうか、ぴたりっ、とスノウが静かになった。

 耳まで真っ赤になった顔を枕に埋めたまま、こくりっ、とちいさくしかしたしかに頷いた。

 なるほど。

「では、わたくしたちがいまから言うことに賛同して欲しいんですの。ただ、一番最初に申しあげましたようにこれは秘策中の秘策。絶対に他言無用の企みなのです。いいですか?」

 静かに諭すように告げるエルマに枕の影から片目だけを覗かせて、スノウは同意を伝えた。

 その態度にふむん、とエレも一応の納得を見せる。

「では、いまから告げることは、たとえあなたのご主人さま=アシュレさまであってもお伝えしてはなりません。いいえ、アシュレさまにだけは絶対に知られてはならないことですの。なぜなら、このことを知ってしまったら、アシュレさまは決してこの計画を承認なさらないでしょうから。自らを犠牲にすることはあっても他者を、ましてアナタを犠牲にすることなど決してお許しにならない方だからです」


 できますか? 

 問いかけるエルマの瞳の真剣さにスノウは一拍おいて、それからもう一度、頷いた。

 さきほどよりも深く、強く。

 ひとつには「犠牲」という言葉に。

 もうひとつには「もしアシュレがこの作戦を知ったならば、決して承認しないであろう」という断言に対して。

 ふん、とその少女の態度に覚悟を見出したのかエルマの背後でエレが鼻を鳴らす。

 すこしだけだが感心したのだ。

 その様子を確認してから、エルマは説明をはじめた。

 魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリと皇帝:ルカティウスを引き剥がし、一本釣りにしてしまうイズマの奇策。

 その伏せられし三段階目について。


「これは王の入城キャスリングという異能の応用なのですが……アナタとシオンさまの協力なくしては絶対に成立しない大博打です」と。




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