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■第七夜:竜鱗

 

 予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントが派遣した報復の英霊が自動的なものであるのか、それともカテル島大司教:ダシュカマリエの《意志》によるものなのか。

 それがわかるのは、あなただけなのだ。

 

 そんな突然の問いかけに対し、ノーマンは沈黙するしかない。

 エレが質問の意図を噛み砕こうと言葉を重ねた。


「さきほども話したが、今回のような超常的捜査の手はこれまでいくども予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントに及んだはずなのだ。使用者を本物の預言者たらしめるという伝説の《フォーカス》だぞ」


 未来を見通す──その威力の強力さに想いを馳せるようにして、目を閉じ、エレは続ける。


「それは時の権力者たちが血眼になって求めた品。いかにエクストラム法王庁とカテル病院騎士団が秘そうとも、未来を知ろうと多くの野心ある者どもが、その在処と伝承の裏に隠された真実を探ったことであろう。イクス教圏・アラム教圏の別なく──どころの話ではない。人類圏とおまえたちが定義するその範囲の外にいる者たちも、だ。あるいは我ら土蜘蛛の一派のなかにも、そのような事例があるかもしれん、過去の話……伝説や昔話ではないぞ。現在進行形の厳然たる事実だ。強力な《フォーカス》の探求と発掘にやっきになっているのは、人類だけではないのだからな」


 そうだろう、とエレはアシュレとノーマンに視線で問う。

 たしかに、とアシュレ。

 エクストラム法王庁の地下では、現在も《フォーカス》の発掘作業は続けられている。

 秘密裏に、しかし、国家事業的規模で。


 ノーマンたちカテル病院騎士団にしてもそうだ。

 イリスを“再誕の聖母”へと改変した巨大な《フォーカス》:コンストラクスも、そうやって発掘された旧世界の遺物なのだから。

 そしてダシュカマリエの予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントもまた、イクス教徒の聖遺物として来歴を改竄かいざんされ、カテル病院騎士団大司教の証として密かに受け継がれ続けてきた。


 さらに言えば、地下世界を統べる土蜘蛛たちにあっては、なにをかいわんや、だ。

 うん、と人間の男ふたりの態度にエレは頷く。


「そこで聞きたいのだが……予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントを探し当てようとした者が現われ出でるたびに、彼女は……ダシュカマリエは、いまのように英霊を──輝ける死の執行者を送り込んでいたか?」


 どういう……意味だ……。

 あまりのことに、さすがに面食らってノーマンがエレを見つめ返す。

 それは、こう問われたようなものだったからだ。

 ダシュカマリエは邪魔者を発見するたびに聖なる暗殺者を派遣していたか、と。


 エレの直截ちょくせつすぎる問いかけに視線を泳がせるノーマン。

 妹のエルマが、姉の質問の意図を感情としても飲み込めるように伝えようと、その腕を取る。


「姉さまはこう仰ってますの。使用者が自覚的であるのならば、異能を発動させるには必ず《スピンドル》を励起させなければなりませんでしょう? そのような兆候を感じられたことはありますか、って? 長い……長いおつきあいのおふたりなのでしょう?」


 長いつきあいなのだろう、というエルマの言葉にノーマンはこれまでの道のりを回想する。

 顎に手を当て思案の顔を見せた。


 だが、いくら思い返してみても過去のダシュカの言動に、思い当たるところはなかった。

 それにアシュレではないがもし、いまのが神罰であるというのであれば、そういうものはひとりの人間個人が与えるか与えないか決めていいことではないとノーマンは思う。


 きっとダシュカマリエ本人も同じ意見のはずだ。

 そもそもそれは「神」を「わたくしする」ことだ。

 あってはならない、と宗教騎士団の男は思うし、そういう後ろ暗さをダシュカから感じたことはこれまで一度だってない。


「いや……ない。すくなくともオレが知るダシュカマリエは、そのような所業に手を染めるような女ではない。第一、こんなやり方は、カテル病院騎士団の流儀ではない」

「正面から、正々堂々。一騎打ちにて勝負を決する、でしたわね?」


 いくらかの揶揄やゆと呆れ、それから、まっすぐな信念に対する敬意を感じさせる声でエレが確認した。

 ノーマンは言葉に込められていた皮肉には気がつかず、そうだとも、と頷いた。

 それに、と続ける。


「それに正当な報復というよりも暗殺ではないか、これは。あってはならんことだ」

「元暗殺者を前に、冗談がお上手ですのね」


 エルマの合いの手が褒めてのものなのか、ノーマンの言葉を無神経な皮肉と捉えてのことなのか、ついにアシュレにはわからなかった。

 エレやエルマたち土蜘蛛の一族からすれば、占術を用いての捜査に対する報復に暗殺もなにも、という感覚ではあったのだろう。

 そんなことには気がつきもしない朴念仁である。


 ともかくも、ノーマンは自論を補強する証拠を話した。


「決定的なのは《スピンドル》の薫りだ。ダシュカのそれは深い薬草類ハーブのブーケの匂いがする。だが、あの英霊からはそういう《意志》の匂いはしなかった。無味無臭の《ちから》。あえて言えば──オーバーロードたちのそれに近い。その《ちから》を滅殺するため正面から相対したオレが言うのだ、間違いない」

「さすがはご夫婦。ごちそうさまですの。でも、それですわ、いま一番、聞きたかったセリフは」


 どういうことだ?

 ノーマンはきょとんとし、エルマは照れたような笑みを浮かべた。

 

 エルマがはにかんだのには理由がある。

 

 異能の源泉である超常の《ちから》:《スピンドル》には使い手固有の薫りが宿る。

 シオンなら青きバラの、アスカはスミレ、イズマは熾った炭の、ノーマンのものは草薫る草原を渡った海風の、そして、アシュレのものは沸き立つ鋼の匂いがするらしい。


 それは体臭のようなもので《スピンドル》を伝導されたり、近くで大きな技の励起に立ち合うときに感じられる。

 戦友や親友、恋人や夫婦、そうでないなら復讐を誓うほどに親密・・な間柄でなければ知りえぬ個人・固有の情報だ。

 想い人同士が肌を触れ合わせるほどに心を、《意志》を肉薄させた、という意味なのだから。


 ノーマンがダシュカのそれに通じているのは道理であるし、《スピンドル》の薫りがなかったというのであれば、それはかなり決定的な証拠と考えてよい。

 自覚的ではないノーマンの言葉だからこそ、よけいに、だ。


「んー、だとするとやっぱり、さっきのは自動的な報復だと結論していいかもだねえ。占いの最終局面でアシュレの選んだ真珠・・を弾いた、侏儒コビトの仮面。あれはダシュカちゃんを示していたんじゃなく、あくまで《フォーカス》である予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントのことを象徴してたんだネ」


 報復の《ちから》を殺し切れず黒焦げになってしまった占術道具を漁っていたイズマが、消炭になったそれを摘み上げる。

 言ってるそばから、侏儒コビトの仮面だったものはチリに還ってしまった。

 あああ〜、とイズマの口から棒読みの悲鳴が漏れる。

 ふー、と溜息ひとつ。


「まあ、先ほどの占術の結果が“再誕の聖母”の足跡に肉薄してたことだけは間違いないんですよ。途轍もない報復を受けたけれども、結果的に予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントと“再誕の聖母”との繋がりも立証できたわけで」


 うんうん、と大きく首を縦に振るイズマ。

 大いなる懸念をひとつ、とりあえずは排除できたはずなのに、その態度にはなぜかヤケっぱちなところがある。


「そんでもって、報復にはダシュカちゃんは直接的には関わってないという、限りなく断定に近いものも得れたしいいい」


 それにしたって、ここまで徹底的にやられるとは思ってなかったなあああ。

 大仰にイズマが喚く。

 その理由をアシュレは後で金額に換算して知らされ、飛び上がることになる。

 遺失した占い道具の総額はうっかり小国の城の代金に匹敵するものだったからだ。


 だが、たしかに危険と莫大な資金投下をしただけのことはあった。

 意味は、あったのだ、おおいに。

 そして、それがどんな意味だったのかはイズマではなく、シオンの口からあきらかにされる。


「だというのであれば、最後に接触をしていたのは鱗だったな、美しい空色の、オパールのような」


 ぐおおおおおおお、ボクちんの投資金額がアアアアアアアアアアア、というイズマの叫びをよそに、それまで沈黙を守っていたシオンがぽつり、と言った。

 こちらは夜魔の完全記憶を探ってのことである。

 英霊の襲来によって占いの過程を物理的に再現することは難しかったが、シオンの頭のなかにすべては記されているのだ。


 あっ、それだ! とどういう耳聡さなのか、つぶやきを聞きつけたイズマが凄いスピードで占い道具の残骸を掘り進む。

 それから見つけた。

 

 蒼い巨大な鱗を。

 強力なエネルギーの伝導を受けながらも、これだけは唯一、燃え上がることもなく残っていたのだ。


「あったこれだ、鱗! 無事だ! ヤッタネッ!! って、おいいいいいいいいい、これぁ、竜のヤツじゃああねえかああああああ!!」


 掘り当てたそれを頭上に頂いてひっくり返る。

 どーするんだああああ、これええええええええ、と喚きながら。

 占術道具のなかでも飛び抜けて高額だった品の無事を喜べばいいのか、それが指し示す事態のトンでもなさにおののけばいいのかわからない、という様子で。


 最後に触れたのがこの竜鱗だというのであれば、それはいったいなにを示しているのか。

 間違いであってくれ、とイズマは祈るように鱗をつかんで震えるが、シオンの記憶は完全だ。

 動かしがたい事実なのである。

 そして、事態の呑み込めないアシュレはそこに食いつく。


「えっと、それじゃあ、もしかしてイリスはいま、竜と関係があるってことですか」

 あまりのショックで倒れては起き上がる子供用の玩具のような動きを繰り返すイズマに、アシュレは問うた。

「最後にコレが真珠を弾いたんだ……なにも関係ないってことはないンすよ……まいったなあ。竜の居場所かあ……そうかああ、それでいないんだな、地上にぃいい。面倒くさいことになってるなあああああ」


 じゃあ、イリスは──“再誕の聖母”は──そこにと色めき立ったアシュレを尻目に、起き上がって答えたイズマは、またひっくり返ってしまった。




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