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■第一〇六夜:戦旗を掲げて(7)

         ※


輝ける光嵐プラズマティック・アルジェントッ!!」

 

 先制攻撃はシオンの技だった。

 聖剣:ローズ・アブソリュートの青く燃え盛る刃が敵陣に向かって展開し、巨大な嵐を巻き起こす。

 凄まじいエネルギーが文字通り竜巻となって、ステージを煌々こうこうと照らし出す。

 

 させじ、と効果範囲にいたユガディールを庇うように盾の騎士が前進してくる。

 この一瞬でアシュレが視認できたのは、盾が作り出したシャドーゾーンに消えるユガディールの姿までだった。

 

 アシュレはとっさに馬首を巡らせ、シオンが突出して抜けた左翼をカバーする。

 敵のいない側面に向かって置くように技を放つ。

 途端に岩盤すら沸騰させる広範囲のプラズマ流が戦隊の脇腹を守るようにして展開された。

 

 天使の光輪エンゼル・ハイロゥと名付けられた竜槍:シヴニールの絶技のひとつ。

 帯状に前方の敵を殲滅せんめつする大技を、このときアシュレは防御的に用いた。

 研ぎ澄まされた戦場の勘が可能にした高度な未来予測。

 いや、それだけではない。

 補佐的な動きに徹しているエレが、敵の動きをしっかりと見ていてくれた。

 それを遠話の異能を用いて、戦闘言語で知らせてくれる。

 アシュレ的には、こっちだぞ、と姉に耳を引っ張られるような感覚だ。

 

 ギャアアアアアアアン、と耳をつんざくような轟音とともに真白な火花が盛大に飛び散ったのは直後だった。

 盾の騎士が展開させた防御スクリーンを壁に、多少であるというのならば聖剣:ローズ・アブソリュートの攻撃を被弾することも厭わず、破城鎚の騎士が突撃技を帯びて突っ込んできたのだ。

 アシュレの技: 屠龍十字衝クロスベイン・ファイアドレイクズを彷彿とさせる一撃。

 超質量とそれが帯びる灼熱の直撃は、生半可な防御など簡単に破砕してしまう。


 だが、すでにアシュレは己の持つ最大級の技を、これに対する攻撃的防御として繰り出し終えていた。

 

 ふたつの超技がぶつかり合いながら、火花を散らす。

 うっかりその飛沫を浴びたら、人間などまたたく間に消炭になってしまうほどの《ちから》のぶつかり合いだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 アシュレは雄叫びを挙げ、自身を鼓舞する。

 まさしく一瞬の油断が、全滅を招く極限の攻防。

 

 だが、その頭上を跳躍で飛び越えるものがあった。

 白き魔槍:ロサ・インビエルノを携えし白馬の騎士:ユガディール。

 

 はっ、としたときには遅かった。

 彼はアシュレの敷いた防衛ラインを易々とすり抜けて、前方に意識を集中させていたアスカを狙う。

 

 アシュレが警告する間もなかった。

 まだ、空中にいる間に魔槍の穂先が幾百のつぶてとなり放たれる。

 それは無慈悲にアスカの肉体を貫いて──。

 

 いや、貫かない。

 貫かれたかに見えたアスカの姿が、ブレて、消え去る。

 あとに残されたのは、身代わりの人形。

 エレが仕掛けた幻影である。

 

告死の聖翼アポクリファ・サクラメントッ!!」


 そして、ユガディールの着地点を狙って、本物のアスカが最大の技を放った。

 これはかつてフラーマの漂流寺院にあって、告死の鋏:アズライールを奪還した直後、フラーマの坩堝るつぼを突き抜ける際に使用した技でもある。


 真白な光が螺旋の渦を描き、アスカにまといつく。

 邪なり、廃れたり、とはいえ神として崇められた存在を撃ち抜いた攻撃だ。

 

 直撃を喰らえば、いかなオーバーロードだろうともただでは済まない。

 そのはずだった。

 

 だが、ユガディールもまた、アスカの攻撃に瞬応してみせた。

 テラスに突き立った魔槍:ロサ・インビエルノの穂先が再結着。

 アーチを描いて曲芸のように、着地点を大きくずらしたのだ。

 

 アスカの攻撃の頭上をすり抜けながら、馬身と合一したユガは一撃を加えるが──これも宙を切る。

 

 ガカカッ、と火花を散らして蹄が地面を叩き、半馬身の騎士は攻撃圏の外へと逃れた。

 もちろん、その一呼吸をアスカは見逃さない。

 羽織っていた陣羽織タバードを素早く脱ぐと、舞台に敷き、指を祈りのカタチにして叩きつけた。


栄光の降臨コール・グロリアス・キングダム!!」


 紅きオーロラの流れる星空に、黄金に輝く柱が屹立し、階段が現われる。

 アスカが身にまとう陣羽織タバードは、強力な《フォーカス》である。

 それは、神話に封ぜられた英霊たちをこちらの側に呼び出すことのできるアーティファクト。

 

 アスカは発動に際して隙の生じるこの技のために、ずっと機会を見計らっていたのだ。

 

 一連の連携は、だれかと打ち合わせたわけではない。

 しかし、すでにアシュレたちの戦隊は、有機的に、互いの呼吸や仕草だけで相手の意図を察知できるほどに卓越したコンビネーションを獲得していたのである。

 

 天空への道が開かれ、そこから数十騎はいるであろうか、天馬に跨がった英霊たちが降りてくる。

 それらはテラス上で繰り広げられる死闘に加勢するために呼ばれたのではない。

 いま、眼前で刃を交えるオーバーロード:ユガディールや自動騎士たちとの戦いではなく、その戦いの背後に迫る巨大な《フォーカス》:〈ログ・ソリタリ〉を押さえるための援軍であった。

 

 聖なる光を武器とする〈ログ・ソリタリ〉に対し、同じく英霊としての属性を持つ天空の騎士たちは互いの得意とする攻撃を半減させ合う。

 だが、それでよかった。

 海鳥の群れのように連なり、連携する天空の騎士たちの騎行は、〈ログ・ソリタリ〉の注意をアシュレたちから引き剥がすためのものであればよかったのだ。

 

「よし」


 アスカは己の思惑が的中したことに笑みを浮かべる。

 そこをユガディールは突いてきた。

 盾の騎士を従えた神速の突撃が、アスカに迫っていた。

 

 だが、ガキンッ、という激しい衝撃音とともに、その重突撃は阻まれた。

 盾の騎士の挙動を、縄のように展開させたローズ・アブソリュートを用い、シオンが御する。

 まるでロデオだ。

 

 そして、馬身の騎士の突撃を防いだのはアシュレの掲げる聖盾:ブランヴェルであった。

 アシュレは正面からそれを受けるのではなく、斜めにアスカを庇いながら軌道を変えた。

 次の瞬間には、アスカも陣羽織タバードを回収し、ヴィトライオンの背に跨がっている。

 

「すまん、アシュレ! 命を救われたなッ!!」

「借りは返したよ、アスカッ!!」

「バカを言うな、いまからもっとでかいヤツを貸し付けてやるッ!!」


 軽口を叩く間にも、アシュレは技を発動させている。

 聖盾:ブランヴェルの表面に回転する力場が生まれ、ユガディールを打ち据える。

 乱流刃ブレイズ・ウィール

 だが、その強力な力場を持ってしても、ユガディールの動きを一瞬封じるのが関の山だ。

 

 あのユガの肉体は、彼が纏っていた魔鎧:シュテルハウラと完全に同化しているのだ。

 この程度のエネルギーでは貫けるはずがない。 

   

 それはアシュレも先刻承知、折り込み済みだった。

 

 グンッ、とアシュレの肉体だけが宙を舞う。

 この瞬間、手綱はアスカへ。

 愛馬:ヴィトライオンはそのままアラムの美姫を乗せて疾風の速さで、攻撃圏外へ。

 

 そして、宙を舞いながら、アシュレは放つ。

 竜槍の先から──神鳴の一閃ラス・オブ・サンダードレイクズを。

 ユガディールめがけて。

 

 だが、ユガディールはこれにも反応する。

 掲げられた魔槍:ロサ・インビエルノの穂先が、放たれた超高熱・超高速の加速粒子を切り裂く。

 切り捌かれた光条は、威力を減衰させながらも舞台を直撃し、瞬間的に溶解させる。

 飛沫を浴びたユガの肉体にも、ダメージが及ぶ。

 その傷がまたたく間に復元されるのを、アシュレは確認する間がなかった。

 

 不安定な状態から放たった一撃の反動に吹き飛ばされ、地面に転がり落ちたところを、破城鎚の騎士が強襲したからだ。

 しかし、これも決定打にはならない。

 

 頭上を掠めた必殺の一撃を、アシュレはまたも聖盾:ブランヴェルの力場操作で凌ぎきった。

 具体的には、盾に身を預けたまま力場を操作し、横滑りしながら足元をすり抜けたのだ。

 

 まさに間一髪の妙技に他ならない。

 

『うまいぞ、アシュレダウ』


 耳朶を甘噛みするような振動が震わせる。

 エレの遠話が、破城鎚の騎士の動きを一瞬速く教えてくたおかげだ。

 

「助かりました」

『瞬応できるオマエがすごいんだ。人間にしとくのがもったいないな』


 たった十秒ほどの間の攻防とは思えぬほど濃密なやりとりを交し、戦隊は流動的ながらも初期配置へと戻る。

 

「なに? ……なんなの、この戦い」


 神懸かり的な超技の応酬を目の当たりにして、スノウは自分が呼吸を忘れていたことに気がついた。

 膝が震えて、へたり込んでしまう。

 

「ほう、ずいぶんと修羅場を潜ったようだな、アシュレダウ。いや……覚悟がそうさせたのか。己の手を汚してでも勝利を勝ち取ろうという、覚悟が」


 息ひとつ乱れた様子もなく、ユガディールがアシュレを称賛した。

 一方、アスカを乗せ駆け戻ってきたヴィトライオンに跨がり直したアシュレも返した。

 

「わたしは約束を果たしに来ただけだ、ユガディール」

「約束?」


 さて、そんなものを交わしたか、とユガは言いながら自動騎士たちの位置を直した。

 アシュレたち戦隊も同様、アスカが右翼に収まる。

 

「あなたを、助ける、と言った」


 それは、アシュレがはじめてオーバーロードと化したユガディールと相対し、トラントリムから撤退するとき投げ掛けた言葉だった。

 

 まだ、そんな戯れ言に固執していたのか。

 ユガディールは態度でせせら笑う。

 

「違うぞ、アシュレダウ。わたしはいま、確実に、《救済》に近づきつつあるのだ。完成に向かいつつあるのだよ。この世の未練から、解放されつつある」

「それはどうだろうか。あなたはたしかに優れた存在になりつつあるのかもしれない。しかし、自分自身の心の裏側に息づく秘めたる《ねがい》のことは、直視できなくなってしまっているのだ」

「なんだ、アシュレダウ? なんの話をしている?」


 まあ、いい。

 ユガディールは再び槍を構えた。

 

「キミたちの手の内は、先ほどの攻防で見させてもらったよ。攻防は五分に見えたかもしれないが……キミたちはわたしには勝てない。しょせんヒトの身では、贖い得ることのできる奇蹟はたかがしれている。我々に垂れられる無尽蔵の《ちから》には、抗えない」


 アシュレたちの呼吸の荒さを指摘して、ユガは言った。

 

「宣言しよう。次の攻防が、最後になる」と。

   






※今回から、徐々に技名の表記を「書籍化版」へと移行してまいります。

 大規模な変更は「第六話:ヘリアティウム陥落」からとなります。

 

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