■第三夜:志をひとつにして
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「こうやって見るのは二回目だけど……やっぱり、とてつもないな、コレ」
絨毯の上に広げられた占い用の敷布と触媒となる玉石や貴重な動物の骨、巨大な鱗などを眺めながらアシュレは賛嘆した。
「そーだっけ。あー、アシュレは二回目かー」
「その節はお世話になりました」
今回の会食の主な話題は、今後、アシュレたち戦隊が採るべき行動指針についてであった。
話題が食事の場を支配し始めるのを見るや、イズマは「ちょっと道具とってくるよ」と言い放ち、助手にエルマを引き連れて席を外した。
あるいは、ノーマンとアシュレがいまのように意見を対立させるのを見越していたかもしれない。
ふざけているようで、イズマの立ち振る舞いにはどこかそういう「今後」を見据えた部分がある。
これまでともにした冒険行のなかで、そう確信しているアシュレだ。
ユーニスを助け出すため、生存の可能性と居場所を洗い出してくれたイズマの占術を思い出しアシュレは礼を言った。
「あのときは、ほんとに……ありがとう、イズマ」
「やめなよ、アシュレ。あれはホントにサ、間に合ったと言っていいのかどうかわからないし」
「いや、でもさ。あのときの占術がなかったら完全にお手上げだったわけで。……ボクは感情に突き動かされていただけで、なにもわかってはいなかった」
「まあ、結果としてキミのまっすぐな思いに、ボクちんは打たれちゃったわけですけれどもね?」
あれっ、そうだっけ? アシュレが小首をかしげる。
たしかに、《ちから》は貸してくれたけれどもそれは最終的に……わりとしぶしぶ、というか。
「いや、ちょっと、そこは美談にしとこうよ! 美しい思い出として、美化しようよ!」
うろんなものを前にしたときのようなアシュレの態度に、イズマは飛び跳ねて抗議した。
「いや、だから、感謝はしてるんだけど……経緯が……ちょっと違うというか……」
「若、そして、イズマ殿。よくぞ力を尽くしてくださいましたな。このバントライン・パダナウ、あらためて礼を申しあげますぞ」
そんなふたりの会話に加わったのはバートンだ。
廃王国:イグナーシュで、敵に囚われたユーニスを助けようとしたときイズマの強力な占術をアシュレは体験した。
そのときの経緯を後にアシュレはバートンに告げた。
孫娘の最期と経緯を祖父に黙っていられるほどアシュレは無神経でも、道義知らずでもない。
「すまない、バートン。ボクは彼女を、ユーニスをどうしても助けたかった。しあわせにしたかった。でも、できなかった」
結果として、その助けたいという《ねがい》が、結果として彼女とアルマを融合させ──“再誕の聖母”にしてしまった。
もし、あのときすぐにユーニスを諦めていたなら。
きっと、アシュレもイリスも、ここまでこなかっただろう。
だが、あの瞬間、どうしてもアシュレはユーニスを助けたかったのだ。
愚かだと罵られても、それでも、やはりあの決断が間違っていたとは、どうしても思えない。
思えないからこそ行動を起こすのだ。
「若……どうか、あの娘のことは、ユーニスのことはもうお気に病まれませぬよう。本来であれば、滅び去った国の瓦礫のなかでとうに果てていた命であったですから。それをつかの間とは言え……夫婦としてのしあわせを享受させてくださった。心より、礼を申しますぞ」
そして、そんなふうに深々と頭を下げて言うバートンに、アシュレはすでにかけるべき言葉を持たなかった。
このときすでに、この祖父と孫ほどに歳の離れた男ふたりの腹は決まっていたからだ。
“再誕の聖母”を追う、と。
彼女の《ねがい》の成就を阻む。
彼女の言うところの“救世主”のこの世界への登場を阻む。
人間の尊厳を──《意志》を防衛するという決意を、この主従だけは先んじて確認し終えていたのだ。
「孫娘を救ってくれた占いの技をぜひ見たいものですな」
じつのところ、そんなことを酒宴の席で最初に言い出したのはバートンだ。
普段であればめんどくせえ、とか、ちょっと特殊なご褒美の気配を感じるまで真面目に働こうともしないイズマがしょーがないなー、とか言いながらも立ち上がったのは、たぶん、そのあたりの経緯を汲んでのこともあったのだろう。
あるいは、どこで話を切り出すかと思っていたところに渡りに船、という感じであったのか。
それまでエレとエルマの膝枕に溺れながら、太ももに指を這わして困らせるとかいう不埒を働いていた男が、である。
シオンからの制裁がなかったのは、エレもエルマも恥じらいながらも本気では嫌がっていなかったからにほかならない。
アテルイは他所さまは他所さま、ウチはウチ、という様子で特に気にした様子もなく、というよりも「そちらも仲がよろしいのですね」という鷹揚な態度。
ひとりスノウだけが、なぜかアシュレに対して「不潔だわ!」「あんなの許すべきじゃないわ!」と食ってかかる始末だったのである。
膝枕……はて……なんの話だったか。まあいい。
「じつは、さ。あのときの占い道具は簡略版でさ。ちょっと精度が悪かったってーのはあるのよ。そのへんもあってだね」
どうやら、あの日の占術にはイズマ自身も思うところがあったらしい。
「今回は、姫巫女ふたりに手伝ってもらうし、まあ言うなれば本式だね」
イズマが簡単な説明をしている間にも、エレとエルマふたりの姫巫女の間では着々と準備が進みつつあった。
草原の上に広げられた絨毯一枚の酒宴の席の一角が、瞬く間に小さな社へと変貌していく。
それは土蜘蛛の女たちが得意とする移動式の拠点──巣の変種。
戦闘神輿などとも近しい、移動式の神社の類いである。
「《ちから》を集める、言わば結界の一種ですわ」
とはエルマの言だ。
彼女の使う呪術系異能に捕らわれたことのあるアシュレをちら、と見ながらエルマが解説してくれた。
「超常系捜査に対抗してくるカウンター系異能のなかには、ドギツイ効果のものもあるからな。それに対する事前防護でもあるのだよ」
同じくこちらもいつのまに着替えたのか巫女装束のエレが付け加えた。
てきぱきとした所作で、全員の上座に目の醒めるような色彩の織物でこしらえられた天幕が組み上がっていく。
占者がそのなかに篭らないのはエレが言った防護措置、つまり「身代わり」としての効果があるからなのかもしれない。
「えっ、じゃあ、こういう防護措置を講じずに占術を行うのって……」
「相手がハッキリと分かっていて、かつよっぽど確かな安全性を確保できない限り……」
「あんまり得策とは言えませんわね」
アシュレの口から思わず漏れた呟きに、姉妹が忙しく立ち回りながら答えてくれる。
「じゃあ、あのときの占いは……」
「その場に出向かずに、遠く離れた場所のことを知ろうというのですもの。代償とリスクの大きさは、なかなかのものですのよ?」
アシュレはあの日、イズマが執拗に占いを拒んだ理由の一端に思い当たった気がして、こちらも準備を進める土蜘蛛の男を見た。
さして熱意のある様子でもなく、馴れた手つきで占いの触媒を選っていたイズマはアシュレの視線に気がついたのか、残された右目をだけを動かして見つめ直してきた。
「どったの?」
「いえ……ずいぶんな無茶をあの日、ボクはお願いしてたんだなって」
「まあ、こっちも好きでやってることだからねー」
恐縮するアシュレからの謝意をきれいに受け流して、イズマは小さく笑った。
かなわないな、とアシュレは思う。
「それよか、アシュレ、そろそろ占い始めるけれども……なにからいこうか」
てきぱきと触媒を配置しながらイズマが聞いた。
その尋ね方があまりに自然で軽やかだったので、アシュレは思わず聞き返してしまう。
「なにから……ってことは、いくつか占えるってことですか?」
アシュレの問いに、身を乗り出したのはノーマンだ。
先ほどまでの話の流れで、突き止めるべきは“再誕の聖母”の動向である、との一致は見たはずだ。
しかし、いくつか知りえる情報に選択肢があるのだとすれば、話が変わってくる。
たとえば、ノーマンにはいくらでも知りたいことがあるだろう。
トラーオのこと、セラのこと、そして……カテル島に残してきたダシュカマリエやカテル病院騎士団の現在のこと。
「いや……まず、なによりもまず知りえるべきは……“再誕の聖母”、その行方だ」
だが、そんな誘惑を絶ち切るようにノーマンは声を絞り出し、答えた。
自らの胸中を吹き荒れる私心を捩じ伏せ大局を見た男の姿に、イズマは深く頷く。
わかってりゃ、それでいい、と。
「イズマ……そなた、すこし意地が悪いぞ」
そんなやりとりに横合いから意見したのはシオンだ。
「これほどの結界と力場の仕立て……わたしとの旅路のなかでも見たことがない。よほど用心してかからねばならぬ相手を探ろうというのだろう。何度も占う余裕など、どこにもないのだろ、端から」
醒めた口調であったが、それが余計に言い当てた事実の重さを表していた。
「キチンと正直に話してやれ」
「ばれちゃいました?」
「ヒトの《意志》を試すようなやり方は好かんぞ」
シオンから刺された釘を気にした様子もなく、イズマは眉を持上げて応じる。
「なあに、コイツは相当にドデカイ仕掛け——言うなれば我々の命運を賭けた一局なんでね。ちゃんと意思統一出来てんのかな、ってね?」
ひらひらと掌を動かしながら言うイズマの態度は軽薄そのものだったが、言葉の中身は辛辣だった。
アシュレたち戦隊は実のところ一枚岩ではない。
主従としての《意志》を確認したバートン。
水面下にて絶対の信頼で結ばれているアシュレとシオン。
ここまではともかく、イズマ・エレ・エルマたち土蜘蛛勢、アスカとアテルイを含むオズマドラ勢、そして、アシュレという男の行いを見届けるという決意のスノウとで、実際のところそれぞれの思惑はすこしずつ違う。
イズマの指摘はまさにそこを言い当てていたし、今日、アテルイとアシュレがこの酒宴を設けた理由もまさにそこだ。
「確率論と天文学の混ぜ合わせみたいななんちゃって占いならともかくも、異能として確立された技術であるボクちんたち土蜘蛛の占術では、儀式に加わる連中の《意志》統一ってーのも大事なファクターなんスよ」
だからイズマはズバリ言うのだ。
運命を《ねがい》が捩じ曲げるように、ヒトの想いには事実を間違って伝達させてしまう《ちから》が、あると。
「では、はじめから迷いのあるメンバーは外したほうがいいのではないか」
そして、シオンのこの指摘まで含めてが、ひとまとめで答えだった。
「その必要はないんじゃないすかね。ネ、ノーマンの旦那?」
どうやら異種族の王族ふたりに試されていたのだと気がついたのだろう。
ノーマンが肩をすくめて苦笑した。
遠回しに「覚悟は済んだか」と問われていたのだ。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、という言葉もある」
「そして、一石二鳥ってーのは、たいがいがよく狙った一羽のほうにくっついてくるんだよネ」
心中の焦りを見事に言い当てられて、ノーマンは破顔一笑する。
やれやれ、と。
「ボクちんたちだって想いは同じだよ、ノーマン」
「夜魔は恩義を忘れるような一族ではないぞ。たとえ、過去に敵として刃を交えた歴史があってもな」
ダシュカマリエやカテル島のこと、生き別れになったという若き従騎士たちのことが気になっていないのではないのだ、とシオンもイズマも伝えていたのである。
ただ、そうであろうとも、いまなにをすべきなのかを見誤ってはならない。
そう言われているのだとノーマンは理解した。
シオンとイズマ、それぞれの顔に笑みが浮かぶ。
それは場にいた全員……加わって日も浅く、動機も異なり、連携や信頼とは蚊帳の外に置かれていたはずのスノウにまで伝播した。
心をひとつとする。
これもまた儀式に臨むための手順である。
「ほんじゃま、はじめましょうか?」
準備を終えたイズマが一同を見渡す。
ぱんっ、と柏手のように胸の前に突き出した掌を打ち合わせ、《スピンドル》を練る。
“再誕の聖母”。
その現世での居場所を占う大占術の発動だった。




